第10話
「どうする?大人しく十字架を渡せば、見逃してやる気になるかもしれないよ」
そう言ったノアの後ろには、ぞろぞろと彼女の配下のヴァンパイア達が集まってきている。
背後に居るリナとルナと蘇った死体達は、今にも襲い掛かってきそうな雰囲気。
「本当に見逃してくれるなら、渡す気になるかもしれないわね」
正面と背後を順に見た後、シルビアが答える。
「ボクは見逃してやるさ。ただまぁ、そっちの双子がどうするかはボクには関係の無い話だけどね」
「結局殺されるってワケね……」
溜め息をつき、シャルロットは銃のスライドを引く。
「だったら素直に渡すのはバカらしいわね」
それを見たノアは、呆れた様子で笑って見せる。
「おいおい、この状況でやる気か?言っておくが、そっちの双子はボクよりも残忍で凶悪で無慈悲で、厄介な奴らだぞ」
ノアのその発言に、リナとルナは顔を見合わる。
「ルナ。バカがなんか言ってるよ」
「そうだね。バカのクセに」
ノアの眉がぴくりと動く。
「……おい、聞こえてるぞ」
リナとルナは再び顔を見合わせ、こそこそとしながらも聞こえるように話す。
「聞こえてるんだって。バカのクセに」
「みたいだね。バカのクセに」
尚も挑発的な態度の二人に、ノアの堪忍袋の緒はぷつりと切れた。
「口の聞き方に気を付けろよ……ガキ共」
薄ら笑いを浮かべながら、歩き出すノア。
アルベール姉妹の二人が銃を構えるが、ノアにはもはや彼女達の姿は見えておらず、捉えているのはその奥にいる仲間であるハズの生意気な双子。その双子は、歩いてくるノアを更に煽る。
「やる気なの?また恥かくだけだよ」
「リナの言う通り。フォートリエ様の命令を優先して」
「ちっ、バカにしやがって……」
ノアはついに走り出し、銃を構え直したアルベール姉妹の隣を駆け抜け、リナとルナの元へと向かった。
「命令は後だ!先にお前らをシメてやる!」
配下のヴァンパイア達も連れて向かってくるノアを見て、リナが呆れたように溜め息をつく。
「ホントにバカな奴。ルナ、遊んであげて」
「わかった」
ナイフを取り出し、ルナは歩き出す。
ノアがルナに飛びかかり、仲間同士での死闘が始まる。リナが蘇らせた死体も、ノアのヴァンパイア達と交戦している。
「(さてと)」
こちらは任せておけばいいと、アルベール姉妹に向き直るリナ。
「……あれ?」
リナが見た時、アルベール姉妹の二人は既に姿を消していた。
「なんだかギスギスしてたわね。仲悪いのかしら?」
「なんでもいいわ。お陰で助かったんだから」
こっそり抜け出し、集落から走って離れていくアルベール姉妹。
突然の仲間割れには驚きを隠せなかったものの、二人はそのお陰で危機から脱する事に成功した。
ひたすら走り、集落が見えなくなった所で、二人は一度立ち止まる。
「大丈夫みたいね」
追っ手の姿は無く、ヴァンパイアの気配も無かった。
「今からどうするの?敵は予想してたよりも強大な力を持っている事が判明したワケだけど」
シャルロットが近くの木にもたれかかって、ふうっと溜め息をつく。シルビアは煙草を取り出し、火を点けてから答える。
「思っていた以上に厄介だから逃げましょう……ってワケにもいかないでしょう。フォートリエの屋敷に向かうわよ」
「まぁ、そりゃそうよね」
「とは言え――」
シルビアは煙草を指で挟み、口から離してから言葉の続きを言う。
「奴らが厄介って事は紛れもない事実。さっきみたいに数で襲われたら勝ち目は無いわ」
「こっちも数を揃える?」
「誰を呼ぶのよ」
訊き返されたシャルロットは、しばらく悩む素振りを見せた後、溜め息をつく。
「……誰も居ないか」
「そう、戦力は私達だけよ。戦力を増やす事はできないわ」
「じゃあどうするのよ」
少し不機嫌そうに訊くシャルロット。
「一体一体、倒していくしかないわ。纏まって襲ってきたら、逃げるに尽きるわね」
「逃げ切れなかったら?」
「ダメ元で戦いましょう」
「……」
シルビアの返答に、シャルロットは思わず苦笑を浮かべる。
「さて――」
シルビアは持ち歩いている携帯灰皿を取り出し、その中に煙草を捨てて歩き出す。
「そろそろ行くわよ。奴らに見つかる前にね」
「そうね」
シャルロットは気だるそうにもたれ掛かっている木から離れ、シルビアに続いて歩き出した。
その頃――
アルベール姉妹が居なくなった後も、リナとルナの二人とノアの仲間割れは続いていた。
ノアの配下であるヴァンパイアとリナが蘇らせた死体は既に全滅しており、ノアとルナの一騎討ちとなっている。実力はほとんど互角である二人のその戦いは、中々決着がつかない。
このままでは埒が開かないと判断したリナは、ヴァンパイア達に倒された死体を再び蘇らせようと呪文を唱え始める。
その時であった。
「何をしているの?」
聞こえたのは女性の声。全員の動きが、ぴたりと止まった。
「アルベール姉妹は?十字架はどうしたの?」
ノアがルナに背を向け、声が聞こえた方に身体を向ける。
「何でここに……?」
アルベール姉妹が着ているような修道服によく似たローブを着ている、深い黒紫色の長髪の女性。
「エヴァ……どうして……?」
ルナは震えた声でそう訊く。
「ふふ、あなた達がしっかりやっているか、確かめに来たのよ」
ノア達が仕えているボスであるフォートリエ。その右腕のような存在であるヴァンパイアの女性、エヴァは、ニコニコと優しい笑みを浮かべながらそう答えた。
「そんな事より、ここで何をしていたの?」
穏やかな印象の糸目である彼女は、声も優しい声調でそう訊きながら、ノアに向かって歩いていく。
しかし、ノアは近付いてくる彼女を見て動揺を隠せない。
「いや、その、さっきまでは居たんだけど……」
「誰が?」
「ヴァンパイアハンター達が――」
ノアがそう言った瞬間、エヴァは彼女の首に片手で掴みかかった。
「ぐぁ……!」
軽々と、身体を持ち上げられるノア。首を絞め上げているエヴァは笑顔のままだ。
「十字架は?」
エヴァのその質問に、首を絞められているノアは声が出せず、答えられない。それにも関わらず、エヴァは更に力を込めていきながら訊く。
「質問に答えて?十字架はどうしたの?」
正直に答えても結果はわかっている。けれども答えなくとも結果は同じ。ノアはただひたすら、エヴァの手を緩めようと両手でもがいていた。
「ダメな子ね」
そう呟いて溜め息をつき、ノアの身体を地面に叩き付けるように投げ捨てる。解放されたノアは、絞められていた首を手で押さえながら咳き込む。
次にエヴァは、リナとルナの元へと歩いていった。
ノアが絞め上げられていた間にリナの元へと逃げるように向かったルナは、今にも泣き出しそうな表情で歩いてくるエヴァを見ている。彼女が恐怖を和らげる為にくっついているリナも、エヴァに恐怖を隠せず、震えていた。
「リナ、ルナ。十字架はどうしたの?」
二人の前までやってきたエヴァは、相変わらずの笑顔のまま、優しい口調でそう訊く。
「十字架は、ヴァンパイアハンターが持ってる……」
震えた声でリナが答える。
「それは知ってる。私が訊きたいのは、どうしてヴァンパイアハンターから十字架を奪わなかったの?」
「そ、それは……」
なんとか恐怖を押し殺して答えていたリナであったが、ついに俯いて黙り込んでしまう。
「……もういいわ」
エヴァはそう言って、二人の頬をパシンと叩いた。ルナは泣き出し、リナは必死に涙を堪える。
「あなた達、次は無いわよ。必ず十字架を奪還しなさい。良いわね?」
踵を返してノアの方へと戻っていくエヴァ。
「あんたは動かないのか?あんたが動けば二人なんて――」
ノアが言葉を言い切る前に、エヴァは彼女の顔を蹴りつけた。更に倒れた彼女の頬を踏みつける。
「ふふ、誰に向かって口を利いてるの?ノア。あなた達が二人から奪えば良いだけでしょう?」
エヴァは笑顔で囁くようにそう話す。
「くっ……あまり調子に乗るなよ……!」
恐怖に怒りが勝り、ノアはエヴァを睨み付けて見せる。それを見たエヴァの目が、一瞬だけうっすらと開いた。
そして彼女は、再びノアの顔を蹴りつけ、笑顔に戻ってこう言った。
「口の利き方には気を付けなさい?ノア」
ノアはぐったりと倒れたまま、返答が無い。
「……」
エヴァは去り際に再びリナとルナに視線を向ける。二人はびくっと震え、エヴァを警戒の眼差しで見る。
「しっかりやってね?あなた達」
エヴァはくすくすと笑ってそう言い、その場を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます