第9話

 ヴァンパイア達との交戦を終え、再びフォートリエの屋敷へと歩を進め始めたアルベール姉妹の二人。

「ねぇ、シルビア」

 しばらく歩いた所で、シャルロットが口を開いた。

「何?」

 シルビアは顔を正面に向けたまま、隣に居るシャルロットに返事をする。

「その、なんと言うか……」

 歯切れが悪いシャルロット。シルビアは気になって彼女に顔を向ける。シャルロットは気まずそうにシルビアを見て言葉の続きを言った。

「やっぱり気になるのよ。アリス達の事……」

「……」

 何も言わずに、シャルロットから顔を背けるシルビア。彼女も心配はしている、シャルロットと同じ程に。

「……」

 それを見て悟ったシャルロットは、それ以上何も訊かなかった。


 それから一時間程が経過した――

「ねぇ、ちょっと休まない……?」

 黙々と歩いてきたが、森を抜けた所でシャルロットが哀願するようにそう言った。丁度その時、正面に複数の建物が密集している集落を見つける。

「…そうね。あそこで少し休憩しましょう」

 二人はその集落へと向かう。

 集落の入口までやってきた所で、二人は思わず足を止めた。

「静かね」

 シルビアが呟く。その集落は、人の気配が一切無かった。

 二人は顔を見合せてから、集落へと足を踏み入れる。

「こんな所に廃村なんかあったかしら?」

「少し前までは人が居たみたいよ。あちこちに痕跡があるわ」

 家の電気が点けっぱなしであったりなど、集落の中を歩きながら、不気味なその状況を観察する二人。

 不意に、二人は同じ建物の前で立ち止まった。

 そして、祓魔銃を取り出す。

 何の変哲も無い、小さな二階建ての一軒家。その家から、ヴァンパイアの気配を感じ取ったのだ。それも下級ヴァンパイアでは発する事の無いような、強大な気配。

「行くわよ」

 シルビアは祓魔銃の残弾を確認し、家の玄関扉のドアノブに手を掛ける。鍵は掛かっていないらしく、ドアノブは簡単に回った。

 ゆっくりと扉を押し開け、銃を構えながらシャルロットと共に家の中に入る。荒らされているような様子は無かったが、家の中は外よりも静かであり、不気味な程の静寂に二人は思わず足を止めてしまう。

「こっちね」

 意を決して、気配が強い方へと歩いていくシャルロット。

 カーテンが閉まっているせいで薄暗い廊下を進んでいく。

 強まっていく気配。

 一歩歩く度に聞こえてくる床が軋む音。それに嫌悪感を抱きながら歩き続けていると、廊下の突き当たりに一つの扉を見つけた。

 二人は確信を持つ。この先に、何かが居ると。

「(ただのヴァンパイアでは無さそうね)」

 シルビアに目で合図をして、扉をゆっくりと開けていく。

「うっ……!?」

 扉から漏れてきた強烈な異臭に、思わず声が出てしまうシャルロット。

 血の臭い。それが二人の鼻を刺激する。

「……」

 扉の向こうで何か異常な事態が起きている。シルビアは血の臭いに顔をしかめながら、扉を開けた。

 家の見かけにしては広い部屋。家主の趣味であったのか、壁際に並んでいる棚の中には骨董品などが多く飾られている。

 そんなものよりも、二人の視線を惹き付けるものが部屋の中央にあった。

「な、なによ、これ……」

 それを見て、震えた声を出すシャルロット。

 部屋の中央には、この集落に住んでいたと思われる大量の人間の死体が積み重ねられていた。

 そしてその側に座り込む、二人の少女。少女達は部屋に入ってきたアルベール姉妹に気付くと、同時にゆっくりと振り返り、二人の顔を見た。

「来た」

「うん」

 二人の少女はそれぞれ一言だけ呟き、立ち上がる。

 薄紫色の髪。髪型は二人共におさげで、背はアリスと同じ程。その小さな身体を包んでいるのは、黒を基調とした華やかなドレス。そして二人の顔は、全く同じに見える程似ていた。似ていると言うより、瓜二つである。

「……双子?」

 少女達を見て、シャルロットが呟く。

「そう。私達は双子。私はリナ」

 向かって左側に居る方の少女が無機質な声で答える。続けて、右側の少女も口を開く。

「私はルナ。初めまして、ヴァンパイアハンター」

 こちらもやはり元気の無い、静かな暗い声。それでもこんな状況でさえなければ、二人はリナとルナを少し大人しい双子の姉妹だと思っていたであろう。

 しかし、二人の足元にある死体の山が、そうは考えさせなかった。

「その死体、あなた達の仕業ね?」

 シルビアが訊く。それに、左側に居るリナが答える。

「あなた達を待っていた。これはあなた達を迎える為の準備」

「そう、準備。私達があなた達を殺す為の準備」

 ルナがリナの話にそう付け足した。

「まさか、この子達もフォートリエの……?」

 アリスと同じ程に幼い二人に、シャルロットは思わず苦笑を浮かべる。

「その通り。私達はフォートリエ様の重臣」

 リナが答える。

「私達はフォートリエ様から命令されてる。あなた達を殺すように」

 今度はルナ。

「つまり、ここでやる気って事ね?」

 ヴァンパイアとはいえ、自分よりも遥かに幼い少女達に負ける気はしない。シルビアは鼻で笑う。

 すると、リナとルナの二人はお互いに身体を向け合い、すっと目を閉じてお互いの両手を重ねた。そして、こう呟く。

「全ては――」

「フォートリエ様の為に――」

 その瞬間、アルベール姉妹の二人は全身に小さな蟻が這うような、ぞっとする嫌な感覚を覚える。

 リナとルナが目を開け、再びアルベール姉妹に身体を向ける。リナは左目が、ルナは右目が赤くなっていた。そして、不気味にニヤリと笑い、二人同時にこう言った。

「始めましょう……」

 ルナの身体が、二人の視界から一瞬で消える。

「――ッ!」

「何……!?」

 動揺するアルベール姉妹。

「どこ見てるの?」

 ルナはいつの間にか、二人の間に立っていた。その手にはどこから取り出したのか、銀色のナイフが握られている。

 二人は慌ててルナから離れ、彼女に銃を向ける。その時、リナが居る方から、おぞましい低い雄叫びが聞こえてきた。

 銃をルナに向けたまま、二人は思わずそちらに顔を向ける。二人が見た光景は、部屋の中央に積まれていた死体が次々と起き上がるという異様なものであった。

「どうなってるのよ!?」

 こちらに歩み寄ってくる死体を見て、苦笑を浮かべるシャルロット。

「ネクロマンサー……聞いた事はあるわ」

 死体の方を見ながら小さな声で何かを唱えているように見えるリナを見ながら、シルビアがそう呟いた。それを聞いたルナが、シルビアに近付いていきながら頷く。

「よく知ってるね。リナは死体を操る事ができる」

「それじゃあ、あなたは?」

「私は別に、特別な力は何も無い」

 突然距離を詰めて、ナイフをシルビアの腹部に突き刺そうとするルナ。シルビアは身体を横にずらし、そのナイフを避けて銃を構え直す。そして、苦笑を浮かべる。

「……そうは見えないけど」

「本当だよ。だから安心して戦って。そして死んで」

「残念だけど、そうはいかないわ」

 シルビアはルナに発砲する。銃弾が貫いたのは、ルナの残像であった。

「こっちだよ」

「ッ…!」

 いつの間にか背後に回っていたルナが、シルビアの背中にナイフを突き刺そうとする。

 しかし、シャルロットの銃弾が、それを阻止する。

 ルナは寸前で攻撃を止めて銃弾を回避し、リナの元へと戻っていった。

「……助かったわ」

「ほっとしてる暇は無いわよ」

 シャルロットはそう言って、シルビアに襲い掛かろうとしていた蘇った死体を銃で撃ち抜く。頭部を撃ち抜かれ、その個体はその場に倒れる。そして、ヴァンパイアが銀の銃弾で仕留められた時と同じように燃え、灰となった。

「銀の銃弾か」

その様子を見ていたリナが、詠唱を止めて忌々しそうにそう呟いた。

 シルビアが灰になった死体とまだ動いている死体を見て、優先事項をシャルロットに伝える。

「使い回しはできそうにないわね。シャル、まずは蘇った連中を片付けるわよ」

「そう簡単に行くかしら……?」

 シャルロットはこちらに向かって歩いてくるルナを見ながらそう答えた。

「……なるほど」

 シャルロットの心中を察したシルビアは、銃をルナに向けたまま部屋の出口である扉へと後退る。

「シャル。場所を変えるわよ。ここは狭すぎるわ」

「了解。外なら多少はやり易いかもね」

 シャルロットもシルビアに倣って出口に向かう。

「させないよ」

 声が聞こえて振り返ると、二人が目を離した一瞬の隙に出口の前に移動していたルナが、そこに立っていた。

「……そうなると思ってたわ」

 シルビアは苦笑を浮かべてそう呟き、近くにあった窓を銃で撃って壊す。

「シャル!」

 シルビアが割った窓に飛び込み、外に脱出する。

「はいはい……!」

 シャルロットもすぐに続いて脱出する。意表を突かれたルナは反応が遅れ、シャルロットを捕らえる事に失敗した。

 ルナは走って離れていく二人を窓から見て、顔をしかめる。

「……小賢しい」

「ルナ」

 そこにリナがやってくる。

「追いかけないと。逃げられちゃう」

 ルナはそう言ったが、リナは静かに首を横に振って見せた。

「慌てる必要は無い。二人は逃げられないから」

「……?」

 ルナはきょとんとして、リナを見つめる。

 リナは部屋の出口へと向かいながら、こう言った。

「もう一人、ここに来る」


 一方――

「ねぇ、シルビア。ここは一旦、このまま逃げちゃうのが得策だと思わない?」

「……それもそうね」

 外に出た二人は、そのまま集落から出ようとする。

 追っ手が来ている様子も無く、難を逃れたと二人が思ったその時、正面に一人の少女が現れた。

「そんなに慌ててどこに行くんだい?」

 建物の陰から出てきたノアは、酷薄な笑みを浮かべながら二人にそう訊いた。

 立ち止まる二人。背後からは、リナとルナの二人と蘇った死体達が迫ってきている。

「どうする?」

「さぁね」

 質問をしたシャルロットも、質問をされたシルビアも、揃って苦笑を浮かべていた。

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