第8話

「シャル」

「わかってる」

 しばらく森を進んだ所で、不意に立ち止まる二人。そして銃を抜く。同時に複数のヴァンパイアが辺りの木陰から姿を現した。昨晩見た忍び装束のものではなく、最初に見た白い肌のヴァンパイアだ。

 一瞬にして囲まれてしまう二人。

 しかし、

「わかりやすい気配ねぇ。眠っててもわかりそうだわ」

「冗談言ってないで、この状況を打開する方法を考えなさい」

 シャルロットとシルビアに慌てたような様子は微塵も見えなかった。

 背中合わせになり、辺りのヴァンパイアを見回す二人。

「下がれ」

 ヴァンパイアの一体が攻撃を仕掛けようとしたその時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 声の指示通り、ヴァンパイア達は不気味な程に大人しく下がっていく。代わりに近付いてきたのは、ロコン村を襲って村人を惨殺したフォートリエの重臣の一人であるヴァンパイア、ノアであった。

「また会ったね。お二人さん」

「あら、元気そうね。肩の傷は大丈夫?」

 嘲笑するシルビア。

「ノコノコとやってきて…また怪我して帰る事になるわよ?」

 ノアを愚弄するかのように、ニヤニヤと笑うシャルロット。

 二人から挑発されたノアであったが、彼女は憤慨せずに、意外な事に悠々とした笑みを浮かべた。

「今の内に好きなだけほざいておけば良いさ。すぐに後悔する事になる」

「それは楽しみだわ」

 ノアの言葉を訊き、シルビアは鼻で笑う。そこで、ノアはシャルロットの胸元に十字架がある事に気付いた。

「何故お前が持っている?」

「アリスに持たせていたら、良からぬ連中が彼女を狙うでしょう?だから私が預かったのよ」

「……まぁいいさ。それにしても、わざわざ敵地に持ち込むとはね」

「何も問題ないわ。私達から奪えるような骨のある奴は居ないでしょうし」

 平静を保っていたノアであったが、余裕を崩さないアルベール姉妹に徐々に我慢が利かなくなっていく。それは表情に出始め、彼女の悠々とした笑みは引きつった笑みに変わっていった。

「人間のクセに本当に生意気な奴らだ……今すぐに殺してやりたいよ……」

「あら、今すぐに殺す為に来たんじゃないの?」

 シャルロットが訊く。

「残念だけど、そんな暇は無くてね。私は別件で来たんだ」

「別件って?」

 ノアはシャルロットの質問には答えずに、二人に背を向けて歩き出す。

「お前らに教える義理は無い。それじゃ、生きてたらまた会おう」

「義理なんてどうでも良いから教えなさい。逃がさないわよ」

「ははは……そうかい……」

 二人に背を向けたまま笑い、すっと右手を挙げるノア。すると、二人を囲んでいたヴァンパイア達が一斉に襲い掛かった。

 それによって二人はノアへの尋問どころでは無くなり、ヴァンパイアの迎撃を始める。

「精々頑張ってくれ。質問の答えは、次に会った時に教えてあげるよ」

「ま、待ちなさい!」

 シルビアは組み付こうとしてきたヴァンパイアを背後に投げ飛ばし、歩き出したノアを追い掛けようとする。

 しかし、すぐに別のヴァンパイアがシルビアの行く手を塞いだ。

「ちっ……!」

 ノアを追う事を諦め、シルビアは先にヴァンパイアを殲滅する事に決めた。


 その場に居る数はおよそ、二十体前後と言った所。

 二人は同じ場所に留まる事なく、走って移動しながら祓魔銃でヴァンパイアの数を減らしていく。

 走って距離を離し、追ってきた個体を撃ち、残った個体から距離を離す為にまた走る。時には乱立している木々も利用し、ヴァンパイアを近付けさせる事なく戦う。

 途中、何度か危険な場面はあったものの、お互いにカバーし合ってその状況を乗り越えていった。

「(少しは減ってきたわね)」

 祓魔銃の再装填を行いながら、辺りを見回してヴァンパイアの数が少なくなってきた事を確認するシルビア。

「(そろそろ終わりにしましょうか!)」

 シャルロットもその状況に気付き、彼女はその場に立ち止まって残りのヴァンパイアの迎撃を始めた。

 少なくなってきたとはいえ、シャルロットの目の前に居るヴァンパイアの数は四体。同時に相手をするのは骨が折れると思いきや、シャルロットの表情は苦難を感じさせるものではなく、余裕が見て取れる涼しい表情。

 四体の内の一体が、シャルロットに襲い掛かった。シャルロットはその個体の頭部を撃ち抜く。

 その奥に居る個体も仕留めようと引き金を引こうとしたその時、一体が横から接近して、銃を持っている方である右腕を掴む。シャルロットは大きく円を描くように腕を回してヴァンパイアの手をほどき、右肘で顔面を打ち付けてから怯んだ所を銃撃で仕留める。

 続けて残った二体の内の一体が背後に回り込み、シャルロットの背中を爪で引っ掻こうとする。正面からは、もう一体が近付いてきている。

 シャルロットは背後のヴァンパイアの攻撃をしゃがんで避けながら正面のヴァンパイアの頭部を撃ち抜き、そのまま肩の所で銃を上に構えて引き金を引き、見もせずに背後のヴァンパイアの顎に銃弾を命中させた。

「こんな所ね」

 辺りのヴァンパイアを全滅させ、ふうっと一息つくシャルロット。

 その一方、シルビアは少し離れた場所で三体のヴァンパイアと対峙していた。

 三体のヴァンパイアはシルビアを囲むように三角形に位置取り、同時に襲い掛かる。

 三体のヴァンパイアの手が触れる寸前に正面の一体を銃撃で仕留めた後、シルビアは体勢を低くしてヴァンパイアの手を避けながら、背後の一体を水面蹴りで転ばせる。

 残ったもう一体が彼女に覆い被さるように襲ってきたが、素早く立ち上がってそれを避け、そのヴァンパイアの後頭部を掴んで水面蹴りで転ばせたヴァンパイアの頭部に叩き付ける。

 二体の頭部を重ねた所で上から銃口を突き付け、引き金を引く。射出された銃弾は上のヴァンパイアの頭部を貫通し、下のヴァンパイアの頭部も同時に貫いた。

「今のが最後かしら?」

 シルビアはそう呟いて、辺りを見回す。二十体前後居たヴァンパイア達は、全てが灰と化していた。

「これで全部みたいね」

 祓魔銃をショルダーホルスターにしまいながら、シャルロットが歩いてくる。

 シルビアも銃をしまい、煙草を取り出しながらこう呟いた。

「奴の言葉、気になるわね」

「ノアって言ったっけ?別件とかなんとか言ってたわよね?」

「えぇ。アリス達が襲われたら困るのよね」

 煙草を咥えて火を点け、それを咥えたままシルビアがそう呟く。シャルロットはそれを聞き、胸元の十字架を手に取って訊き返す。

「どうしてアリスを襲う必要があるのよ?十字架は私が持ってるのよ?」

「それはそうだけど――」

 煙草を指で挟んで口から離し、溜め息をつくように煙を吐き出すシルビア。そして話を続ける。

「人質としてなら機能はするわ。ユーティアスを襲い、人質を用意して私達から十字架を奪う」

「そんなマネ――!」

「やりかねないわ。奴らは一刻も早くディミトリを復活させようとしている。だったら手段は選ばないハズよ。まぁ、元々手段を選ぶような連中でもないでしょうけど」

「それなら今すぐに戻らないと!」

 来た道を戻ろうとするシャルロット。シルビアはそれを止めた。

「待ちなさい。今更慌てて戻った所で、奴らよりも早く到着する事は不可能よ」

「じゃあどうするのよ!」

 焦燥を隠せないシャルロットに、シルビアは再び煙草を咥えて歩き出しながら答える。

「奴が言っていた別件とやらが、私が今言った事ではない事を祈るだけね」

「はぁ!?何よ祈るだけって!」

「あら、得意でしょ?祈る事は」

 微笑を浮かべながらそう言ったシルビアに、シャルロットは怒りが混じった苦笑を浮かべる。

「この状況でよくそんな冗談が言えるわね……」

「他にどうしようもないでしょうが。仮に今戻って、奴らが居なかったとしたら?」

 シャルロットの顔を横目で見るシルビア。

「それは――」

 シャルロットは目を逸らし、

「――仕方のない事よ」

 と、気まずそうに続ける。それを聞いたシルビアは溜め息をついた。

「何がどう仕方ないのよ……。ただの無駄足じゃない。事が起きたら、それはその時に対処すれば良いわ」

「随分と呑気ね……」

「いきなり殺すような事はしないハズよ。私達と交渉するまでは生かしておくでしょう。じゃなきゃ意味が無いわ。奴らが私達に脅し文句を言ってくるまでは、ひたすらフォートリエの屋敷に向かって歩くわよ」

「くぅ……」

 反論のネタを切らし、シャルロットは諦めてシルビアについていく。

「釈然としないわ……」

 ぼそっと呟くシャルロット。

「私もよ」

「……」

シャルロットは溜め息をついた。


 その頃――

 アルベール姉妹と別れたノアは、森を抜け、ユーティアスに到着していた。

「(さて、始めるか)」

 人目につかない裏路地から大通りを行き交う人々を見て、ニヤリと笑うノア。

 シルビアの推測は当たっていた。ノアはロコン村の時のように殺戮を繰り広げ、アリスを人質に取ろうとしていた。

「待ちなさい」

 背後から女性の声が聞こえ、歩き出そうとしていたノアの足がピタリと止まる。

「何か用かい?半端者」

 ノアは背を向けたまま、背後に居る女性、サクラにそう返答した。

「この町を襲う気であるのなら、今すぐに止めなさい。ノア」

 サクラは腰に携えている日本刀の柄に手を付けている。振り返ってそれを見たノアは、苦笑を浮かべた。

「お前はどっちの味方なんだ?フォートリエ様を裏切る気なのか?」

「そんなつもりはありません。ですが、この町は関係無いでしょう。十字架はヴァンパイアハンターが持っています」

「それは知ってる。だから人質を取った方がやり易いだろう?」

「必要ありません。こんな卑怯なマネをしなくとも、十字架を奪う事は出来るハズです」

「卑怯……だと?」

 サクラを睨み付けるノア。サクラも睨み返し、一歩も譲らない。

 一触即発のその状況がしばらく続く。

「……あはははは!」

 不意に、ノアが笑い出した。

「そうか、お前はまだ半端者、完全なヴァンパイアじゃないからなぁ。人間に情が湧くのも無理は無いか!」

「……」

 サクラは何も言わずに、ノアを睨み続ける。ノアはサクラに向かってゆっくりと歩き出した。

 サクラの刀を握る手に力が入る。

 しかし、ノアはサクラの横を通り過ぎて、来た道を戻っていった。

 その際に呟く。

「精々頑張りな。半端者」

 サクラは去っていくノアの後ろ姿を冷たい目で見つめながら、こう呟いた。

「頑張りますよ。卑怯者」

 サクラはノアとは反対に大通りの方へと歩き出し、その場を後にした。

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