第21話

 シャルロットを先頭に、建物の探索を続ける一同。

 彼女達は今、壁と床共に白いタイルで造られた、ノアの時ほど殺風景ではないが、リナとルナの時ほど豪華ではない、言うなら平凡と言ったような通路を進んでいる。

 シャルロットはいつ敵が襲ってきても反応できるよう、銃を顔の横で、銃口を上に向けて構えたまま移動している。

 そのすぐ後ろには、不安げな表情で辺りを見回しながらエマが歩いている。

 一番後ろはシルビアが、銃を手に後方からの襲撃を警戒している。

 そしてシルビアとエマの丁度真ん中の位置に居るアリスとマリエルは、今通っている通路の壁や照明などを、まるで不思議な物でも見るかのような目で怪訝そうに忙しなく見ていた。

「こんな場所……あったっけ……?」

 マリエルがぼそっと呟く。

「どういう事?」

 その言葉を聞いたシルビアが眉をひそめ、彼女に訊く。

「こんな場所、見たこと無いんです。そもそも、ホールにある四つの扉だって、あったかどうか……」

「前までは隠れてた。掛け軸みたいなものでね」

 マリエルの話に、アリスが振り向いてそう付け加えた。シルビアはアリスに視線を移す。

「どうして隠す必要が?」

「それはわからない。ヴァンパイアの件だって、お母さんは今まで一度も口にしなかった」

「知られたく無かったんじゃないかしら」

 先頭に居るシャルロットが、背を向けたままそう言った。

「シャル、どういう事?」

「知る必要が無かった――と言った方が正しいのかも。二人の父親がそう考えていたように、今回の騒動さえなければ二人が知る事は無かった。フォートリエがヴァンパイアの一族だって事をね」

「私達のお父様の事、知ってるの?」

 シャルロットに、アリスが訊く。

「マリエルに、お父様が書いた本を見せて貰ったの。その時に知ったわ」

「そうだったんだ……」

 一同の会話は、正面に扉が見えてきた事によって一度中断された。


「さてと。あなた達は一旦、ここで待っていて頂戴」

「え、ここで……?」

 シャルロットの言葉を聞き、エマが不安そうな表情を浮かべる。

「その方が安全だと思うの。今までのパターンからすると、この扉の先には厄介な奴が居るハズだからね」

「万が一何かあった場合は、すぐに入ってきなさい。その時はやむを得ないわ」

 シャルロットの説明に、シルビアがそう付け加えた。

「わかった。気を付けてね」

 年不相応の胆力の持ち主であるアリスは、すぐに承諾する。

 すると妹の前だからか、エマ以上に不安そうな表情を見せていたマリエルも、少しひきつったものではあったが、アルベール姉妹に笑みを浮かべて見せた。

「お、お気を付けて……」

 そんな二人を見て、三人の中で最も年長であるというプライドに駆られたのか、エマもわざとらしく深く頷いた。

「よ、よし。そういう事ならここで待ってるとするよ。でも、早めに戻ってきてくれよな……?」

「ねぇ、エマ」

「なんだよ、シルビア」

「あなたって、結構びびりよね」

「な……!?」

「ふふ、冗談よ。それじゃあね」

 シルビアはくすくすと笑い、エマの隣を通る際に彼女の頭にぽんっと手を乗せた。

 そして、位置に着く。

「行くわよ。シルビア」

「いつでもどうぞ」

 シャルロットが扉を勢い良く開け、シルビアが素早く侵入する。

「じゃあね!」

 シャルロットは三人にウィンクをした後、シルビアに続いて部屋の中に入っていった。


 部屋に侵入した二人は、すぐに全ての方向に銃を向けながら安全を確認する。

 確認が終わると、二人は銃を下ろしてこう呟いた。

「誰も居ないわね」

「そうみたいね……」

 しかし、二人に驚いた様子は見て取れない。扉を開ける前から、二人は気配を感じていなかった。

「もしかしたら居るかもと思って一応警戒はしてたけど、本当に居ないとはね」

 シャルロットは拍子抜けと言った様子で溜め息をつき、銃をホルスターにしまう。

「あら、何だか残念そうね。戦闘を避けられるなんてラッキーじゃないの」

 そう言って、シルビアも銃をしまった。

「それはそうだけど……。そんな事より、この部屋は一体何なのかしら?今までとは少し違うみたいだけど」

 腕を組みながら歩き出し、シャルロットは部屋を見回す。

 その部屋はノア、リナルナの時のように広くなく、一人が生活するのに丁度良いくらいの小さな部屋。

 しかし、何も無いワケではなく、部屋の中央には異様なものがあった。

「……何かしら。これ」

 部屋の中央の床に描かれた魔方陣を訝しそうに見て、シルビアは目を細めた。

「魔方陣でしょう」

「それは見ればわかるわ。どこかで見た気がするのよ。これ」

「それは私も思ってたわ。つい最近、どこかで……」

 顎に手を当て、思い出そうとするシャルロット。二人はしばらく何も言わずに自分の記憶を必死に辿る。

「……あ」

 先に、シルビアが口を開いた。

「この魔方陣、先代の戦いを記した本に写ってたものだわ」

 同時にシャルロットも思い出したらしく、顎に当てていた手をぱっと離し、人差し指を立てながらこう言った。

「マリエルに読ませて貰った本にもあったわ。確か、ヴァンパイアを召喚する為の魔方陣だったかしら」

「えぇ。奴らはここで、ヴァンパイア達を量産していた」

 シルビアはそう言ってから、舌打ちをしてこう付け加えた。

「――人間を生け贄にしてね」

 シルビアが見せた、静かな怒りを孕ませた表情。その気迫に、シャルロットは思わず気が引けてしまい、彼女から目を逸らした。

「(怖い怖い……)」


 それから二人は、部屋に魔方陣以外何も無いという事を確認し、三人が待つ通路へと戻る。

「早かったな……?」

「お望み通り?」

「……うるせぇ」

 通路を戻っていき、ホールを目指す。

 残る扉は、一つとなった。

「あの扉で最後ね。思えば、残る重臣は一人なワケだけど……」

 シャルロットがその扉へと歩いていきながらそう呟く。その言葉に、シルビアが応える。

「他にも居るかもしれないわ。私達が見ていないだけで」

「どうかしら?ま、誰であろうと闇に還すだけよ。それが私達の仕事だもの」

「簡単に行くと良いわね……」

 銃を片手に、シルビアが扉を開ける。

 その先には、今まで見た事がない異質な空間が広がっていた。

「これは……」

 厳選された素材で造られた、美しい木目が特徴的な木材製の床。壁も同じく木材でできており、天井の電球色の照明の優しい光を受けて綺麗に煌めいている。

 壁には一定の間隔で襖があり、シャルロットがその一枚に歩み寄る。

「……?」

 扉という事は見ただけでわかったものの、押しても引いても開かない事に眉をひそめる。

 しばらくしてから横にスライドさせて開けるという事に気付き、彼女は恥ずかしそうにその襖を開けた。

「な、何よ……!」

 しかし、襖の向こうに空間はなく、襖を開けたシャルロットの前には壁がでてきただけであった。

「何やってんのよ……」

 溜め息混じりにそう言いながら、シャルロットの横を通り過ぎるシルビア。他の三人も、それに続いて歩き始める。

 シャルロットは襖に隠れていた壁に舌を出して悪態をついてから、その場を離れた。


 見慣れないその和風な通路を進んでいく一同。

「悪趣味ね……」

 その趣向を理解できないシャルロットが呟く。

「そう?私は嫌いじゃないけど。落ち着きがあって良いと思うわ」

 意外にも笑みを浮かべてそう答えたのは、シルビアであった。

「ちょっと正気?こんな質素な造りのどこが良いってのよ!」

「派手好きのあなたはそうでしょうね。これでシスターだってんだから笑わせるわ」

「そのセリフ、あなたにだけは言われたくないわね」

「それは残念」

 シャルロットが噛み付き、シルビアがそれに少しだけ反撃してからさっと引く。そんなアルベール姉妹のいつもの些細な口論はすぐに終わり、一同は通路の最奥にある扉の前にやってきた。

「それで?落ち着きがあって良いこの通路の先にあるこの扉の先には何が待っているというのかしら?シスターシルビア?」

「この上ない程嫌味たっぷりな言い方どうもありがとう。それは私にもわからないわ」

「ちぇ……。あっそ……」

 不機嫌そうに口を尖らせるシャルロット。シルビアは気にもせず、三人の方に振り返る。

「さっきと同じよ、あなた達。ここで待っていて頂戴。すぐに終わらせるわ」

「今度こそ、誰かが居るのか……?」

 エマの質問。シルビアは静かに頷いた。

 更に、そっぽを向いていたシャルロットも再びこちらに顔を向ける。そして、忌々しそうにこう答えた。

「えぇ、居るはずよ。――気に入らない女がね」

「気に入らない女?」

 シャルロットは答えずに銃を抜き、扉のドアノブに手を掛ける。言葉無しに阿吽の呼吸でシルビアも位置につき、手のひらの痛みに表情を少し歪めながらも銃を構え、準備をする。

 目を合わせて頷き合い、シャルロットは扉を開ける。

 二人はそのまま、三人の方に顔も向けずに部屋へと入っていった。


 一言で現せば、そこは道場であった。

「これまた変な場所ね……」

 足をしっかりとグリップしてくれる針葉樹の床のその感覚を確かめるように、その場で足踏みをするシャルロット。

 シルビアは、道場の中央でこちらに背を向けて正座をしている一人の女性を見つめていた。

「お揃いのようですね」

 その女性が、顔を少しだけこちらに向けてそう呟く。それにシルビアが応える。

「外に三人居るわ。あなたが護衛してくれた三人がね」

「ふふ、ご無事で何よりです」

 自分の横に揃えて置いてある日本刀を手に取ってゆっくりと立ち上がり、結ってある髪をなびかせながら振り返る。

「話は不要です。始めましょうか」

 サクラは日本刀を抜き、刃先を二人に向けた。

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