第7話

 翌朝――

「ぅん……」

 朝日が登ってしばらく経った所で、カーテンの隙間から差し込む朝日に起こされ目覚めたのはシャルロットであった。

「(よく寝たわね……)」

 身体を伸ばして欠伸をして、他の一同の様子を見る。隣で寝ているアリスは、実に子供らしい可愛い寝顔で気持ち良さそうに眠っている。隣のベッドでは、酒の影響で寝相が悪いシルビアと、その寝相の悪さに眠ったまま苦悶の表情を浮かべているエマが見える。

「(シルビア……相変わらずね……)」

 シャルロットは苦笑を浮かべ、ベッドから立ち上がる。すると、アリスが目を覚ました。

「シャル……おはよう……」

「おはよう、アリス。起こしちゃったかしら?」

「ううん、大丈夫」

 乱れた髪の毛を軽く整え、アリスもベッドから出る。

 二人の次に起きたのは、シルビアであった。突然むくっと身体を起こし、ぼけっとした表情で二人を見る。

「……喉乾いた」

 そう呟きベッドから出て、ふらふらと覚束ない足取りで冷蔵庫の元に歩いていく。

 冷蔵庫の中に入っていたペットボトルの水を一気に飲み干すシルビアを、アリスは少し困惑気味な様子で見つめる。ぼさぼさの髪の毛でぼけっとしているシルビアの姿は、普段のクールな彼女からは到底想像がつかないものであった。

「全く、何時まで飲んでたのよ?」

 呆れた様子で溜め息をつくシャルロット。

「覚えてないけど……明るくなり始めてた気がする……」

「あっそ……」

 そこで、エマも目覚める。

「なんか全然疲れが取れてないぞ……」

「おはよう、エマ。災難だったわね」

「な、何が……?」

「ふふ、なんでもないわ。朝食に行きましょう?」

「おう……」

 一同は身だしなみを整え、部屋を出た。


 ホテルを出て喫茶店に入り、一同はそこで朝食を取る事に。

 注文を済ませて待っている時に、エマがシャルロットにこう訊いた。

「それで、具体的にはどうするつもりなんだ?」

「どうするって?」

 コーヒーを片手に、きょとんとした顔で訊き返すシャルロット。

「どうするも何も、フォートリエの屋敷に乗り込んで話を聞くだけよ。相手の態度次第では、手荒なマネをする事になると思うけど」

 シャルロットの代わりにそう答えたのは、酔いが覚め、普段通りに戻っているシルビアであった。

「しつこいようだけど、大丈夫なのかよ?」

「何が?」

 今度はシルビアが訊き返す。

「昨日話した通りよ。覚悟なんて私達はとっくにしてる。それに、奴らに遅れを取るような事も無いと思ってるし」

 先程と同じように、訊かれたシルビアではなくシャルロットが代わりに答えた。

 そこで、シルビアが何かを思い出し、アリスに視線を移す。

「そうだ。アリス、十字架は私達が預かるわ」

「え?」

 反応したのはアリスではなくシャルロット。

「十字架があるから奴らに狙われるのよ。だったら、今から奴らに喧嘩を売りに行く私達が持ってれば好都合でしょう?」

「それは確かに、そうね」

 シャルロットはすぐに納得し、頷いて見せる。

「でも、二人が危険なんじゃ……」

 二人を心配して、そう呟くアリス。シルビアがすぐに答える。

「さっき言ったでしょ?今から喧嘩を売りに行くんだから、十字架を持っていようが持っていまいが、私達が狙われる事に変わりは無いのよ」

「確かに、よくよく考えてみればお前らが持ってるのが一番安全だよな。私達は戦えないし、襲われたら終わりなんだから」

 エマもシルビアの意見に賛同する。すると、アリスはシルビアとシャルロットの顔を交互に見てから、首に掛けてある十字架を外してそれを机の上に置いた。

「……わかった。そうする」

「それじゃ、私が預かるわ」

 シャルロットが十字架を手に取り、それを首に掛ける。

「全てが終わったら、ちゃんと返すわ」

 と言った後、

「…嫌な思い出だし、要らないかな?」

 すぐにそう訂正する。

 少しの間、アリスは悩む。そして、哀しげな笑みを浮かべて、答えを出した。

「持っていたい。……形見として」

 その言葉に、シルビアとシャルロットの二人は深い意味を感じた。

 一つはフォートリエの敗北、つまりは二人の勝利の確信。そしてもう一つは、それによって自分の母親が亡き者になるという覚悟であった。

「……必ず、返すわ」

 シャルロットは首に掛けた十字架を握りしめ、そう答えた。


 朝食を済ませた四人は、そのまま町の外れに移動する。

「ここでお別れよ。二人共」

 正面に森が見えてきた所で、先頭を歩いていたシルビアがエマとアリスを見ながらそう言った。

「……わかった」

 二人を見送る覚悟を決めていたエマは、すぐに立ち止まる。

 しかし、アリスはシャルロットの側を離れようとしなかった。

「アリス……」

 シャルロットが膝を曲げ、アリスを正面から見つめる。アリスは俯き、シャルロットの服の袖を引っ張る。

「……」

 何も言わずに、ぐっと引っ張る。

 幼い少女のわがままに、シャルロットは思わず微笑んだ。

「大丈夫。絶対に戻ってくるわ。約束する」

「……本当?」

「えぇ。必ず。だから、それまではエマと待っていて?お願い」

 アリスの頭を優しく撫でるシャルロット。すると、アリスはすっとシャルロットの服の袖を離した。

「……約束だよ」

「……うん」

 アリスを優しく抱き締めるシャルロット。

「行くわよ、シャル」

「えぇ」

 シルビアの言葉に返答をして、シャルロットはアリスからすっと離れる。

「それじゃあね。アリス」

「……」

 アリスは目元に溜まっている涙を指で拭い、笑みを浮かべて頷いた。


「随分となつかれてるわね。シャル」

 二人と別れて森に入った所で、シルビアがシャルロットに訊く。それを受け、シャルロットはいたずらっぽく笑う。

「あら、もしかして嫉妬?」

「違う!」

 慌てて否定したシルビアに、シャルロットは再び笑みを浮かべる。

「ふふ、わかってるわよ。私はただ、あの子の心の傷を埋めてあげたいだけよ」

「心の傷?」

「えぇ。あの子は、何が起きたのかもわからぬまま、突然母親という存在から離れる事になった。ショックを受けるなと言う方が無理な話よ」

 それを聞き、眉をひそめるシルビア。

「母親の代わりになるって事?」

「それは難しいわね。母親って存在は、その人間にとってこの世でたった一人。代わりなんて居ないわ」

「そうでしょうね……」

「それに、まだ母親って年齢でも無いでしょ?こんなに若くて綺麗な――」

「はいはい、そうね……」

 二人はフォートリエの屋敷を目指し、森の中を進んでいった。


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