第6話

「見えてきたわね」

 正面に見えてきた町の明かりを見て、シャルロットが呟く。

 ロコン村から一番近くにある大きな町、ユーティアス。

「親父、まだ起きてるかな」

 エマの父親が入院しているのも、この町の病院であった。

「私達も一晩休みましょう。今フォートリエの屋敷に行くのは視界が悪くて危険だわ」

「そうね」

 シルビアの提案に、頷いて見せるシャルロット。

「もう一晩、一緒に居られるの?」

 アリスがシャルロットの服の袖を引っ張り、そう訊く。

「ふふ、今日は一緒に寝ましょうか?」

「……うん」

 顔を赤くしながらも嬉しそうに笑ったアリスを見て、シャルロットもまた笑みを浮かべた。


 町に到着した所で、シルビアがエマに顔を向ける。

「エマ、あなたはどうするの?」

「親父に会いに行ってみる。まだ起きてたら、ロコン村の事情を話してみるとするよ」

「そう。わかったわ」

 エマは三人と別れ、病院へと向かう。三人は近くにあったホテルに入り、そこで一晩宿泊する事にした。

 シャルロットが受付をしている間、アリスがシルビアを見てとある事に気付く。

「どうしたの?シルビア」

 彼女はいつになく、そわそわした様子で窓の外を眺めていた。

「え?い、いえ別に……何でもないわ……」

「――行ってきなさいよ」

 背を向けたままそう言ってから、シャルロットが振り返る。

「お酒でしょ?聞かなくてもわかるわ」

 すると、シルビアは恥ずかしそうに顔を赤らめて、出口へと向かっていった。

「……すぐに戻るわ」

「はいはい、ごゆっくり……」

 苦笑を浮かべるシャルロット。

「お酒?」

 アリスはきょとんとした顔をシャルロットに向ける。シャルロットは呆れた様子で溜め息混じりに答えた。

「シルビア・アルベールっていうシスターは、三度の飯よりお酒が好きなのよ。煙草もだけど」

「(シスター……)」

 アリスはきょとんとしたまま、窓から見える早足で歩くシルビアの姿を見つめていた。


「(さて、どこが良いかしら)」

 ホテルから出てあちこちにある酒場を目で見て吟味するシルビア。真面目で堅い性格のシルビアも、好物の酒を目の前にすると表情が綻ぶのだ。

「(ここねっ)」

 選んだのは年季が入ってそうな古ぼけた看板が目印の小さなバー。そこに、ご機嫌で入っていく。

 席に着くなりお気に入りの銘柄のウィスキーを注文し、煙草を取り出してその一本を咥える。

 火を点けようとライターを構えたその時、横からすっと別のライターが伸びてきた。

「こんばんは」

 そのライターを点火してシルビアにそう挨拶したのは、フォートリエの重臣の一人であるサクラであった。

「……」

 シルビアはサクラと彼女のライターの火を交互に見た後、正面に向き直って自分のライターで煙草に火を点ける。

「何の用?」

「あら、ツレない方ですね」

「ヴァンパイアのライターなんかで煙草は吸いたくないわ」

「それは残念」

 くすくすと笑いながらライターをカウンターの小物入れに戻し、シルビアの隣に腰掛けるサクラ。それを見て、シルビアはむすっとした表情を浮かべ、ジャケットの内側の祓魔銃に手を伸ばす。

「何よ、ここで始める?」

「そんなつもりはありませんよ。ここは静かにお酒を嗜む場所、そうでしょう?」

 サクラはそう言って、自分の分のカクテルを注文する。よく見てみると、彼女は何も武器を持っていなかった。

 彼女が何を考えているのかが全くわからないシルビアは、ただただ怪訝そうにサクラを横目で見つめていた。

 二人の前にそれぞれ注文した酒が用意され、二人は何も言わずにその酒に口をつけ始める。

「一つ、訊いても良いですか?」

 しばらく無言が続いた後、サクラが手に持っている自分のグラスをまじまじと見つめながら、シルビアに訊いた。

「あなたは何故、戦うのです?アルベール家の人間だから、ヴァンパイアハンターだから?」

「あんたには関係無いわ」

 冷たくあしらい、グラスに口をつけるシルビア。

「ふふ、そう言われてしまえば、返す言葉はありませんね」

 サクラはくすくすと笑い、綺麗な空色のカクテルを一口飲んだ。

 シルビアは煙草を口元に持ってきて、ゆっくりと煙を吸い、ゆっくりと吐き出す。そして答え直す。

「あんたの言う通り、ヴァンパイアハンターだからよ。それが生まれた時からの宿命、私とシャルが背負っている宿命よ」

「その宿命に殉ずると?」

「他に理由が?」

「……いえ。そうですね」

 苦笑して、再びカクテルを口に運ぶサクラ。

「あんたは?」

「え?」

「私は答えたでしょう。あんたも答えなさいよ」

「私はフォートリエ様に仕える身ですから。他に理由などありませんよ」

「ふーん……」

 つまらなさそうに相槌を返し、ウィスキーに口をつける。

「……何か?」

 シルビアの様子が気になったサクラが聞き出そうとする。

「つまらない人間だと思ってね。お互いに」

「どういう意味です?」

「決められた理由で戦って、負ければ死ぬ。自分の意思なんてあったものじゃないわ」

「不服なんですか?そんな自分が」

「別に」

 それ以上会話をする気は無いらしく、シルビアは口をつぐんでしまう。

 見て悟ったサクラはカクテルを飲み干し、紙幣をカウンターの上に置いて立ち上がる。

「話せて良かったです。次に会う時は、敵同士ですね」

「まるで今まで敵じゃなかったような言い方ね」

 顔すら向けずにそう答えるシルビア。サクラは何かを考え少し黙り込んだ後、彼女にこう言った。

「シルビア・アルベール。これが最後の警告ですよ。大人しく十字架を渡してください」

「断るわ」

 シルビアは即答した。

「欲しければ力づくで奪ってみなさい。言っておくけど、十字架は私達が預かるわ。もうアリスを襲っても意味は無いわよ」

「何故そんなマネを?」

「さぁね。とにかく、十字架が欲しければ私達を殺して奪いなさい。それだけよ」

 顔をサクラに向け、彼女をきっと睨み付けるシルビア。

「……わかりました。それでは、また」

 サクラは不適な笑みを浮かべてそう言い、バーから出ていった。

「……」

 シルビアはウィスキーが入ったグラスを見つめたまま、しばらく考え込む。

何故彼女は武器も持たずにここに来たのか、何故彼女は戦う理由を訊ねてきたのか、何故彼女は警告をしたのか。

 そして、サクラに抱いた不思議な違和感。

「…わからない女ね」

 シルビアはそう呟き、ウィスキーが入ったグラスを一気に煽った。


 一方――

「シャル、居るか?」

 フロントでシャルロットとアリスが居る部屋の番号を聞いてやってきたエマが、部屋の扉をノックする。

 すぐに、シャルロットが扉を開けた。

「おかえり、エマ。早かったわね」

「ロコン村の話をしただけだからな。警察にも話したし、明日、早速見に行ってくれるらしい」

「警察が……ね。ヴァンパイアの話なんて信じてくれるかしら?」

「実際に事が起きてんだ。信じるしかねぇだろ」

「それもそうね」

 エマが部屋に入ると、既にベッドの上で静かに寝息を立てているアリスの姿が見えた。

「なんだ、もう寝てんのか……?」

 エマは慌てて声のボリュームを下げる。

「今さっき寝ちゃった所よ。当然だけど、疲れてるんでしょう」

「まぁ、無理もねぇか」

 エマは小さく笑って、椅子に腰掛けた。シャルロットも小さな机を隔てて向かいにある椅子に座る。

 先に話を切り出したのは、エマだった。

「明日、本当に行くのか?」

「勿論。待ってたって仕方がないでしょ?」

「そりゃそうだけどさ……」

「どうしたのよ?」

 歯切れの悪いエマに、シャルロットは眉をひそめる。

「……変な事訊いても良いか?」

「あんまり変な事はダメよ?」

「わかってる……。その……怖くねぇのか?」

「怖くは無いわ」

 シャルロットは即答した。

「私はヴァンパイアハンターよ。ヴァンパイアとの戦いで死ぬ事くらい覚悟してるわ。その為に生まれてきたようなものなんだから」

「でも――」

「あなたにはわからないわよ」

 シャルロットはなるべく刺の無いよう、優しい口調でそう言った。

「アルベール家の人間でしかわからないわ。恐怖よりも、責任感の方が強いのよ。先祖代々受け継がれてきたヴァンパイアハンターという職務。それはとても崇高で、偉大なもの」

「……」

「だから自分が死ぬ事よりも、その歴史に泥を塗る事の方がよっぽど怖いわ。私はそう考えてる」

 シャルロットの強い覚悟。それを聞いたエマは苦笑を浮かべてこう言った。

「お前、凄い奴なんだな」

「ふふ、そんな事ないわよ。これでフォートリエを止める事ができなかったら、お笑い草も良い所よ」

「そんな事ねぇよ。お前はすげぇ」

「そんなにべた褒めされると、なんだかちょっと照れるわね……」

 恥ずかしそうに苦笑を浮かべるシャルロット。そして誤魔化すように立ち上がり、ベッドに向かう。

「明日は早く出るわ。もう寝るわよ」

「……了解」

エマはいたずらっぽく笑った。


 その後、シャルロットはアリスのベッドに、エマはもう一つのベッドに入ってあとは寝るだけとなった所で、エマが不意に訊く。

「シャル。シルビアは?」

「飲みに行ってるわ。多分朝まで帰って来ないでしょう」

「シスターがそれで良いのかよ……」

「大丈夫よ。多分」

「言葉が無ぇぜ……」

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