第5話


 その後、二人は一度教会に戻り、アリスとエマの元へと戻った。

「さて、これからの事を話し合いましょうか」

 シルビアが話を切り出した。

「決まってるわ。フォートリエの屋敷に殴り込みよ」

「待ちなさいシャル」

 今にも一人で走り出してしまいそうな勢いのシャルロットを、シルビアが宥める。

「シルビア!他に何をする事があるのよ?」

「私達はそれで構わないわ。でも、村が安全で無くなった以上、二人を放っておく事はできないでしょう」

 シルビアに正論を突き付けられ、シャルロットは反論しようと何かを言い掛けたが、すぐに口をつぐんでそっぽを向いた。

 シャルロットが落ち着いたのを見て、シルビアは安心した様子でエマとアリスに視線を移す。

「エマ、匿って貰える場所はあるの?」

「叔母さんの家が近くの町にある。近くっつっても、それなりには遠いけど」

「何日かけたって構わないわ。まずはそこに向かいましょう」

「今からか?」

「そうよ。この教会が安全ではなくなった以上、ここで一晩明かすというワケにもいかないでしょう」

「そりゃまぁ、そうだけど……」

「準備をしなさい。場所が割れているこの村は今一番危険なんだから」

 立ち上がり、自室に向かうシルビア。

「ねぇ」

 シャルロットが呼び止める。シルビアは何も言わずに振り返り、シャルロットを見る。

「ちょっと時間をくれないかしら?シャワーを浴びたいの」

「……わかったわ。早めに済ませなさいよ」

「ありがと」

 自室へと向かうシャルロットに、アリスもついていく。

「シャル……」

「あら、どうしたの?」

「私も……」

 恥ずかしそうに、顔を赤くしながらシャルロットの服の袖を引っ張るアリス。

「ふふ、良いわよ。行きましょ?」

 部屋に向かった二人を見て、シルビアがエマに訊く。

「あなたは?」

「お、お前とか!?」

「バカ。私の後よ」

「あぁ……だよな……」

 エマはシルビアと共に彼女の部屋に入っていった。


「アリス、足は大丈夫?」

 シャルロットがシャワーからお湯を出す前に、アリスにそう訊く。

「うん。もう痛くない」

「……痛くない?全然?」

「うん」

 見てもらった方が早いと、自分の足の裏を見せるアリス。数時間前のぼろぼろであった彼女の足は、嘘のように元通りになっていた。

「(これも……ヴァンパイアの血の力……?)」

「……シャル?」

「あぁ、ごめんなさい。なんでもないわ」

 誤魔化すようにそう言って、アリスの頭にゆっくりとお湯をかける。

「熱くない?」

「うん。大丈夫」

 アリスの綺麗な金髪を撫でるように濡らしていくシャルロット。

 しばらくすると、アリスが小さな声でシャルロットを呼んだ。

「シャル」

「なーに?」

「……ごめんなさい」

 シャルロットは思わず手を止め、アリスの後ろ姿を見つめる。

「私がこの村に来たから、ヴァンパイアはこの村に現れた。私が来なければ、みんなは――」

「それは無いわ」

 シャルロットは強い口調で、アリスの話を遮った。アリスは驚き、振り向いてシャルロットの顔を見上げる。

「あなたが十字架を持って逃げ出さなければ、私達でも手に負えないようなヴァンパイアが復活してた。そうなれば、こんな小さな村は一瞬で滅んでたハズよ。勿論、私とシルビアだってね」

「でも――」

「でもも何もへちまも無いわ。あなたが来てくれたから、最悪の事態は免れる事ができたの。本当よ?」

「……」

 シャルロットが気を使ってくれているのだと思い、アリスは気まずそうに、申し訳なさそうに俯く。

 そんなアリスを見て、シャルロットは彼女を優しく抱き締めながらこう言った。

「これは宿命なのよ。アルベール家に生まれた時から、私はどんな運命だって覚悟してた。嘆いたって仕方ないし、ましてや誰かを恨むなんて事だってしない。だって決められている事なんですもの」

「シャル……」

「ほら、頭洗うわよ?」

 そう言って、そっとアリスの身体を離すシャルロット。

 アリスはシャルロットの優しさに嬉し涙を浮かべながら、彼女にこう言った。

「……ありがとう」

「ふふ、どういたしまして」

 シャルロットはにこっと笑い、アリスにそう言った。


 一方、シルビアの部屋では、先にシャワーを浴びているシルビアを待っているエマが、退屈しのぎに部屋を見回していた。

「殺風景だなぁ……」

 必要最低限の家具しか置いてないシルビアの部屋を見て、思わずそう呟いてしまうエマ。

 エマ自身も年頃の少女が好むような装飾などには興味を持たないが、それでもそう思えてしまう程、シルビアの部屋は単調な風景であった。

 反対に、妹のシャルロットの部屋は色とりどりの家具や装飾がなされている。

「双子……なんだよな……」

「何か言った?」

 いつの間にかシャワーを浴び終えていたシルビアが、エマの背後で乾かした髪を縛りながら彼女の呟きに反応した。

「うわぁっ!居たのかよ!?」

「居たわよ。それで、なんですって?」

「い、いや別に……」

「あっそ。シャワー、入るならさっさと入ってきなさい」

「おう……」

 聞かれていなくて良かったと思いながら、エマはそそくさとバスルームに向かった。


 エマがシャワーを浴び終えてリビングに戻った所で、再び全員が揃った。

 アルベール姉妹の二人は同じ格好であったが、アリスとエマはそれぞれ二人の服を借りている。

 アリスはシャルロットから借りた、彼女がアリスと同じくらいの時に着ていた白いワンピースをとても気に入ったらしく、嬉しそうな表情を浮かべている。

 逆にシルビアからぶかぶかのTシャツとジーパンを借りたエマは、複雑な表情を浮かべていた。

「何よその顔は」

「いや……別に……」

 シルビア、シャルロットの二人は祓魔銃の予備弾倉を持てる数だけ持ち、アリスとエマの二人と共に裏口から教会を出た。


 辺りは既に暗くなっており、ただでさえ暗い山道は暗闇そのもの。

「しっかりついてきてね?アリス」

「わかった」

 隣町へ買い出しに行く事もあり、道を熟知しているシャルロットがアリスに微笑みかける。

「はぐれたら置いてくわよ」

「ホントに双子なのか……?」

 妹とは真逆の冷たいシルビアに、エマは思わず苦笑を浮かべた。


 シャルロットが先頭、シルビアがしんがりを歩き、辺りを警戒しながら夜の山道を進んでいく。

「なぁシルビア。ヴァンパイアの事だけどよ……」

 シルビアの前を歩いていたエマが少し歩くスピードを落として隣につき、彼女に話し掛ける。

「どうしたのよ」

「奴等はそのディミトリとやらを復活させてどうしたいんだ?」

「人類を皆殺しにして、ヴァンパイアの世界を創る。三百年前、奴が掲げていた野望らしいわ」

「乗っ取る……って事?」

「そういう事ね」

 その時、先頭を歩くシャルロットが突然立ち止まり、アリスを自分の背中に追いやる。

「シャル……?」

 アリスは不安げにシャルロットを見上げる。

「来るわ」

 シャルロットは祓魔銃を取り出し、そう呟いた。シルビアも銃を構え、後方を確認する。

 辺りから、ヴァンパイアの雄叫びが聞こえてきた。

「ま、マジかよ……!?」

「エマ、あなたは私の後ろに隠れていなさい。死にたくなければね」

「頼まれたって離れねぇよ……!」

 一体目が、シャルロットの方に現れる。そのヴァンパイアは、今までとは違う個体であった。

「奇抜な格好のヴァンパイアね」

 暗闇と同化している黒い忍び装束。手にはクナイを持っており、ヴァンパイアのイメージとは程遠い格好。

 一同は忍び装束という物自体は知らなかったものの、暗闇において絶大な迷彩効果を発揮するという事は見ただけでわかった。

 しかし、ヴァンパイアの気配を察知するヴァンパイアハンターとしての二人の感性が、目の前に居る者は間違いなくヴァンパイアだと告げている。シャルロットは引き金を引き、銀の銃弾でその答えを確かめた。

 その銃弾はヴァンパイアの素早い動きと迷彩のせいで狙った箇所である頭部からは外れたが、その個体の右肩を貫いた。

 命中したその部分が一瞬で燃え、灰になり、右腕がぼとりと地面に落ちる。二人の感性が間違いないものである事が証明された。

「シルビア!こっちからも来るぞ!」

 エマの声を聞き、彼女が指差す方に銃を構える。そちらには、闇の中を低い姿勢で駆け抜けてくる二体のヴァンパイアが見えた。

「……なるほど。これは厄介ね」

 辺りの闇と同化しているその迷彩に、シルビアは思わず舌打ちをする。

 銃弾は狙った箇所からことごとく外れ、迫り来るヴァンパイア達に有効打を与える事ができない。

 ついに、シャルロットが一体のヴァンパイアに接近を許してしまった。

 クナイが振り下ろされる。

 しかし、シャルロットはそのヴァンパイアの腕を横に捌き、ヴァンパイアが体勢を崩した所で銃をこめかみに突き付けて引き金を引いた。

 頭に風穴を開けられたそのヴァンパイアは地面に倒れ、そのまま灰になる。

「残念だったわね。接近戦だってお手の物なのよ?」

 シャルロットはニヤリと笑って、灰となったヴァンパイアに向かってそう呟いた。

 それからも次々と襲ってくる忍び装束のヴァンパイア達。

 二人はそれらを祓魔銃で仕留めていき、接近を許した者は体術で動きを止めた後、銀の銃弾でトドメを刺す。

「遅い!」

 飛び掛かってきたヴァンパイアをハイキックで蹴り返し、倒れた所に銃撃によるトドメを刺すシャルロット。

 丁度その反対では、シルビアが飛び掛かってきたヴァンパイアの身体を避け、後頭部を手で押さえ付けるようにして地面に顔面から落とし、上から銃口を突き付けて発砲してトドメを刺していた。

 ヴァンパイアを葬る為の祓魔銃に加え、二人の洗練された体術。その二つの武器には、ヴァンパイア達が暗闇に同化していようが敵う事は無かった。

 最後の一体をシャルロットが回し蹴りと銃撃で仕留めた所で、辺りのヴァンパイアの気配は完全に消えた。

「今ので最後みたいね」

 シャルロットが銃をしまいながら、シルビアを見る。

「そのようね」

 そう答え、シルビアも銃をしまう。

「お前ら、ホントにヴァンパイアハンターなんだな……」

 二人の戦いを見ていたエマが、苦笑を浮かべながらそう呟く。その言葉に答えたのは、いたずらっぽい笑みを浮かべたシャルロット。

「嘘だと思ってたの?残念だけど本当なのよ」

「……感動した」

「なんでよ」

 一同は再び、隣町を目指して暗闇に包まれた山道を歩き出した。


「なるほど。祓魔銃に頼るだけの、名ばかりのヴァンパイアハンターではなさそうですね」

 アルベール姉妹の二人の戦いを見ていたのはエマとアリスの二人だけではなかった。

「ふふ、やりがいがあるというものです……」

 遠く離れた場所から見ていたサクラは楽しそうに笑いながらそう呟き、数体の忍び装束のヴァンパイアを引き連れてその場から去っていった。

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