第4話
「遅かった……!」
走りながら祓魔銃を取り出すシルビア。隣を走るシャルロットも銃を抜き、村を蹂躙しているヴァンパイア達を視界に捉える。
村に近付く程に、その惨状は明らかになっていった。
無惨に亡骸となって倒れている人間は皆知っている顔。住んでいた家族の歴史や思い出などが詰まっていた家々は無慈悲に炎に包まれ、今も轟々と燃えている。
「そんな…」
村に到着してその光景を目の当たりにしたシャルロットは声を震わせ、思わずその場に膝から崩れ落ちた。
その時、獲物を探して徘徊していたヴァンパイアが彼女に気付き、牙を剥いて襲い掛かる。
放心状態のシャルロットは反応できない。
しかし、隣に居るシルビアが冷静に銃を構え、そのヴァンパイアの頭を撃ち抜いた。
「シャル、教会に急ぐわよ。哀しむのは後でいくらでもできるわ」
「シルビア……」
「これ以上、惨劇を生まない為に。……ほら」
シャルロットに手を差し伸べるシルビア。シャルロットはその手を取って立ち上がり、一度深呼吸をする。そして自分の両手で自分の頬を二回叩き、シルビアに向き直る。
「……行きましょう」
その表情は先程までの絶望に暮れたものではなく、強い決意を感じられる表情であった。
これ以上、惨劇を生まない為に。シルビアのその言葉が、彼女の心を強く動かした。
教会に向かう二人であったが、それをヴァンパイア達が黙って見過ごすハズもない。村に侵入していた全てのヴァンパイア達が、二人の行く手を阻んだ。
「キリがないわね!」
三つ目の弾倉を撃ち尽くした所で、シャルロットが舌打ちをする。
「何体居るのかしらね。確かに、困ったものだわ」
正面から飛び掛かってきた二体のヴァンパイアを撃ちながら、シルビアが答える。
「……随分と余裕そうね」
「そう見える?これでも手一杯よ」
「あっそ……」
ヴァンパイアの迎撃はこなしながらも、少しずつ教会に近付いていく二人。
二人が教会に辿り着いた時には、大量に持っていた予備の弾倉が残り一つとなっていた。
「これ以上の増援は勘弁願いたいわね」
最後の弾倉を装填しながらシルビアが呟く。すると、今まで絶え間なく襲い掛かってきたヴァンパイア達の攻撃が、不意にピタリと止まった。
ヴァンパイア達は溢れんばかりの殺意を醸し出しながら二人を捉えてはいるが、近付く事ができずに二人からじりじりと離れていく。
「あら、今更怖じ気づいちゃったのかしら?」
嘲笑を浮かべるシャルロット。
「結界の影響よ。この教会のね」
銃を下ろしながら、シルビアがそう答えた。
二人は威嚇するばかりのヴァンパイアを尻目にして、教会の中へと入る。
悲惨な事になっている外とは異なり、教会の中は一切荒らされていなかった。
しかし、正面に見える聖母像の元に、見慣れない人物が一人座り込んでいる。
着ている服はボロボロで、服というよりはただの黒い布きれと言った方が正しい程。しかし、その格好には似つかわしくない、綺麗な緑髪と真紅の瞳を持つ少女であった。
その少女は現れた二人を見て、呆れたように溜め息をつく。
「やっと来た。待ちくたびれたよ」
気だるそうに立ち上がり、二人に向かって歩いていく少女。
「……知り合い?」
銃を構えながら、シャルロットがシルビアに訊く。
「いいえ」
首を横に振って見せた後、シルビアも銃を構えた。
「ご挨拶だね。初対面の人間にいきなり銃口向けるなんてさ」
両手を上げて苦笑気味に笑う少女。それを受け、シルビアは嘲笑気味に笑い返す。
「確かに失礼ね。あなたが人間であるのなら、謝るわ」
「じゃあ、謝んなくていいや」
「そう」
素っ気ない返事を返し、躊躇い無く引き金を引くシルビア。少女は身体を捻って、その銃弾を避けた。
「危ないなぁ。当たったらどうするんだよ?」
「当てるつもりで撃ったのよ」
「ボクが悪者かどうかもわからないのに?」
「いえ、あんたは邪悪な存在よ」
「何故?」
その質問に答える前に、シルビアは再び少女の眉間に銃弾を撃ち込む。それが避けられた後、シルビアは質問に答えた。
「勘よ」
「ははは……。勘と来たか……」
少女は呆れたように、また笑う。
しかし次の瞬間、少女は一瞬にして二人の目の前に移動した。
「な……!?」
思わず喫驚の声を上げるシャルロット。
少女の身体にずっと銃の照準を正確に合わせていたハズのシルビアでさえも、彼女の動きは見えなかった。
少女は動揺している二人を右足でそれぞれ左右に蹴り払う。
シルビアは右手で、シャルロットは左手でそれを防いだが、少女の見た目からは想像もつかないその蹴りの威力に耐えきれずに吹っ飛び、二人は並べられている長椅子に叩き付けられる。
倒れている二人を見て、少女は楽しそうに笑いながらこう言った。
「紹介が遅れたね。ボクの名前はノア。フォートリエ様に仕えるヴァンパイアだ」
「やっぱり、フォートリエの手先なのね……」
椅子に叩き付けれた際の衝撃に表情を歪めながら立ち上がり、シャルロットが呟く。
反対に蹴飛ばされたシルビアも無事とは言えなかったがすぐに立ち上がり、シャルロットの元へと歩いていく。
するとそんな二人を見たノアが、呆れた様子で両手を上げながら意外な事を口にした。
「まぁそうカッカしないでよ。ボクは別に君達と戦いにきたワケじゃないんだ」
その言葉に、銃を構えたままじっとノアを睨み据えているシルビアが答える。
「先に手を出したのはそっちでしょうが」
「先に撃ってきたのはそっちだったろう?」
「そうだったかしら」
「……まぁ、いいや。弾当たってないし」
更にノアは踵を返して聖母像の方へと歩き出し、二人に背を向ける。
「ボクの目的はアリス・フォートリエ……正確に言えば彼女が持っている十字架だ。彼女の居場所を教えてくれるかな」
「そう。見つけられなかったのね」
鼻で笑うシルビア。
「村の連中に訊いても、みんな知らない知らないって言うからさ。言えば助けてやるとは言ってみたんだけどね」
シャルロットの表情が暗くなる。そして彼女は冷たい視線をノアに向ける。
「みんな本当に知らなかったのよ?それなのに――」
「なんだ、そうなの?まぁいいや。いずれにしろ連れてきたヴァンパイアが殺していたと思うし。十字架の場所は君達に聞けば問題ない」
「ッ!」
シャルロットの歯軋りが聞こえてくる。怒りに満ちている彼女の表情を見て、ノアはニヤニヤと笑っていた。
「もう一つ教えなさい。ヴァンパイアなのに、あんたはどうして教会に入れるの?」
シルビアの質問。
「こんな古ぼけた結界で足止めできるのは、せいぜい下級のヴァンパイアぐらいだよ」
「……そう」
突然引き金を引くシルビア。
「もう喋らなくて結構よ。黙って死になさい」
シルビアの銃弾を避け、苦笑を浮かべるノア。
「酷い人だなぁ。いきなり撃つのは止めてって――」
「うるさい」
ノアが最後まで喋り切る前に再び発砲するシルビア。すると、完全に見切る事ができなかったらしく、四回目の発砲にして初めて、ノアの頬にかすり傷をつけた。
「そうかいそうかい、わかったよ」
ノアは頬の傷を確認するように触れた後、気だるそうに首を回しながらそう呟く。そして突然、二人に向かって凄まじい速さで走り出した。
「もう容赦しねぇッ!」
シルビアに飛び掛かり、押し倒そうとするノア。
力比べでは勝ち目が無いと判断し、シルビアは距離を離して銃撃で迎え撃とうとする。
シャルロットはその間にも下がりながらノアに発砲していたが、ノアの素早い動きを捉える事ができず、それは無駄弾となってしまった。
ノアは逃げたシルビアを更に追う。
追い掛けてくるノアに、銃を構えるシルビア。そして、素早く三回発砲する。
ノアはその銃弾を残像が残る程の速さのステップで避け、隣にあった長椅子をシルビアに向かって蹴り飛ばす。
シルビアは左右後ろに避けては当たると思い、ノアが居る前方へと転がり込んで長椅子を避け、立て膝のまま素早く銃を構えて発砲する。
しかし、その銃弾も避けられ、ノアはシルビアの目の前にやってきた。そして、シルビアの銃を蹴り落とす。
「残念だったね」
「何が?」
「お前の負けだ。ヴァンパイアに歯向かうなんて愚の骨頂って事さ」
「そうでもないわよ」
「ほざいてろ。これで終わりだ」
腕を振り上げるノア。
しかしその時、一発の銃声と共に、ノアの左肩に風穴が開いた。
「やっと当たったみたいね」
ノアの背後でそう呟いたのは、片手で銃を構えているシャルロットであった。
「ちっ、そう言えば二人だったっけ……」
「あら、私の存在を忘れてたって事?失礼しちゃうわね」
ノアは舌打ちをして、二人の元から離れて教会の出口へと向かう。
「今回は見逃してあげるよ。だけど場所は割れてるんだ。すぐにまた来る」
「来なくても良いのよ?」
「そうはいかない――」
シャルロットの言葉に、ノアは苦笑を浮かべて見せる。
「これはフォートリエ様の命令だ。ついでにお前らの事も報告しておくよ」
「えぇ。よろしく頼むわ」
シルビアのその挑発的な返答に、ノアはムッとした表情でこう呟いた。
「ちっ、気に入らない連中だ……」
そして、教会から出ていく。
シルビアとシャルロットの二人は銃を下ろし、深い溜め息を一つついた。
「アリス、どこに居るのかしら……」
「この中は安全と教えたから、教会の中のどこかには居るハズよ」
話しながら聖堂の奥のリビングに向かう二人。
二人がリビングに到着したと同時に、シャルロットの部屋からアリスとエマの二人が出てきた。
「エマ!無事だったのね!」
シャルロットが駆け寄る。
「なんとかな。他の人達はみんな……やられちまったけど……」
「……そう」
シルビアは厳しい表情でアリスの前に立つ。
「十字架は?」
「……あるよ」
ポケットの中からノアが狙っていた十字架を取り出し、それをシルビアに見せる。
アリスと十字架の安否を確認し、シルビアは顔を綻ばせた。
「……良かった。よく見つからなかったわね」
「エマが来てくれたの。二人でずっと、シャルの部屋のベッドの下に隠れてた」
「困った時は教会に行きゃなんとかなるって思ってたからな。お前達が居ない事は知ってたから、半分くらいは諦めてたけど……」
話を聞いていたエマが、そう答えた。
「何はともあれ、二人が無事で良かったわ」
と、シルビア。
「ねぇ、他の人は本当に……みんな……?」
シャルロットがエマに訊く。
「私は奴等が村に現れてすぐに教会に逃げ込んだから、教会に逃げ込まなかった人達の事はわからねぇけど……。私の他に教会に逃げ込んだ人はみんな、緑髪の女に捕まって外に放り出されちまった……」
「……まだ、生きてる人が居るかもしれないわね」
そう呟いて、シャルロットは出口に向かって走り出す。
シルビアも彼女に倣って歩き出したが、一度立ち止まり、アリスとエマの二人を見る。
「あなた達はここに居なさい。私とシャルで見てくるわ」
「待てよ、私も――」
「エマ」
名前を呼び、シルビアは静かに首を横に振る。二人に村人達の死体を見せたくはないという、シルビアの気遣い。
それを悟ったエマは、静かに首を縦に振った。
シルビアが教会から出ると、ノアと共に撤退したのか、ヴァンパイアは一体すらも見当たらなかった。その代わりにシルビアの視界を占めたのは、そこら中に倒れている村人達の死体。
シルビアは思わず、顔をしかめた。
「(何の罪もない人達を……)」
しばらく歩いた所で、シャルロットの姿を見つける。彼女は地面に膝をついて、手に持った何かを見つめていた。
「シャル」
シルビアが近付いて声を掛けるが、シャルロットに反応は無い。
彼女の手には、綺麗な赤い宝石が埋め込まれているブローチが握られていた。
「ソフィー……」
シャルロットは少女の笑顔を思い出しながら、震えた声で名前を呟いた。
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