第3話
修道服から動きやすい私服に着替え、準備を整えた二人は教会を後にする。
そのまま村を出て、二人は畦道を歩き始めた。
「ねぇ、場所はわかってるの?」
しばらく歩いた所で、シャルロットが隣を歩くシルビアにそう訊く。
「おおよそはね。大きな建物だし、近くに出れば見えてくるハズよ」
「迷子になったりしないでしょうね?」
「その時は、この素晴らしい自然に身を委ねて一夜を明かせばいいわ」
「……本気で言ってる?」
「冗談よ」
長い道のりを、ひたすら歩いていく二人。
村の近くの森を抜けた所で、二人は同時に立ち止まった。
そして、ジャケットの内側に隠してあるホルスターから、祓魔銃を取り出す。
「来るわ」
シルビアが呟く。彼女はヴァンパイアの気配を感じ取っていた。
シャルロットも同じくそれに気付き、銃を構えて辺りを警戒する。
しばらくすると、低い雄叫びのような声が、正面から聞こえてきた。二人は素早く、そちらに銃口を構える。
「お出ましね」
木陰から現れたものを見て、シャルロットが呟く。
異様なまでに白い肌、両手には鋭利な爪、目は生気を一切感じられない白目であり、頭髪は無く、口元には鋭い牙が見える。
二人を見て雄叫びのようのものを上げたそれは、彼女達の敵である存在、ヴァンパイアであった。
銃口をヴァンパイアに向け、二人は引き金を引く。
射出された銀の銃弾は、ヴァンパイアの頭部を貫いた。銃弾が命中したヴァンパイアは後ろに吹っ飛ぶように倒れ、身体が燃えて見る見るうちに灰になっていく。
二人が銃を下ろしたと同時に、再びヴァンパイアの咆哮が聞こえてきた。二人は銃を構え直し、新たな刺客に備える。
正面から二体、左の木陰から一体、そして背後に回り込んでいた個体が二体、同時に二人に襲い掛かった。
二人はまず、正面の二体のヴァンパイアを銃で仕留める。次に素早く振り返り、後方からの奇襲も銃で迎撃する。そして左側から襲ってきたヴァンパイアは、シルビアが顔面を突き刺すように蹴りつけて転倒させ、倒れた所にシャルロットが銃弾を撃ち込んでトドメを刺した。
気配が無くなり、二人は銃をホルスターにしまう。
「一丁上がりね」
腕を組んで満足そうに呟くシャルロット。
「行くわよ」
シルビアは今一度、ヴァンパイアが残っていないか辺りを確認してから歩き出した。
「思っていたよりも、何てこと無かったわね」
シルビアに続いて歩き出しながら、シャルロットが得意そうに呟く。
「油断しないで、シャル。今の奴等は下級のヴァンパイアよ。まともな奴等は、もっと苦戦を強いられるハズ」
「随分と弱気ねぇ。どんな相手だろうと、この銃があれば大丈夫だと思うけど?」
「だから――」
油断しないよう説得を試みるシルビアであったが、彼女はシャルロットの楽天的な態度を見て諦めたらしく、溜め息を一つついて歩き出した。
ヴァンパイアハンターとして初めての戦闘を難なくこなした二人は、そのままフォートリエ家の屋敷を目指して再び歩き出す。
「こんな道のり、よく無事で来れたわね」
今自分達が歩いている舗装されていない畦道を見ながら、シャルロットが呟く。それは屋敷からロコン村まで裸足で走ってきた、アリスの事であった。
「普通の人間なら無理でしょうね」
ぼそっと呟いたシルビアを、シャルロットは哀しいような、気まずいような複雑な表情で見つめた。
「やっぱり、彼女もヴァンパイアなのよね?」
「フォートリエ家の人間は皆ヴァンパイアよ。彼女だって、いつ目覚めるかわからない」
「でも、アルミス教会には入れるじゃない。ヴァンパイアだとしたら入れないんじゃ――」
「教会の結界は邪悪なものに効果を発揮するわ。ヴァンパイアだとしても、邪悪でなければ効果は無いのよ」
「邪悪ではないヴァンパイア……か。なんだか皮肉に聞こえるわね」
その時、正面から一体のヴァンパイアが現れる。シルビアはいち早く銃を抜いた。
「邪悪かそうでないか、それぐらいの区別はあなたにだって付くでしょう?」
「それはまぁ、一目瞭然ね」
引き金を引くシルビア。ヴァンパイアは倒れ、灰になる。
「流石はヴァンパイアハンター。いや、流石は銀の銃弾と言った方が正しいでしょうか」
突然聞こえた声に、シャルロットも銃を抜いてシルビアと背中合わせになり、銃を構えながら二人で辺りを見回して声の主を探す。すると、先程ヴァンパイアが現れた正面から、一人の女性が歩いてきた。
同時に銃を向ける二人。現れたその長い黒髪の女性の格好を見て、二人は眉をひそめた。
白い小袖に、赤い袴、つまり日本の巫女装束だ。そして腰には、黒い鞘に納められた白い柄の日本刀。
「随分と奇抜なお方ね」
見た事が無いその全てのものに、シャルロットは思わずそう呟いた。
「あんたは?」
銃口を向けたまま、シルビアがその女性に訊く。
「申し遅れました。私はフォートリエ様に仕えるサクラという者です。以後お見知り置きを――」
サクラと名乗ったその女性は話を終えると同時に、携えている刀を目にも留まらぬ速さで抜く。二人がそれを認識して引き金を引こうと思ったその時には、サクラは再び刀を鞘にしまっていた。
彼女の行動の意味を理解できず、また、彼女に戦意があるのかもいまいちわからない二人は銃を構えたまま様子を見て動かない。
その時、二人の背後にあった大木が突然倒れてきた。
大木の下敷きになる間一髪の所で二人は気付き、それぞれ左右に飛び込むように避ける。
「な、何なのよ……!?」
突然の出来事に困惑しながら、倒れてきた大木を見るシャルロット。何かによって切断されたらしいその大木の切断面は、見事なまでに綺麗なものであった。
「……へぇ。どんな仕掛けなの?」
「これは警告です」
シルビアの質問は無視して、サクラは踵を返しながら話を続ける。
「フォートリエ様に抗うのであれば、お二人はこの刀の血錆となるでしょう。命を無駄にする事はありません。今すぐに――」
サクラが言葉を言い切る前に、一発の銃声が鳴り響いた。
「……」
ゆっくりと振り返り、こちらに銃を向けているシャルロットを睨み付ける。その銃口からは、硝煙が立ち上っていた。たった今発砲したという、なによりの証拠である。
「気に入らないのよねぇ……。そういう風に、見下される事」
シャルロットは不適な笑みを浮かべて言った。
「あくまでも、抗うと?」
「えぇ。脅しを受けて、はいわかりました、すみませんでした、なんて言うと思った?冗談じゃないわよ、変な格好の人」
「へ、変な格好……?」
眉をひそめるサクラ。
「これは日本の伝統的な巫女装束です!変な格好ではありません!」
「なるほど日本人だったのね。道理で所々カタコトになってたワケだわ」
「シャル、待って」
挑発的な態度のシャルロットを、シルビアが止める。
「あなた、ヴァンパイアじゃなさそうね」
シルビアの質問に、サクラは無意識の内に刀の柄に触れていた手をゆっくりと離し、冷静さを取り戻してから答える。
「確かに、私は完全なヴァンパイアではありませんが……何故?」
「気配が無かったわ。ヴァンパイアが近くに居る時の、あの空気が重くなるような嫌な感覚。それが無かった」
「でも、人間では無さそうよね。さっきの芸当を見る限り」
シャルロットはそう言って、切断された大木に視線を移した。
「私は――」
サクラは一度は口を開いたが、すぐに閉ざして再び踵を返す。
「――少し喋り過ぎました。また会いましょう。ヴァンパイアハンター」
「ちょっと――」
「一つだけ、良い事を教えてあげましょう」
シャルロットの言葉を遮るようにサクラがそう言って、再び顔をこちらに向ける。
「ロコン村とか言いましたね。あなた達の村」
「……それが何よ」
嫌な予感がして、暗い声調で返事をするシルビア。
「アリス・フォートリエがロコン村に逃げ込んだという情報は、既にこちらも掴んでいます」
「何が言いたい?」
「ふふ、今すぐに戻った方が良いのではないかと思いましてね。先程、フォートリエ様の重臣の一人がロコン村に向かいましたので」
それを聞いたシャルロットが、下ろしかけていた銃を再び向け直した。
「どういう意味よ!」
「そのままの意味で受け取って頂いて結構ですよ。それでは、また」
「待ちなさい!」
立ち止まる気配が無いサクラ。
「脅しじゃないわよ……!」
シャルロットはそう呟いて、サクラの背中に向けて発砲した。
森の中に響き渡ったのは銃声と、それとほぼ同時に鳴った鋭い金属音。
サクラは素早く振り返り、シャルロットが発砲した銃弾を日本刀で弾いてみせた。
「……なるほど。そこまで戦いたいのであれば、今すぐに葬って差し上げましょう」
「上等よ!」
「シャル」
シルビアがシャルロットの銃を下ろさせる。
「先にやる事があるでしょう。今は一刻も早く村に戻るべきよ」
「で、でも――」
「村にはアリスだって居る。彼女が襲われたら元も子もないわ」
「……」
銃をしまい、踵を返すシャルロット。
「命拾いしたわね。サクラとやら」
吐き捨てるようにそう言って、彼女はそのまま来た道を戻り始める。
シルビアはサクラを一度睨み付けた後、シャルロットに続いて歩き始めた。
その場に一人残ったサクラ。彼女は去っていく二人の後ろ姿を見て小さくふっと笑った後、その場を後にした。
サクラと別れたアルベール姉妹の二人は彼女の言葉を受け、一刻も早く戻る為に歩いてではなく走って村を目指していた。
「あいつ、フォートリエの重臣とか言ってたけど――」
足は止めずに、シャルロットが話を切り出す。
「それってつまり、あいつ以外にも他に居るって事よね?」
「そういう事ね。そしてその重臣とやらが、私達の村に向かった。やる事なんて、大体想像がつくわ」
「……急がないとね」
「……えぇ」
更に走るスピードを上げる二人。森を抜けた所で、ロコン村が見えてきた。
遠くからでもわかる、変わり果てたロコン村が。
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