第2話

「ヴァンパイアハンター……?」

 シャルロットが言ったその名前を、そっくりそのまま呟くアリス。

「えぇ。私達アルベール家の人間は昔から、ヴァンパイアの一族と戦ってきたの。今回復活しようとしている奴も、私達の先祖が三百年前に封印したヴァンパイアよ」

「三百年前……それって……」

 父親が読んでくれた本の事を思い出すアリス。

「さっき悪魔に取り憑かれたと言っていたけれど、多分それは間違ってるわ。目覚めたと言った方が正しいわね」

「どういうこと?」

「三百年前に封印されたヴァンパイア。その名前はディミトリ・フォートリエ。つまり、あなたの遠い先祖よ」

 シルビアが答える。その説明に付け加えるように、シャルロットは話を続ける。

「フォートリエ家はヴァンパイアの一族よ。あなたのお母さんは何かのキッカケで、その血が目覚めてしまった」

「ちょっと待って。それって、私にもヴァンパイアの血が混ざっているって事……?」

 震えた声で、そう訊くアリス。シャルロットは何かを言いかけたが、それを口には出さず、気まずそうにアリスから目を逸らす。

 代わりにシルビアが頷き、強い口調でこう答えた。

「そういう事よ。あなたにはヴァンパイアの血が流れている」

「シルビア!」

 シャルロットが慌てて彼女の発言を咎めるが、シルビアは鋭い視線をアリスに向けたまま外さない。

「誤魔化す必要は無いでしょう。事はもう起きているんだし、いずれにしろ知る事だもの」

「だからって――」

「良いの……!」

 遮るように発したアリスの声に、シャルロットは驚いた様子で彼女を見た。

「アリス?」

「シルビアの言う通り、今更現実から目を背けたりなんかできない。私は受け入れる……」

 先程と同じく震えてはいるものの、強い決意を感じられるアリスのその言葉。

「その意気よ」

 シルビアはふっと笑って、そう言った。

「でも、どうすれば良いの?お母さんを止める事はできないの?」

 アリスは机の上の十字架に視線を落としながら、シルビアに訊く。

「直接会いに行った方が話は早いわね。無論、向こうだって抵抗はしてくるでしょうけど、私達には戦う力があるわ」

 シルビアはそう言って、シャルロットと同じように銀色の拳銃を取り出す。

「それで、ヴァンパイアを倒せるの?」

 二人の手にある拳銃を、アリスは訝しげに見つめる。その質問には、シャルロットが答えた。

「これはアルベール家に代々受け継がれてきた祓魔の武器よ。先祖のヴァンパイアハンター達も、この銃でヴァンパイアと戦ってきたと言われているわ」

「昔は邪悪なもの以外には殺傷能力を持たないと言った特別な力もあったらしいんだけど、私達の時には既に消えていたわ」

 銃を器用に回しながら、シルビアが呟く。アリスは半信半疑と言った様子で、その銃を見つめていた。

「とりあえず、私とシルビアでフォートリエ家の屋敷に行ってみるわ。色々と準備があるから、今すぐってワケにはいかないけど」

 シャルロットの言葉。シルビアが続ける。

「あなたはここに残りなさい。この教会に邪悪なものは入ってこれないわ。先祖の名残である結界のようなものが張ってあるからね」

 二人はその場から離れ、準備に取り掛かろうとする。

「待って!」

 アリスが二人を呼び止めた。

「お願い、私も連れていって」

「ダメよ」

 シルビアの冷たい声による即答。

「奴等の目的はあなたが持っているその十字架でしょう。それをわざわざ敵の所まで持っていってどうするのよ」

「……」

 俯くアリスにシャルロットが歩み寄り、彼女の頭を優しく撫でる。

「ごめんね、アリス。でも、これはあなたの為でもあるのよ?ヴァンパイアは凶悪な存在で、勿論話なんて通じないわ。あなたを死なせたくないの」

 アリスは何も言わない。

 しかし、しばらくした所で彼女はゆっくりと顔を上げ、シャルロットの顔を見上げながらこう訊いた。

「お母さんを殺すの……?」

「――ッ」

 何と答えれば良いのかわからず、言葉を失うシャルロット。言いたい事は何でも言ってしまうシルビアでさえも、この時は目を逸らした。

 ヴァンパイアの末裔とは言え、アリスと彼女の母親の親子としての関係は人間と何も変わらない。病気で亡くなった父親に続けて母親まで亡くしては、アリスは一人になってしまう。

「アリス……」

 言葉が見つからず、シャルロットは彼女の名前を呟くだけ。そこに、シルビアが歩いてくる。

「あなたの母親を放っておけば、想像もつかない程の力を持つヴァンパイアが復活してしまう」

「……」

 アリスは何も言わない。

「私達はヴァンパイアハンター、それだけは何としても止めなければいけない。だから、あなたが何て言ったって、私達はあなたの母親を殺すわ」

「ちょっとシルビア!あなたいい加減に――」

「シャル」

 シャルロットの言葉を、アリスが遮る。彼女は溢れる涙を必死に堪えながら、精一杯の笑顔を作ってシャルロットにこう言った。

「お母さんを……止めて……」

「……」

 シャルロットは助ける事ができない自分が情けなくなり、何も言わずに、アリスを優しく抱きしめた。


 その後、アリスは教会に残り、シャルロットとシルビアの二人は村の中にあるとある建物に向かう。

「そういえば、目的を持ってここに来るのは初めてね」

「そうね」

 二人が訪れた場所は、村の鍛冶屋。中に入ると、熱した鉄の塊をハンマーで叩いている短い茶髪の少女の姿が見えた。

 少女は二人に気付き、手を止めてタオルで汗を拭いながら二人の元にやってくる。小さな背に、あどけなさを感じる顔。

「おはようさん。また冷やかしか?今日の所は茶を出してる暇はねぇぞ」

 そんな見た目からは想像も付かないがさつな口調で、少女は二人にそう言った。

「おはよう。朝から精が出るわね、エマ」

「最近忙しくてね。こっちは一人だってのに、仕事は次々と来やがるのさ」

 シャルロットにエマと呼ばれたその少女、エマ・ルフェーヴルは、苦笑を浮かべながらそう答えた。

 彼女は昔からこの村で鍛冶屋を営んでいるルフェーヴル家の一人娘であり、父親の跡を継ぐため、若くして鍛冶に勤しんでいる。父親が病気で倒れて遠くの町にある病院に入院している現在、仕事は全て彼女一人で回していた。

「それで、今日は何の用だい?さっきも言ったが、私は暇じゃねぇぞ」

 上半身だけ脱いであるツナギの下に着ているタンクトップの襟をぱたぱたと煽りながら、エマが二人に訊く。

「例の銃弾が欲しいの。あるだけ出して頂戴」

 シルビアのその言葉に、エマの手がぴたりと止まった。そして、疑わしそうに眉をひそめ、訊き返す。

「……本当かよ?」

「本当よ。困った事にね」

 シャルロットがそう言って例の祓魔銃を取り出し、それをエマに見せた。

 エマはその銃をしばらく見つめた後、踵を返して歩き出す。

「……ついてきな。奥の倉庫に保管してある」

「恩に着るわ」

 二人はエマに先導され、出荷を待っている商品が保管されている倉庫へと向かう。

 倉庫の中に入るなり、エマは奥の方から銀色の正方形の箱を持ってくる。

「この中にあるのが全部だ。持っていきな」

地面に置かれた箱を、シルビアが開ける。

 箱の中には、銀色の銃の弾倉が綺麗に並んで詰め込まれていた。シルビアはそれを手に取り、自分の祓魔銃に装填して動作を確認する。

「なぁ、シャル。一応訊くけどよ、本当にヴァンパイアが出たってのか?」

 エマが不安そうに小声でシャルロットに訊く。

「朝、教会の外にある花壇の前に、女の子が倒れていたのよ」

「女の子?」

「えぇ。名前はアリス・フォートリエ。ヴァンパイアの一族であるフォートリエ家の末裔よ」

「え、フォートリエって言ったら、あの金持ちの?」

「そうよ。私も話を聞いただけだけど、三百年前、私達の先祖が当時フォートリエ家の当主だった男、ディミトリ・フォートリエと戦って、彼を封印する事に成功したの」

「三百年前か。そんな内容の本、親父が持ってた気がするな……」

「恐らく、それだと思うわ。そして今回、何かのキッカケで、さっき言った少女の母親がヴァンパイアとして目覚めてしまった。彼女の目的は、ディミトリの復活」

「マジかよ?」

「絶対に阻止しなければいけない。だから必要なのよ、この銀の銃弾がね」

 シャルロットはそう言って、箱の中の銃弾を手で持ってエマに見せた。

「お前らがヴァンパイアハンターだって聞いた時は驚いたけど、まさか本当に事が起きるとはね」

「私だって驚いてるわよ。初めてだもの」

 シャルロットのそのセリフを聞き、エマは彼女の顔を二度見する。

「――え?初めて?」

「えぇ、そうよ。これまでに私達が銀の銃弾を要求した事があったかしら?」

「……無かったな」

「そういう事よ」

「いや、そういう事よ……じゃなくてさ……」

 飄々としているシャルロットに、苦笑を浮かべるエマ。

「大丈夫なのかよ?相手は童話に出てくるようなあのヴァンパイアなんだろ?いくら先祖がヴァンパイアハンターだったとは言え――」

「大丈夫よ。先代からヴァンパイアの情報は聞いてるし、戦い方だって知ってるわ」

「知ってるだけじゃねーか!」

「まぁほら、あれよ、習うより慣れろ……ってヤツ?」

「おいおい……私は知らねぇからな……」

 エマは苦笑を浮かべたまま、呆れたように溜め息をついた。


 銀の銃弾を受け取った二人は、アリスが待つ教会へと戻る。

「ただいま」

「……おかえりなさい」

 リビングに居るアリスは、窓際に置いてあるシルビアが喫煙をする際に腰掛けている椅子に座って、窓の外を眺めていた。

 アリスは椅子から立ち上がり、二人の元へとやってくる。

「出発はいつなの?」

「少ししたら行ってくるわ。あなたは良い子にしてるのよ?」

「……うん」

「ふふ、よしよし」

 アリスの頭を優しく撫でるシャルロット。アリスは照れているのか、こそばゆそうにシャルロットから目を逸らした。

「シャル。準備をするわよ」

 リビングの奥にある自分の部屋へと向かうシルビア。

「わかってるわよ。ちょっと待っててね?アリス」

 そう言ってアリスに微笑みかけ、シャルロットもシルビアが入っていった部屋の隣にある自室へと向かう。

「……」

 準備とはなんなんだろうと思いながら待つ事、約五分。二人はほとんど同じタイミングで、それぞれの部屋から出てきた。

「お待たせ~」

「……」

 二人を見て、アリスは何の準備なのかを理解した。

 シャルロットは白いジャケットに白いスラックス、そしてジャケットの中に着ている黒いシャツは胸元を大胆に開けてそこを強調している。

 シルビアは真逆で黒いジャケットに黒いスラックス、中の白いシャツはシャルロットとは違い、一番上のボタンまできっちりと止めている。

 そして二人は、それぞれ金と銀のピアスを耳に付けていた。

「これを付けるのは、先代から受け継いだ時以来ね」

 銀のピアスを付けているのはシャルロット。

「できる事なら、ずっと付けないでいたかったけど」

 金のピアスは、シルビア。

 このピアスは、アルベール家の人間がヴァンパイアハンターとして戦いに出向く時に付ける、祓魔銃と同様に代々受け継がれてきたものであった。

「シャル。しっかり胸元を隠しなさい」

「嫌よ。これが大人の着こなしってヤツなんだから」

「私達は仮にもシスターなんだから、そんなはしたない格好――」

「煙草吸ってるシスターには言われたくありません」

「……」

 服装を変えた二人を、アリスは怪訝そうにじっと見つめている。その視線に気付いたシャルロットが、ニコニコと笑いながら説明を始めた。

「ふふ、この服は私達の戦闘服でね。銃弾や刃物、それに電気や炎などのあらゆる攻撃を防ぐ力が――」

「無いわ。ただの私服よ」

「シルビア、あなた本当につまらないわね……」

「悪かったわね」

 二人は腰にぶらさげてあるポーチの中に持てるだけの銀の銃弾の弾倉を詰め、装備、持ち物の最終確認をする。

「さて、そろそろ行きましょうか?」

 シャルロットが祓魔銃を服の内側に隠してあるホルスターの中にしまい、シルビアを見る。シルビアはシャルロットに頷いて見せた後、アリスの元に歩いていく。

「それじゃあ行ってくるわ。大人しく待ってなさいよ?」

「……うん。いってらっしゃい」

「……よし」

 シルビアは小さく笑って、アリスの頭をぽんぽんと優しく撫でた。

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