第1話
住民が二十人にも満たない小さな村、ロコン村。その村にある大きな建物、アルミス教会の中から、一人の女性が大きな扉を押し開けて出てくる。
「今日もいい天気ね」
修道服に身を包んだ、綺麗な長い銀髪の女性、シャルロット・アルベールは眩しい朝日に目を細めながら、空を見上げて微笑んだ。
服装から見てわかる通り、彼女はこの教会に仕えるシスターだ。端麗な顔立ち、温厚な性格と、周りからの評判も良い女性である。
彼女は朝の日課である花の水やりの為、花壇がある場所へと向かう。
「シャル!おはよう!」
その途中で、村に住んでいる一人の少女が、シャルロットを見るなり彼女に駆け寄ってきた。
「あら、ソフィー。おはよう」
笑顔で挨拶を返すシャルロット。すると、ソフィーと呼ばれた少女はポケットから何かを大切そうに取り出し、それをシャルロットに見せた。
「ママから貰ったの!素敵でしょ?」
ソフィーが取り出したものは、綺麗な赤い宝石が埋め込まれているブローチであった。それを見て、シャルロットは優しく微笑む。
「そういえば、今日は誕生日だったわよね。おめでとう、ソフィー。そのブローチ、とっても素敵よ」
「えへへ、ありがとう!シャル!」
ソフィーはにっこりと笑い、ぱたぱたと走っていく。
シャルロットはその後ろ姿を見届けた後、再び歩き出す。
「――あら?」
花壇の側に寝間着姿で倒れている金髪の少女を見つけ、シャルロットは眉をひそめた。
少女の元に歩いていき、側にしゃがみ込んで容態を確認する。少女は息こそしているものの、かなり衰弱しているらしく、身体を震わせていた。
「ちょっと、大丈夫?」
少女の身体を揺さぶってみるが、反応は無い。
「困ったわねぇ、ただの迷子ってワケでも無さそうだし……」
シャルロットは困ったように、当てもなく辺りを見回す。すると、少女の側に手の平大の十字架が落ちているのを見つけた。
「――なるほど」
それを見た途端、シャルロットはその十字架を拾って少女の身体を抱え上げ、急いで教会へと戻っていった。
向かったのは、聖堂を抜けた先にある、シャルロットが生活をしているリビングのような部屋。扉を開けてその部屋に入ると、1人の女性が椅子に座ってコーヒーをすすっていた。
「おはよう……って、何事?」
少女を抱えて現れたシャルロットを見て、その女性、シルビア・アルベールは思わず立ち上がる。
彼女もこの教会のシスターであり、シャルロットと同じ修道服を着ている。そしてシルビアは、シャルロットの双子の姉であった。妹と同じ長い銀髪を頭の後ろで縛って纏めており、少しだけ妹よりも厳しい目付きをしているが、姉妹揃って美人と言える顔立ちだ。
しかし、どこか素っ気ない態度と冷めたような口調が、妹とは異なっていた。
そんなシルビアが側に来て、シャルロットが抱えている少女に目を落とす。
「……この子は?」
シャルロットは少女をソファーの上にゆっくりと下ろしながら答える。
「花壇の側で倒れていたのよ。そしてこの子の側に落ちていたのが、これ」
そう言って、先程拾った十字架をシルビアに見せる。シルビアはそれを見て、目付きを鋭いものに変えた。
「……ついに始まったのね」
「そのようね……」
シャルロットは溜め息をついてみせる。
二人は、ソファーの上でまるで何かに怯えているように震えている少女を、じっと見つめた。
その時少女は夢を見ていた。
うなされている様子とは反対に、彼女にとっては優しく、温かい記憶の夢。
少女は今、父親と思われる男性の膝の上で、本を読んでもらっている。
その本の内容は、とある村を襲った異形の怪物が二人の勇気ある人間に退治され、封印されたという内容。
少女はそれを聞いて、夢のあるおとぎ話だと思った。
それを読み終えた父親が、少女にこう教える。困った事があったら、ロコン村のシスターを頼りなさい、と。
少女は笑顔で頷いて見せる。
その笑顔を見て、父親もまた嬉しそうに笑い、少女の頭を優しく撫でた。
一時間後――
「うぅ……」
少女の呻き声が聞こえ、シャルロットが駆け寄る。少女はうっすらと目を開けて、シャルロットに視線を合わせた。
「良かった。中々起きないから、心配したのよ?」
「あ、えっと……」
謝るべきか、感謝を伝えるべきか悩み、たじろいでしまう少女。
「ふふ、良いのよ。もう少し休んでなさい」
シャルロットは少女の頭を優しく撫でてそう言った。
そこに、シルビアがやってくる。
「これ、あなたのもの?」
先程シャルロットから渡された十字架を見せ、そう訊く。
少女は十字架を見た途端に、何か大事な事を思い出したらしく、慌てた様子で身体に掛けられていたブランケットを蹴飛ばしてソファーから立ち上がる。
「いたっ……!」
しかし、ぼろぼろの足では立つ事もままならず、少女は倒れてしまう。
「ちょ、ちょっと……どうしたの?」
シャルロットが少女を抱き止め、怪訝そうに訊く。
「お母さんが……お母さんが大変なの!」
シャルロットを見上げた少女の目には、涙が浮かんでいた。
ひとまず、少女を再びソファーに座らせる。
「と、とりあえず落ち着いて?話はちゃんと聞いてあげるから……」
優しい口調でそう言ったが、少女は相変わらず落ち着かない。
「よほど遠くから来たみたいね。靴も履かずに」
ソファーに座った際に見えた、ぼろぼろになっている少女の足の裏を見てシルビアが呟く。言われてシャルロットも気付き、心配そうな顔で少女を見つめる。
「お母さんが……お母さんが……」
少女は相変わらず泣いたまま、そう呟いていた。
「――あなた、名前は?」
少女の前にしゃがみこんで、シャルロットが訊く。
「私はシャルロット。シャルで良いわ。あなたは?」
少女は涙を拭って、ゆっくりと顔を上げる。そして、小さな声で答えた。
「私はアリス……。アリス・フォートリエ……」
「アリスね。お腹、空いてない?」
アリスと名乗った少女は、黙り込んでしまう。
しかし、口を閉ざした彼女の代わりに、彼女の腹の虫がぐうっと鳴った。
「あ……」
顔を赤くするアリス。シャルロットはくすくすと笑う。
「ふふ、私達も今から朝食なの。一緒に食べましょ?」
「……」
アリスは恥ずかしそうに目を逸らし、小さく頷いた。
アリスの足の治療をシルビアが行い、シャルロットは朝食を作り、テーブルの上にトーストとハムエッグ、温かいスープが用意される。
突然思い出した空腹に襲われているアリスは、用意されたそれらをじっと見つめる。その様子を見ていたシャルロットは、吹き出すように笑い出した。
「遠慮なんてしなくて良いのよ?ほら、温かい内に召し上がれ」
「……いただきます」
トーストを両手で持ってかぶり付くアリス。シャルロットは微笑ましく、その様子を見ている。シルビアはその隣で、怪訝そうにアリスを見ていた。
そんなシルビアに気付いたシャルロットが、彼女を横目で見る。
「どうしたのよ、シルビア。変な顔しちゃって」
「変な顔はしてないでしょう……。ただ、どうしてこの子はここに駆け込んできたのかなと思って」
「それは……言われてみれば確かに気になるわね」
視線をシルビアからアリスに向けるシャルロット。
「……ふぇ?」
トーストの食べかすを口の周りに付けたまま、きょとんとした顔で二人を見上げるアリス。それを見てシャルロットは再びくすくすと笑い、シルビアは呆れたように苦笑する。
「まぁ今は、朝食を美味しく食べましょうよ。話はそれからでも遅くないんじゃない?」
「十字架を見た時の豹変を見る限り、彼女に時間は無さそうだけど」
「だとしても、空腹のままじゃ何もできないわよ」
「それに、フォートリエって言ったら――」
「いーいーかーら!あなたも食べなさい。ね?」
譲らないシャルロットに、シルビアは鼻で笑って見せる。
「――ま、別に良いけど」
そして、コーヒーカップに口を付ける。
アリスは再び手元に視線を落とし、トーストを食べている。
シャルロットは視線だけを机の上に置いてある十字架に向け、深刻そうな表情でそれをじっと見つめていた。
食事が終わり、シャルロットが食器を片付けてアリスの前にホットココアを置く。
「ごちそうさま……でした」
「お粗末様でした。美味しかった?」
「……うん」
「そう、それは良かった。ココア、美味しいわよ」
「ありがとう……」
そして、アリスの向かいに座る。
その時シルビアは窓際に置いてある椅子に座り、煙草をふかしていた。
喫煙しているシスターという絵を目の当たりにして、呆然としてしまうアリス。すると、シャルロットが苦笑を浮かべながら慌てて説明した。
「ごめんね、びっくりした?私達、シスターと言っても、名ばかりのシスターなの」
「名ばかり?」
「アルベール家に生まれた女性は、シスターになる事が決まってるの。でも、そんな風習はもう廃れ始めてるから、私達は便宜上このアルミス教会のシスターをやっているけど、実際シスターらしい事は何もやっていないのよ」
説明を受けた後も、アリスはシルビアの手元の煙草と彼女の修道服を交互に見てぽかんとしている。
その視線に落ち着かなくなったのか、シルビアは煙草を灰皿に押し付けて消し、こちらに戻ってきた。それに合わせて、シャルロットがシルビアの紹介をする。
「紹介が遅れたわね。彼女はシルビアよ。一応、私の姉」
「一応って何よ」
「深い意味は無いわよ?シルビア姉さん」
わざとらしい口調でそう言って、いたずらっぽく笑うシャルロット。シルビアはそれに対し、口を尖らせてそっぽを向く。
「あの……」
アリスが口を開き、机の上の十字架を見た。
「あぁ、ごめんね。それじゃ、話を聞きましょうか」
シャルロットはアリスに向き直る。シルビアも片手を机の上に立ててその上に頬を乗せながら、アリスを横目で見ている。
アリスは十字架を手に取って、話を始めた。
「私のお母さんが、悪魔に取り憑かれたの……」
「い、いきなりぶっ飛んだ内容ね……。悪魔って言うのは?」
シャルロットが訊き返す。
「その悪魔は、封印されてる別の悪魔を復活させようと目論んでる。三百年前に封印された、恐ろしい悪魔。私はその儀式の生け贄に選ばれた」
「生け贄に?実の母親が考える事?」
シルビアの疑問には、シャルロットが答える。
「取り憑かれたって言ってたでしょ。母親本人の意思じゃ無いハズよ」
「それはそうだけど……」
「続けて、アリス」
シャルロットの言葉に、アリスは頷いて従う。
「その儀式には、この十字架が必要なの。言わば鍵のようなもの。これが無いと、他に生け贄を用意したって儀式は行えない」
アリスをじっと見て、何も言わずに話を聞くアルベール姉妹。アリスは話を続ける。
「だから私は、この十字架を持って逃げてきた。お母さんは今も、十字架を取り戻す為に私を探してるハズ――」
「ちょっと待って」
シルビアが話を止める。
「どうして私達の所に来たの?フォートリエ家の屋敷からここに来るには、山を一つ越える必要があるでしょう。当ても無しにそんな距離を移動するとは思えないわ」
「私のお家の場所、知ってるの?」
「フォートリエ家って言ったら、有名な富裕層だからね。この辺で知らない奴は居ないでしょうよ。それに――」
「……それに?」
「……いえ、なんでもないわ。私達の所に来た理由を教えて頂戴」
シルビアは目を逸らしながらそう言った。
アリスはシャルロットが用意してくれたココアが入ったカップを両手で持ち、それを見つめながら答える。
「昔、お父様が教えてくれたの。困った時は、ロコン村のシスターを頼りなさいって」
「あなたのお父様が?」
訊いたのはシャルロット。
「うん。……二年前に、病気で死んじゃったけど」
「あ……ご、ごめんなさい……」
アリスの表情が暗くなったのを見て、訊いてはまずかったと慌てて謝るシャルロット。すると、その会話を聞いていたシルビアが眉をひそめて呟いた。
「どうしてアリスの父親は、私達の事を知ってたのかしら?」
「それはわからないけど、話は大体わかったわ」
シャルロットはシルビアの言葉にそう返しながら立ち上がった。
「シャル?わかったって、何がよ?」
怪訝そうに彼女を見上げるシルビア。
「私達がやるべき事よ」
「は?」
「詳細はわからないけど、アリスの父親は私達の正体を知っていて、アリスに私達を頼れと教えた」
「正体?」
その単語に反応したのはアリス。
「シスターというのは表向きの顔。アルベール家の本当の顔は――」
シャルロットは修道服の腰の辺りから何かを取り出し、それをアリスに見せる。
「ヴァンパイアハンターよ」
それは、銀色に輝く拳銃であった。
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