第10話


「もも…本当に聞こえてる?私の声、届いてる???」

さくらの姿をした少女はももに問いかける。

「…聞こえてる………なんで………本当に、さくら?」

「そうだよ、さくらだよ!!もも!!」

そう言うとさくらはももに駆け寄って抱きついた。

「…うそ…なんで………だってさくらは……」

未だに信じられない様子のももに、さくらはこれまでの経緯を話した。

死んでから幽霊になった事。

不思議なお店でキツネとアルマジロとオオサンショウウオに会った事。

そして、ずっとももに謝りたいと思っていた事。

ももはさくらの話をじっと聞いていた。

「…信じられないかもしれないけど…でもっ」

「信じるよ」

「…え?」

「…親友の言ってることだもん。信じるに決まってるじゃない」

ももはさくらを真っ直ぐに見つめて言った。

「もも……」

さくらは涙で目を潤ませ、もう一度ももを抱き締めた。

「ふふ…背、少し伸びた?」

「さぁ…どうだろ?」

「髪も伸びたね」

「…うん。中々切る時間なくて」

「綺麗になっちゃって!」

「やめてよ、近所のオバチャンみたい」

笑うももに、さくらもつられて笑う。

「……大人に、なったね」

「……………うん。もう22歳になっちゃった」

「そっかぁ〜22歳かぁ〜…うん、おっきくなったね!」

さくらは嬉しそうな、しかしどこか寂しそうな微笑みで言った。

「ねぇさくら…さっきさくらは私に謝りたいって言ってたよね?」

「うん」

「…違うよ」

「え?」

「謝らなきゃいけないのはさくらじゃない。私の方だよ…」

ももはさくらの真ん前に立って頭を下げた。

「ごめんなさい…。私、さくらにあんな酷い事言って…。大嫌いなんて、思ってもいなかったのに…」

そんなももの様子を見てさくらは慌てて言う。

「ちょっ!もも!!やめてよ!!私だってなんか色々空回りしちゃって、もものこと傷つけて…本当にごめんなさい」

お互いがお互いに頭を下げる形になり、どちらからともなく笑いが零れる。

「…ふふ……あはは!なにこれ!!変なの!!」

「ほんと!私達らしくもない!!」

顔を見合わせてひとしきり笑う。

こんなふうに声を出して笑うのは、何年ぶりだろうか。

さくらが死んでからは世界が灰色になってしまった。

久しぶりにしっかり笑えた気がする。

そんな事を思いながらももはさくらの手を引いてベンチに座った。

お互い謝り、胸のつっかえが無くなったようなスッキリとした気持ちになった。

それからは思い出話で盛り上がった。

授業中の先生の失敗談や、登校中に会った変なおばさんの話。

駄菓子屋の梅さんの話題も出た。

随分と話したところで突然さくらがハッとして話題を変えた。

「あっ!そういえばももは今何してるの?」

「……え?」

何の前触れもない急なさくらからの質問に、ももは鈍く反応する。

「………どうして?」

「いやぁ、今のももの話を聞きたかったのになんか昔話ばっかしてるなぁって思って」

「………」

「…もも?」

俯いてしまったももの顔をさくらが覗き込む。

「…………話せるような事なんて、ないよ」

「え…?」

ももは目を瞑り、一息置いてから話し始めた。

「私ね、さくらが死んだ後、結局部活辞めたんだ。それからも何にも打ち込めなくて…」

さくらはももを見つめながら黙って話を聞いていた。

「今は大学で特に当たり障りのないような学部に通ってる。就活の時期なんだけど、全然上手くいかなくて……」

「……そっか」

二人の間に沈黙が流れる。

「…ガッカリした?こんなに腑抜けちゃってさ」

「ん〜…ガッカリはしてないよ。でも…悔しい、かな…?」

「え?」

思いがけないさくらの言葉にももは顔を上げてさくらを見た。

「だって、ももは今凄く悩んでるんでしょ?大変なんでしょ?でも私は傍で支えてあげられない。それが、悔しいかな…」

そう言ってさくらは困ったような顔で笑った。

「…………っ」

「え……もも…???」

気がついたらももの目からは涙が溢れだしていた。

心が暖かい。

今まですっからかんで、寒かった心に熱が戻ってきているようだった。

さくらはももの背中を優しく撫でながらももが落ち着くのを静かに待った。

「…ごめん…ありがとう………」

ももは深呼吸をし、息を整える。

「…すごく今更だし、私にこんな事言う権利なんてないのかもしれない。でも…でもね、私やっぱりバスケが好き」

「うん」

「選手じゃなくてもいいから、バスケに携わっていたい」

「うん」

「………できる、かな?」

「できる!!」

さくらは即答した。

「大丈夫!だってももは弱い人の事もちゃんと分かってあげられる強い人だもん!!」

「ふふ…なにそれ」

何故か自信満々のさくらに、ももは自然と笑みが零れる。

さくらの言葉は安心できる。

ずっとこうやって話していたい。

でもこの時間は無限に続く訳ではない。

有限だ。

さくらの異変に気づいたももの顔から笑みが消えた。

「え…ねぇ!さくら!!身体が!!」

ももに言われてさくらは自分の身体を見る。

「あ………透けてる………」

今まではしっかりと見えていたさくらの身体が、徐々に薄くなり、後ろの景色が透けて見えるようになってきてしまっている。

「うそ…なんで!!さくらっ!」

ももは泣きだしそうな声でさくらの名前を呼ぶ。

しかしさくらは満面の笑みだった。

「え……さくら?」

「ねぇ、もも?私ね、すごく幸せだったよ」

笑顔なのに声は少し震えている。

「ももと友達になれて嬉しかった。ももとバスケしたの、楽しかった。ももと出逢えて、本当に良かった…」

さくらの身体はどんどん透けて薄くなっていく。

「私はもう、ももに直接話しかける事は出来ない。でもね…ずっと見守ってるから。ずっと、応援してるから」

「さくら………」

さくらがももの手を握った。

そして額をこつん、と合わせる。

「さようなら、もも。私の親友。沢山の想い出をありがとう。大好きだよ……」

「…わたしもっ、だいすき…ありがとう……」

さくらの温もりが段々と無くなっていく。

柔らかな風がももの頬を撫でる。

ゆっくりと目を開けると、空には星が煌めき、満月が雲から少し顔を覗かせている。

「おかえり」

隣に目を向けると、あの美しい青年がこちらを優しく見つめていた。

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