第7話


「……お嬢さん、もう目を開けてもいいよ」

目を開けると、急に目の中に太陽の光がなだれ込んできた。

さくらはまた目を瞑ってしまった。

そしてもう一度、先程よりももっとゆっくりと、光に目を慣らすように目を開ける。

すると、あの公園の真ん中辺りにさくら達は立っていた。

ブランコ、滑り台、砂場…。

遊具も少ししかない、とても小さな公園。

その奥にあるこれまた小さなバスケットコート。

あの頃と、何も変わっていなかった。

「凄い…なんで…」

さくらは思わず呟いた。

先程まであの不思議な扉の前にいた。

佐藤太郎に目を閉じるように言われ、さくらは素直に従った。

ドアノブを回す音と、扉を開ける音は聞こえた。

だがそこからがどうも曖昧だ。

なんの音もしなかったし、風すらも感じられなかった。

不安になったさくらは何度も目を開けてしまおうかと思ったが、すぐにふわふわとした、柔らかく暖かいものが背中に触れる感覚があった。

直感で佐藤太郎の手だと分かった。

安心する暖かさ。

さくらは目を瞑り続け、その時を待った。

数分とかからなかったであろう。

佐藤太郎に声をかけられた時にはもう既にこの公園にいた。

不思議な出来事続きの驚きと、高まる期待でさくらの胸はいっぱいだった。

「…沢山の想いが詰まっているね。ここなら大丈夫そうだ」

佐藤太郎の声のする方を振り返ると、一番最初にあった時同様、さくらは固まった。

そこに居たのはあの二メートルある大きなキツネではなく、ありえない程美しい青年だった。

更に、その青年の後ろには14歳くらいの男の子と、まだ10歳にも満たない程の小さな子供が手を繋いで立っていた。

「いやぁ〜実際に見ると中々に迫力ありますねぇ〜。お二人さんの練習してる声が今にも聞こえてきそうやわぁ〜」

14歳くらいの男の子が言った。

間違いなくあのアルマジロと同じ声だ。

固まっているさくらを見て佐藤太郎は自らの身体と後ろにいる二人を交互に見て笑った。

「あははっ!そうだね、そりゃあびっくりするよね。人間界に来るのに流石にあの姿じゃまずいからね。今だけはこの姿になっているんだ。驚かせて悪かったね」

さくらもその言葉に納得した。

最初は驚いたが、その青年の放つ浮世離れした不思議な雰囲気と、安心感は確かに佐藤太郎のものと同じだった。

さくらはほっと一息ついて言った。

「いえ、大丈夫です。それで…これからどうすれば?」

「ここで、待っていればいい。」

余りにも当然の如く答える佐藤太郎に、さくらはぽかんと口を開けたまま静止している。

「ここで待っていれば、そこの二人が連れてきてくれる。お嬢さんの出番はその後さ。」

佐藤太郎は後ろにいる二人に声をかけた。

「じゃあ早速。二人とも、頼んだよ」

「よ、よろしくお願いします!!」

さくらも後に続けて言った。

「はいなー!!任してください!!」

アルマジロだと思しき少年は空いている方の手で敬礼をした。

「ほな行こか!サンちゃん!!」

アルマジロが''サンちゃん''と声をかけた事により、さくらは、隣にいた子供があのオオサンショウウオだということに確信を持った。

二人は手を繋いだまま公園の外へ出ていく。

さくらはその後ろ姿を見送ると、改めて公園内を見回した。

そしてあることに気が付いた。

「あ……」

佐藤太郎がさくらを見る。

「どうかした?」

「あの…さっきは気が付かなかったんですけど…駄菓子屋さんが、無くなってる…」

「駄菓子屋さん?」

さくらの目線を追うと、道路を挟んだ反対側にシャッターの閉まった小さなお店のようなものがあった。

看板は錆で汚れており、長年そのまま、そこにあり続けたという事が伺える。

「あそこの駄菓子屋さん、店主さんの名前が梅さんって言うんです。さくら、もも、梅。凄いねって…そうやって笑った顔がすごい可愛いおばあちゃんだったんですよ。」

さくらは続けて、昔を思い出すように目を細めた。

「ここで練習した後は、必ずあの駄菓子屋さんによって、アイスとか、ジュースとか、時はお菓子だったり…色々食べたんですよ。…美味しかったなぁ」

微笑みながら話すさくらを佐藤太郎は優しく見つめる。

「そっか。じゃああのお店もお嬢さんの生きた証の一つなんだね。お嬢さんの人生に爪痕を残してる、必要不可欠なものだ」

佐藤太郎に言われて、さくらは少し悲しそうに笑った。

「…そうなんです。大切なものの一つでした。昼間なのにシャッターが閉まってるってことは…閉めちゃったんだと思います…。梅さんも、いいお年でしたし……。無くなる前に来ておけばよかったな…たとえ声が届かなくても、姿が見えなくても、ちゃんと私の、自分の目に焼き付けておけばよかった…」

「そういえばお嬢さんは死んでからの五年間の間に、ここには来なかったのかい?」

「はい…なんか、ちょっと勇気が出なくて…」

自嘲気味に言うさくらを見て、佐藤太郎はさくらの頭に手を置いた。

「え…?」

佐藤太郎は優しく微笑んで言った。

「大丈夫。お嬢さんはちゃんと覚えているじゃないか。それに今、しっかりここにいる。親友に謝るため、仲直りする為に、ちゃんと、ここにいる、それで充分だよ」

佐藤太郎の手の暖かさと言葉の優しさに、目の前が霞む。

さくらは今度はしっかりとした笑顔で佐藤太郎に言った。

「ありがとうございます」

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