第6話


昼餉か夕餉か。

はたまたもう、あれから既に一夜明け、朝になっているのかもしれない。

そうなるとあれは朝餉になるか…。

最初に通されたアンティーク調の部屋に戻り、さくらは、久しぶりに美味しいものを食べた満足感を噛み締めていた。

そんなさくらに佐藤太郎は声を掛けた。

「さて、そろそろ本題に入ろうかな。」

その言葉を聞いて、さくらは今迄抜けていた気合を入れ直し、背筋をしゃんと伸ばした。

「まず、お嬢さんが持ってるものの中でその子との繋がりが深いものはあるかい?」

さくらはさほど考えもせずに答えた。

「…ミサンガ…ですかね…」

さくらは靴下を下ろし、自らの足首に巻きついているミサンガを佐藤太郎に見せた。

「なるほど、ミサンガか…。これは、手作りかな?」

「そうです。一番最初に私が試合に出る時に、ももが作ってくれたものです。お揃いでした」

佐藤太郎はミサンガを見てふむふむと頷いている。

「それはいいかもしれないね。彼女も同じものを持っているなら尚更だ」

そう言うと佐藤太郎はアルマジロを呼んだ。

食事の片付けで席を外していたアルマジロが最初と同じく転がるような勢いで部屋に入ってきた。

「はいはいはいはい!!呼びましたでしょ〜か???」

「コレのもつ''記憶を見て''欲しい」

佐藤太郎はそう言ってさくらの足元のミサンガを指さした。

「はいな〜!お嬢はんの足に触るんは少々気が引けるけど、少し我慢してくださいね〜。すぐ終わるさかい!」

そう言ってアルマジロはさくらの足元に丸まるようにして座り、小さな手でミサンガに触れた。

その瞬間、ミサンガから物凄い風と光が放たれた。

さくらは咄嗟に目を瞑った。

数秒もしない内に風も光も治まり、静寂が訪れる。

恐る恐る目を開けると、アルマジロはいつの間にか立ち上がっていた。

「よぉ〜く分かったで!成程なぁ…そうか、そうか…」

一人で納得しているアルマジロにさくらは問いかけた。

「あの…何か分かったんですか?」

「そのお揃いのミサンガ、例の彼女もまだちゃあんと持ってますで」

「え……」

「それに、その方の容姿も分かりました!!今何処にいるかもしっかりと''見え''ましたで〜」

「あの…えっと…」

困惑しているさくらに佐藤太郎が説明した。

「この子はね、モノの持ってる記憶を見ることが出来るんだよ。それと同じモノ、若しくはそれと同じくらい思入れがあるモノと通じる事も出来る。簡単に言うと、今この子はお嬢さんのミサンガと、例の彼女の持っているミサンガ、両方の記憶を見た事になる。」

佐藤太郎の説明に、よく分からないが取り敢えず頷いているさくらを見てアルマジロは言った。

「このミサンガ、めっちゃ大事にしてますなぁ。…ちゃあんと、伝わってますで」

その言葉を聞いてさくらは微笑んだ。

「長い間着けているのに全然切れないんです。それに…ももの想いが詰まった、大切なものですから…」

さくらは愛おしそうに、しかしどこか悲しげに足首のミサンガを撫でた。

「さぁさぁ!!そうとなったら早速始めますで!!思い立ったが吉日!!鉄は熱いうちに打て!!って言いますやろ!!」

そう言うとアルマジロはオオサンショウウオの水槽に近づいた。

「サンちゃん、出番やで〜」

そう言いながらオオサンショウウオの額のところに手を置いた。

すると、先程さくらのミサンガを触った時と同じような光と風が巻き起こった。

しかし今度は、さくらは目を閉じなかった。

しっかりと見えた。

アルマジロの手から出る光の中に映画のフィルムのようなものがうっすらと見える。

それはどんどんオオサンショウウオの額に吸い込まれるようにして消えていく。

これもまた、数秒とかからずに光も風も、フィルムのようなものもなくなった。

一通り終わると、オオサンショウウオが一言、「ヒョ〜ッ」と鳴いた。

「準備は整ったね。さあ、行こうか」

佐藤太郎が椅子から立ち上がる。

「え?あの、行くって…何処にですか?」

「決まっているだろう。お嬢さんの願いを叶えに行くのさ。ほら、立って」

促されるままさくらは椅子から立ち、佐藤太郎の後に続く。

さくらが一番最初に佐藤太郎とアルマジロと衝撃の対面を果たした部屋。

そこにある、さくらがここに来る時に通った扉。

普通に考えれば玄関なのだと思う。

あの時はキツネが喋ったりアルマジロが喋ったりで混乱していた為気にならなかったが、よく見るとその扉はかなり重厚な作りだった。

真ん中に一本波打つ線が引かれており、向かって右には太陽、左には月を思わせるような装飾が施されている。

その他にも何やらごちゃごちゃとくっついているがよく分からない。

なによりドアノブが変わっている。

キツネの顔の形をしたドアノブ。

その周りには九本の尻尾と思しきものが生えている。

珍しさのあまりそれをじっと見ていると後ろからアルマジロが声を掛けてきた。

「思入れが強いところがええさかい、取り敢えず行き先はお嬢はん達がよくバスケの練習をしていた公園でええですか?」

「あ、はい。そこが一番思い出があ………」

振り返ったさくらは言葉を止めた。

いや、つい止めてしまった。

あろうことかアルマジロはオオサンショウウオを両手で抱えていたのだ。

水がなくても平気なのだろうか。

オオサンショウウオも連れて行く意味はあるのか?

いやそもそもこんなにでかい動物が突然街に現れたら大変なのではないか。

一瞬の間に沢山の疑問や不安要素が頭を過ぎったが、何しろここはありえない事ばかりが起こる場所。

さくらは考えても仕方ないと思考を放棄してもう一度答えた。

「あの公園は、私達二人が一番よく足を運んだ場所です。とても、特別な場所なんです。」

「そうか。ではそうしよう。」

そう言って佐藤太郎はドアに向かって行き先を告げた。

するとどうだろう。

不思議なことに扉の装飾が動き出した。

先程の太陽と月の模様は跡形もなく消え去り、代わりに何か、幾何学模様のようなものが現れた。

しかし、さくらはその幾何学模様に、あの公園の面影を見た。

その公園の名前や場所を佐藤太郎が何故知っていたかなどという疑問は最早頭を通り過ぎることすら無かった。

「お嬢さん、ここに向かうに当たって…この扉を潜るに当たって一つだけ私と約束しよう」

さくらは佐藤太郎の顔を見上げた。

「私がいいと言うまで絶対に目を開けないこと。いいね?」

その言葉に力強く頷いたさくらをみて佐藤太郎は笑顔で、そしてとても落ち着いた心地よい声で言い放った。

「目を閉じて。では、行くよ。」


''サクラサクあの街へ、春風と夢の旅を''

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