第3話


「…次に気がついた時にはもう、私のお葬式が始まっていました。」

一通り話し終えたさくらは、まだ一滴も減っていない自分の前にある湯呑みに口をつけた。

「…自分のお葬式を見ることになるなんて思ってもいなかったので、最初は驚きましたけど…でも、何故か落ち着いている自分がいました。」

湯呑みから口を離し、さくらが続ける。

「みんな…泣いてました。私が死んで、泣いてくれる人がいるんだなぁって…どこか、他人事みたいな感じがしました。…でも、ももが一番、泣いていたんです…ごめんね、ごめんね…って…何度も何度も謝ってました。私はそれを見てやっと、自分は死んだなって…実感が出てきたんです。」

そこまで来て、今までずっと黙っていたキツネが口を開いた。

「…お嬢さんが死んでからもう五年も経ってるって言っていたけれど、ここに来るまでは何をして過ごしていたんだい?」

キツネの質問に、さくらは少し間を置いて答えた。

「…特に、これと言ってはありませんけど…自然を、見ていました。」

「自然?」

「生きている時には分からなかった事が、沢山あったんです。四季によって風の吹き方、空気の匂いが違うこと。空の模様が毎日変わること。お花には、色々な色があること…。普段…というか、生きている時にはこれと言って気に留めなかった事ばかりです。」

さくらの言葉に、キツネは微笑んで言った。

「そうか。お嬢さんは、根本的に心が綺麗なんだね。だからそういったものに目を向けられた。自分が死んだという事実を受け止められず、どんどん腐っていってしまう霊も少なくはない。寧ろ多いくらいだ。そんな中で、美しいもの、綺麗なものに目を向けられたお嬢さんは、とっても素敵だと思うよ。…愛されて、育ってきたんだね。」

キツネの優しい眼差しに見つめられ、さくらは少し照れながらも、真っ直ぐな瞳で返した。

「はい。私は、沢山の人に愛されて育ってきたと思います。私にとって、生きてきた十七年間…短かったけど、毎日が幸せでした。だから、死んだ後の五年間も腐らずに来れたのかなって…。ネガティブな考えをして来なかった人生ですからね。」

そこでふぅ、と一息吐いてから、さくらは真面目な顔になって続ける。

「だから…だからこそ、ももにちゃんと謝りたいんです。幸せな人生を、幸せなまま終わらせたいんです。自分勝手な考えかもしれないけれど…大好きなももに、ちゃんと、自分の気持ちを伝えて、しっかりと、終わりにしたい。」

さくらの真摯な目に見つめられて、キツネも気合が入ったかのように背筋を伸ばす。

「わかった。お嬢さんのその望み、私達が叶えよう。しっかり、終わらそう。ハッピーエンドは幸せな物語には必要不可欠だ。」

キツネの言葉に安心したのか、さくらの表情が緩む。

そしてハッ、と思いついたようにさくらは言った。

「あの…凄い今更なんですけど、聞いてもいいですか?」

かっこよく締め括ったと思ったら、突然の質問で、キツネは拍子抜けしたような顔になった。

「な、なんだろうか?」

「貴方のお名前は…佐藤さん…って事でいいんですか?」

「………え?」

「あ、いや…表札に『佐藤』って書いてあったから…。名前聞いてないし、呼ぶ時に不便かなって…。」

その言葉を聞いて、キツネは初めて声を上げて笑った。

「はははっ!そうだね、人間界の人だったらそう思うのが普通だね。結論から言おう。私に名前はないよ。あの表札はただ付けてみたかっただけなんだ。見て分かると思うけど、私はキツネ。動物界では名前というのはさほど大きな意味を持たないんだよ。そこにいるオオサンショウウオの事も呼びやすくする為に名前を省略してサンちゃんって呼んでいるんだ」

何がそんなにツボに入ったのか、まだ笑っているキツネはお茶を一口飲んだ。

少しの間があって、やっと落ち着いたのか「でも、そうだね…」と言って話を続けた。

「お嬢さんが呼ぶ時に不便っていうなら、お嬢さんが名前を付けてくれても構わないよ。お嬢さんだけが呼べる、私の名前を。」

そんな事を急に言われても、名前なんてすぐに出てくる訳もなく…。

しばらく考えていたが、どうしても決まらない。

キツネはその様子を面白そうに眺めていたが、突然さくらはぱっと顔を上げて口を開いた。

「決めました。私だけが使えるあなたの名前。それは…太郎さん。佐藤太郎さんでお願いします!」

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