【2-3話】

 少しの沈黙が場を包む。秋の冷たい風の音が辺りに響き、河川を渡す橋の上に見える車のライトが一定の動きで消えてはまた現れる。


 一分くらいは、黙っていただろうか。受け入れ難い話の可能性も考え、それでも受け入れられず、僕は心の中で時間をかけて整理した。


「なるほどね。よく分かった」


 僕は沈黙を破った。


 自分が、無自覚ながらも怪奇事件の実行犯だった……殺人事件に加担していた、などということを信じたくはなかったが、不思議と目の前の超常的存在がウソをついている気もしない。完全にではないが、その可能性も考慮しなければならないだろう。


 だが……、


「いやだね」


 僕は彼女の誘いを断る。


「お前のブッ飛んだ話が本当だとしても、誰がそんな馬鹿げた計画に力など貸してやるものか」

「どうしてですか? 規則正しい、違反者のいない世界、犯罪のない世界を誰よりも望んでいるのは、真音まおんくんではありませんか?」

「だから違うと言っているだろう。違反者がいなくなるのはいいことだが、滅ぼしてしまうなんて以ての外だ。お前みたいな堕天使の価値観と一緒にしてるんじゃねえよ」

「……」


 予想外とでも言いたそうな表情をした後、プリファは真顔になる。

 そんな面白くなさそうな表情をして、僕が本当にこの計画に乗るとでも思っていたのか?


「それに、今の話を大人しく聞いていて分かったことがある。お前はもう、自分の中にある神通力じんつうりきは少量で、天使の力を使うことはもうできないんだろう?」

「えぇ。せいぜい、翼を生やして浮くことくらいですね」

「つまり、お前の計画はもはや僕の中にある能力頼みってわけだ」


 出来る限り話の主導権を握らんと、余裕の態度を見せて話す。動揺を悟られると、また心の隙を突かれて流されてしまいそうになるからな。


「その能力もこの時を以て僕は自覚し、使う使わないも僕の意思のまま。それなら、僕はこのまま能力を使わないことを意識したまま生活する」


 この堕天使の言うことに耳を傾けていて良かった。さっきこいつは、重要なことを言っていた。


 すなわち、能力の自覚による発動の有無だ。


 僕の中に宿った神通力から生まれた「絶対遵守させる能力」。今までは無自覚ゆえに自動発動していたようだが、今度は違う。半信半疑ではあるものの、僕は自分の中にある能力を自覚した。これなら、自動発動も起こらないということだろう。


 プリファは僕が、自分に宿った唯一無二の絶対的力で犯罪に手を染めるようになると考えていたようだが、お生憎様。

 僕には弱くない自分の意思がある。他人に簡単に流されない正義がある。


 計画を急ぐあまり、こうして接触してきたのが間違いだ。お前の思い通りになんか、ならない!


「……」


 プリファは僕の言葉を聞いてなお黙っている。想定外の事態に次の一手を考えているんだろうか?


 やがて、プリファは口を開いた。



「そうですか。分かりました」



 拍子抜けするほどにあっさりと、ニコリと笑って身を引いた。


「随分と諦めが早いじゃないか」

「別に諦めているわけではありませんよ。ですが、あなたがノリ気でない以上、私にはどうしようもありません。私は天使の神通力を使えないのですから」


 翼を閉じて再びその背中から消す。同じ高校の制服を来た一人の少女は、僕の横を通り過ぎていく。


「私はあくまで観察者。怪奇事件も起こさなければ、地道に一人ひとり違反者を消していくなんてこともしません。私は何もしない。何もできない。ですが真音くん……」


 そこでプリファは振り返り、何かを含んだように僕に言葉をかける。



「あなたはきっと、能力を使う。あなたの中にあるルール違反者を許せないという正義の心は、あなたが思っているよりも強い。そしてこれから先も、怪奇事件は起こり続けることでしょう」



 そんな、不穏なことを言ってくる。一瞬、その言葉に寒気を感じてゾクッとしたが、表には出さないように表情を引き締める。


「気が変わったらいつでも呼んでください。私はあなたの観察者で、忠実な下僕です。何でも叶えるというわけには参りませんが、出来る限り聞き入れて差し上げましょう♪」


 悪魔のような堕天使は、河川敷沿いの土手道を僕の家の方向とは反対に歩いて、闇に消えていった。



「……」


 何だっていうんだ、一体。


 彼女が目の前からいなくなると、先程のことがまるで夢だったように思える。

 夢……じゃないよな? 夢みたいな話だったけど、あそこまでリアルな翼を見てしまったし、これは現実だろう。


「どこまでが本当の話で、どこまで本気なんだ? あの女……」


 けど、まるで現実味を感じないというのは変わらない。突然現れて「世界を壊しましょう」とか「実は僕が怪奇事件に関与していた」なんて言われても、まだこの目で確かめたわけでもないんだからな。


 まぁけど……いい。

 とりあえずは無駄な心配をする必要もないんだ。僕が「能力を発動する」と自覚しなければ、怪奇事件はもう起こらない。むしろ、事態が好転したようなものだ。


「……帰るか」


 妹の食事を作らないと。きっと、お腹を空かせているに違いない。


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