【2-2話】

「この三年間の怪奇事件を見て、更に確信しました。間違いはありません」

「なるほどね。確かに怪奇事件の特徴と一致した能力だ。だがプリファ、さっきお前は、『天使は基本的に人間に干渉できない』と言ったはずだ。この神通力じんつうりきとやらを与える行為、おもいっきり干渉していることになるじゃないか」

「いいえ。神通力を与えること自体は何も規則に違反しません。これは本来の天使の職務にもあることなのです」

「どういうことだ? よく分からないが」

「神通力を与えることがなぜ許されているのか。それは、人間を導くためです。分かりやすく言うと、奇跡の力。死に際のほんの数秒を延命し、大切な人にお礼を言う時間を与える。あと一歩のところで及ばない実力を底上げする力を与える。そう言った、人々の前進のため、神通力を与えることは禁止されていません」


 難しい話だが、分からないわけではない。

 土壇場で発揮される力には解明されていないこともあるし、ほんの少し死期が延命された奇跡の話なんかも、たまに耳にする。


「まあいいだろう。そういうことにしておこう」

「事実ですので♪」

「だが、僕の持つその力が怪奇事件を引き起こしているというのはまだ信じがたいな。なぜなら僕は、力など使っていない。力の存在を自覚したこともない。これでどうやって、『規則を強制遵守させる能力』を発動させることができると言うんだ?」

「頭の良いあなたなら、少しは気づいているのではないですか?」


 プリファは見透かしたように言ってくる。やはり鋭い女だ。読心術までは使えないだろうが、こういうところが油断ならない。


「無自覚に発動しているんですよ。三年前からずっと」


 クソ。考えたくなかったが、可能性としては十分に有り得ることだ。


「無自覚だって? そんなの、僕にはどうしようもないじゃないか。僕が怪奇事件と関わっているという証明にはならないぞ」

「いいえ、関係しています。なぜなら、その『強制遵守の能力』は真音まおんくんの持つ正義の心から発動される能力だからです」

「僕の持つ、正義の心だって?」

「えぇ。真音くんがルール違反者を見かけ、正義の心を持った時にその能力が発動しています」

「それはおかしいな。なぜなら、僕の前で起きた怪奇事件はこの一ヶ月で起きた二件だけだ。その考えが正しいなら、三年前からずっと、怪奇事件は僕の周囲でしか起こらないはずだ」


 反論を見つけてはプリファに繰り出していく。しかし、プリファはいともたやすく切り返す。


「それはただ、能力を制御していなかっただけのことです。しかし、事実なのです。あなたが、道端でポイ捨てをしている人に憤りを感じたら、それと同時刻にポイ捨てをしたどこかの誰かに怪奇事件が起きています。あなたが、歩きながらスマホで動画を見ている人を不快に思ったなら、同時刻に同じことをしているどこかの誰かが怪奇事件の被害に遭っています。そうして最近、その力のブレも収束してきた。だからこそ、最近起こる怪奇事件はあなたの周囲、T市で多くなってきたのですよ」


 つい最近の三件の事件を思い出す。

 音漏れ事件と先程起きたばかりの信号無視事件では、確かに僕は現場にいた。

 警官押しつぶし事件の時は、現場にはいなかったものの、僕は交通事件現場の中継を見ていたのだ。怪奇事件が起きる前にテレビを消してはしまったが、警官が押しつぶされる瞬間の映像も見ていた。


 話している内容は現実味のないめちゃくちゃなことのはずなのに、きちんと論理立てて説明してくる。矛盾点を感じさせない。


 僕は不覚にも、多少の納得をしかけてしまった。


「仮にそうだとしても、起きる怪奇現象が限度を超えているだろう! ちょっと痛い目に遭わせるとかなら、まだ分かる。だが、人の死に直結するような能力だなんて。いくら僕がルール違反者に憤っていたとしても、そこまでの分別を持ち合わせていないわけじゃない。無自覚で能力が発動していたのだとしても、僕の正義に反応して力が働くなら、人を殺めるようにはならないはずだろう」


 プリファの言う通りなら、この力は僕の心で作用している。さっきプリファに主張した通り、僕はなにも、ルール違反者に憎しみを抱いて滅ぼそうとしているわけではないのだ。まるで人殺しのような能力になるはずがない!


「ふふふ。そこなんですよ、真音くん」


 プリファはそう言って僕の方に歩み寄る。僕は警戒心を強め、額に汗しながら彼女の動きを見張る。


「そもそも、天使から人間に与えられた神通力というものは極々微量なものなのです。そりゃあそうです。仮にも人間を次代へと前進させる奇跡の力。魔術のように破壊的な力をもたらすわけでもないし、その上、奇跡の力が起こるのは極めて低い確率でしかありません」


 近づいた彼女の髪から甘い香りが届く。


「ですが、あなたは違いました。何気なくあなたに与えた神通力は、本来であれば発動させることのない力を覚醒させ、人智を超えた怪奇現象を起こしました」


 彼女は僕の横を優雅に通り過ぎ、そのままカツカツとゆっくり歩を進める。月明かりに照らされる白銀の髪がキラキラと光りながら風になびく。


「あなたに力を与えてすぐ、車の窓から投げ捨てられた空き缶が、走っている持ち主の元へ戻っていきました。……驚きましたよ。人間に与えた微量の神通力が、外部に影響を及ぼすなど初めてのことでしたので」


 つまりこれが、三年前……最初の「怪奇事件」ということか。死者が出るほどの酷いものではないが、普通では考えられない現象だ。


「……ですが、天使のように人智を超えた力を人間が恒久的に得るわけではない。本来であれば奇跡の力は起こりさえせず、運良くその身に宿ったとしても三分持たずに神通力は消滅します。天使が与えられる神通力は一人に対して一度だけ。例外なく、真音くんに宿った奇妙な能力もその場で消滅してしまいます」

「それじゃあなぜ、怪奇事件は三年間も起こり続けているんだ。僕の中にある神通力とやらはもうないのだろう? それだったら、僕が事件を起こすなんて不可能だ。やはり、人智を超えた力を持つお前たち天使が引き起こしていることになるじゃないか!」

「えぇ……、ね?」


 プリファはそこで僕の方を向いた。不敵な笑みを悪魔のように浮かべて、こう言った。


「なので私は、あなたにリンクを貼りました。奇跡の延長上にあるこの力で以て、あなたと私の神通力を繋げたのです」

「リ、リンク? 神通力を繋げる? どういうことだ!」

「あなたの中に宿った『可能性のある能力』をこのまま消滅させてしまうのは惜しい! ですから私は、あなたが神通力を供給できるようにしたのです! あなたの中にある神通力が消滅しないように……あなたがこれから先も『裁き』を下せるように!」

「て、てめぇ……!」

「リンクを貼る行いは禁忌。私も天使の権限とほとんどの神通力を失いました。大部分を失ってなお、上手く神通力の供給が行われるかは賭けではありましたが、見事大成功。おかげで真音くんは神通力を失わず、こうして今も怪奇事件は起こり続けています」


 つまりこいつは、僕の中に宿った能力を消滅させないために、わざわざ決まりごとを破ってまで僕に接触したというわけか。

 この世に怪奇事件を起こし続けるために。

 自分の理想の世界を作り上げるために。

 狂ってやがる!


「あなたの中にある『悪を憎む心』が能力を発現させ、世界を変えようとしている。こんな面白そうなこと、見届けない手はありません」

「悪を憎む心だって? 違う! 嫌悪感はあるかもしれないが、それで世界を滅ぼそうだなんて、僕は考えない! 人を殺そうだなんて、考えない!」

「いいえ、あるんですよ、真音くん! あなたの中には、ルール違反者のことが憎くて憎くてたまらない……憎悪に満ちた闇の心が眠っているんですよ。だからこそ、私の与えた微量の神通力があまりにも歪んだ奇妙な能力として覚醒した。だからこそ私は、あなたに賭け、リンクを結んだんですよ」

「そんなの、ただのお前の希望的観測でしかない!」

「いい加減認めたらどうですか、真音くん。頭の良いあなたなら、私がウソをついていないということを何となくでも察しているのでは?」


 にやりと僕の目を覗き込む。お互いの顔が三十センチ程の距離まで近づく。


「あなたの能力は本当に素晴らしいです。強盗がお金を奪おうとすれば、その血で以て精算させようとし、立ち入り禁止箇所に入ろうとすれば、そこには絶対に立ち入らせないように斥力を発する。先程、あなたの目前で起こった怪奇事件も、『赤だから止まる、青だから進む』を強制遵守させたようです。あまりにも歪んでいます! ここまでの歪み、ルール違反者に対する相当の怒りがないと、発生しないはずです!」


 嬉しそうに能力の説明を続けるプリファ。

 流されるな。こいつは僕をやり込めようとしている。


 僕を利用して、ルール違反者を完全に排除した社会を作り出そうとしている!


「収束したとは言え、完全には能力を制御できていない。……ですが、こうして自分の能力に自覚を持った今のあなたなら、今度は自分の意思で能力を発動することができるでしょう! そのために今日、私はこうしてあなたと対面したのです。あまりにも遅すぎるルール違反者の浄化を、今度は真音くんの意思で効率的に行いましょう!」



「規律の整った社会の実現――『浄化プリファ計画』は、あなたなしにはありえません!」



 プリファは両手を体の前に広げる。それと同時に、再び翼を生やして浮いた。

 僕を迎え入れんとする天使のように。「さぁ、私と一緒に世界をぶっ壊しましょう♪」という意思が込められた笑顔を向ける。

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