【1-5話】
先程まで白銀だった艶やかな髪は、先端が薄い紫色にグラデーションがかかり、聖なる立派な大きな翼も相まってまるで芸術作品を見ているかのよう。しかしそれとは反対に、自分の高校の制服を着ていることで現実とフィクションが混ざり合い、実に奇妙な光景であった。
「それ……どうやって、浮いて?」
「だから言っているじゃあないですか。私、天使なんですよ」
「天使? そんな物語みたいな話、あるわけないだろ」
「おやぁ? それにしては先程、この世の物を見ていないかの目をしていましたよ?」
くっ! 無駄に鋭い女だ。
「ちょっと前まで話していた人が急に浮いたんだ。そりゃ驚きもする。けど、急に天使だとか言われても、『あーそうですか』ってなるわけないだろ」
「では、私はどうやって今、宙に浮いていると? この髪も一瞬で染めたと?」
「それは……分からないけど……。けどあり得ない。天使だと言うなら、何か見せて証明してみろ」
「今こうしてあなたの前に翼を見せているのは証明にならないのですか?」
「ただのコスプレかもしれないじゃないか。天使というなら、何か非現実的な力とかがあるはずだろ?」
動揺していて、それこそ物語に出てくるような天使のイメージから、よく分からない要求をしてしまった。これで、「そこの川を真っ二つに割る」とかやられたら信じざるを得ない。
しかし、彼女は実にあっけらかんと力の存在を否定した。
「そんなことできませんよ。天使とは言っても、特殊な力を使えるわけではないのですから。せいぜい、浮かぶことができるくらいですね」
「そんな大層な翼を生やしておいて、まさか空高く飛ぶこともできないというのか?」
「できませんね♪」
なんだそりゃ……。やっぱりただのコスプレサーカスだったりするのか?
いや、しかし。こんなリアルな翼と空中浮遊を見せられると、信じない方がおかしくも思えてしまう。現実に天使などいるはずないとは思っていても、心の奥底では「実は本当に……?」と認めてしまう自分がいる。奇妙な怪奇事件が起きる世の中だ。天使くらいいるのかもしれない。
「正確には『できなくなった』という方が正しいのですが……」
「いや、もういい……。じゃあ仮に、百歩譲って君が天使だったとして……」
「そういえば自己紹介がまだでしたね。私、プリファ・ルナシャードと申します。お気軽にプリファでもルナでも、好きな方でお呼びください」
地面にスタッと降りて優雅に挨拶をする彼女――プリファ。美人で綺麗な女ではあるが、全ての行動がいちいち気取っていて演技じみている。
「じゃあプリファ、仮に君が天使だったとして、何で世界を壊すなどと考える。勝手な先入観かもしれないが、天使というのは人を導き見守る、聖なる存在ではないのか?」
フィクションの中の天使しか知らないけど、人間である僕にあえて天使と言ってきたんだ。そういうイメージの元に自己紹介をしたんだろう。僕はそう推測した。
「先程も言ったじゃありませんか。この世界が正しくないからですよ」
「だが君は天使なんだろ? 天使が人間の世界を壊すなんて、おかしくないか?」
「まぁそうですね。ですが、これも長い目で見れば良き人間世界への導き。それも天使の職務だと私は思っています」
プリファは手を胸の前で組み、翼を丸めて神にでも祈るような仕草を行う。
なんという無茶苦茶な理論。一天使のエゴで世界が滅ぼされるなんて、たまったものではない。
「天使のことはよく分からないけど、そんな超常的存在が人間世界に干渉してもいいものか?」
「鋭い着眼点です! 流石は有名進学校の学年一位、全国模試四位のクソ真面目なアタマ固過ぎ委員長なだけあります!」
「……殴っていいか?」
僕は今日、初めて女子に手を上げるかもしれない。しかも、初対面の天使に。もうわけ分からん。
「と、言うのは冗談ですが、実際のところ、天使が人間に干渉することはあってはいけません」
「やっぱりそうだろう? それも規則のようなもので決められているんだろう? だったら……」
「だから、私は天使としての権限を捨てました」
平気な顔で言った。
「おかげで天使の持つ
「自分の社会の規則を破ったってことか?」
「えぇ♪」
こいつ……! 規則を守らない人の世が腐っているとか言いながら、自分は平気で規則を破ってやがる!
「おっと。勘違いしないでくださいね。私はあなたのようにカタブツではありません。あくまで自分の見守ってきたこの世界が、一度滅んだ方がいいくらいクソクソクソクソクソクソクソだったから、こういう話を持ちかけているのです」
「お前、口悪すぎだろ……」
胡散臭さで薄々気づいてはいたけどな。天使かどうか疑いたくレベルの品のなさだ。
「そうまでして何で僕に干渉する? 僕は自分でも頭の固い風紀委員長だと自覚しているが、それだけだ。普通の人間だぞ?」
「それはね、
彼女は僕の名前で一度区切り、続ける。
「あなたの中にある、悪を憎む正義の心に惹かれたからですよ」
彼女の笑みは不敵で、言葉とは裏腹に彼女が正義だと言うことを感じさせなかった。
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