第23話 変わる者と変わらぬ者


──国王ウィリアムの宣言を受けて、二人の王子による決闘の場は速やかに準備される。そしていよいよ闘いが行われる日を迎えた。



 ジャイアヌスとレックスの決闘は、今後の王位争いにおいて重要な意味を持つことを皆が知っている。

 だからこそ決闘がいつの間にか、多くの貴族が観衆として訪れる催し物と化してしまったのは仕方がないことなのだろう。

 ソフィは国王様が用意したすり鉢状の闘技場にある観客席に座り、レックスは闘技場の中央に立って闘いの時を待つ。


「キャー、ジャイアヌス様!」


「結婚して!!」


 遅れて登場したジャイアヌスには黄色い声援が飛び、気持ち良さそうに手を振っている。

 それとは対照的にレックスには奇異の目が注がれるのだが、浮き足立たず冷静に集中したままだ。

 それをみてソフィは胸の前で手を合わせながら、小さく祈る。


「頑張れ、レックス君」


 周囲はジャイアヌスの応援をする者しかいないので回りの声に消されてしまうほど小さな声で呟くのだが、レックスはソフィの姿を確認すると思いが伝わったのか剣を掲げた。

 その様子を見たジャイアヌスはレックスに話し掛ける。


「随分と余裕ではないか?」


「そんなことはありません。かつての自分であれば、立つことさえおぼつかなかったでしょう」


「ふん……それならば平民は平民らしく、頭を垂れておけば良いのだ。生意気にも平民が王子を名乗ることが、どれほどの罪であるか身をもって教えてやろう!」


 そんなやり取りもつかの間、一際屈強な風貌の兵士の声で闘技場は静寂に包まれる。


「皆の者、静粛に! 決闘の前に、国王様の御言葉を頂戴する!」


 貴賓席に座していた国王は立ち上がり、観衆の拍手を右手を掲げて制す。


「皆の者、今日は我が息子達の為に良くぞ集まってくれた。この決闘は神聖なものであり、何人たりとも結果に異論を述べることは許されぬ。そしてこの決闘の証人は私ウィリアムと妃のエリザベスが務める!」


 国王のその宣言に闘技場内は再びざわめきに包まれる。

 国王とその妃が決闘の証人となることは、つまり国としてこの決闘の結果を認めるということだ。

 本人達はそんなことを賭けていないのだが、これで不可逆的に優位な立場になることから見る側からすればこれで次の王位が完全に決まるようなものである。


「静寂に! 静寂に!!」


 兵士の声が響き渡ることで静かになり、国王が再度口を開く。


「それでは二人の公正公平な健闘を祈る!」


 国王様の一言を持って銅鑼の音が響き渡り、闘いの火蓋が切って落とされる。


 ジャイアヌスとレックスは闘技場の中央で相対し、お互いに剣を構えて立つ。

 剣の大きさは自身に合ったものを使って良い為、ジャイアヌスのそれはレックスのそれより遥かに大きく金装飾が施されているので華美である。

 一方のレックスが持つ剣はいわゆる普通の両手剣で腰に帯剣できる程度だ。

 一見しただけであれば地味な剣であるが、その実はオットーより譲り受けた業物である。

 城に勤める兵士であれば一目で分かる代物なのだが、ジャイアヌスはもちろん観衆も気付かない。


「あんな棒切れみたいな剣でジャイアヌス様の剣を受け止められる訳がない」


 観衆は皆一様に同じことを口にする。それもそのはず、レックスの勝利を信じる者は極一部なのだ。

 そしてそれは闘いが始まると確信めいたものとなり、ジャイアヌスの力に任せた剣術にレックスが翻弄される。

 最初の一撃を受け止めきれず転がりながら横っ飛びで回避したレックスを見ても、二人の純粋な筋力差は明らかなのだ。


「ああ、やはり」


 漏れる観衆のため息で闘技場は包まれるのだが、それはジャイアヌスが振るう剣を、受け止めるのではなく剣を用いていなし続けるからだ。

 その実は最初の一撃をまともに受け止めようとしたので手が痺れた為であり満足に剣を振るえないからなのだが、観衆の目にはジャイアヌスの一撃を受けきれないのでレックスが辛うじて交わすしか出来ないように見える。

 

「決まりだな」


 誰しもが口々にジャイアヌスの勝利を思い始める中で、冷静に闘いを見続ける者はジャイアヌスの変化に気付く。

 一向に有効な攻撃を与えることの出来ぬその剣は次第に下がり、肩が上下に動き始めたのだ。

 それでも手数は圧倒的にジャイアヌスの方が多く、闘いを知らぬ貴族にはジャイアヌスが優位に闘っているように見える。

 しかしどこからもなくジャイアヌスの様子に気付いた観客の声が響く。


「おい、様子がおかしいぞ……」


 誰が言ったかその言葉で、ジャイアヌスの変化に皆が気付き闘技場内の空気は徐々に代わりはじめた。

 そしてそれは直ぐに現実のものとなる。


「くそっ!」


 ジャイアヌスが悪態をつき隙が大きくなったその瞬間、レックスの剣が振るわれジャイアヌスの剣の腹を叩き、高い音と共に弾き飛ばす。

 そしてレックスの持つ剣の切っ先がジャイアヌスに向けられる。


「これで、勝負はつきました」


 レックスのその言葉を待たずして、闘技場は悲鳴にも似た歓声に包まれた。


「み、認めん……俺は認めんぞ! 平民に負けるなどあり得ない!!」


 負けを認めぬジャイアヌスは立ち上がり、左の手でレックスの剣を握り締め右の手で拳を振るう。

 決闘では武器を持たぬ者を切りつけてはならぬので、レックスは拳を交わしつつ終わりの合図を待つのだが一向に銅鑼の音が鳴らない。

 それは闘いを審議する者もまた貴族出身でありジャイアヌスが勝つことを疑っていなかったので、この状況にどうすれば良いのか分からなくなっているのだ。

 そして滴り落ちる血が増す中、力ずくで剣を引き寄せられたのでレックスは剣を離さざるを得なかった。


「これで、形勢逆転だな平民! お前の負けだ!!」


 ジャイアヌスが奪った剣で斬りかかり、レックスは避けようとするのだが、滴った血溜まりに足をすくわれる。


「レックス君!!」


 静まる観衆の中で、ソフィの悲鳴のような叫び声が鳴り響くのであった。

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