第22話 決闘前夜 その2


──ジャイアヌスは決闘前夜にもかかわらず、とある理由で酒を煽る。



「子供か……」


 ジャイアヌスは物憂げな表情で呟く。


 ジャイアヌスがそう呟くに至った理由は数日前にさかのぼる。

 決闘を控えるなか久しぶりにヨハンナに出会った時のこと。ゆったりとした服を身に付けているヨハンナがジャイアヌスにある事実を告げたのだ。


「ジャイアヌス様、お話があります……」


「なんだ?」


 ジャイアヌスは振り返り久しぶりに会ったヨハンナを見ると、その変貌ぶりに目を見開き驚く。


「ヨハンナ……そのお腹は……」


「はい。ここにはジャイアヌス様のお子が宿っています」


「なっ……それはまことなのか?」


「はい、間違いなくジャイアヌス様と私のお子ですわ。おそらくあの時に」


 ジャイアヌスは頭を抱え、ため息をつく。


「あの夜か…………だが、お主は大丈夫だと」


 ヨハンナはあくまでも偶然だとし、申し訳なさそうにジャイアヌスに伝える。


「そのつもりでしたが、必ずということは無いのです」


「くっ……」


「このまま順調にいくと、年を跨ぎ春を迎える頃には生まれると思います」


「そうなのか…………わかった。だが今日は一人になりたい。御主も、その……体に障らぬようにするのだぞ……」


 ジャイアヌスは絞り出すようにその言葉を発する。


「はい。私もジャイアヌス様の勝利を願っております」


 ヨハンナはゆっくりとジャイアヌスの前から去っていく。

 その後ろ姿を見てジャイアヌスは更に頭を抱えた。



 時は戻り、酒を飲み悩むジャイアヌス。


「しかし本当に俺の子であるのだろうか…………」


 ジャイアヌスは他の人に聞かれるとかなり酷いことを呟くものの、ヨハンナがそんな過ちを犯していないことを理解している。

 思い返せばあの日に多くのお酒を運んできたのはヨハンナであり、そして一時の気の迷いだとしても、行為をそそのかしてきたのがヨハンナであることを覚えているのだ。


「一体どうすれば……」


 ジャイアヌスはヨハンナを妻に迎える気持ちを持ち合わせていない。

 まだまだ自由でいたいジャイアヌスは、結婚を枷と思い、拘束されたいとは露にも思っていないのだ。

 だからこそ現実逃避をしつつ、どうすれば逃れられるのか考える。



 こうしてジャイアヌスは悩みを抱えたまま、夜を明かすのであった。



■■■



──ジャイアヌスに子を宿したことを伝えたヨハンナは、さらに行動に移す。



 貴族、それも王族であるジャイアヌスと、ただの平民出身の侍女であるヨハンナでは身分の差が有りすぎる。

 貴族との恋でさえ成就することが難しいことであるにも関わらず、ヨハンナは王族と結ばれることを望んだのだ。

 そこに平坦な道のりが待っているはずがなく、例え成就したとしても待つのは茨の道だ。

 それでもヨハンナは、国王の妃という立場に収まってしまえば全てが解決できると信じ行動する。


「イネス、ちょっと耳を貸しなさい」


「どうしたのヨハンナ?」


「あなたにお願いしたいことがあるのよ」


「……何かしら?」


「私のお腹にジャイアヌス様のお子が宿っていることを、国王様と妃様に伝えて欲しいの」


「……それは無理よ。国王様と妃様に近づくことなんて簡単ではないことをヨハンナも知っているでしょ?」


「違うわよ、イネス。直接伝えるのでは無いの……」


 ヨハンナの話は国王と妃の側付き侍女に、偶然を装い情報を漏らすということだ。

 そもそも国王と妃に立場の低いものが簡単に会えることは無い。たとえ偶然会うことが出来たとしても発言が許されることもなければ、その言葉を信じられる可能性は限りなく無いに等しいだろう。

 しかしその言葉が国王と妃が信用を置く者から伝えられたならば、鵜呑みで信じなかったとしても調べることはするはずだ。

 そして多くの侍女はヨハンナとジャイアヌスの事を知っているので、それは確信へと変わる。


「それでも難しいことには代わり無いわ。協力はするけども、そのかわり……」


「ふふ、わかっているわ。私が妃になった暁には、あなたを貴族にしてあげるわ」



 こうして各々が様々な想いを抱きながら、運命の一日を迎えることになるのであった。

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