第16話 王命


──国王ウィリアムの元には、ソフィの元に派遣した騎士であるオットーより一通の手紙が届いていた。


 いつもの定期報告と思い、ウィリアムは手紙を開く。

 しかしそこにはいつもより乱れた筆跡で書き留められた文字があり、様子がおかしいことに気付く。


「一体……」


 ウィリアムは手紙を読み始めると、目を見開き驚愕する。

 そして同封されていた小さな布包みを開くとそこには一本の組紐があり、それは国王がかつて愛した女性にその証として渡したものであった。


「これは……いやしかし……」


 ウィリアムは手紙を再び読み直してから組紐を見ると、そこにはやはり古い王家の印が編み込まれている。

 数百年前に使われていたその印は今は使われておらず、知るものすら殆どいないことから密書などの大切なことを密かにやり取りする際に使われるものだ。

 そして何度読もうとも手紙の内容が変わるわけはなく、オットーが確信めいた様子で進言してきた内容が書き留められている。


「あなた、どうされたの?」


「エリザベス……これを読んでくれ」


 普通は妃のエリザベスに、かつて愛した女性との間に出来た子供が生きていたと告げることは躊躇われることではあるが、既に解決した過去である。

 エリザベスの本当の心中は分からないが、侍女との間に出来ていたかもしれない庶子の存在が明らかになった時、もしその子供が生きているのであれば城に迎えたいと言い出したのはエリザベスだ。


「そう…………ですが事実を確認しなければ、取り返しのつかないことになるかもしれませんわ。しかしまずはそのラグダン男爵とやらに話を聞かなければいけませんわね」


「それもそうだな……」


 侍女のお腹に子供が宿っていた可能性が発覚した時、この国には珍しい黒髪で更に子連れという分かりやすい特徴を持った女性を探しているというお達しを国中に出して捜索をしたのだ。

 なので当然のようにラグダン男爵の元にも連絡が届いているはずだ。

 それにも関わらず、ラグダン男爵からそのような女性がいたという報告は受けていない。

 ウィリアムは事実関係を確かめるために、信頼のおける部下に行動を移すように指示を出す。



──後日、ウィリアムの召喚礼状に応じてラグダン男爵が王城にやってくる。


「ラグダン男爵よ、余に報告しておらぬことがあるのではないか?」


「滅相もございません。そのようなことは何も──」


「嘘をつくでない! ここに証人を呼べ!!」


 ウィリアムの指示でラグダン男爵が納める領地の近くを納めるバーケット子爵がこの場に呼び出される。


「なぜバーケット殿が……」


「ラグダン男爵よ。私が館で働いていた黒髪の侍女のことを尋ねた時に、お主は既に報告済みと話した。だがそれは嘘であったようだな」


「何をおっしゃいますか…………いや私の館にそのような者が働いていたとどうして言えるのですかな?」


 ラグダン男爵はあくまでも、しらをきるつもりのようである。


「もういい、婦人をここに」


 ウィリアムの指示で今度は男爵夫人が呼び出される。


「おまえ、どうしてここに」


「あなた、もうおやめになってください。私たちが彼女にしてきた振る舞いを償う時が来たのです」


「いやしかし…………そうか」


 ラグダン男爵は言い逃れが出来ない状況に追い込まれ、遂に自白を始める。


 王城で侍女を勤めていたという触れ込みでエルサという女性を雇ったラグダン男爵と夫人は、期待通りの働きをするエルサに満足をしていた。

 しかし黒髪で目立つ風貌とこれまでの仕事を奪われたことから、ラグダン男爵の館で働いていた他の侍女の恨みと嫉妬を買うことになる。

 だがラグダン男爵と夫人は虐げられるエルサを助けることなく、むしろ元より働いていた侍女の肩を持ったのだ。


「……」


 ラグダン男爵の話にウィリアムは声を出そうとするも堪えて話を聞き続ける。


 ラグダン男爵にも見放されたエルサは、他の侍女達によって仕事内容を少しずつ代えられ、キツイ仕事ばかりをしなければいけないことになる。そしてラグダン男爵がその姿を見かけることも少なくなった。

 エルサが身籠っている子供を出産したのはそんな折だったのである。

 頼る人もおらず、人知れず限られた状況での出産であり十分な環境であるとは言えないからこそ、体に掛かる負担は相当なものだったのだろう。

 赤ん坊の泣き声に気付いた他の侍女よりラグダン男爵に知らされた時には、既にエルサは亡くなっていたのだ。


「そんな……」


 誰とは言わず、声が漏れた。

 しかし先が気になるウィリアムは話を続けさせる。


 ラグダン男爵の元に連れてこられたその子供は右目の泣きぼくろが特徴的で無邪気に笑い指を掴んでくるも、その純粋さを逆に恐怖と感じ、側に置くことを望まなかった。

 そして当然に館の侍女たちも育てることを望まなかったので、売り払うことになったらしい。

 国王からの通達があったのは、そんなことがあってからだったのだ。


「なぜ、その時に直ぐに知らせなんだ?」


「怖かったのです。もしも真にその女性が国王が探している女性であったならば、我々が行ってしまった扱いは許されるものではないであろうと……」


「愚かな……」


 ラグダン男爵の考えは間違いではないし、国王の心情としては許せるものではない。だが国王の王命に逆らったことの方が遥かに重罪である。

 ラグダン男爵は速やかに捕らえられ、爵位の剥奪されることになった。


「どうやらオットーが見つけ出した者は、本当に我が子であるようだな……」


「そのようですわね……ですがまずはその者をここにお呼びしましょう」


「そうだな」


 本当に新たな王子が現れるとなれば国として一大事でもあり、喜ばしいことである以上に跡継ぎ問題の新たな火種となり大変なことになる。

 だからこそ慎重に事実関係の調査を進めてきたのだが、こうして確信を得たので王命を下し、レックスを王城に連れてくることになった。

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