第15話 一つの可能性


──オットーはソフィを見守りつつレックスを鍛え、任務を全うする。しかしその中で、一つの疑問を覚えていた。



 ……一体この青年は何者なのだろうか。


 ソフィ様が救いその命を助けた青年は、他の者とは違う雰囲気がある。

 学習意欲が高いことは分かるのだが、ここまで様々なことを直ぐに身に付けられるなど普通ではない。

 しかしどこかで同じようなことがあった気がするので、あり得ない話では無いのであろう。


 ……もう少しで思い出せそうなのだが、それが誰であったか……。


 まだまだ体の線は細いものの、キチンとした食事をとり日々鍛えることで、その体躯は見違えるほどしっかりとしてきた。

 出会った頃は痩せこけていて頼りない子供であったが、今では一人前の大人になったと言って良いだろう。

 これまでは身を屈めて目立たないように生活をしていたかも知れないが、ソフィ様の護衛はそれでは務まらない。

 姿勢を正し胸を張って歩かせると、この国では珍しい黒髪をしていることもあって周囲の注目を一手に引き寄せるようになった。

 そしてその姿には昔、私の住んでいた村にやって来た、若かりし頃の国王様と重なるものがある。


 ……そんな筈はないのだろうがな。


 しかしレックスを指導する中で、私の心の中には一つの可能性が思い浮かぶようになっていた。

 それはかつて国王様が愛しておられた女性の一人が、身籠ったことを隠して人知れず産んだ子供であるという可能性だ。


 現国王であられるウィリアム様もまた今のジャイアヌス様と同じように色恋が多い方であったそうだが、現在の妃であるエリザベス様との間に子供が出来たことを切っ掛けに、その全ての関係を断たれたと聞いている。

 しかしその中の一人である侍女が妊娠していた可能性があるということが分かったのは、ウィリアム様が国王に即位されてから数年が経ってからであり、城内で働く侍女の内の一人がそのことを打ち明けたのだ。


 ……当時は騎士として就任したばかりだったので良く覚えている。


 突然に新たな王子がどこかにいることが分かったのだから、城内が騒然とするのは当たり前だろう。

 しかしその侍女は既に城を去っており行方が分からなくなっていたので、国王は我々騎士達に国中を探させたが、ついに見つけ出すことは叶わなかった。

 国民に事情を明かすことは出来ないが、国中にその女性を探す知らせをだしたにも関わらずだ。


 ……ちょうどその女性も黒髪であったな。


 子供を産むということはかなり危険なことでもある。

 清潔な城内ですら危険性が残されているのだから、普通の人達が出産をするとなればより危険が伴うのであろう。

 なので国を上げて探しだそうとして見つけられなかったということは既にその女性は亡くなり、その子供も亡くなっている可能性が高い。

 だが未だにその国王の庶子は、スラムで暮らしているのではというのが専らの噂である。


 ……もしその子供が生きていたのであれば、丁度このレックスと同じぐらいの歳であるはずだ。

 いやもう考えるのはやめよう。

 その女性と国王の庶子は既に亡くなったと結論付けられているのだ。

 確信も無く疑念に思い、火種を呼び起こすものではない。



──休憩を終えて、再び剣の稽古を再開する。


「ほら、まだ脇が甘いぞ! どんな状況でも常に最適な構えを崩すな!!」


「はい!」


 模擬の剣で打ち込み、それを防がせる。

 逆に打ち込みをさせながら、隙があれば私が反撃する。

 何度となく繰り返される中でレックスの動きは良くなり、ついつい本気で打ち込みを返してしまい、レックスの腕におもいっきり当ててしまう。

 カランコロンと模擬刀が落ちると同時に私は側に駆け寄る。


「大丈夫か!?」


「はい……ですが、しばらくは動かせそうにありません」


「そうか……なら今日はここまでにしよう」


「すみません」


「いや、今日は私が悪いんだから気にするな。……ん? なんだこれは」


 レックスの立っていた場所に、一本の紐が落ちていた。


「すみません、それは僕のものです。母親が僕に残してくれた形見だそうで、ずっと腕に結んであったのですが、遂に切れてしまったみたいですね……」


 ……それは完全に私のせいではないか?


「すまん、そうとは知らずにおもいっきり剣を当ててしまった」


「いえ、いいんです。今となってはその組紐以上に大事なものがありますから」


「そうか……」


 レックスの言葉に安堵する。大事なものであろうに、許して貰えて良かった。

 しかしこの組紐は元から地味な配色にも関わらず、ずっと身に付けていたからか更に色褪せている。

 だからこそ非常に細かく編まれていて芸が細かいのだが、中々目に止まらなかったのだろう。

 そして裏側にはどこかで見た覚えのある紋様が編み込まれている。


「はて、これは何の紋様だったかな?」


「そんな紋様が描かれていたのですね。今まで取り外したことが無かったので知りませんでした」


 どうやらレックスには見覚えが無いようで、答えは出てこない。


「うーん、どこかで見た覚えがあるのだが……」


「そんなに気になるようでしたら、しばらくの間はお貸ししますので、調べていただいても構いませんよ」


「そうか……ならそうさせて貰おう。そういえば明日はソフィ様が休日だそうだ。レックスが護衛についてやれ」


「僕でいいんですか? まだ僕の腕では……」


「この町にそんな危険は無いよ。それにソフィ様は私よりレックスをご指名だ」


「分かりました。それでは必ずやソフィ様をお守り致します」


「……まぁ、頑張ってこいよ」


 こうしてレックスとの一日の訓練を終える。



 それからオットーが紋章の正体に気付くのは数ヵ月に送られてきた密書に押された印を見た時であり、それを切っ掛けに国を揺るがす事態となるのであった。

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