第13話 少年の誓い その2


──暖かい。


 再び意識を取り戻したとき、体は柔らかな感触に包まれ程よい暖かさが気持ちが良く、いよいよ自分は死んでしまったのだなと思った。

 それでも未だに熱で苦しい体があり、まだ生きているのだと実感する。それでも右の手に暖かい感触があり、何故か安心した自分は再び意識を手放した。


 それからどれぐらい時間外経ったか分からないが、目を覚ますとそこは知らない部屋のベッドの上であった。


「ここは……どこだ?」


 周囲は華美では無いがこれまで自分が寝泊まりしてきた環境と比べると遥かに充実した部屋だ。

 しかしこのような場所で寝られるようなお金は持っていないので何があったのか思い出そうとするも、何も思い出せない。

 何があるのか分からないので部屋を抜け出してゆっくりと階下に移動すると、遭遇した男性に話しかけられる。


「目を覚ましたか……レックス君、もう体調は良いのか?」


 何故に自分の名前を知っているのかわからず警戒するも、その言葉に悪意は感じられないので素直に返事をする。


「はい……ですがここはどこなのでしょうか? そして何故、自分はここにいるのですか?」


「覚えていないのか? いや酷い熱を出していたから、それも無理もないな。ソフィ……君が裏道で出会った女の子が助け、ここに君を運んできたのだ」


「ソフィさん……」


 ソフィという名に聞き覚えは無いが、倒れて記憶が途切れる前に出会った女性のことは確かに覚えている。

 見捨てられて当然の状況だったのだが、本当に彼女は自分のことを救ってくれたらしい。そしてそうなっていたのならば、自分は確実に息絶えていただろう。


「今、その方はどこに? お礼を言わせて下さい」


「そうだな……いや、その前に風呂と飯にしなさい」


「ですが……」


「ですがではない。それが出来ないのであれば、私はここのオーナーとして君を追い出さなければいけないぞ」


「でも払えるお金がないのですが……」


「くどいぞ。私が良いと言っているのだからいいんだ」


「…………分かりました」


 どういう意図なのか理解は出来なかったがこの宿のオーナーであるというニコライさんに言われた通りにし、体を洗い暖かい湯船につかると体の芯から疲れが癒されるような気がする。

 そして風呂から上がるとこれまで来ていた服はなくなっていて、お金を持った人しか着ることの出来ないような新しい服が用意されていた。

 自分が着ても良いのか迷うも、それ以外に身に付けられるものが無いので、着用してから食堂にたどり着く。

 そこにいる人たちは一様に、自分がこれまで着ていたような服は身に付けていないので、あのままの自分の服装が場に相応しく無かったのだと思い知らされる。

 そして気を使わないようにと他の人の目に付きにくい部屋の隅に案内され、運ばれてきた食事は質素なものに関わらずどれも非常に美味しかった。


「食べ終わったか?」


「はい。凄く美味しかったです」


「そうか、それは良かった。若いから肉が食べたいかも知れないが、今の君の体では受け付けられないだろうから我慢してくれよ」


「そんな我慢だなんて。これで自分には十分過ぎます」


「はっは、そうか。さて、君はソフィに会いたいんだったね?」


「はい、是非とも会ってお礼を言わせて下さい。そのお方は自分の恩人です」


「うん……だが今は止めておいてくれ。ソフィは君の熱がうつってしまったみたいで寝込んでしまっているんだ……」


 ソフィという人は自分を助けようとしてくれただけでなく、看病までしてくれたらしい。

 自らを危険にさらしてまで自分を助けてくれるなんて、本当に自分には返せないだけの恩をつくってしまったようだ。


「そんな……自分は一体どうしたら……」


 目の前のニコライさんは頭を振るい、答えを促してくる。


「君が考えなければいけないのは、今どうすべきかではなく、これからどうあるべきかだ。今の君が幾ら足掻こうともソフィに返すことが出来るものなど何もないだろう?」


「…………はい」


「それならば君は、与えられたその命を懸け、今後の行動でソフィに恩義を返していかなければいけない」


「分かりました。…………ですが自分には何も出来ることがありません」


 これまでの自分は目の前のことに必死でただ生きるためにもがいてきた。なので行動で返そうにも、何もすることが出来ない。

 どうすれば良いのか悩んでいると、隣で一緒に話を聞いていたオットーと名乗る男性はニコライさんとソフィさんの知り合いらしく、話に加わってくる。


「君にはソフィ様に全てを捧げる覚悟があるか?」


「はい……自分のこの身は一度は死を覚悟した身です。ならばそれを救ってくれたソフィさんの為に何でもします!」


 オットーさんは確かめるように自分の目を見つめてくる。

 逸らしてしまいたい気持ちはあるがここで覚悟を示さなければ意味がないので、目を逸らさない。


「分かった…………それならばその言葉を行動で示せ。これからは私がお前の後見人になろう」


 オットーさんの言葉はありがたい。だが、他人の身分を保証するなどと簡単に口に出せる彼らが何者なのかが気になるので質問する。


「えっと……オットーさんは何者なのですか? それにソフィさんも」


「ん? ああ言ってなかったな。 私はオットー・ミルド、国王様にお仕えする騎士の一人だ。そしてソフィ様は……フェルンストレーム伯爵家の令嬢だ」


「ええっ!?」


 ただ者ではないと感じていたが、まさか貴族であるとは思っていなかったので驚く。

 しかし自分のせいで貴族様を命の危険に晒したとなれば、処刑されてもおかしくないことなので血の気が引き、青ざめる。


「そんな……いや……自分は大丈夫なのでしょうか?」


「なんだ、君はソフィ様が熱をうつされたことで君を罰するとでも思っているのか? ソフィ様がそのような人では無いことは、もう知っているだろう」


「そうでした…………では何故オットーさんが、ソフィ様の護衛をされているのですか? 国王に仕える騎士様との繋がりが分からないのですが……」


 貴族の令嬢であるソフィ様がこの場にいることもおかしなことだが、国王に仕える騎士であるオットーさんがソフィ様の護衛を努めているというのもおかしい話だ。


「詳しい経緯は言えないが、今では私はソフィ様に仕えることになって良かったと思っている」


 オットーさんの回答は答えにはなっていないが、なぜか納得は出来る。

 上手く言葉には出来ないがソフィ様にはそう思わせる何かがあり、オットーさんが何故そう思うのかは理解出来るのだ。

 そして何となくだが、この人を信じるに値する人物だと確信できる。


「分かりました。オットーさん、僕がソフィ様に頂いたこの命に報いるためにも、これからお願いします」


 ソフィ様に恩義を返すためにも、これからオットーさんに身の上を保証してもらい、ソフィ様を守るだけの力を身につけなければいけない。

 なので頭を下げて、お願いをする。


「そうとなれば、まずはレックスが働いていた娼館の者に所有権を放棄して貰わなくてはならないな。ソフィ様から聞いたが、もう一度、君の身の上を話してくれるか?」


「はい……」


 これまでのことを改めてオットーさんに話し、自分はソフィ様を守る決意を新たにする。



 こうしてレックスはソフィを守るための騎士になるべく、動き出したのであった。

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