第1章 俺は魔王なんかじゃない
陰謀のプロローグ
黒を基調とした広い部屋に、1人の長身の男が座っている。
きらびやかな意匠を施された軍服をまとう男――王家直属独立遊撃治安連隊隊長ユーティス・カーベリッジは、高級感のある革張りの椅子に体を沈めて目を伏せていた。
静謐そのものの室内に、控えめなノックの音が響いた。
「イカルズか? 入れ」
男の返答に応じて、ドアが静かに開かれる。室内に入ってきたのは、1人の大柄な男――イカルズ・ディーターだった。
「お呼びでしょうか、聖将」
ユーティスのデスクの前に立ったイカルズは背筋を伸ばし、低い声でそう言った。
――『守護者』。
それが王家直属独立遊撃治安連隊の構成員の通称である。さらにその中でも連隊の隊長は、『守護聖将』との敬称で呼ばれることが多い。
この長身のユーティスこそ、『守護聖将』その人である。
「『方舟』建造の進捗はどうなっている」
「は、概ね順調です」
「概ね?」
ユーティスは穏やかな口調で、しかし獲物を狙う鷹のように鋭い視線で聞き返した。
「はい、未だ船首像に設置する生贄が確保できておらず……」
「なぜだ? 早く狩ってくればいいだろう」
「それが、設計上翼人種が必要だとのことで。それも一定以上の翼を持ったものが」
「翼人種、というと……」
言葉を区切って記憶を手繰ったユーティスは、盛大に舌打ちした。
「やってくれたな、イカルズ」
「……申し訳ございません」
「こういうことがあるから意味もなく魔物を根絶やしにするのはやめろ、と言っているのだ」
「魔物を前にするとつい気分が高揚してしまい……。面目次第もございません」
イカルズは低い声で謝罪を繰り返す。
ユーティスはため息をついて肩をすくめた。
「まあいい。利用価値がある魔物の方が稀だからな。その点ではお前のように情け容赦のない戦士の方が重宝する」
「ご寛恕、感謝いたします」
イカルズが小さく頭を下げると、ユーティスはうなずいた。
「確かシャルディアに翼人種の生き残りが匿われているという情報があった」
「本当ですか」
「ああ、数はそう多くないようだが……」
「適した大きさの翼を持ったものが見つかるでしょうか」
イカルズが不安そうに言うと、ユーティスは冷酷さのにじむ笑みを浮かべた。
「何、大きさが足りない分は数で埋め合わせられるかもしれないだろう。とにかくできるだけ多く生け捕りにしてこい」
「……生け捕り」
イカルズは渋い顔で繰り返す。
ユーティスは苦笑した。
「不満か?」
「いえ、そのようなことは」
「『方舟』計画は極秘事項だ。お前にしか任せられん。今度こそ、私の言いつけを守れることを証明してみせろ」
微笑をたたえて人差し指でトン、トンと机を叩くユーティスからは、常人ならば身震いして動けなくなるほどの圧が放たれていた。
「はっ、かしこまりました」
イカルズは簡潔な、必要最低限の返答をもってその命令を受諾した。
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