第3話 異能の図書館

「――講義を始めようか」


 葉太は言って、哀れむように肩をすくめた。


「お前は自分の『MYTHALY』の原典を知らない。そうだろう?」


 男は心底意味がわからないという風に眉間に深いしわを刻んだ。


「原典……? なんの話だ。言ってる意味がわからん」

「そう。『MYTHALY』はある日突然、自分に使えるということが天啓のように理解できる不思議な力。普通なら知識はそこ止まりだ」

「……てめえは違うってのか?」

「そうだ。『MYTHALY』はここでないどこかの世界の異能。だから必ずそれには原典がある。まあ、外の世界の存在なんて普通は知覚できないから知らないのは当然だ」


 しかし葉太は一度世界をまたいだ。「異世界」の存在を前提に思考できる条件を満たした、稀有な人間だ。


「まずは今俺が使った『MYTHALY』についての話をしてやる。世界で唯一俺だけができる、『MYTHALY』の原典にまつわる講義だ。ありがたく拝聴しろ」


 葉太は目を伏せ、語るのが楽しくて仕方ないという風に笑った。

 

「この短刀は"Withering Beak"。とある緑の美しい国の神話に出てくる武器だ。その神話は大地の父神フェリオステルの誕生に始まる。大地の神からは、まず木の精が生まれた。大地を緑で彩った木の精は木の実によって、御使鳥みつかいどりという新たな生命を育んだ。しかし空を翔けることを定められた鳥は、大地と共に在ることを望んでしまった。その鳥を悪魔がそそのかす。『大地に生い茂り、お前の目から大地を隠す木々を枯らしてしまえ』と。そのとき悪魔は御使鳥に、一突きで草木を枯らすくちばしを与えた。御使鳥は嫉妬に駆られ次々と木々を枯らしていく。やがて木々の衰弱は大地をも弱らせていき――」

「――ちょっと待て」


 葉太が気分よく話しているうちに動揺から我に返った男が、長広舌に割って入った。

 

「なんだ?」

「俺はてめえのおしゃべり聞きにここに来たんじゃねえ。『MYTHALY』を出したってことは戦う気になったってことだろ? それならさっさとかかってこい」


 葉太は挑発するように指を動かす男を見て、ゆっくり一度瞬きをした。

 

「しかし木々が枯れたことで御使鳥は自らの糧となる木の実をも失うことになる。わずかに残った木の実も、草木を枯らすくちばしではついばめず――」

「――おい!」


 またしても男の大声が葉太の語りを遮った。

 

「まあ待て。ここからが面白いところだ。そこで一本の心優しい木の精が御使鳥を哀れに思い、ただでさえ弱った力を振り絞る。その木はなんと、御使鳥のために決して朽ちない黄金の果実を実らせるように――」

「黙りやがれ!」


 男は鋭く叫んで蔦を走らせる。葉太はそれは短刀で軽くいなして避けた。


「授業態度が悪いな。……まあいいか。こっちの『MYTHALY』はハズレだったから本題じゃないしな」


 葉太が言うと、男は鼻で笑った。

 

「確かにそのナイフは俺の蔦にも効くのかもしれねえが、それだけだ。5本の蔦、同時にさばけるもんならさばいてみやがれよ」

「本当によく吠えるな、お前は」


 葉太が言うと、男は頬を引きつらせて笑った。

 

「てめえに言われたかねえよ。短刀1本でよくいきがれるもんだ。それともあれか? 2つ以上『MYTHALY』が使えるとでも?」

「ああ、珍しく正解だ」


 薄ら笑いを浮かべてうなずく葉太に、男は露骨に舌打ちをする。


「ふざけたことを抜かしやがって。『MYTHALY』は1人につき1つ。どんな大英雄だってそれは変わらん。はったりならもっとうまいのを考えるこったな。俺をなめるのもいい加減にしろ」


 葉太は呆れ果ててため息をついた。

 

「はあ、とことん座学は不得手みたいだな。仕方ない――ラブリス」


 軽く手を挙げて司書に指示を出す。

 

「はいっ! Instantly脳電気信号経由で accept受諾!」


 先程地面に着地したあと茂みに潜んでいたラブリスが元気な返事とともに飛び出す――右手に電子魔導書籍端末『Leaves』を掲げて。


「MYTHALY Decimal Classification: 289, Title: "Scorched血潮 Blood焦土"――Quote開け!!」


 『Leaves』から放たれた光が葉太を包む。

 

「な、まさか……」


 先程、葉太は光に包まれたあとで『MYTHALY』を繰り出した。その過程が繰り返されることの意味は、どれだけ男が鈍くても察しがついて当然だった。

 

「うちの図書館のいいところは、座学だけじゃなく実践でも教育できるところだな」


 光の中から再び姿を現した葉太は気のない調子でつぶやいて、自分の親指の腹にかみついた。歯を立てた場所から鮮血が溢れ出す。

 

「何を……」


 男の声が裏返る。

 葉太は「黙ってみていろ」という風に笑う。そしてすばやく右手を振ると、滴った鮮血が虚空で弧を描いた。

 血はそのまま、凍りついたように宙に浮いた状態でま固まる。

 葉太は緩慢な仕草でそれに手を伸ばす。葉太の手が触れた瞬間、その血は――激しく燃え上がった。

 

「は……」


 男が目を点にしてその光景を見つめる中、葉太は凝固した血の炎を刀を扱うように握り、中段に構えた。

 

「――この『MYTHALY』に関する講義は聞いてもらえるか?」

「う、嘘だろ……」


 男が驚愕するのを、葉太は白けた顔でながめていた。

 

 ――『Leaves'紙葉遍く Library我が掌中』。

 

 それが葉太の『MYTHALY』である。

 ありとあらゆるここ以外の世界の、ありとあらゆる神話、伝説、英雄譚、逸話。それらに登場する武器、英雄、力、奇跡。

 そのすべて――すなわちすべての『MYTHALY』ががその仮想図書館型『MYTHALY』である『Leaves' Library』には収められている。

 そして葉太は、そのすべてを使うことができるのだ。

 ただし、短時間で制限数以上の『MYTHALY』を行使すれば激しい頭痛という形で「反動」が来る。我慢すれば済む程度ではあるが毎度毎度味わいたいものでもないため、葉太は基本方針として『MYTHALY』の使用を節約している。

 

「さっきお前は他にも『MYTHALY』を使えるかと聞いたな? その答えを教えてやろう。正確に言えば、他のすべての『MYTHALY』を使えるということだ」

「ば、馬鹿な! 反則だ! そんなの反則じゃねえか!」

「俺もそう思う。だが何事にも例外は存在するものだ」


 葉太は哀れむように言って目を伏せた。

 男はその表情を侮辱ととったのか、顔を真っ赤にして激昂した。

 

「――ふざけるな……ふざけるなふざけるなふざけるなぁ……っ!!」


 蔦を一斉に操り、音にも及び得る速さで葉太に差し向ける。

 葉太は目を伏せ嘆息し、蔦が届くずっと前に炎の刀を一閃した。

 飛び散った火の粉の霧の中に蔦が飛び込んでくる。その火の粉に触れた途端、蔦は一瞬と保たずに灰と化した。

 

「――っ」


 男は絶句して呆然と立ち尽くす。

 まさに火を見るより明らかな形で、勝敗はここに決した。

 

「まったく、つくづく講義を聞くのが嫌いらしいな。結局また実践が先に来てしまった」

「なんで……誰にも斬れなかった俺の『MYTHALY』が……」


 男のつぶやきに、葉太は大仰にうなずいた。


「そう、『なぜ』は大切だ。人が人たる所以でもある。その疑問に答えるために叡智があり、叡智を収め守るために図書館がある。それを支配する俺には、その問いに答えを与えてやる義務と――権利があるわけだ」


 聞こえているのかいないのか、男は絶対の自信を持っていた得物の完全無力化という圧倒的敗北を前に、焦点の合わない目で虚空を捉えていた。

 葉太は反応の悪さに非難がましい視線をやりながらも、肩をすくめて講義を続ける。

 

「5本の蔦、毒なし。あとは色や大きさ、その他諸々の情報を総合してお前の『MYTHALY』は2つまで絞り込めた。1つはさっき話した緑の国の神話に出てくる怪物、ボストリステカ。これは御使鳥の死後、人の武器となった"Withering Knife"によって討ち倒される。だからまずこの短剣を顕現させた」


 葉太は左手に持っていた短刀を上に放り投げてみせる。

 

「だが効果は今ひとつ。消去法で正解はもう一方に決まった。その蔦の原典は、邪神の支配を受けていた世界の物語だ。人々は邪神を討ち倒すため、邪神の住まう天空の城への進撃を企図する。大地から遠く空に浮く天空城に至るため、森の伝説の妖精フィリアナが蔦を伸ばした。その蔦がお前の操る蔦――」


 葉太は指を鳴らしてにやりと笑った。


「――名を"Ivy天階 Ladder蔦橋"という」


 言って、葉太は灰となった蔦が散った地面を哀れむように見下ろす。


「そもそも攻撃のための力じゃないわけだな、それは。その代わり頑丈さは一級品。天空城の護衛鬼の刃をもってしても断てない蔦。偉大な妖精の全力をもってしても5本までしか出せない代物だ。もっとも、結果としては天空城へ人間の侵入を許したことに怒った炎の邪神グルカスピエルに、フィリアナごと焼き尽くされたわけだが」

「……つまり、お前のそれは……」

「その通り。講義が実を結んでいるようで何よりだ」


 もはや完全に戦意を失っている様子の男が力なく指摘すると、葉太は満足してうなずいた。

 

「炎の邪神グルカスピエルは地獄に落とした人間の血を糧にしている。そうしてグルカスピエルの体を流れるようになった血は、体外に出た途端決して消えない炎に変わる。普通の炎だったり、他の世界の炎ではいくら強力でもフィリアナの蔦は焼けない。だが、実際にフィリアナを焼き殺したグルカスピエルの炎ならば、当然お前の蔦を灰にできる。その炎こそ、今俺の手の中にある"Scorched Blood"だ」

「邪神の、炎……」

「まあ、使っていていい気分ではないな」


 とはいえ何事も道具や力そのものに悪があるわけではない。すべては使い手次第。自分の信念に基づいて使えるなら、どんな来歴のものだって使う。

 

「悪魔だ……」


 絶望にわななきながら葉太を見つめていた。

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