第9話 黒鞄 1

 あっという間に一月が過ぎる。折れた指も動くようになった。サエとはどうしてか男と女の関係にならない。どちらかというと妹のような感情がある。サエの休日には最近は二人で勤めているカラオケバーに行くこともある。サエは同僚に腹違いの兄だと言っているようだ。一番端のカウンターに並んでかける。

「どうして髭を剃らせない?」

「イサムはあの日のことをどう思っている?」

「ボンは事故だと言っているよ」

「うちはこの目で見ている。留まっていた車が急発進して、青信号になっていないのにイサムに向かって走り出した。ぶつけたのに後ろの乗っていたサングラスの男が観察するように見てた」

「何かなあ、相当の悪者だった気がしている」

 すでにあの黒髪の女と二度寝ている。プレイが旨いと言われている。体に何かが染みついている。

「何か思い出した?」

「いや」

「悪者でもいい。でも本当の悪者は目でわかる」

 横に流し目の女が座る。

「お兄さんでしょ?」

「ちょかいせんで!」

 吠えるに言うサエに驚いて立ち上がる。

「あの人は危険なの。横浜のやくざの男から逃げてきている」

 サエが小声で言う。

「イサムに隠していることがある。イサム、黒鞄覚えている」

「いや」

「血を流しながらも抱えていたのよ。ひょっとしてそれを開けたら記憶が戻るのが怖い」

「ならずっと隠しておいたらいい」












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