あたしが心配することじゃ、ないんだけど
終業時間になったので、何人かの先輩たちと終礼をしてもらうため、店長を探していた。
姿が見えなかったので、バックヤードに下がったら、宇木さんが来ていた。
店長と、何やら話し込んでいる、宇木さんの難しい顔を見て、今日のお休みについて、何か言われたのかと、心配になった。
……あたしが心配することじゃ、ないんだけど。
「店長、終礼お願いします」
こちらを向いている宇木さんに、軽く会釈をして、店長に話しかける。
視界に宇木さんが居るのが、嬉しくて切なくて、目を向けないようにするのが、精いっぱいだった。
「ああ、ちょっと取り込んでるから、各自で確認して、終わってくれ。誰か代表が、報告してくれればいいから」
店長は、何か焦っているような、困ったような顔をしていた。
あたしは、みんなに店長の言葉を伝えて、点呼を取り、それぞれ反省を一言ずつもらって、解散した。
そして、また店長のところへ戻って、一連の流れを報告した。
「ありがとう、お疲れ様。帰っていいよ」
「はい。お疲れ様でした」
店長に確認を取って、さあ帰ろうと、踵を返したところで、
「遠藤さん、ちょっと、待っててもらってもいいかな?」
と、宇木さんに呼び止められた。
店長も、ロッカーでそれぞれ帰る支度をしていた先輩たちも、びっくりして、手を止めた。
「え? え?」
「何? どういうこと?」
頭の上に大きなクエスチョンマークを、いくつもまき散らしている彼らを無視して、宇木さんは、
「いいかな?」
と、周りの視線を跳ね返す勢いで、念を押してきた。
いつもの三日月の目ではなく、真剣な、茶色の瞳が、真っ直ぐあたしを射抜いた。
どきん。
「は、はい」
返事をしたら、急に、心臓の鼓動が速くなって、顔が熱くなるのを感じた。
周りの人たちは、いったい何事なのかという顔で、あたしと宇木さんを見比べていた。
店の裏口から出た真奈美先輩が、くるっと振り向いて、あたしだけに見えるように、ガッツポーズをした。
これは勝利のポーズではなくて、きっと、
「がんばってね」
のポーズ。
あたしは、宇木さんと店長の話が終わるまでに、一度、駅の駐輪場まで戻って、チャリを出して来ることにした。
今日も、月がとても明るい。
チャリで店に戻ったら、もう宇木さんは、裏口の前で待っていた。
昨日のことがあるから、ちょっと気まずい。
でも、その昨日のことはちゃんと謝らないとだから、あたしはチャリを降りて、押して宇木さんのところまで、行った。
「宇木さん……昨日は、すみませんでした」
ぺこりと、頭を下げる。
心臓が、ばくばく言ってる。
「ちょっと、歩こうか」
宇木さんは微笑んで、あたしの頭をそっと撫でるように叩いた。
どきどき、どきどき。
さっきとは違う意味で、心拍数が上がった。
宇木さんが、歩き出す。
あたしが顔を上げると、くるっと振り返った。
チャリを押して後に続くと、宇木さんは隣に並んで、押してるチャリをそっとバトンタッチしてくれた。
少しの間、沈黙が下りる。
あたしたちはチャリを間に挟んで、ゆっくりと、駅とは反対の河川敷へ、歩みを進めた。
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