お決まりの、頭をぽんぽん。

思ったより明るい月の光の下、店の裏口で、先輩二人と別れる。

何か話しながら、二人が仲良く並んで行くのを見て、

「高校生は良いなあ」

と、宇木さんは腕を上に伸ばして、背伸びをした。

黒いカーディガンと、濃紺のジーンズが、長身にとても似合ってる。

シャツのステッチが、赤の刺繍糸かな?

そんなところが、お洒落さんだと告げている。

土曜日のあたしは、学校帰りにバイトへ直行なので、高校の制服。

「何が良いんですかー。将来、何の役に立つか分からない勉強してるし、友達関係で辛い思いしなくもないし、何が良いのか分かりませーん」

ぷくっと、口を尖らせて見せる。

そんなあたしを笑って、宇木さんはゆっくりと、歩幅をなるべく狭くして、歩き始めた。

「大学生だって、そんなに変わりはないと思うよ。勉強は、まだ見ぬ未来の自分のために、今出来ることを最大限やった方が良いと思うんだ。友達関係だって、遠藤さんはバイト仲間ともよくやってると思うし、辛い思いしたら、仲間にも話していいと思う。何より……」

宇木さんは、言葉を切って、あたしの方を向いた。

月明かりに、宇木さんの顔の半分くらいが、隠れてしまう。

あれ、もったいない、と、思った。

思った自分に、びっくりした。

「何より、そうやって感情を顔に出しても、可愛いからね」

どきん。

心臓が、三拍分くらい飛び跳ねた。

そして、普段の倍くらいの速さで、早鐘を打ち始めた。

どき、どき、どき。

宇木さんが、三日月の目で笑ってる。

あたしは今、いったいどんな顔をしてるんだろう。

どき、どき。

居たたまれなくて、思わず下を向いてしまった。

そうしたら、また、お決まりの、頭をぽんぽん。

ああ、もう、ダメだ……。

「ごっ、ごめんなさい! あたし、今日は帰ります!」

「え?!」

「お疲れ様でした!」

くるっと踵を返して、あたしは駅の駐輪場へ向かって、走り出した。

明るい月が、追いかけて来る。

振り返れなかった。

どうしよう、どうしようって、そればっかり。

全速力で駐輪場まで走って、そのまま全速力で、チャリで帰った。


どうしよう、あたし、宇木さんのこと、好きになっちゃったかも……。


その夜は、眠れなかった。

失礼なことしちゃった。

折角、カラオケで弾けようって、誘ってくれたのに。

どうしよう、もう今までみたいに、無邪気でいられないかも。

あんなの反則だよ。

……あんなに優しく、頭をぽんぽんしてくれるなんて。

ベッドの中で丸まりながら、ずっと、夜明け近くまで、ぐるぐるしてた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る