第5話 女の子の贈り物

 おじいちゃんがいた? 航平は急いで、朱花さやかの指さす方向を見た。


 クリスマスツリーの下、ちょうどこちら側を向いているベンチに、確かに白髪のおじいちゃんが座っていた。彼の横には、大きなリュックサックもある。今からエベレストにでも登るのかというくらい、でかい。


「あれが、朱花ちゃんのおじいちゃん?」

「うん。早く降りよう」


 朱花は階段を一目散に駆け降り始めた。

 わざわざ階段じゃなくてもと思ったが、朱花は人間とは思えない早さで降りていくので、航平はあわててついていった。


 外に出ると一気に寒さが押し寄せてきた。おまけに地面が凍結している。

 ツリーの下にたどり着くまでに、航平は何度も転びそうになったが、朱花は一度もそんなことはなく、おじいちゃんのもとへ一直線にたどり着いた。


「おじいちゃん。何やってたの? ずっと探してたんだからね」

 再会して早々、朱花はおじいちゃんに説教をし始めた。

「このまま見つからなかったら、大事な仕事ができないとこだったんだから」


 約三時間半ぶりに再会した孫の顔を見て、老人はにっこり笑った。


「ほっほっほ。相変わらず元気がいいことじゃ。探しとったというのは、わしのセリフだよ。通りがかりの人に聞いて回ったら、さっき、女の子が二十歳くらいの男の人と歩いているのを見かけたという人がおっての、お前が誘拐でもされたんじゃないかと思って、ひやひやしとったとこじゃよ」

「じゃあ何でのんきにこんなとこに座ってるのよ」

「それは……ちょいと疲れたから……」

「……もう。本当に心配だったんだから」


 でも見つかってよかった、と朱花は息を吐く。

 航平は、そんな二人の会話を聞いて、とても微笑ましい気持ちになった。


「あなたが、うちの子を誘拐した方かな?」

 老人は、朱花の後ろに立っていた航平に話しかけた。


「あ、いえ。誘拐するつもりは……」

 寒くてろれつが回らず考え事もしていたため、いきなり話しかけられた航平は、白い息だけを余計に吐いてオロオロしてしまった。


「もう、おじいちゃん。この人は、おじいちゃんを探すのを手伝ってくれたんだよ。こうちゃんっていうんだ」と、朱花のナイスフォローが入る。


「ほう。それはそれは、ご迷惑をおかけしましたな。私は、ヤマダカズオと言います。山田太郎の太を、数字の九にしていただいて、山田九郎かずおです」


「あ、白石航平と言います」

 航平は慌てて会釈をした。


「さておじいちゃん、早く行かなくちゃ、間に合わなくなっちゃう」

 朱花が駅の時計台を見て言った。もうすぐ二十三時。朱花くらいの子どもなら、そろそろ寝始める時間だ。それとも最近の子はもう少し夜更かしするのだろうか。


 九郎は登山バックのようなリュックサックを危なげに背負い、立ち上がった。


「大丈夫ですか。もしよかったら、お仕事が終わるまで、僕がそれ、運びましょうか?」


 思わず航平が尋ねると、九郎は、ほっほっほ、と笑った。


「ありがとう。親切な若者じゃな、君は。でもこれはとても大切なものだから、自分の力で運びたいんじゃ。こう見えてもわしの身体は丈夫。だから、心配しなさんな」


「ありがとうね、こうちゃん。ちょっとの間だったけど、楽しかったよ」

 朱花が航平を見上げて、笑った。


 九郎さんと朱花の笑顔はそっくりだった。どちらも無邪気で、なんだか可愛らしい。


「こちらこそ楽しかったよ。もうはぐれないようにね」

 そう言って航平も笑った。


 じゃあね、と航平が言おうとすると、朱花は思い出したように最後にこう言った。


「そうそう。さっきこうちゃんはさ、俺も大人になるのが嫌になってきたって言ってたよね。あたしはね、サンタさんを信じ続けるよ。サンタさんを信じていれば、身体は大きくなっても、気持ちは子どものままでいられるんじゃないかな。大人になるってことは、子どもじゃなくなることじゃないと思うから。ガキのまんまじゃダメだとは思うけど、大きな子どもになろうと思ってる。大事なのは、信じようと思う心でしょ?」


 なんだ。俺の話をしっかり聞いてたのか。


「そうだね。信じることをやめたら、人間終わりだもんね」


 って、映画とかで何度も聞いたようなセリフだ。


「じゃ、おじいちゃん。そろそろ、出発しよ。こうちゃん、じゃあね」


 朱花は、航平に、元気よく手を振り、九郎の手を取ると、引っ張るようにして歩き始めた。凍った地面で転んでしまうんじゃないかと心配して、航平はその様子をしばらく見送った。が、大丈夫そうだ。二人ともすごくしっかり歩いていく。


 なんだか不思議な時間だった。


 ふとベンチに目をやると、緑色の箱が落ちていた。赤いリボンで包装されている。きっと、九郎さんの忘れ物だ。航平はその箱を手に取ると二人を呼び止めようと、顔を上げた。


 しかし、ちょっと目を離した一瞬の間に二人の姿は、パーティ帰りの人々の雑踏の中に消えていた。二人の姿はどこにも見えなくなっていた。


 箱をもう一度見てみると、航平は、クリスマスカードがくっついているのに気づいた。サンタとトナカイがあしらわれた、朱花に買ってあげたカードだ。それにはこう書いてあった。


  こうちゃんへ。

 おじいちゃんとはぐれて独りぼっちになったときはどうしようかと思ったけど、こうちゃんが助けてくれてよかった!お礼に、プレゼントあげるね。

 メリー・クリスマス☆  


 朱花はいつの間にこれを用意したのだろうか。


 久しぶりにもらったクリスマスプレゼントを見て、航平はものすごく幸せな気持ちになった。ついにクリスマスの魔力が今年の航平にも及んだのだ。


 どんなプレゼントだろう。それは、家に帰ってからのお楽しみにしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る