第4話 大学生のピーターパン症候群
買ってもらったカードが入った袋を大事そうに抱えて、
なんだか、見ている航平の方まで楽しい気分になった。
だからといって二人が当初の目的を忘れたわけではない。
おもちゃフロアを全て回ってみたが、まだおじいちゃんは見つからない。
そこで次は五階へ上がろうと階段の方へ行くと、「ちょっとトイレに行ってくるね」と言い、朱花は袋を持ったまま、階段横のトイレへ入っていった。
航平は一人ポツンと残された。
いきなり現実の世界に戻ってきたような気分になる。
航平はさっきの朱花の言葉を思い出していた。
──大人になるってことは、いろんなことを信じなくなることでしょ?
確かに大人になると、信じることより疑うことの方が増えてくる。
サンタ、自分の夢、ありとあらゆる物語。他人でさえ疑ってかかるようになる。
子どもの頃はそんなことはなかったのに。
航平は、自分の名前を知らない人にあっさり教えてしまった、朱花のあのときのあどけなさすぎる表情を思い出して笑った。
サンタさんがこの世にいないことに気づいたのはいつだろう。友達や先生に教えられたことではない。いつの間にか気づいていた。自然にその事実を受け入れていた。
知らない間に。知らない間に誰もが、たくさんのものを信じることをやめ、疑うことを覚える。信じ続けることは幼稚で恥ずかしいから、無意識のうちに信じることを放棄する。
その過程をコンプリートした、より現実的な人間が大人と呼ばれるのだろうか。
あらゆる物事、人、夢、物語にたいして疑心暗鬼を生じさせ、人は成長していくのだろうか。いや、これは退化と言うべきか。
航平も朱花の気持ちがわかるような気がしてきた。信じるべきものが少ないなんて、悲しいし、不幸かもしれない。理想抜きの現実世界に生きる大人。
そりゃ、信じてばかりじゃ、バカを見るかもだけど、そんな失敗もない人生は、炭酸の抜けたサイダーのようなものだ。なんだか味気なくて、存在する意味がないように感じてしまう。
さっきまで大人になるのはいいことだよ、と朱花を説得しようとしていた航平だったが、だんだん大人になるのが嫌になってきた。そんな超リアリティあふれる人間にはなりたくない。
「こうちゃんお待たせ」
朱花がトイレから帰ってきて、航平は思考を中断させた。
「じゃ、次は五階だね。そろそろ見つかるといいね」
航平は時計を見た。もう二十二時半過ぎだ。二人は階段を上り始めた。
このデパートの階段は、外に面している壁が全てガラス張りになっていて、中からでも外の様子がはっきり見えるようになっていた。あの巨大なクリスマスツリーも見える。歩道にはもう雪が積もり始めている。
ここから見ている分には寒くもないし、手をつなぎながら歩いていくカップルの甘ったるい会話も聞かずにすむからなかなかの絶景ポイントだ。
「朱花ちゃん、雪が積もってるよ」
航平が教えると、朱花は「うそっ」と言ってガラスに鼻を押し付けた。
「ホントだ。すごーい」
あたしは大人になりたくない、と言って悟ったようにしていたのが嘘のようなはしゃぎっぷりだ。
やっぱり、子どもにとって雪って楽しいよな。大人にとっては面倒なだけだけど。……それもきっと、朱花にとっては大人になりたくない理由になるんだろう。
大人になるとこの気温なんて比にならないくらい感情が冷めてしまう。もちろん悪い意味で。
「そういえば俺も、朱花ちゃんのせいで、だんだん大人になるのが嫌になってきたよ。やっぱり大人は悲しいのかもしれないね」
航平は、雪にテンションがあがっている朱花の背中につぶやくように言った。
その時朱花が、あっ、と叫んだ。
航平の言ったことはどうやら聞こえていなかったようだ。
「おじいちゃんいた。ほら見てあそこ。おじいちゃんみっけ」
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