第2話 女の子と大学生の逢着

「はあー。ちょっと疲れちゃったので、横に座ってもいいですか?」


 航平が口を開く間もなく、女の子は隣にちょこんと座ってしまった。


「どのくらいおじいちゃんのこと探してるの?」

 航平はお互い黙っているのも変だと思い、仕方なく話しかけた。


「えーっと、二時間くらいです。夜ご飯食べた後にはぐれちゃったので」


 こんな雪の降る中、外に二時間もいたら風邪を引く。

 実際、航平の身体は、コートを着てマフラーも手袋もしているのにブルブルと勝手に震えていた。が、女の子はあまり寒そうな様子ではない。


 さすが子ども。


「二時間も外を歩き回ってんの?」

「はい、外ではぐれちゃったから、外を探してました。一回、駅の人に放送もしてもらったんですけど、まだ見つからないんです」


 女の子は、おじいちゃんが心配というよりも、やれやれ、という感じだ。


「ふーん。おじいちゃんと二人で遊びに来てたの?」


 航平は質問を続けた。塾でバイトをしているおかげで、子どもとの会話には結構慣れている。


「はい。でも遊びにきた訳じゃありません。おじいちゃんは今から大事な用事があって、あたしはそれを手伝うために来たんです」 


 ──へぇ、お手伝いか、しっかりしてる子だな。


 自分がこのくらいのときは多分外でバカみたいに鼻水を垂らしながら、キックベースだけをやっていた。いや、鼻水を垂らしながら、は言い過ぎた。


「しっかりしてるんだね。何年生?」

 航平が聞くと、女の子は、なぜかしばらく考えて、

「小学五年生です」

 と答えた。


 いきなり学年を聞いたから不審な人だと思われたのかもしれない。

 航平は、そう心配したが、その不安は女の子の次の一言で飛んでいった。


「あたし、ナカイサヤカっていいます。真ん中の中に、住居の居、朱色の朱に、お花で、中居朱花です」


「朱花ちゃんっていうのか。難しい漢字だね。でもさ、知らない人にそんなことバンバン言っちゃって大丈夫なの?」


 航平が聞くと、朱花は目をまるくした。


「大丈夫じゃないんですか? おじさん、まさかあたしを誘拐したりするの?」


 鼻の霜焼けのせいで、アンパンのヒーローみたいな顔になっている。


「いやいや、俺はそんなことしないけど、知らない人にあんまりそういうこと教えない方がいいよ」


「だって、学年のことはおじさんが聞いてきたじゃないですか」

 朱花は口をとがらせた。


「まあ、確かに。でも名前は聞いてないだろ。それに俺は、おじさんじゃなくて、お兄さんだよ」


 朱花はまた目をまるくした。


 失礼な、と航平は少し気分を害した。でも確かに若さはない。航平はあまり生気が感じられないと言われることがある。


「え、嘘。じゃあ、おじ……お兄さんは何歳なんですか?」

「十九歳。ピチピチの大学一年生。ついでに、名前は、白い石に、船みたいな漢字に、平和の平で、白石航平」


 航平が名前まで教えると、朱花は少し笑った。


「お兄さんも知らない人にそんなことバンバン言わない方がいいですよ」

「じゃ、朱花ちゃんは俺を誘拐したりするの?」

「いや、誘拐なんてしませんよ。航平か……。じゃあ、こうちゃんって呼びますね。こうちゃん、いい?」


 このくらいの歳の子は、ちょっと大人をバカにしている。しかも女の子となると、ませている子が多く、生意気だ。

 こっちは何歳も年上の大人だぞ、と説教してやろうかと航平は思ったが、塾の生徒にもこういう子はいる。子どもの言うことだ。なんと可愛らしいではないか。航平はそう考えることにした。


「別にいいけど」

「ありがとう、こうちゃん」


 渋い顔で返事をした航平を見ながら、朱花はにっこり笑った。

 航平は残った缶コーヒーを一気に飲み干して、白い息を吐くと立ち上がった。


「朱花ちゃん、俺どうせ暇だから、一緒におじいちゃん探し手伝ってあげるよ」


 困っている子どもを助ける、いい大人だ。

 航平は自己満の世界に浸っていた。


「ほんとですか? すごい助かります。こうちゃん最高」

 朱花はぴょんと跳ねるように立ち上がった。


 いつの間にか雪は、いっそう激しく降っている。航平の吐く息も、いっそう白い。だが、まだ駅前は大勢の人で賑わっていた。


 二人は駅のデパートを一階から順番に探すことにした。デパートの中は九時を過ぎていることもあり、混雑はしていなかった。


「もしデパートの中でおじいちゃんが迷ってるなら、すぐに見つかると思うよ」


 航平は朱花を励ました。だが、一階から三階まで一気に回って、店員さんに聞き込みをしてみても、おじいちゃんを見たという人はなかなか見つからない。


 暖房の効いた建物の中に入ったことで、ようやく航平のブルブルはおさまっていたが、朱花はまだ鼻先もほっぺも赤い。相当冷えていたのだろう。そこで航平は朱花に暖かいお茶を買って、また休憩することにした。


「こうちゃんありがとう。はあー。おじいちゃんどこ行っちゃったんだろう。早く見つけないと大変なことになっちゃうのに」

 自販機横の椅子で、朱花はため息をつく。


「さっきから、大変なこととか、大事な仕事とか言ってるけど、何があるの? クリスマスパーティーの準備とか?」


 航平が聞くと朱花は「うん、そんなとこ」と言葉を濁し、すごい勢いでお茶を飲み干した。


「だから早く見つけなきゃ」

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