冬の蝉

新屋鉄仙(しんやてっせん)

第1話

 仕事の依頼はいつも親戚の誰かからだ。内容はいつも決まって同じ、知人が心霊現象で悩んでいるというものだ。

 俺は普段、平凡なサラリーマンをやっているが、年に数回、陰陽師おんみょうじを名乗っている。

 世の中に存在する霊能力者は99.9%偽物だ。お坊さんも神主さんも霊能力なんて持っていない。彼らが行う除霊などは形だけで何の効力もない。心霊現象と言われるものの多くが気のせいや人間の脳が見せる幻だ。依頼者が望むのは形だけの儀式であり、本当に除霊したかどうかではない。実際、手を払うだけで除霊できたとしても、それでは納得してもらえない。人は目に見えないものを欲しがり恐れ、目に見えるものや触れられるものに安心を得る。俺からすれば、幽霊よりも人間の方がやっかいだ。

 12月に入ったばかりの頃、大学受験を控えている娘さんを持つ親から除霊の依頼を受けた。娘が心霊現象に襲われて困っているというものだ。冬に蝉、それも『エゾゼミ』の鳴き声が聞こえるそうだ。

 仕事を紹介してくれた親戚の叔母さんの顔を立てるため、俺は休日返上で依頼人の家を訪ねた。案内されたマンションのリビングはモデルハウスのように綺麗で生活感のない部屋だった。ソファーから台所の方を見ても生活感がなく、普通の家庭のようなゴチャゴチャ感もなかった。スッキリとした部屋には、不釣り合いなほど、写真立てが部屋中に飾られており、写真は全て娘さんだった。

 娘さんは自室で勉強中とのことだったので、とりあえず両親に話を聞くことにした。両親共に子煩悩らしく、娘さんの症状を聞いても、娘さんの自慢話ばかりだった。

 一時間ほどの娘自慢を乗り越えて、やっと聞き出した娘さんの症状は、蝉の声が聞こえると気分が悪くなり、めまいがして立っていられなくなるというものだった。

 俺には原因が分かった気がした。念のため、真っ白い着物姿に艶のある黒髪をたなびかせた女性の式神である『琴姫ことひめ』に部屋中隅々まで何か変なところがないか探してもらった。思った通り、霊的なものは何一つ見つけられなかった。

 これ以上、両親に聞いても娘自慢しか聞けないと思ったので、俺は娘さん本人に直接話を聞くことにした。

 娘さんがリビングに来るまでの間、何気なく目に入った時計は午前11時半を指していた。12時になったら昼飯は出してもらえるのだろうか。今回の一件を片づけてもお礼は菓子折り一個。交通費も出ない。報酬を貰いたいのだが、会社員である俺には副業禁止規定があるため、ボランティアの一環として行っている。だから、せめて昼食に出前寿司ぐらいは食べさせてもらいたい。そうでないと割に合わない。

 そんなことを考えていると、リビングに娘さんが来た。これといって特徴のない普通の女の子という感じで、とても勉強ができるような感じには見えなかった。ただ気になったのは、元気がなく若さを感じられなかった。やつれているというわけではなかったが、顔の表情も暗く、話していても目も合わせようとしなかった。

 娘さんに蝉の声が聞こえる状況などを聞くと、話の途中で母親が割って入ってきては父親が母親を叱る。それに母親がキレて娘さんの表情はもっと暗くなる。原因は誰が見ても、この両親である。

 両親が大声で言い争う中、急に蝉の声が聞こえると娘さんが言い出した。

 俺は念のため、琴姫にも確認したが、俺も琴姫もその娘さんからは霊的なものを感じられなかった。

「目がまわっている」

 琴姫が俺の後ろから囁いてきた。

 琴姫は口数が少なく、俺はいまだに琴姫と上手く意思疎通が取れていない。毎回、琴姫の断片的なメッセージから、あれこれ連想して謎解きをしている状態だ。

 今回のはかなり意味が分からなかった。蝉の声と目が回ることが結びつかない。 俺が悩んでいると、顔の右横からすらっとした細く白い琴姫の右手が伸びてきた。毎度のことなのだが、急に伸び出してくる手は怖い。分かっていても怖い。式神の手に驚く陰陽師は俺ぐらいだろう。琴姫の手は娘さんの顔を指していた。取りあえず娘さんに近づき、顔をよく観察することにした。

 よく見れば、結構かわいい顔だった。タイプかもしれないと俺が思った瞬間、琴姫に頭を叩かれた。俺の式神は主人にツッコミをいれる。主従関係なんてないに等しい。琴姫の指は娘さんの目を指しながら、ぐるぐると回している。

 俺は頭を押さえながら目を瞑る娘さんの目を凝視した。まぶた越しでもわかるぐらい娘さんの目が回っていた。蝉の声のような耳鳴りとまわる目。俺はある病気を思い出し、スマホで病気について調べた。

 間違いない。娘さんはめまいを起こすことで有名なメニエール病という病気だ。

 俺は両親に頼んで娘さんと二人っきりにしてもらった。

 娘さんから直接、話を聞くと、やはり原因は受験のストレスではなく、両親の過度な期待と不仲が原因だった。娘さんにメニエール病の可能性があるので耳鼻科に行くようすすめたが、病気の原因について両親が喧嘩する可能性があるから話さないでほしいと懇願された。

 娘さんを子供部屋に残して俺は両親が待つ居間に戻った。

「心霊現象の正体は蝉を取ろうとして死んだ子供の霊でした。その子供は両親がいなく、子供想いのあなた方をねたんでいます。娘さんと少し距離を置かないと、蝉の声は止まらないでしょう」

 とっさの嘘だったが両親は納得してくれた。

 ストレスの原因が完全になくなったわけでもなく、メニエール病も治ったわけではない。俺は娘さんとメールアドレスを交換し、娘さんの悩みを聞いてあげることにしたが、そのメールも数回で終わった。

 なんでも同じ塾の男の子と仲良くなり、同じ大学に行くために一所懸命勉強することになったそうだ。それからは勉強することが楽しくなり、両親からのプレッシャーもストレスに感じなくなったらしい。恋の力は病も治すみたいだ。

 そういえば、あの日、偽の除霊を終えて菓子折りをもらって帰宅したが、中身は本当にただの菓子折りだった。もしかしたら謝礼が入っているのではと箱の底を何度も確認したが一銭も入っていなかった。結局、昼飯も出なかった。

 正直、割の合わない仕事だったが嬉しいこともあった。

 先日、娘さんから写真が届いたのだ。写真には娘さんと彼氏が仲良く映っていた。あの時見た女の子とは思えないほど明るい笑顔だった。

 これだけで俺のお腹は一杯だ。


 

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冬の蝉 新屋鉄仙(しんやてっせん) @shinyatessen

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