二章 十四話『遺跡の主』
──《コーディネーター》。
事象を「変貌」させる《聖力》を使役し、その特徴を活かして、芸術面やバラエティなどといった多彩な面で活躍をしていた、先代の《機械都市》担当の《聖力者》。
イェローズ・フローバーが《スキップアウト》を手にして《聖力者》となる以前、《機械都市》は、およそ三年間の聖力者不在という状態に陥ったことがあり、その三年の間に、この《機械竜の遺跡》が出現したのだとか。
こうした予備知識を、事前に備えてあったイェローズから助聴してもらい、目の前に鎮座している《機械竜》と、その内容を照合する。
『イェロっちの言った通り、この遺跡を創造をしたのはアタイだよん♪♪』
「まあ、それはそれで納得はいくんだけど……」
『うん? あ~……この姿は流石に目に毒かな~噂とか伝説にこじつけやすかったんだけどねん』
と、恐らく人間の姿ならば、まだ愛らしいと感じる動作を竜の姿のまま行っている先代聖力者。本人、いや、この際本竜なのかどうかは分からないが、自覚はしていた様なので、フィソフも頷き返す。
『しょうがない~、いよっと』
「おわっ!? なにが……」
「まさか、《聖力》……?」
瞬間、《機械竜》が気の抜ける様な掛け声を発すると、水色の光が放たれる。
そして、
「って、本当に何が起こってんだよ!」
フィソフが大声を出すのも無理はない。何せ、光を出した張本竜といえば──、
「よしっ、これでおーけー!」
《機械竜》本来の姿が消失し、代わりに姿を現したのは、人間の──それも、女性だった。
一言で言えばそれは、紫色と水色の二色で構成された、淑女による神秘的なファッションショーだった。
何故、淑女という名詞を引用したのかというと、奇抜な衣服に比べて表情はお淑やかなものだったからである。
「貴女が……先代の……《聖力者》?」
《機械竜》の機体中心部から降り立った淑女──
恐らく、伝記や歴史書で読んだ内容と目前の女性とでは、些か齟齬が大きすぎるのだろう。言葉遣いもそうだが、彼女の外見もまた、その齟齬に含まれる。
「そだよ~、まあまあ、そんな堅苦しい名前で呼ばずに、エーリエって呼んでよ」
「エーリエ……? そうだ、そう言えば伝記には名前って載ってなかったんだ」
「……へぇ、そうなんだ」
着地直後、その豊満な胸を張りながら、ウェーブがかった栗色の髪を揺らし、二人に悠然と歩み寄る。そして、人懐っこい笑みを浮かべながら、イェローズの敬意と驚愕が入り混じった態度に対して、柔軟な交流を要求する。
そんなイェローズにしては珍しい反応と、《コーディネーター》改めエーリエの名前が掲載されていなかったという事実を、半ば意識の外で咀嚼。気の抜けた返事の原因と、意識のもう半分についての答えが何かと問われれば、それは目前の美女の服装が、フィソフには刺激的なものだったからだ。
「おや? おやおやおや~? フィソっち~もしかして、お姉さんに欲情してる~?」
「…………な! んな訳ないだろう……でしょう! いくらイェローズより胸があるからって、そう簡単に虜になんか──」
「おい、フィソフ。今、ムネがどうとか──」
「んん~空耳なんじゃないか~!?」
ばれた。やはり、女性はこういったことに鋭いのだろうか。というより、エーリエの醸し出す妖艶な気と、服装と、見透かしてくるような瞳に照らされて、耐えられる気がしない。いや、それもそうなのだが、隣のイェローズの殺気への恐怖も否めない。
「あー、そっかそっか~フィソっちは《無法都市》出身だから、こんな感じの女の服装とやらを、まともに見たことは無かったのかな~?」
「……そ、そっすね。てか、何で俺が《無法都市》出身ってことを?」
依然として、どぎまぎしながら返答する。エーリエの言う通り、フィソフが送っていた《無法都市》での生活は、オシャレなんかとは無縁のものだった。皆、質素な衣服や道具、家──それも持つ者持たない者など分かれていたぐらいだ。
エイリスやイェローズの格好も、美しかったり戦闘に特化し過ぎて奇抜だったりするが、二人それぞれとの初対面の状況は中々特殊で、今みたいにとぎまぎする余裕は無く、気付いたら慣れていたというのが実情だ。
「そりゃあ、ここの主様だからねぇ~。会話とか聞いてたら何となく分かったよん」
「なるほど……」
ボディのラインを嫌ほど強調している、絹作りで紫一色の服の裾を両手で掴み、それとフィソフの顔とを交互して、納得といった表情で腕を組む。袖丈が肩までしかなく、両脇が見えていることが妖艶さに加点しているということには気付いてはいないらしい。
しかし、上半身だけが奇抜ならば、まだ耐えられたかもしれない。追い討ちをかけているのは、布の断面が斜めで、それでいて丈が短い、水色の布だ。何故そこまで短くする必要があるのだろうか。スラム街出身のフィソフでも、流石に、下着が見えたら恥ずかしいことや、もし見えたらラッキーということぐらいは分かっている。
「スカート」というらしい、あの布をエイリスも履いていたが、彼女が身に付けていたものは、まだ長かった。だが、エーリエのそれはあまりにも短すぎる。膝上までという、防御率の低さは常軌を逸している。
それに──それに、だ。
スカートの下からは太腿が覗いているが、今度は長すぎる黒い布が、膝上まで伸びている。気になるのは、スカートとその黒い布の間で露出している肌が、本能を刺激してくるという点だ。
領域──まさしく何かの「領域」であることを示しているかのように。
こういった着飾り方を、街中に落ちていた本で見た気がした。《ルクミラ街》に戻ったら仲間達に自慢してやろう。そして、自慢する時ために、あの領域の名前を命名しておこう。
本能を擽るあの「領域」。その魅力は「絶対」なるもので。
──思考を加速させる。刺激され、初めて目にした、この光景に対しての高揚と困惑が、万物を魅了するに相応しく、神々しい名を、今、呼び起こす。
「──アブソリュート・エリア……」
「は?」
「絶対領域『アブソリュート・エリア』だ! これこそ、男の本能を擽る、絶対なるものの真名!」
「はぁ……」
我ながらよく命名したと、フィソフは歓喜に浸った。エーリエに気圧されてからものの数秒。迸った思考が、ここに意味を成した。
──衝撃が走った。
よく見ると、隣でイェローズがゴミを見る様な目をしていた。
特に、あの冷えきった目。凍てつく波動とはまさにこのことだろう。
その波動を今、フィソフは受けていた。
「て……めぇ……」
もう少しだけ「アブソリュート・エリア」を拝んでいたかったのに。そんな未練と共に、フィソフの意識は沈んでいった。
****
「中々面白い変貌だったね~! アタイも流石にびっくりびっくり~!」
「ただ、ケダモノが目覚めただけですよ。全く……エリ姉というものがありながら……」
「エリ姉って……もしかして、《神女》エイリス?」
「うぇっ!? ……口に出てました?」
「うんっ! ばりばりねん」
変態に目覚めてしまったフィソフをノックアウトさせてから、数秒が経過していた。
エイリスのパートナーを賭けた勝負で自分に勝った癖に、他の女に目移りしていた彼に対しての文句を思わず口に出してしまい、それをエーリエに聞かれてしまい、赤面する。
「すみません、こんな失礼なところをお見せしてしまって……」
「いやいや、いいってことよ~! それに、男の子なんて、み~んな、こんなもんだよ?」
「流石、経験豊富なんですね」
「いや~ん、なんだかその言い方エロ~い」
「いやっ、そんなつもりは!」
イェローズはどうにも、この手の「全てを見透かした様な相手」が苦手だ。
エイリスにも、父親にも、そして妹にも、よく顔に出やすいなどと言われていた。《聖力》の特性上、そして元からの性質上、「速さ」を優先しているため、そういったポーカーフェイスなどの技能は置き去りにされてしまっているのかもしれない。
「置き去り」。何とも皮肉なことに、ここでも力が発揮されているらしい。
「イェロっち、もしかして、キミって考え込むタイプ?」
「考え込む……ですか? ……確かに、言われてみれば、そうかもしれませんね」
「ほうほう、ほ~う?」
「うぇっ!? 何してんですか!」
案の定性格を見透かされ、自分の予想に確信を持ったエーリエが、イェローズが返答した直後に、背後から彼女を抱きしめる。
「い~や~? 小柄で考え込みやすくて、しかも姉思いって……完っ全っにアタイのタイプだなぁ~って!」
「はぁっ!? たいぷ!? 何言ってんですか!」
「そのまま言った通りだよん♪♪ あらま~照れちゃって~」
「おわっ! ちょっ! む……むねが……」
今度はイェローズを反転させて正面から抱き直し、自身の豊満な胸に顔を埋める。その唐突な二段構えの行為に、照れくささと、世の中の不平等さに対する憎しみという、二つの感情が複雑に織り交ざる。
そんなイェローズの複雑な心境を他所に、エーリエは「でも……」と、語り始める。
「似てる部分もあるかなん? 例えば、そう。……『嘘つき』なところとか」
「え……?」
一拍置かれて放たれた意味深な言葉に、少々困惑する。その真意を知ろうと、少しだけ緩んだ手を押しのけて、エーリエの顔を覗こうとするも、再び顔を押し付けられて不可能となってしまう。
「わぶっ! ……いいはへん、ほへやへへひははひはひんへふへほ(いい加減、これやめていただきたいんですけど)」
「だって~抱き心地抜群なんだもん♪♪」
「うう……」
エイリスに言われたようなことを、エーリエも言い出したので、何を言えばいいか分からず、赤面。
しかし、このままでは、この豊かな肉の谷によって呼吸困難を起こす恐れがあるので、少しでも息を吸えるようにと、真下に顔を向ける。
そして、目にした。
「……?」
床、そして周囲に、
──青い光が発せられていた。
「──だからさぁ、邪魔しないでほしいなぁ……」
それを認識した途端、彼女の声のトーンが下がり、空間の温度が一気に低下したかのような衝撃を覚える。
否、衝撃はそれだけではない。
感覚的なそれと比例して、物理的なそれも伝わってきた。
何かが砕けるような破壊音。地面を揺るがす衝撃波。エーリエとイェローズ、そして寝そべっているフィソフ以外の声──それも、何かを「詠唱」する様な。
「んん~むっ! ……はぁ、はぁ、やっと出れ──た……」
何とか、エーリエの左肩辺りから顔を出すことに成功し、それを見て、圧倒される。
「人様の寝床に勝手に上がり込んでさ~普通に返せるわけないよねん?」
正面に見える壁には、半径十メートル程の穴が空いており、そこから覗く十~数十に及ぶ黒い影。
そこから放たれた、無数の火の玉。
大同小異で飛んでくるそれは、瞬き数回の間に距離を詰めてきて──、
「ちょっ!? 一体何が──」
「安心して」
「──!」
流石に、この急展開にはついていけず、咄嗟に現在の状況を問う。しかし、同じく顔を壁の方に向けているエーリエからは、何ら問題が無いような答えが返ってくる。
火玉の軍勢が、黒い影の群れが、接近して──、
「──ダメージリフレクション」
途端、目前まで迫っていた無数の火の玉が消失し、続いて影の群れが爆散した。
よく見れば、壁やその周囲、爆散した影達は「青い光」を帯びていた。
「……何……が……」
抱擁の力が緩んだので、咄嗟に飛び出し、壁の破壊跡へと向かう。
「待って……ダメージリフレクション……?」
直近では無いが、それでもこの一日の間で聞いて、そして「見た」ことは確かだ。
その映像は、瞬時にフラッシュバックされる。
《亜獣》の軍勢、そしてエイリスがそれらに向かって放った「青い光」──。
「ッ──!」
壁の外は、木々が生い茂る「森」となっており、そこに広がっている緑は、大量の赤で塗りつぶされていた。
その「赤」の根源は、黒い影と認識していた、黒いローブを纏っていた者達の死体だった。
しかし、それは見るに堪えないおぞましいもので、身体の上下や四肢、首や体内の臓器などが四方八方に飛び散っていた。
「おぇっ……」
立ち込める悪臭と、その凄惨な光景によって込み上がる嘔吐感を必死に堪え、状況の把握と整理に努めようとする。
だが──、
「全く……だからあれ程、用心せよと言いましたですますのに……」
「ッ!」
突如、鈴の音の様な声が鼓膜を揺らし、緑と赤で支配された森に、「黄金」と「白」が介入してきた。
金色の長い後ろ髪がカーテンの如く揺れ、それ以外で彼女を構成する色は、肌、そしてローブの大部分を彩っている白だ。
「しかし、これはまた……随分と、可愛らしい妖精様と出会いましたですわね」
可笑しな敬語を使う金白の聖女は、その澄み渡った青い瞳でイェローズを見つめ、微笑みかける。
エーリエとはまた違った類の雰囲気を醸し出すも、この異常な状況での自然な佇まいや行動が、返って不自然に感じる。
イェローズも徐々に状況を把握し、先程のエーリエが取った行動や意図の答えを導き出す。いや、答えは既に出ているのだ。彼女の詠唱を聞いて、その力を見たことで。
「そうでしょ~? だから、イェロっちと出会えたことを神様ちゃんに感謝してるよん♪♪」
「でしょうね。それに、貴女冥利に尽きるんですわよでなくて?──」
遅れて、これまた悠然とイェローズと聖女に近付くエーリエ。
そして、彼女の正体が。
──本当の《聖力者》としての名前が、告げられる。
「──《リベンジ》。女たらしのエーリエさん?」
直後、黒い魔法陣が眼下に出現し、その中心部から紫色の雷光が放たれる。
「しまっ――」
「あ~、アタイがなんとかするから、キミはそのままでも――」
そして、一つの派手なデザインを帯びた影がエーリエの呼びかけを振り切り、その傍から姿を消す。
「お~流石だねん♪♪」
「何故でいらっしゃられ……?」
やがて、消失のコンマ数秒後には金白の聖女の頭上に白い光が出現し、聖女は魔法陣を打ち消し、代わりに白い光から覗いている「大剣」に、黒い「杖」を構えて対抗する。
「──ッ!」
イェローズも、この刹那の攻防を目を見開いて捉える。が、自分を庇って聖女に奇襲をかけた張本人を見て、僅かに頬が緩んだ。
「貴方が……そう、そうです、そうでいらっしゃられる!《神女》と貴方が動いてから!この世界の均衡が崩れだしたのですッ!全く、どういうつもりですなのですかッ!」
意味の分からない言葉を口走りながら、重ねられた大剣を杖で弾き飛ばす。
そして──、
「よく分かんけぇけど、俺の仲間に手ぇ出すとか……」
男は大剣の剣先で地面を刺し、憎悪で顔を歪めている聖女を睨みつける。
「──お前こそ、どういうつもりだ?」
意識を失っていた筈のフィソフが、そこに立っていた。
リライト ・ ファンタジー アオピーナ @aopina
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