二章 十三話『質疑応答』


 ──「巨大おもちゃ部屋」での戦いを終えて、フィソフとイェローズは、恐らく段々近付いているであろうゴール地点に向かっていた。


「こいつら、もうネタ切れだろ!」


「だろうね。でも、流石にこれは……」


 そこまではいい。そこまではいいのだ。二人が言いたいのはその事ではなく――、


「ちゃんとした動物じゃなくて、とうとう『虫』出しやがって!」


 そう、通路を進み始めて間もなく、「虫」が大量に襲撃してきたのだ。勿論、比喩表現などではない。

 機械で出来ているという点は変わらないが、それ以外の点においては、ただ、有象無象の虫が押し寄せてきているという、混沌とした状況でしかない。


「イェローズ、身体の調子はどうだ? まだスタミナとか傷とか……あと頭とかやばい?」


「残りのポーション飲んで、なけなしの《聖力》を使って回復を加速してるから……正直言うと、まだイマイチかな。《聖分子残量》もまだ心もとないし。あと、最後の一言いらないね」


「お前の残量が無いとなると……この状態はまだ続くのか……」


「フィソフ~! ファイト~!」


「ミーも一応、病み上がりよ!?」


 この状況について付随するなら、それは──、


『ぎゃはははははッ!』

『オトコ頑張れぇ~!』

『もっと速くしないと追いついちゃうぞ~!?』

『ファイト! 奴☆隷! ファイト! 奴☆隷!』


「お前らぜってぇ殺す!!」


 大勢の機械虫に追われながら、フィソフはイェローズを背負いつつ、爆走していたのだった。


「ほら! フィソフ、追い付かれちゃうよ!」


「ここに俺の味方は居ねぇのか!?」


 背負われているイェローズさえも悪乗りし、フィソフを煽る始末。そのあまりにも劣勢な状況を嘆くが、ふと、あることに気付く。

 現在、全力に近い速度で追随してくる機械虫達と一定の距離を保てているのは、イェローズの微かな《聖分子》と連動して起動している《フェアリーウィング》、そして、フィソフが自らの速度を速くなるように書き換えているからだ。


「お前……段々治ってきてね?」


「へ? ……いや、多分まだ──」


「だってお前の羽、部屋から出た時よりかは機能取り戻してるように思えるから」


「……」


 フィソフが気付いた点というのは、《フェアリーウィング》加速性を段々と取り戻しつつあるということ、即ち、連動しているイェローズの《聖分子》も、同じくらいに回復しているのではないだろうかというのが、この問いかけに対して怪しい反応を見せた彼女に対する、フィソフの予想だ。

 そして、案の定、


「だって……だって! 人肌が恋しか──」

「エイリスと抱き合ってただろ。ここに来る前」

「あー……」


 わざとらしく切なげな表情で身をくねらせながら虚言を吐くイェローズに、素早く突っ込みのカウンターを返す。


「んで? 本当のところは?」


「うん! 楽をしたかった!」


「清々しい程の本音だな……」


 呆れながらもその清々しさに感嘆するフィソフに、小さい鼻を鳴らして答えるイェローズだった。


「そういえば、聞きたいことあったんだった」


「奇遇だね。私もあるよ」


「でも、その前にあいつら排除しねぇとな」


「そだねー」


 フィソフは、闘技場に入る前にイェローズから聞き逃した、《魔女の呪い》についての話の続きを聞きたいと思っており、対してイェローズは、その「闘技場」でフィソフが殺される直前に発動した、《禁忌・大魔術》についての話を聞きたいと思っている。

 しかし、この状況。正確には執拗に多種多様の虫に追われているこの状況下では、呑気に対談など出来る筈もなく、


「体力戻ってきてんなら、今だけでもいいから手伝ってくれ」


「しょうがないな~少しだけだよ?」


「なんだその子供をあやすような言い方は」


 故に、二人は真っ先にこの状況を打開しようと、互いの《聖力》を同時に使い出す。

 「狩猟の間」の時の様に、フィソフは《フェアリーウィング》にドッキングし、イェローズはその後、自分達を加速させる。


『お? なんか変わったぞ?』

『あいつ、奴隷辞めやがった!』

『そこじゃないでしょー』

『オトコオンナ? オトコオンナ!』

『やべぇやべぇ』


 そんな二人の態勢の変化に、機械虫の群れも動揺を隠せない。が、口ではばらばらの内容を発していても、元を辿れば、高度な予測やら技術やらを兼ね備えたプログラムによって組み込まれているAIであり、彼らもその真髄を発揮しつつある。


「ちっ……めんどくせぇな。小さい上に大勢で、この広さだ」


「残量と戦略的な意味を兼ねて、でかいの三発だけぶち込むよ」


「そんだけでいいのか?」


「うん、無駄遣いはしたくないからね」


「分かったよ母ちゃん」


「誰が母ちゃんだ」


 一体化陣形のまま、左右斜めに撹乱するように飛行し、それを撃ち落とそうと敵はビームのシャワーを浴びせにかかってくる。その数は「狩猟の間」の犬猿以上の数であり、とても全てを捌き切れる数ではないが、


「行くよ!」


「おう」


 あろう事か、イェローズの掛け声の合図と共に、二人はそのビームシャワー及び機械虫群の方へと前進した。

そして──、



「一発目ぇぇっ!!」


 接近飛行中、突如イェローズが右に半回転し、そこから覗くのは、


『大……砲……?』


『ぎぎぎぃこれまじやば──』


 布で隠してあった、未だに元に戻していない「キャノン砲」だった。


 爆音と衝撃波が大気を揺らし、それ相応の威力を持った高出力のビームが、軍勢の中心ににいた虫達を飲み込む。


「続いて二発目!!」


 混乱する虫の軍勢には休む間も与えられず、攻撃の段階は二回目に移行する。

 火を噴き、音を立てながら爆発し、残骸と成り果てて墜落していく機械虫達。それらが突如、緑の光を纏い、彼らの視界からフェードアウトする。

 否、正確には、消えたのではなく、「加速」したのだ。それを、機械虫達が認識したのは、突然の衝撃が自身の機体に走った時だろう。


『残骸……ぎぎ……』


『変、変、変だよ!』


『死にマス』


 残骸が、虫達が、次々と加速し、互いにミサイルが如くぶつかり合う。

 よって、この短時間で、「死のビリヤード」が出来上がったのである。


『でもでもぉ~』

『こちらこちら』

『お空きになりますよぉぉ』


 瞬間、破壊の連鎖が巻き起こっている軍勢から抜け出した残りの虫達が、フィソフとイェローズの両側を攻め入る。

 そして、その行動こそが、


「三発──」


「目ぇぇっ!」


 大玉となる、最後の攻撃の引き金となった。

 息ぴったりな掛け声と共に、フィソフはイェローズの持つ《フェアリークロウ》を、同じように「大砲」に書き換えて、表裏一体での砲撃を可能にする。

 

 そして──、


「「ぶっ飛べぇッ!!」」


 今度は息ぴったりな叫びと共に、前後から同時に高出力のビームが放たれた。


『ぎ、ぎぎぃぃぃ』『焼け焼けるるるる』

『あぁぁぁぁぁ』『あぁぁぁぁ』


『ああああああああ──……』


 さながら、それは砂時計を模した様な形となり、軍勢の残存兵達はなす術なく、断末魔の叫びを上げながら焼かれていった。




****




 機械虫の軍勢を殲滅し、フィソフとイェローズは、もはや定石の手法と化した一体化状態で、通路を飛んでいく。


「しっかし、案外簡単にいけたな」


「そりゃそうでしょ、私が居たんだから」


「なんかお前、遠慮無くなってきてない?」


「私とあんたの間に、最初から遠慮なんて言葉あったっけ?」


「無いでございまする」


 出会い方から間違っていたのか、或いは二人が絡むことで起きる化学反応のようなものなのか、交流をするにあたって重要だといえる事々が、イェローズ・フローバーの前では不毛なものだという事実を受け入れる。

 そんなやり取りを終え、フィソフは話の続き──《魔女の呪い》についての質問を振る。


「──《魔女の呪い》。文字通り、呪いだよ。正確には、《聖力者》にとってのね」


「俺たち限定ってことは……そういうことか。だから『闘技場』に入る前で質問した、俺の不調に関しての疑問に対して、《魔女の呪い》っていうワードが出てきたのか」


「そうだね。フィソフが言っていた通り、セベリアとの戦いの最中に、《魔女》が覚醒していたのなら、時期的にもぴったりだろうし」


 ここ、《機械竜の遺跡》と呼ばれる場所に飛ばされる直前、《神王》セベリアとの戦闘で全く歯が立たずに惨敗した時の出来事──正確には、イェローズが昏睡状態に入った直後、エイリスの中に眠っていたとされる《魔女》が、一瞬しか見れていないが、目覚めていたのだ。

 そして、イェローズの言っていた「時期」というのは、これに該当する筈だ。


 腑に落ちたという表情で、背中越しに納得といった姿勢を見せる。


「ってことは、《魔女》が目覚める度に、《聖力者》は今の俺みたいな状態にされるってこと?」


 一応、まだ元に戻してはいないキャノン砲と化した右腕とは反対の左手で、自身の身体を撫でる。

 「闘技場」で機械ケンタウロスに殺されそうになってからの記憶が無く、気が付いたら得体の知れない巨大な「おもちゃ部屋」で、今度はイェローズが殺されそうになっていて。疲弊して瀕死に陥っていた筈の肉体はこうして駆使出来るし、何より《聖力》は普通に扱える。


 ただ、それ以前から異変はあった。ここに飛ばされて一番最初の機械蛇との戦闘で、大まかにいえば「コストが大きい」書き換えの発動が、出来なくなっていた件だ。針で刺される様で、今にも頭が割れそうな頭痛だったりと、中々耐え難いペナルティだったが。


「一概には、そうは言えないんじゃないかな。現に、私は呪いを受けてないんだし」


「そう言われればそうだな……じゃあ、何なんだ? 何か特徴とかあったりするのか……?」


「その特徴について、心当たりがあるよ」


「お、まじで?」


 呪いの対象となる《聖力者》という共通点の他に、自身に何かの特徴が無いかと、再び左手を体にぺたぺたと走らす。しかし、特徴についてはイェローズの方が知っているらしく、


「『闘技場』で死にかけた時のこと、覚えてる?」


「あ~……左半身いったり、叩きつけりて殴られまくったり……おぇっ……思い返すと気持ち悪くなってきた……」


「ごめん、だけど私が目にしたのはその直後だったから……フィソフが本当に死にそうになってた時」


 《聖力》を封じられ、半人半馬の機械版野郎に散々追い回された挙句、身体中を痛めつけられ、冗談抜きに死の淵まで追いやられたという、直近の苦い回想を、手で口を抑えて吐き気を我慢しながらしていく。

 確かに、死にそうになった時のことは朧気に覚えてはいるが、こと細かくと言われれば、そうではない。

 つまりは、


「その後、何かあったのか? ……てっきり、あのあとお前が何とかして脱出したから、《聖力》を使えるようになって、傷も殆ど治ってたんだと思ってたけど」


「その方が、あんたに質問攻めしたいっていう衝動や、恐怖心を抱く必要も無かっただろうね」


「その口ぶりだとお前じゃない──いや、ちょっと待て。何でイェローズ程の《聖力者》が、ヒヨっ子の俺なんかに恐怖を抱くんだ」


「まあ、私はそのヒヨっ子に、エリ姉を賭けた勝負で負けたんだけどね……。恐怖っていうのはそういうことじゃなくて……何であんたが、あんな得体の知れない《魔術》を使えたのかっていうことだよ」


 あの「闘技場」でのその後を、何から何までイェローズがいい様にしてくれたという推測は、彼女の口から発せられた言葉の通り、外れたという事が分かった。

 が、新たな疑問──それも、自分の身に余るであろう評価や、「単語」だ。


 《魔術》。その単語を、それを、自分が使ったと言っているのだ。彼女は虚言など吐かないし、過度な妄想を──しないとも言い切れないが、したとして、今はそれをフィソフにぶつける様な状況でもない。

 あまりにも心当たりが無さすぎる記憶について、フィソフは思わず後ろを振り向きながら問いただす。


「俺が……《魔術》を……使った? いやいや待て待て。《魔術》ってあれだろ? 唱える言葉とか才能とか、色々と必要なんだろ? 小さい頃からスラム街で暮らしてきた俺が、そんなもん、知るわけが……」


「だけど、フィソフ。あんたは機械ケンタウロスにとどめを刺される直前、確かに《魔術》の詠唱をしていた……それも、魔術界では最高ランクである《禁忌・大魔術》をね」


 いくらフィソフの出身がスラム街の《無法都市》で、彼の記憶が仮にも《魔女》が起こした《創造の三日間》で創り出された産物でしかなくとも、《魔術》という単語や力の度量を噂や言い伝えやらで、耳にしたことはある。

 しかし、耳にしたところで、目にしたところで、自分に使役出来るかどうかと言われたら、答えは当然ノーだ。それも、《禁忌・大魔術》など、まさに雲の上の、その遥かに上のオゾン層の上の様な存在でも無ければ無理だろう。


「尚更ありえないだろ……でも、別にお前も嘘ついてる訳じゃねぇんだろ?」


「うん。ここで嘘ついても意味ないし」


「じゃあ、なんだ? 俺に隠された力でもあるってのか? ……いや、それこそ《魔女の呪い》が関係してるかもしれねぇ」


「それについては、納得のいく答えは出せそうに無いかな。私も、呪いについては詳しくは知らないから……」


「そうか……悪い。あくまで質問してるのはお前だったよな。とりあえず、その《魔術》については、記憶に無いし、自分からは使えないと思う。だから、これが呪いに対しての特徴かどうかって言われると、やっぱちげぇかな」


「そうだね。フィソフの態度で《魔術》は使えないし、呪いにそれが殆ど関係無いってことは分かったから……浅い知識で良ければ、今度は私が質問に答えるよ」


 と、フィソフの《魔術》に関しての質問が終わったところで、今度はフィソフがイェローズに《魔女の呪い》についての質問をする番だ。

 通路はまだ続いているが、依然として、追っ手が来る気配は無い。


「まず、《魔女》の存在について、私もエリ姉からは詳しく聞かされてないんだよね。けど、少なくとも『伝説上』には存在するよ」


「なるほど……伝説としては、《魔女》の存在は人々の耳には入ってたって訳か。俺や仲間達は知らなかったけど」


「聞く人聞かない人ってところじゃない? 私は小さい頃に、ぱ──お父さんから聞いてたんだ。で、家にあった伝記を読んでみたら確かに載ってたよ」


「パオ ・トゥサン?」


「うるさい」


 なるほど、《魔女》の存在は人、もしくは地域や都市によって知れ渡っており、イェローズもその流れで、伝記に掲載してある知識を得たというこだ。 不思議な人名に対して言及しようとしたらばっさりと切られたので、それ以上の質問は無しとする。そんなフィソフを尻目に、「曰く──」と、イェローズは続ける。


「『その者、神女の身に宿りて、聖なる者に悪辣を為す』だとか」


「聞く限り、まんまじゃねぇか」


「呪いの対象になっちゃう条件とか、その呪いの内容とかについては詳しくは分からないけど、フィソフの置かれてる状況とよく似てるってことは分かるよ」


「そうだな……」


 確かに、《神女》の身に宿っているし、現にフィソフの《聖力》を制限しているという、「悪辣」は為されている。

 しかし、そこまでの内容と事実を照合する中で、ふと、違和感を抱く。


「どしたの?」


「いや、あまりにも『事実』に近過ぎる気がして……伝記とか歴史書に載ってんなら、もっと食い違いとかがあるもんだろ?」


「言われてみれば……」


「それに、何となく、『体験談』のようにも聞こえなくはない」


「まさか、誰かが日記にでも記したっていうの? ……でも、それも無いとは言い切れないかな」


「体験者に心当たりでもあんの?」


 聞かされた内容を咀嚼して、沸いた現実味。それについて、フィソフとイェローズは釈然としない様子を見せ、イェローズがその回答に繋がるかもしれない考えを浮かばせた。


 そして、それと同時に、通路はようやく終わりを迎える。


「……っと、やっと終わりか」


「こういうでかい扉見ると、もう嫌な予感しかしないんだけど……」


「分からなくもない……」


 ひとまず、話の続きはこの扉を開けてからにしようと、一旦話を中断し、二人で一斉扉を押す。

 力は、大して必要とせず、割りとあっさり開いた。

 そして中に入り、突如、淡く青い光が部屋の内部を照らし始める。


 白を基調として、所々にライトグリーンの光や線が浮かんでいた、無駄に広さがあった通路から一変し、今度は黒を基調として紫やら青やらが様々な模様として浮かんでいる、禍々しい部屋だった。


「──ッ!」


「あれ……って……」


 しかし装飾品が羅列されている訳でもなければ、家具が陳列されている訳でもない。

 直感で、魔王かなんかの部屋なのかとも思っていたが、部屋の中心に居る、この部屋の「主」を見て、禍々しくとも殺風景であることへの納得がいった。


 何せ、この部屋の主は──、




『先程の話の答え……アタイが教えてやるよん♪♪』



「────は?」


「女性……の……声?」


 瞬間、突然聞こえてきた声に、呆気にとられた。

 そうなるのも無理はない。

 なぜなら、目の前に鎮座している、巨大な影は、


「お前……そんな声……だったのかよ」



 ──《機械竜》そのものなのだから。


『久しぶりだねん、フィソっち!』


 そう言って、《機械竜》は尻尾と首を回す。


「これが……機械……竜……」


『そうだよ、イェロっち! そしてなにを隠そう、アタイこそが、君たちが知りたがってることを『体験』した本人の──』


 二人とも開いた口が塞がらず、ただ、呆然と目の前の《機械竜》が出す女性声を聞いているだけである。

 しかし、竜が放つ次の言葉が、さらなる驚きの火を噴くこととなる。




『先代聖力者──《コーディネーター》だよん♪♪』











































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