二章 十二話『成すべきこと』

「…………ぁ…………?」



 ──気が付いたら、自分のものと思われる四肢が、宙を舞っていた。


 しかし、それは最直近に起きた出来事で、その前に起きた出来事を見直すと──、



『なぁ〜んで、あんなマジメにアツくなってたんだろぉ〜? あのカラダよりぃ~こっちの方がぁぁ──』


 刃の鎧を纏った、無機質で巨大な「カメレオン」が、自分の四肢を斬り飛ばしたなんていう、幻想に近い体験を、幻想では無いと証明するに十分過ぎる光景を映し出していた。

 とうとう化けの皮が剥がれ、本来の姿を現した「機械カメレオン」。それが、コピーズの時と変わらない声で、呆れとも言える後悔の文句を自分に呟き、機体の表面に無数に備えてある刃を光らせる。

 そして、緑に光るその目は、自身より数倍は小さいイェローズを捉えていた。


『キモチ☆イィィィイィッ!!』


 ──次に攻撃を受けたら死ぬ。


「…………ぁ……ぁあッ!!」


 あまりにも切断が速すぎて、鮮やかだったため、出血のオンパレードは——、


「──ぐ、あ、あ、ぎあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ──!!!」


 無いはずもなく、それは容赦無く、噴水の如く、いやそれよりももっと酷く——、

 痛みも、まるで、全方位から何かに肉体を噛みちぎられ、業火で焼かれて最終的に凄まじい電流を流して超大な鉛で踏み潰してすり潰して焼いて焚いて捥いで斬って切って、って、っててて──、──、


「ぁ……ぁ……ぅぐ……」


 これでもまだ、激痛ジェットコースターの、ゆっくりと上がる段階にしか過ぎず、メインの高速の下りは迎えていない。

 だから、下る前に。「痛み」という、抗いようもない怪物に身体を支配される前に。手を打っておかなければ──。


 こういった熟考を、僅か一秒前後という一瞬の時間で行い、半ば反射的な思考は肉体を自然と突き動かす。


「づ──……あぁッ!!」


 痛みが来る、悶絶する、絶叫する、意識がシャットダウンする──その前に。どうにもすることが出来ず、全てが手遅れになってしまう前に。


 成すべきことを、しなければ。


 ──緑の光が、飛び散った四肢に放たれる。


 その意図すら自然的なものだが、最早それは、《聖力》が生き物の如く感じられるような現象で──、



 そして、四肢が、加速した。

 まるで引き寄せられるかのように、それらの核となる身体に向かって光を放ちながら、加速する。


『まだそんなチカラがぁ〜ねぇ〜? おもしろいよぉっ! うん! おもしろい!』


 そんな光景を、コピーズ改めカメレオンは、品定めする様に、愉悦に浸りながら見ていたのだった。


「ッ──ぅ……ぐッ……!! あ、あぁッ!!」


 痛みのステージは徐々に上がっていき、速く、正確に走らせている両目は、今にも白目を剥きそうで、あと一秒持つか持たないかの綱渡りが現在進行形で行われており、もし持たなかったら、そこまでで。意識と肉体は終焉を迎え、魂は無きものへと帰るだろう。


 こういった未来を防ぐために、その根本的な問題から解決していこうと、「再生」という手段に全てを委ねる。


 まだ、意識はもつ。まだ、終わらない。

 まだ、身体は動く。まだ、終われない。

 まだ、まだ、まだ──、


『んまあ、そんな必死にぃ〜……だったらぁ、もっと見せてぇぇぇッ!?』


 醜悪なカメレオンが、終焉を迎えさせようとする獣が、そんな少女の気高い足掻きと努力を壊そうとやって来る。

 やはり、運命とは不平等で不条理なのか。盤上の駒の様には上手く動かせないものなのか。だとしても、そうだとしても。


 ──成すべきことを。


『きゃはっ! ぎゃはははははははっ!!』


 カメレオンが五体不満足のイェローズに接近する。

 だが、その前に。


『──ッ?』


 衝撃音が鳴り響いた。

 しかし、それは肉がえぐられる生々しい音や、刃が交わる甲高い金属音でも無い。


 音の源は、瓶が割れた音だった。


「──し」


 そして、カメレオンからすれば、目の前で起きた出来事は異様なものとして写っただろう。


 飛び散った筈の四肢が、《聖力》によって加速して、少女の肉体に引き寄せられているのは分かる。だが、そこからの展開──つまりは、割れた瓶の中の液体を啜り飲み、引き寄せられていた四肢が肉体に触れて、再度緑の光が放たれて──、



『ちょっ!? おまッ!! 意味分からん!!』


 ──「治って」いたのだ。


 あんなにも鮮やかな切断面を見せ、生命と大量の血液が零れ出している状態だったのに。今、瞬時に、くっついたのだ。

 しかも、当の本人はそれすらも無かったかのように、カメレオンの攻撃に備えている。


 しかし、そんな摩訶不思議な現象が起きたとて、時間が止まる筈もなく、



『ざけぇんなぁぁぁっっ!!』


「──らぁぁぁぁッ!」


 衝撃が走る。

 それも、カメレオンにとっては違和感が満載で、


『なぁんで! なんでなんでなんでぇっ! 治ってるんだよぉぉぉぉッ!!』


「さっきと同じ事、しただけ──だよッ!」


 イェローズの言う「さっき」というのは、たった今したように、ポーションを飲んで回復を加速させた時のことだ。それを、彼女は、いとも容易く行ったかのように説明する。

 しかし、回復を加速させて四肢はかろうじてつなぎ止めたとしても、それらがまだ完全に治癒する訳では無い。だから、回復に《聖力》を重点的に使用している今、身体速度は《フェアリーウィング》にカバーしてもらうしかなく、肉体も万全に戦闘出来る状態とは言い難いのだ。


 ──そして、まるでその事実が無いかのように、イェローズはカメレオンの連撃を跳ね返す。


『ぎゃはっ! 笑えない! ぎゃははっ──笑えねぇっ!!』


「笑ってるじゃんよ!」


 言葉の矛盾にも気付かないくらいに暴走したカメレオンが、表面中に備えてある刃を、その獰猛な牙を、凄まじい加速をしながら振りかざしていく。対するイェローズも、回復中にも関わらず、《フェアリーウィング》を器用に駆使していきながら、若干の押され気味ではあるものの、刃には刃で対抗している。


『でもぉっ、まぁ、だからどうしたの? って話だけどねぇっ!』


「きゃはっ! あながち、そうでもないかもよ?」


『はあぁっ!?』


「あんた、本性出してもコピーズよりは遅いでしょ? だったら、私が勝てちゃうかも」


『んのアマァ……調子乗んじゃっねぇよ!』


 イェローズの挑発に乗ったカメレオンは怒り狂い出す。そして──、


『コーカイすんじゃねぇぞぉぉ!?』


「──ッ!」


 僅かな隙を突き、加速に身を任せて刃を突き刺そうとした瞬間、それは虚空を斬った。決して、瞬時に加速した訳でもなければ物理的に消えた訳でもない。その答えを──、




『バカヤロウ』『ブッコロ』『コノアマアマ』『コロスコロス』『コロコロ』『オソージオソージ』『キザミニク』『リョーリダヨネ』『コロスコロ』『シニタマエ』──、


 無数に聞こえてきた「声」と、「存在」が物語っていた。

 加速や消失とは違い、「分裂」したのだ。


「そう来たか……」


 こうなると、今までに増してさらに厄介になる。その理由というのは言うまでもなく、


『ぎゃはははははっ!!』『ぎゃはははぁぁっ』『オモシロ~!』『オドロケオドロケ』『コロソウヨコロソウヨ』


 全方位から奇声を上げて迫る、おびただしい数のカメレオンにあった。


「くっ──」


 狙いの中心核にいる自分を守るため、周囲の風を対象とし、加速させて風壁を作る。この戦いでも、それに今までにおいても使い慣れた手法だ。しかし、



「──ッ!?」


 《聖力》を使おうとした瞬間、身体を、電流が走った様な痛みが駆け抜ける。

 つまり、もう、限界が近付いているということだろう。しかし、だからといって立ち尽くしたままという訳にもいかない。


『つっ立ってるとぉ~!』

『殺しちゃうよぉっ!?』

『ぎゃはっ!』


「るっさい──なッ!」


 ある程度のリスクが伴うのなら、即座に対象を自分自身に変更して回避行動に移る。

それでも微かに痛みが走るが、それを意図的に無視して、まず最初に最も接近していた三体のカメレオンを交わしながら斬っていく。


『おぎゃあっ!?』

『あーあ、やられちゃったよ〜」

『でもまだこぉんなにいぃるよぉ!』

『ころそ! ころそ!』


「数が多い……!」


 厄介という予想は見事に的中した。

 確かに分裂した故に個体一つ一つが持つ力は小さいが、速度は分裂前となんら変わっていないのだ。だから、一体ごとの動きを把握し、確実に仕留めなければならない。


「らあぁぁぁぁッ!!」


 反動を小さくするよう、《聖力》の使用は最低限に抑え、あとは《フェアリーウィング》の速度調整で大量カメレオン地帯を切り抜ける。


『コロコロ』『コロロ』『コロシシ──』


 やがて、徐々に声が消え、数が消え、存在が──、


「減った訳じゃない……? だとしたら……」


 簡潔に言えば、『再構成』されていたのだった。


『再び戻りましてぇぇっ!?』


 背後、死角にそれは現れて。


「——んのッ」


『こぉぉぉんばぁぁぁんわぁっ!!』 

 

 ガギィンッ! という効果音が鳴り響き、巨大カメレオンが大口を開けた時


『あ、あ、あぁぁん?』


 その獰猛な牙による攻撃を、淡い緑を帯びた「双刃」が止めたことを物語っていた。


「お、おおおおおッ」


 そして、渾身の力を脚に込める。


 直後、淡い緑が


「らあぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」


『お、お、おあぁぁぁぁぁっ!?!?』


 カメレオンが大口から崩壊し、呻き声を上げるのと、イェローズが機械獣特有の液体に塗れて飛び出したのが殆ど同時だった。

 半分以上の理性が崩壊し、《守護械獣》お得意の高度な予測機能すら欠落している状態だったからなのか、大いに油断していたその隙をイェローズがどストライクした結果だった。


 そして、今、この瞬間。



 ——戦いは幕を閉じたのだった。




「──だはっ……相変わらず、きしょく悪い液体だね……」


 と、ぽつりと正直な感想を漏らし、弱々しくも未だに羽ばたいている妖精の羽をはためかせ、地面に着地する。


「それにしても……」


 呆気ない。

 今、目の前で行われている敵の散り際を目の当たりにした、率直な感想だ。別に、この期に及んでも生きてもらって、さらに戦いなんていう、いかにも戦闘狂じみた考えは勿論持っていない。肩透かしを食らったという気分ともまた違う。いや、正確には「原因」はもう、分かっているのだろう。

 つまり、それは、


「あんたも、ただの『コピー』じゃなくて、一人の『オリジナル』になったってことなんじゃない?」


 要は、そういうことなのだろう。

 高度にプログラミングされたAIなら「人間に近付いた行動や思考」を組み込み、実際にそうさせることも容易いだろう。しかし、イェローズが《限界発動》をしてからのコピーズの態度は、明らかに「機械さ」は消えていた。それも、もっと独創性があって、それこそ「人間」の様な──。


「って、それを考えても仕方無いか」


 前例の無い戦いで疲れたのか、敵のことを推測して答えを出そうなど、自分らしくもない。それに、こういった油断が命取りになると、何度も繰り返すが、つい先ほど教わったばかりではないか。

 なので、闘技場でのフィソフや先程の「カメレオン返り」の例に則って、トドメに重ねてさらにトドメを刺そう。


「……」


 無言でカメレオンの巨大な残骸に近付き、《フェアリークロウ》を振りかざす。



『────プログラム、「悪足掻き」、実行します』


 ──ほら、何が起こるか分かったものじゃない。


 一瞬の怯みがありつつも、刃の切っ先は進行を止めない。


「本当の……終わり——」

『崩落範囲、クリア。結果予測、完了。必要火力、不足皆無』


「——!? こいつ……何言って……」


 崩落だの火力だの、散りばめられたそれらのワードが結びつける答えというのは、限られている。

 「悪足掻き」。皮肉にも、この戦いで、このAIは戦場で最も恐れるべきである人間の真骨頂をマスターしてしまったらしい。


 ──時間は無い。


「無意味な悪足掻きをされてもね……そんなこと、させるわけないでしょ!」


 力はもう、殆ど出ない。《聖分子残量》も、限られてきている。しかし、後ろの、部屋の隅に居る男──負傷者であり、恩人であり、姉と慕うエイリスにとっての大事なパートナー。最悪、彼だけでも生き残って貰わなくては。


 だから、間に合って欲しい。


 セベリアや《魔女》が原因で起こった仲違いに、気付かせてくれた恩を、闘技場で身を挺して救ってくれた恩を、仇で返したくないから。


『迅速に、早急に、早く、速く、夙く、「悪足掻き」を決行します。じゅう、きゅう、はち、なな、ろく──』


「──フィソフ!」


 動け。動いてくれ。彼を、大切な人にとっての大切な人を守らせてほしい。過ちは繰り返したくない。失うことを繰り返したくない。


 こんな状況で脳裏をよぎる、あの光景。



 ──嫌だ。


 ──嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。


 ──これ以上……これ以上、失いたくない!



「──フィソフッ!!」



 ──────、


 やがて、残骸を中心に光が発せられて——、


 ──……。



 光が。


 見える筈の無い。現れるはずの無い。




 「白い光」が、爆発寸前の残骸を包む。


 そして、爆発へのカウントダウンも、膨張も、止まったのだった。

 


「ったくよぉ~……」


 今の今まで意識の無い眠りについていたのに。


「……うそ……」


 見慣れた「アロハシャツ」を着た男が目の前に立っていて。


「それはこっちのセリフ……あんなに死にそうだったのに傷が治って──」


「フィソフっっ!!」


「おわっ!?」


 ──嬉しい。嬉しい嬉しい嬉しい。

 本当に、心の底から安堵する。今まで渦巻いていた様々な危惧が、危機が、危険が、全てが消えて、今にもへたりこみそうな程に。

 だけど、だから、だからこそ──。



「そいっ!」


「こべぁっ!?」


 殴る。

 当然、病み上がりで、しかも熱い抱擁で出迎えてくれるだろうと思っていた当人は困惑する。いや、むしろ半泣きで、


「ひ、酷くね!? 俺、病み上がりで! てか、そもそも今助けたのミーなのよ!?」


「ごめんごめん、判断が滑っちゃった! てへっ!」


「そこは手が滑ってだろ! じゃなくて! そもそも滑んねぇだろ!」


「まあまあ、こうやって生きてる訳だし……」


「お前ホント、そういうとこは神経図太いよな……。つい数十秒前まで死にかけてたってのに」


 呆れているのか、感嘆しているのか、もしくは両方だろう。色んな意味合いを込めて、フィソフはイェローズの態度に苦笑する。

 勿論、イェローズ自身、流石にここまで恩知らずで神経が図太い訳ではない。


 ただ──、


「でも、こうやって話せてる──こうやって、お互いが目の前に居る。それだけで──」


 そう、それだけで。



「幸せなんだよ!」



 そう、満面の笑顔で言うのだった。それを聞いて、フィソフも釣られて笑う。



 ──そして、



 度重なる予想外や難敵との戦いを経て、無事、機械カメレオンとの──、



 「自分」との戦いを終えたのだった。



















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