二章 十一話『限界発動』


 空気が張りつめ、終いには爆発が起きそうな程にまで、音を立てて揺れ、蠢く。


 力の具現化を示す淡い緑の光は、その発生源である少女を中心に、大きく、巨大おもちゃ部屋を侵食していく。


 今、この瞬間より、圧倒的な力が振りかざされるという直感を、強制的に呼び起こさせるぐらいに。


『────』


 当然、それを成そうとしている少女の写し像は、声が出ない。いや、出せないのだ。


 驚愕、恐怖、焦燥、危機──どれをとっても少しだけ違う。本人は理解していないが、恐らくそれは「畏怖」だ。

 たった一人で、人の身でありながらも持てる殆どを削って、ここまでの力を出せるのかと。そこまでの覚悟を持てるのかと。そして、同時に強烈な劣等感を覚えるぐらいに。


 ──これが、オリジナルとコピーの間に存在する、絶対的な「壁」なのだと。


 故に、憎悪し、敬意を評し、決意する。自身のオリジナルである、イェローズ ・ フローバーが限界を越えようと決意したように。存在を写し取った身だからこそ、その決断を模倣しようと決意する。


 決めて、動いて、実を結ぼうと、一歩を踏み出すことをしなければならないのに。実際には、行動に移すという段階を計画して未来を思い描いただけで、両の目が目前の変化を捉えただけだった。


 それを例えるとするなら、「流れ星」が適当だろう。


 神秘的なものを醸し出し、万人が美しいと評すそれは、綺麗な緑色に彩色されていて、スロー再生するが如く捉えられていたそれは、恐らく、何もかもを置き去りにするぐらいに速いのだろう。

 星が見えなくなるまでに願い事を言えば、その願いが叶うかもしれない──そういった言い伝えが、あの流れ星には似合わない。


 場違いな感慨だ。それとも、これが人間の感情の一端を理解したという事の表れなのだろうか。どちらにせよ、今は──、



 ──流れ星が、


 ──降っ、


 ──た。




『……ぁ……』


 視界を一筋の閃光が支配して、その時には既に、肉体──実際には機体だが、どこか喪失感が伴った感じがして、


「────」


 その感覚の元を辿っていると、何故か世界は逆転していて、だけど目には自分の胴体が映っていて、



「終わり──」


 小さく呟かれたその言葉を最後に、胴体の下に生えていた両足さえも、切り離されていく光景が、刎ねられて落下している顔から見えた。

 そして、機体と、辺り一面には無数の緑の光と、ちょうど直線上に、光と同色の力を行使して侵食されつつある少女が見えた。

 ──両の頬には、淡い緑の線が刻まれていた。


 もののコンマ数秒。事実を意識して、把握して理解するまでの僅かな空白。



 ──どうやら、その間に、胴体から生えている全てが切り離されていたようです。

 あくまで模倣体なので、血は出ませんが、それでもやはり、見るには些かグロテスクな光景だと、そう思いませんか?


 思いませんせんか? おも思いませんか?? おもおもももままませんせん??? 重重しいまままみみむむめめめめめもももももももももももまみむむむむむ──『リトライしますか?』──重重重重重重まままままままま──『無様に滑稽に、人間の様に足掻きますか?』──思わわわぁぁぁぁあががくくくくくくく──、


 あがく。あがく。あがかなければ。あがかないと。あがいてあがいて。おりじなるをこえなければ。こうげきがくる。ぶっさしにくる。はやく、はやく、速く早く夙く──!



『進化、再生、起動します』


 悪趣味なプログラムだ。所詮、機械の獣として生み出され、遺跡の守護を終えれば用済みとして生を終えるだけだけの無機質な存在で、意識も認識も、役目を終えるだけのロボットといった見方で完結する。それこそが本質だと思っていたが。

 これ程までに、人間の様な滑稽さを味わせて、そうさせようとしてくるとは。



 ──役目を終えた筈の胴体から、光が放たれる。


『再生を。再生再生再生再生再生再生再生再生再生再生再生再生再生再生再生──』


 執拗に鳴り響く無機質な機械音声が、自身の機体の完治へのプロセスを伝え、時間が巻き戻るかのように分離された四肢や首は再生する。


「させる──かッ!」


『────』


 急接近する脅威を、認知する。

 一秒後の死を、予知する。

 それを実現させないために、足掻く。


 限界を、越えて。


 ──刃が交差する直後、衝撃波が部屋中を行き交った。


「なんで……再生して……」


『オリジナルを……越えるよ……』


「何を──」


『ワタシも限界越えるって言ってんだよ!』


 前置きもなく言い渡された宣戦布告に対して、怪訝な反応を示すイェローズ。だが、コピーズはそれを意にも介さずに、つい先程に固まった決意を口に出す。

 やがて、コピーズの再生直後の機体からも、イェローズが発していた強大な光と風が放たれる。機体ならではの、《聖分子》の役割を果たしていた《ヘヴンズフォトン》がごっそり削られ、それが体外に放出されていく。



『──オーバー……アクセルッ!』


「──ッ!」


 オリジナルが行ったことを模倣し、再現する。当然、数十秒前に目にして、畏怖していた光景がそのまま実現されており、覚悟もまた、トレースされていたのだった。

 僅か数秒だが、それでも重ねられた刃が保っていた一瞬の均衡はいつまでも続くかのように感じて──、


『らああっっ!!』


 後手で最終兵器を発動させたコピーズが、その均衡を勝利で終わらせたのだった。




* * * *




 ──「限界発動」。


 《聖力》を発動するための《聖分子》の殆どを削り、瞬間的に高出力を発揮させる、言わば、マラソンや自転車で例えると「スプリント」のようなものである。それを発動することで、拮抗した戦闘では大いに有利になるし、勝率は何倍にも跳ね上がる。

 しかし、無酸素運動をすれば消耗が激しくなるように、限界発動もまた、使用直後の反動が激しく、下手をすれば一瞬にして不利になってしまうことも有り得る。要するに、これは一種のギャンブルなのだ。


 イェローズは今、そのギャンブルを行った。細く、今にもちぎれそうな勝利への糸を手繰り寄せて。


 そして、相手も同じことをした。

 相手も同じ覚悟を持ち、同じ決意をした。


 写し鏡を見ているようだった。見た目や喋り方、思考回路が自分そのものだったから、普段の自分という殻から解き放たれて「自分」に勝とうとした。相手が贋作だとしても、これは自分に打ち勝つ「試練」だと。過去の過ちを越えるためのきっかけにでもなればいいと。

 そう思って──、



『らああっっ!!』


「ぐぁッ──」


 進化した贋作を──緑の流れ星を見て、その浅はかな考えをしていた自分を呪った。


 壁に叩きつけられる前に再度、コピーズに接近する。その寸前に真横を通過した閃光が、その意味を無くさせていたが。


 即座に反転して、流星を迎える。



 ──そこから始まるのは、「人間の速さ」という概念を超越した異様な戦いだった。


『偽物はもういいよ! オリジナルを超えて……本物にッ!』


「そういう負けず嫌いなところも、私そっくり──だよ!」


 実際には、違う。

 いくら性格を模したところで、いくら力を模したところで、贋作が一つの「個」を手に入れてしまっては、それはもう「オリジナル」なのだから。


 進化した敵は、もはや自分の模倣とはかけ離れており、それは自分の写し鏡と思っていたことが馬鹿らしくなる程だ。「自分だったらこうしていただろう」という予想を優に超え、気が付いたら一歩、また一歩と距離を詰められて致命傷を負いかねない攻撃を食らうことになる。

 また、ただ模倣してあるだけで同じ機能しか備えていないと思っていた《フェアリーウィング》も、コピーズはイェローズとまた違った形で自在に扱っていた。先程受けた、全身を針で刺すような痛みと光の正体も、恐らくそこにある。そこで、イェローズが立てた仮説というのは──、


「お返しッ!」


『きゃはっ! 気付いたか~!』


「いや……温めておいただけだよ!」


 光と光の度重なる衝突の間に生じた、別の光の介入。正確には目に見えない程の小さな「弾丸」で、素材は《フェアリーウィング》が放出している、淡い緑を纏った《ヘヴンズフォトン》だ。

 コピーズは、羽部分から放出されている、この粒子を加速させて大量の小弾丸に変化させて放っていたのだ。この時点で、コピーズはAIとして、贋作以上の成長を遂げていたのだろう。


『でも、そんなの──今更ぁっ!』


「遅くはないんだよねぇ!」


『──ッ!?』


 互いが互いを、色づいた光としか判定出来ない程の速度域で放たれた「粒子弾」は、直接の影響は与えられなくとも、きっかけを作ることに大きく貢献した。


「ハマった!」


『が、あぁッッ!!』


「『風地獄』──とんと食らえっ!」


 コピーズが自身を加速させて、粒子弾を回避するタイミングで、イェローズは風を加速させた。


『あ、ば、ばぁ──ッ! 動け……ない!』


「タイミングの問題だよ。あんたが粒子弾を避けるために自身を加速させる時、周囲の風を加速させた。……《聖力》は一度の瞬間に、複数の対象には使えないからね」


『なる……なるほど……ね──でもッ!』


 時が止まったかのように、コピーズの身体は、複数の方向からランダムのタイミングで加速し合っている暴風によって、身動きが取れないでいた。そして、コピーズがその状況を打開しようと、自身や風を加速させるが、


「思えば簡単な話だったんだよ。あんたが私の真似をしたり予測して進化したように、私の予測を予測したあんたを予測して、攻撃を上書きしていけば……きゃはっ! こうやって──」


『──ッッ!!』


「勝つことも出来る!」


 同系統──ましてや同じ《聖力》を行使する者同士のこういった戦いは、一瞬の閃きや隙、運などが勝利の女神が微笑むきっかけを作る。ただ、それらを天に任せず、自分から発生させることもまた、勝利に結びつく要因の一つである。つまり、イェローズは全てを置き去りにするが如く音速の世界で、それを成した。



 ──勝利の女神を自力で振り向かせたのだった。


『ぎ──ぃぃ……ぁ……ぁ……』


 幾度目かの衝撃波が、巨大なおもちゃ部屋を揺らし、それ相応の影響が互い──否、コピーズに一方的に発生した。


 肉が千切れる生々しい音と、それより深く切断されていった機体が派手に破損していき、甲高く耳障りな音を上げる。

 位置的な問題だろうか。上半身が丸々吹き飛ぶ形となり、下半身は遅れて痙攣して揺れ、飛んでいった上半身は落ちていく下半身とは正反対の飛翔を見せ、人間ではないので、出血はなくともその代わりとなる得体の知れない液体が、大量にばら撒かれることとなった。


 その上半身は未だ付けられている《フェアリーウィング》で飛行を続けており、その光景はもはや、人智を超えた、「飛翔する上半身お化け」そのものだった。


「はぁ……中々グロテスクだね……」


 極限まで削り合った戦いや限界発動の反動もあり、呼吸を荒らげながら徐々に減速し、機械の飛行に身を任せてコピーズの破壊の行く末を見守る。その、機械とは思えない爆散ぶりに、少々引き気味だが。

 ともあれ、


「勝った……とは、完全には言えないよね……まだ奥の手があるかもだし……」


 フラッシュバックするのは、「闘技場」での、フィソフと機械ケンタウロスの戦いの場面だ。あの時は、フィソフが勝利を確信して背中を敵に見せた瞬間、不意を突かれて一気に追い詰められていた。

 彼の前例を参考に──と言うと些か卑怯な響きだが、それでも、実際にその過ちを犯した当人が居る前で、同じようなことを経験する訳にもいかない。

 そして──、



『……ぃぇ……ろ……ちゃ〜ん』


「ッ!」


 実際、その心構えが功を奏することとなる。


 それを、本来ならば聞こえなくなる筈の「声」と、残骸の「変貌」が証明していた。




『イェロちゃぁん、イェロー……イェローズ……イェロイェロイェロちゃんちゃんちゃちゃちゃちゃちゃぁんちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃぁぁんちゃんちゃぁぁんちゃんちゃはっきゃはっちゃはっきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃおもしろおもしろおもしろおもしろなうたのうたうたうたうたうたうたうたうたうよおもちゃのもちゃのもちゃのチャチャチャ☆チャチャチャ☆チャチャチャチャ☆☆☆──』


「やっぱり……でも、フィソフの時とは違って──」


『オモチャ……の……』


「騙されないんだからッ!」


 部屋中を、ゆらゆらと漂っているコピーズの生首が何やら奇怪な様子を見せ、案の定といった結果に対して構えを取っていたイェローズは、その、気味の悪い生首に向かって最後の斬撃を食らわそうと、急接近する。

 その、歪な形をした浮遊物に一閃する緑の光が、刹那の果てには、完全に標的を分解するという未来を映し出す。




『──チャ☆チャ☆チャぁ?』


「────」



 ──筈だったのだが。


 映し出される筈だった未来を、無きものにして、代わりに顕現したのは、



『どぉぉうもぉ~! これがぁ〜本来のぉ~』


「………………ッ」



 今までの、イェローズの模倣体の姿ではなく、無機質で、そして獰猛な──、




『ワ☆タ☆シ☆』




 無数の刃を備えた「カメレオン」と、飛ばされたイェローズの四肢だった。










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