二章 十話『イェローズとコピーズ』


『お、おお、おわわわわぁぁぁ!?』


「発生した風を凝縮して、限られた範囲で超加速させて威力を向上させたんだよ。これで、強力で切れ味が良い竜巻ちゃんが完成したってこと」


 イェローズが《スキップアウト》を応用して発生させた「竜巻」は、瞬く間にコピーを飲み込み、続いて部屋の壁を少しずつ削っていく。


『んなことが出来て、てててて──』


「さらにさらに〜その中にこの二つの爪ちゃんを放り込めば──」


『そ、そ、それれははやめめめててて!』


「問答無用!」


 竜巻の中で必死に足掻くコピーを、笑みを浮かべながら見下し、直後に《フェアリークロウ》をその竜巻の中へ放り込む。仮にも自分の姿を写し取った敵であることに対して、躊躇うどころか、口角を上げながら追い討ちをかける態度には隠れていた悪魔が垣間見える。

 それとも、「敵」と判断したから、容姿が自分とそっくりであろうが容赦無いのかもしれない。


『あばばばばば──嫌だ、だ、だ──』


「きゃはっ! コピーのあんたは風と仲が悪いみたいだねぇ!」


『──なぁんてね』


 竜巻に呑まれ、さらに高速に風の中で飛び交う刃に怯え、苦痛の声を上げるコピー。しかし、そんな恐怖を帯びた声色が突如として消えて──、



 ──瞬間。


「うッ!?」


『ネタ作りのお手本ありがとぉ! 有難く使わせてもらうから!』


 竜巻が突然ぴたりと止み、その直後に打撃を喰らう。咄嗟に浮かんだのは、風を加速させて鉄槌を生むという、単純なやり方だった。そういった手法を、相手が取るとは思わなかったが。

 コピーはあくまで《スキップアウト》を使用するイェローズの行動を模しただけで、機転が効いたり知恵を振り絞って打開策を練れるのはオリジナルである自分の方だ。だから、トリッキーな攻撃はしてこないと──いや、それ以前に、その原因は自分にあった。


「やっぱりそういうこと……?」


『きゃはっ!』


 風の鉄槌を前方から喰らい、壁に激突する寸前で加速して上昇。当然、そのコンマ数秒の間にコピーも距離を詰めてくる。そんな展開のさなか、湧き水の如く一つの結論が浮かぶ。


 ──単純な話だ。

 こちらが先手に回って、攻撃のバリエーションを増やしていけばいくほど、向こうの手段も増える。そして、向こうはそのデータを元として、こちらの予想がつかない進化をしてしまう。かと言って、無理に後手に回ろうとすればすぐに殺られてしまうだろう。


「──だったら!」


 単純な攻撃手段だけで打開する──ということはせず、敢えて捻りに捻った手段で迎え撃つ。

 コピーが持つ《フェアリークロウ》の刃が自身を捉える寸前に、再び風に意識を向ける。


『爪ちゃん無いよねぇッ!』


「……きゃはっ」


『──?』


 斬撃が通ると疑わないコピー。それをどういう訳か、加速して回避しようともせずに動かないイェローズに対して疑問が浮かぶ。しかし、スピードに乗った肉体が手を止めることは無く──、


『づあッ!?』


「『加速』は、相手にも使えるでしょ?」


 そのまま突き進んだ刃の進撃は寸前で届かず、直後、視界はイェローズから大きくずれ、左肩から壁に激突しそうになる。


『──ッ! ぶつかん──なっ!』


 だが、何とか加速を相殺させて、激突を未然に防いで《フェアリーウィング》の出力を上げながら、壁にぺたりと足を着く。

 今まで自分や武器、風など、周りの物や環境などを中心に《聖力》の対象としていた。それも勿論、《スキップアウト》の力を引き出す方法だが、使い方はいくらでもある。例えば、ああいった「相手が必殺を狙っている寸前」の場面だ。一つのことに集中している相手に対して、予想外の攻撃を与える。こういったやり方もまた、厄介な相手に対して使える手段の一つだ。


「『爪』ってさぁ……」


『……なに?』


「よく、獰猛な獣に備わってるあれは、必ず相手を捉えるためにあるじゃん? それに比べると、『妖精の爪』なんていうのは、みみっちく聞こえるよねぇ……」


『いきなり、何の話──かな!』


 そして、いきなり日常会話のように関係の無い話をし始めるイェローズに、コピーはまともに取り合おうともせずに加速して襲いかかる。


「うん? ただ──」


 それを──、


『か……はッ──』



 ――碧の閃光が防いだのだった。


「『妖精の爪』にも気を付けた方がいいってことだよ……『コピーズ』ちゃん?」


 またもや不意を突かれ、加速されて舞い戻ってきた《フェアリークロウ》に身を斬られたコピーに対し、勝ち誇った顔で「コピーズ」と勝手に名付ける。


『ッ……「コピーズ」ね……それ……いいかも』


「ずっとコピーって呼んでんのもさ、なんかあんたを自分の分身って認めてるみたいで嫌だし」


『きゃはっ……なるほどね……』

 

 名付けた理由にしても、依然、コピー――もといコピーズを自分の分身とは完全には認めてはいない様子。そして、そんな理由を知ったコピーズはコピーズで苦笑。そういった思考の部分も、恐らくこの短時間で似てきていのだろう。

 やがて、イェローズの両手に双剣が舞い戻り、構えの姿勢をとる。


「スピードアクセル――」


『スピード――ん……?』


 イェローズの詠唱と共に、コピーズも同じ動作をしようとする。が、寸前に違和感を感じたコピーズはこれを断念。代わりに対象としたものとは――、


 ――鋭い金属音が鳴り響く。

 碧の残像が、対峙する双方の手から発生しており、ポーカーフェイスを気取っているイェローズに対してコピーズはしてやったりといった顔だ。


「ひっかからなかったかぁ……」


『口に出した時点で見え見えなんだよなぁ~』


 今度はコピーズが口角を上げる番だ。狙いが諸見えのフェイント。大した意味があるとは思えず、それさえを囮とした戦術があるのではないのかという予測が先走る。そして、予測を先走らせると同時に、イェローズの真の目的を読み、重ねて行動しておくことを勘ぐられないようにする。


「ま、本命はこっちだけど!」


『それもお見通し!』


 壁に足を着くコピーズを急上昇させる、緑の光。そして、彼女はそれを真正面に飛行して静止しているイェローズに加速して突撃することで、回避すると同時に攻撃の姿勢を見せる。さらにそれを──、


「だからぁ、『こっち』だって~」


『ッ!?』


「それぇっ!」


 対するイェローズは──消えていた。コピーズが、衝突の影響で跳ね返ってきた《フェアリークロウ》を手にし、彼女の華奢な身体に斬りかかろうとした寸前に。


『風で……隠し──』


 言いかけた言葉通り、イェローズはあの一瞬の間にコピーズが起こした加速の、僅かな余波を利用し、それを加速させた風の鎧で身を隠した──と、コピーズは確信したが、実際にその余波を利用した、加速トリックの対象となったのはコピーズの方だった。刃がイェローズを捉える寸前、瞬間的な加速を、相手に気付かれないように発動し、結果、コピーズが気付かないまま位置がずれたという状況になった。


 コピーズが自分の術中にまんまと嵌ったことを確認すると、イェローズは瞬時に脱いでいた靴の一足分を加速させ、靴飛ばしならぬ「靴弾丸」を放っていた。


『やべっ──』



 靴弾丸はターゲットに吸い込まれ──、


 ──────────、


 ──────、


 ──。




 身体中が痛みで疼き、そんなお粗末な目覚ましに起こされると、コピーズが頬を歪めながらこちらを嘲笑している様子が目に写った。


「────」


 理解が追いつかない。一時的な記憶喪失に陥り、再び戻った様な気味が悪い感覚。確定されていた筈の勝利の因果が逆転していたのだ。フィソフの《リライト》ではあるまいし、《スキップアウト》のコピーとは言え、そのようなマジックをすることなど出来るはずがない。だとしたら、やはり単純に返り討ちにあったのだろう。


 だったら、そっくりそのままやり返せばいいだ──、

「ああああああああああああッ!!」

 ──けで。


『きゃはっ! 行動が遅れてるみたいだねぇ』


「な……にが……」


 離れた位置で自身を嘲笑っていたコピーズに、真正面から攻撃を食らわそうとして身体を起こした瞬間に、全身を針で刺す様な痛みが迸る。これもまた、何をされたのか全く分からず、ただ、悠然とこちらへ近付いてくる自分の模倣体を見つめることだけしか出来ない。


 そして──、


『《機械竜の遺跡》限定の《レーザーボール》……コピーである私しか持たされていない、秘密兵器だよぉ!』


「レーザー……?」


『プログラムさんとか前の広間の動物ちゃん達が散々、「意識操作」に苦しんできたらしいからねぇ~……赤いお兄さんの』


「──ッ!」


 「赤いお兄さん」というのは、ほぼ間違いなくフィソフのことだろう。そして、彼女がフィソフの《リライト》を知っているということは、その《聖力》の内容の一部をトレースされた可能性が高い。と、このあたりまでは何とか推察出来る。つまりは、あのボールの効果が意識操作のそれで、靴弾丸発射時から今に至るまでの空白の時間を作り出した原因でもあるということだ。


『っていうかさぁ、ワタシがコピーだから自分と同じ武器しか持ってないだろうっていう、固定観念を持っていた時点で負け確定じゃない?』


「……なるほどね。最初からそれすらも利用して……」


『利用っていうか、まあ、ごく普通の事だけどねぇ〜』


「……ッ」


 確かにそうだ。相手は自分のコピーではあるが、それ以前にこの《機械竜の遺跡》の番人である《守護械獣》が一体だ。そして、《機械都市》に伝わる噂としては、この遺跡を踏破出来た者は居らず、先代の《聖力者》でさえもここで行方を眩ましたという程だ。


 ──どこかで油断していた。


 情けなさと悔しさが入り交じった感情が、自然に唇を噛ませる。コピーということに囚われ、本来の敵の性質を忘れた結果がこのざまだ。しかも、先に対峙した《機械獣》達やプログラムは、微かなデータが採取出来れば、可能な限り成長を続けていくようになつている。つまり、目前で刃を振り上げている彼女もまた、こちらの予想を遥かに上回る成長を遂げているのだろう。


『きゃはっ!』


「ッ──!」


 《フェアリークロウ》の刃先が脳天を貫く直前に、全身の力を振り絞って自身を右に加速させ、そのまま重力に逆らって壁を駆けていく。すぐに《フェアリーウィング》を使って羽ばたかなかったのは、壁に穴を開ける程の激突の直後だったところを見て、破損箇所があるかどうか心配したからだったが、


「フェリちゃんは大丈夫……か」


 流石は希少金属を使用しているだけある。無傷とは言い難いが、それでも機能を損なう程の害は無かった。

 問題は、あの《レーザーボール》と、先程受けた針のような攻撃。前者については、記憶操作要素が含まれているであろう、レーザーに触れなければ、記憶が飛んでいつの間にか壁にめり込んで──などといった状況を作り出さずに済む。問題は後者だ。確かに、《聖力》発動時に出現する緑の光はコピーズの周囲に見えた。だから、その事実と、あの痛みの瞬間だけ目を少しだけ刺激した光の謎を照らし合わせていけば──、


「って、そんな猶予くれるわけないか!」


『その通──り!』


 ガギィンッ! と、案外まだ数えられる程度にしか起こっていない刃同士の交わりが、甲高い金属音を上げる。そして、その直後にコピーズが、右手の短剣を下げて腰の物入れに潜ませていた、二つ目の《レーザーボール》を取り出そうとしているところを、イェローズは見逃さなかった。

 効果を受けた瞬間のことは覚えていないが、そのボールから放たれようとしているレーザーを、身体は反射的に避けようとし、脳はそれを当然だと確信している。


『プレゼント二発目!』


「要らないね!」


 球体の見た目をしているため、レーザーの軌道が分からない。よって、持ち主の死角に侵入して回避し、同時に反撃の体勢を作り上げる。

 そして、真下に転がっている大きいボールや玩具などを手当り次第に加速させてぶつけていく。


『おわっちょ! 中々野蛮だねぇ〜』


「変な球持ってるあんたに言われたくないよ」


 ひとまず、コピーズから距離をとり、腰に忍ばせてあった小型の瓶を取り出す。


『ふぅん……それを飲んで回復を加速させれば、効率良くなるってわけか』


「よく分かったじゃん。そういうことだよ」


 と、コピーズが答えた通り、口で蓋を開け、体内に流しこんだのは、よく冒険者が購入しているような安物のポーションだ。本来なら、現在のイェローズが負っているような重症を完治させるにまでは至らないが、彼女の場合、少しでも回復する要素を肉体に与えれば、あとは回復を加速させるだけで完治させることが可能になるというわけだ。


 身体から緑の光が発せられ、外傷や、折れていた肋骨等の骨や血肉も、瞬く間に回復していった。これで、肉体は再び万全に近付き、余裕も出てくる。

 故に──、


「生半可な小細工とか無しで本気で行くっていったら、あんたはどう出るかな?」


『そしたら、その本気とやらの最低ひと回りは超えてズタズタにして返事するよ』


「なるほどね……」


 これまでの自分の失態と、コピーズの未知数な力と伸び代を考慮し、回復完了と同時に最大火力を投資することを決意する。その最大火力というのも、《聖力者》になってほんの数回程度しか経験していないのだが。

 それでも、出し惜しみは死を意味し、余計な詮索は即死を意味する。

 速く、速く、今までよりもさらに速く──。


 身が、魂が、時間が削られるような喪失感と共に──、

 



「オーバーアクセル──」




 放たれた強大な緑の光。そして、直後の残像が、彼女の覚悟と発動された力が具現化された瞬間だった。



 


 


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