二章 七話『闘技場』
恐らく、マスターから見たら飛んできた盾は、突如としてビームの中から出現したように見えるだろう。だから、今この瞬間だけはその盾の奇襲に視線が釘付けになっている筈。
「────」
その不意を突くべく、死角となっているであろう軌道に沿って、最短ルートでマスターへ接近する。
『ぬおぉぉおお!? 変なとこに盾がぁっ!』
どうやら《機械獣》にも痛覚のようなシステムはあるらしく、目に物が当たって痛がる要領で悶えている。
そこを突いて──、
「──し」
ゼロ距離でのビーム砲撃を放つ。
『ってな具合に──』
「ッ──!?」
『ぶちかまそうとしたんだろぉ!?』
ビームがボディへ放たれる直前の一言。静止したかのように思えたその時、マスターの声が聞こえた瞬間、咄嗟に「やばい」と脳が警鐘を鳴らしていた。しかし、意識はそれを認識して行動へ移そうとしても、肉体は制御が効かず──、
突如目の前から消えたケンタウロスのシルエットは、目前からその上にずれていて。
「ぁ──」
『はぁっ!!』
打撃。
中空からの蹴りによるそれは、左腕を始めとして、徐々に左半身から右半身へと伝わり、身体は瞬時に粉砕された左腕を中心として折り曲げた。コンマ数秒遅れてその事実に気が付いた時には既に、凄まじい速度で壁に接近している最中だった。
「ふ──」
衝撃、衝撃、衝撃の連続で出た声は呻き声などではなく、ただの息の抜ける音。それと引き換えに行った動作というのは、ビームを出来うる限り最大限に放って、壁に激突した時の衝撃を緩和することだった。
やがてその時は来て、
ドガァンッ! という衝撃音を、妙に客観的に認識しながら、肉体に時間差で走り始めた激痛の進撃にその身を喰われていく。
「が──がが、あがっ、うう、ぅぅ、お、お、お、お──」
今すぐにでも思い切り絶叫したいが、それを連続する激痛が良しとしない。
「──フ!! ──ソフ!!」
イェローズがこちらを見て必死に叫んでいる。呼んでいるのは、ああ、そうか、自分の名前か。それにしても、あんなに激しく動くと拘束具に身体が食い込んでしまうだろうに──、
「イェロ──ごぽっ……げほっげぼっ……血……が……?」
拘束に逆らわんと、必死に自分の名前を呼ぶイェローズの名前を呼ぼうとして、代わりに吐血する。恐らく、あの打撃を受けた時に肋骨も数本砕かれ、その破片が内蔵に突き刺さったことが原因だという場違いな考察をする。
──当然、敵はそんな考察や体制を立て直す時間を与えてくれないわけで。
『おぉい! さっきの威勢はどうしたぁっ!? 戦いはこれからだろうが! 立て立て立て立つんだよぉっ!!』
「……る…………せぇ──」
耳障りな図太い怒声を上げるマスター。戦いに対して熱意があることはいいことだが、状況を考えて欲しい。
とはいえ、そんな気遣いがあのハイテンションケンタウロスに存在する筈もなく、遠慮なく突進に行動を移した。
『ジェットエクストリィィ──』
「クソがっ!」
何やら意味不明な掛け声と共に突進してくるマスターを、フィソフは大幅に損壊した肉体に鞭打って動かす。骨折どころではなく粉砕された左腕はもはや重りでしかなく、ぶら下げながらその分、右半身に力を込め、右腕のキャノン砲を思い切り振りながら走るしかない。
『ムウゥゥゥッ!!』
突進と共に、大剣の剣先が壁に辿り着いた時には既に、フィソフはマスターから見て右の方に移動していた。
出せる最大限の速度で迫り来るケンタウロスから逃げるが、追いつかれるのも時間の問題だろう。
「ぜひゅっ……ぜひゅー……」
血が逆流している影響や走る度に訪れる激痛により、呼吸すらままならない。そんな状態で、命を刈り取ろうと猛追してくる敵から全力で逃げなければならないこの状況は、まさに生き地獄だ。
『鬼ごっこかぁ!? いいぜ! その代わりきちんとにげやがれぇ!!』
「……」
ケンタウロスは大剣で壁の表面を抉りながら、こちらを猛追する。対するフィソフは正直、逃げ回ることしか出来ない。当然、それを繰り返して得られる結果というのは、子供でも分かる。ジリ貧になって終わりを迎える前に、対抗策を練り出す。
『追ぉいついた──ぜっ!!』
「ッ──!」
そうしている間にもマスターはフィソフの背後にまで追いつき、振り上げた剣先はフィソフに吸い寄せられるかのように接近し、
「ここ──だぁっ!」
『おおっ!?』
触れる寸前、すぐ側にある壁を思い切り蹴って速度を上げながらコースを切り返す。向こうにとっては、この行動が不意を突かれた形となり、互いの間に一瞬の距離と隙が存在した。
そして、構える。
このキャノン砲の操作はまだイマイチ理解は出来ていないが、分からない部分は感覚で補う。
一撃が盾で防がれるのならば、それを複数に増やせばいい。ついでに威力も上乗せしよう。
「喰らえよ!!」
一度目の囮となるビームを放つ。勿論、それは盾に防がれるが、その二秒後。
『おわっ!? それはまずっ──』
イメージ通りにいって少しの感動を覚える。
マスターが盾を下げた直後となるタイミングに、撃ち込んだのは「散弾」だ。正確には散弾を応用したビームだが、それは効果が覿面したようで、
「やった! 効いてるよフィソフ!」
と、イェローズも嬉しそうに大声で叫ぶ程だ。
『おお……今のは聞いたぜベイべー』
「気持ちわりぃ声と表現使うんじゃねぇよ」
そう言うものの、内心フィソフも歓喜に浸っていた。確かに、マスターの「機械ケンタウロス」の速度や威力など、何から何まで自分と比べて桁違いだ。そこにつけ入る隙があるとすれば、それは先の攻撃の様にトリッキーな戦法が有効だと考えていた。突破口と予測していたものが確実なものとなったので、少し安堵していたのだ。
とまあ、そんな気分に浸かる時間が限られていることも忘れてはなく、
『オマエさんの攻撃は、ほんっとに予測つかねえな! そういう戦い方も嫌いじゃねぇぜ』
「そんじゃあ、それに免じて今すぐここを抜けさせてくれよ。俺もお前みてぇな奴『嫌いじゃねぇ』からよ」
『はははっ! ――ぬかせぇっ!』
軽口の応酬に乗っかって余裕のハッタリを効かすフィソフ。マスターはといえば、当然そんなことも見抜いていたといった様子で、再びフィソフに向かって突進している。
「何度やっても……無駄なんだよ!」
相手の盾は一つしか無く、意外とパターンも単純だ。であれば、こちらのスタイルも変わらない。同じ手法を繰り返してじわじわと削っていけば――、
『大方、そんな絵空事でも描いてんだろぉっ!?』
「悪ぃけどそれもハッタリだ!」
『なっ!?』
双方の読み合い。勝ったのはまたもやフィソフだ。
時間差の連続砲撃を中心とした戦法で来ると睨んだマスターは、その素早さと跳躍力を生かして左右、斜め、上など、錯乱させながらの接近という行動に出た。しかし、フィソフはそれを、逃げずに堂々と待ち構える。その予想外のフィソフ判断に一瞬、混乱するもすぐに振り切って大剣を振り下ろす。
「――凝縮」
大剣が頭上に接近する途中、再度イメージによるビームの操作を図る。今度は接近戦でも対抗できるようにと、ビームに使われる粒子を凝縮してビームサーベルに変化させた。これもまさか上手くいくとは思わず、失敗した時用に回避経路は確保しておいたが、その必要は無くなった。
『それの使い勝手、良すぎやしねぇか!?』
「だろ? 俺自身も驚いてる──よ!」
右腕のキャノン砲に対して素直な賞賛を送るマスターの大剣を、同意と共に跳ね返す。
その反動で、彼の機体が少し後ろへずれる。
──その隙も見逃さない。
剣先が上に向いたことを見逃さず、今の反動で盾も手から離れたことを確認。
すなわち、
「行ける──」
勝利の確信──とまではいかないが、それでも形勢逆転したことは紛れもない事実だ。だから、この一撃で仕留める。
足に力を込めて、前方へ大きく踏み出して加速。直後、キャノン砲を突き出してマスターの機体に接着。
この一瞬で必殺の体制を整えた。
『────』
「死ね」
途端、衝撃が走る。
ゼロ距離で砲撃したため、相手が受けた衝撃とこちらの反動が合わさって、ダブルにそれらが身体に伝わる。だが、それも今はお構い無しだ。目前には腹部に大きく穴を空けられた、無機質なケンタウロスが立ち尽くしていた。
上半身の、本物で言えば人の部分の機能が完全に停止したことが分かる。顔面部分に十字架に光っていた、青いラインは消えており、そもそも上半身全体がぴくりとも動かなくなっている。
馬の足がモチーフとなっている下半身は、衝撃の余波がまだ響いているのか、それとも人間が瞬間的な衝撃で死ぬ時に、肉体が痙攣することが再現されているのか、どちらにせよ、びくびくと微かな震えが残っている。
「はぁ……はぁ……」
動く気配も無ければ、この後に何かが起こる気配も無い。それでも強いて言うならば、機体が破壊されたことによって煙が蔓延し出したことぐらいだ。
煙は機体が丸々見えなくなる程まで包み込み、音を立てながらゆっくりと周囲へ舞っていく。
何にせよ──、
「勝ったね……フィソフ!」
「おうよ!」
これで、イェローズの覚悟と期待を無下にしないで済む。プレッシャーを感じないための気遣いはしてくれたが、それでもやはり、誰かの命が自分にかかっていると思うと、それは強大なプレッシャーとなっていたのだった。そして、
──聖力を使わない戦闘での勝利。
これはフィソフにとって、大きなアドバンテージとなる筈だ。自分より格上の存在に対してのそれは、大いに当人を成長させるし、慣らしていく。故に、これからの戦闘において、油断することも少なくなっていくだろう。
「フィソフ! フィソ──」
「今助けるよ!」
煙の音のせいか、イェローズの声が徐々に聞こえなくなってきた。それにしても、自分が勝ったことで喜んでくれる彼女の様子には、微笑ましく、嬉しく感じる。
「──し……ろ──」
「……?」
ノイズが走ったかのように、部分的にしか聞き取れない。
だから──、
「──煙ってこんな音出すか?」
『そりゃ、オマエ──』
疑問に思った。
振り向いた。
ケンタウロスが「居た」。
煙が晴れて、どういうわけか上半身が変わってて──というか、何故生きてて──、
「は」
『出す訳無いよな?』
そんな疑問は、結論に至ること無く思考の外に消えた。
――気付いた時には、身体が飛んでいた。
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