二章 六話『キャンセラー』



 当然のように詠唱し、発動していた《聖力》。それが今、何度も強く念じ、声に出しても発動出来ない。

 そんなフィソフの焦燥している様子を見たマスターが、痺れを切らしたからか、人間の姿をしたホログラムとなって目の前に姿を現す。


『だぁから言ってるだろ? オマエらのセイリョクは封じさせてもらったって。ここ、「闘技場」には「キャンセラー」なるものが働いてんだよ。だから、いくらオマエが足掻いても無駄ってもんだ』


「それを、そうですか──って受け入れる程お前を信用してるわけじゃねぇんだけど」


『まあ、聞くも聞かないもオマエの自由よ。だが、起こったことは事実! そして今! この闘技場でオマエが戦うこともまた事実だ!』


 声と同じく、さながらDJのようなその見た目で、往生際悪く自分の言った忠告を聞き入れないフィソフに対して煽りながら現状を伝えるマスター。イェローズも黙ってその様子を見守っているが、やはり異変に気付いたようで。


「──! 確かに……使えない……」


「本当にあいつの言う通りだとしたら……」


「一応、キャンセラーっていうのは実在するよ。熟知してるってわけじゃないけど……私達が普段微弱ながらも放出している《聖分子》に、外部から大量の《亜粒子》を被せて相殺することで、《聖魂》にまで影響が出て結果的に《聖力》が使えなくなるとか」


「……まあ、ざっくり言うと《聖力》そのものを無効化する装置か。────やば過ぎね?」


今まで当たり前のように頼って、聖力があったお陰で敵を倒してきたのだ。それが使えないとなると──使えないとなると──本格的に不味い。


「とりあえず、使えないものはしょうがないから、他の解決策を──」

「ああああああ!! 《聖力者》じゃない俺なんか秒速で死ぬぞ! 命いくらあっても足りねぇよ! 何もねぇぞ!?」

「うるさぁい!」 


『いきなり痴話喧嘩か……まあ、いいぜ。オマエらのどちらかがその気になれば、今すぐ準備して場を盛り上げられるってもんよ!』


 《聖力》が使えないという、戦闘初心者にとっては致命的な事実を、改めて再認識して弱音になるフィソフ。それを宥めようと必死になるイェローズを見て、マスターはあくまでマイペースに事を進めようとする。


 そんなカオスな状況が暫く続くが、やはり事態の解決に至らないのはお分かりの通りだ。


『オマエらの選択肢は二つしかねぇ。それは──それはだなぁ!』

「うるせぇとっとと早くしろぉ!」

『つれねぇな……まあ、いいや。決闘するかオレに八つ裂きされるか。選べ、選ぶのだ!』


「極端というか……選択肢無いようなもんでしょ」


 どこまでもマイペースなマスターと、その提示された選択肢にイェローズが溜息する。要は、《聖力》が封印されたこの闘技場で戦えばいい。言っていることはシンプルなのだが、それは同時に困難を極めるだろう。

 一応、イェローズは「キャンセラー」の存在は知っていたので、万が一のことを考慮した上で鍛えていたし、《聖力》に頼らない戦い方もある程度はマスターしているつもりだ。そもそも、戦闘技術を高めないと《スキップアウト》が使いこなせない。


 ともあれ、彼女はキャンセラーが働く場所においても問題は無いと言える。問題は──、


「──はぁ……いいぜ、やってやんよ。そんで、早くこのクソうるせぇ場所から出してもらうわ。あ、きちんと封印されたもん解除してもらってからな」


「お……?」


 ──フィソフが負け腰であること。イェローズはそう、思っていたが。


『いいねぇオマエ! その態度の変わりよう、気に入ったぜ!』


「別におめぇに気に入られても気持ちわりぃだけだ。ただ、こんな感じの修羅場、仲間達と散々潜ってきたっつうの」


「フィソフ……」


 今となっては、その思い出すら創りものかどうか、判別しにくいものではあるが。だが、それでも記憶にあるのなら、それは確かに自分の歩んできた道なのだと。そう信じることを誰が否定出来ようか。

 そして、今までの焦りようが嘘だったかのように、途端に頼もしくなったゴロツキの様子を見たイェローズは、感嘆の意を込めて彼の名を呟く。


『オマエの気持ち良さはともかく! これにてゲストの闘志も満タン! さあ、始めようぜ! 血湧き肉躍るバトルをよぉっ!』


 フィソフの態度の変わりようはマスターにも影響が及び、彼と客席のテンションをさらに上げる結果となった。しかし、もはやフィソフ自身、それも意に介さず、今はただDJの見た目をしたホログラムを睨みつけるのみだ。


「でも、戦うって何と? それと敵の数は? 見たところ、今はまだ何も出てない状態だけど……」


『それについてご心配なぁく! 今! ショーの最終準備を始めるぜぇい!』


「いや、準備終わってなかったじゃ──ん?」


 イェローズの質問にも快く返答し、その内容に対して彼女が突っ込みを入れようとした矢先──、


「ちょ! な、なんなの……これぇ!」


「──ッ! おい! お前何してんだ! ふざけんじゃねぇぞ!」


 突如として、彼女の背後の床から出現した十字架。瞬く間にそれは、小柄な少女の四肢の両足は揃えられ、両腕は広げられたままの状態で拘束されてしまう。その突然の行動にフィソフは激昂するが、マスターはそんな彼の様子を意に介さず、


『ハイクオリティな戦いを演出するためには、やはり人質が不可欠! 故に、今そこの《スキップアウト》なる少女をその役目とさせてもらったぜ!』


「クズが……元からだけど選択肢なんかねぇじゃねぇか!」


『クズでもなんでも結構! オレはただ、テンションアゲアゲなバトルをオマエとしたいだけだ!』


 さっきよりもさらに鋭くマスターを睨みつけるフィソフ。しかし、相手はあくまで自分の理念を貫き通すつもりでいる。それに、どうせ戦闘は避けられないし、イェローズが人質にされてしまった以上、それは確定事項となってしまった。


「……フィソフ、負けたら末代まで呪うからね!」


「期待重っ!? てか、お前よくそんな冷静でいられるな」


「冷静なわけないでしょ。本当なら今すぐ、あのクソダサいカッコつけ野郎の血液を加速させて、大出血噴水ショーを見せたいところだけど……」


「いや怖ぇよ」


「それが出来ない状況だし、喚いても仕方ないじゃん」


 怒りで頭に血が上るフィソフに対して、冷静を保っているイェローズ。そんな彼女が発した言動から、決して潔くこの状況を受け入れているわけではないと分かる。ただ、それでもフィソフの参戦に対して、何の文句もないということは──、


「別に、フィソフに全て委ねて、頑張って! て言うつもりは無いよ。仮にフィソフが負けて、私が死んでもそれは状況と私の判断からしょうがないって結論になると思うし。だから、ただ私は、悔いが残らないように戦って欲しいってぐらいしか言えないよ」


 こういった場面において、大半の人質役というのはやはり、自分の命がかかっている人に対して重荷を背負わしがちだ。そうなるのが当然で、そうするのが人間としての本能である。 

 しかし、彼女──イェローズ・フローバーは、フィソフに対して重荷を背負わせない気遣いをするどころか、自分の判断で全てを完結しようとしている。そんな、冷静且つ肝の据わりまくった考えを持つイェローズに、フィソフはもはや猛烈な感嘆を抱かざるを得ない。


「……やっぱお前、流石だよ。──よし」


『オレも感銘受けたぜおい! 小柄でキュートな見た目をしながら、なんつう度胸だよ! 惚れちまうだろうが!』


「おめぇがいくらあいつに惚れても、当のお相手の心はずっと、ある女の子に夢中だからその点については残念だな」


『お? オマエ、軽口叩くぐらいにはやる気出てきたか? 震えも少しはマシになってきたみてぇだし』


「焦ってたのは認めるよ。つか、やんなら早くやろうぜ。おめぇもうずうずして仕方ねぇんだろ?」


『ほう?』


 イェローズの態度に感銘を受けた途端に、身体が軽くなったような感覚を覚えるフィソフ。軽口の応酬にアクセルがかかってきたのも、その証拠だ。そして、マスターも戦う相手の心の準備が整ったことに対して満足といった様子。


故に──、



『これより、オマエにはオレと互いにものを賭けてバトルしてもらうぜ!』


「ものっていうのは、俺の場合は拘束されたイェローズか?」


『おうとも! そして! オレはこの闘技場の脱出権を賭けぇる!』


「ま、当然だわな」


 予想通り、互いにとってのチップはイェローズと脱出権の二つで、天秤に課せられたようだ。


 やがて、マスターが一連の内容を伝えると、カウントダウンが聞こえ出す。これも彼の指示で、観客が一斉に行い出した動作だ。


『じゅう! きゅう! はち! なな! ──』


 バトルに使用出来る武器としては、《リライト》で腕をキャノン砲に書き換えたままなので、それと左手に持ったままだった盾を使用することが許された。


『ろく! ご! よん!』


 対する相手──予想通り、マスターだ。

 一応、「お前が出んのかよ!?」という突っ込みはしておいたが、話がまだ通じる分だけやりやすいのかもしれない。いや、言語が話せて賢い故に苦戦する可能性もあるが。


『さん! に! いち! ──』


 マスターの武器のラインナップは、盾という点においては共通しているものの、右手に持つのは銃器ではなく、大剣だ。それも妙にリアリティのあるもので、「この剣は何人もの血を吸ってきた」と、あのハイテンション野郎が言い出しそうな程に所々に血が付着している。


「ふぅ……」


 深呼吸をして体の力を抜く。

 今まででもこういった場面は何度もあった。実は、大虐殺以前にも命の奪い合いというのは経験している。

 《無法都市》という世界の外れで、食料から人間関係まで、最初は一つの小さな問題がやがて肥大化して、最終的には血なまぐさい殺し合いに至った。それ故に目の前で失う命も多く、だからこそ命の重さもより理解出来るし、それを踏みにじったロベリ・アザミールのような存在も許せなかった。


『──ぜろ!』


 数字がゼロを示し、観客のカウントダウンが終わりを告げる。それと同時に目前の敵は走り出し、自身もスイッチが切り替わる感覚を覚える。


『うっるぁぁぁぁぁぁっ!!』


 大声を上げてフィソフに敵が──ケンタウロスが襲いかかる。


 そう、ケンタウロスだ。何故か、あの下半身が馬で上半身が人間であるケンタウロスの機械バージョンが今、フィソフに襲いかかっている。


「んなこと今はどうでもいいか──おっらぁぁっ!」


 異形の機械獣に対する意見を今は意図的にスルー。相手の動きを一挙一動見極めながら、まずは真正面の砲撃を食らわす。

 放ったビームはそのままマスターに直撃──する筈も無く、ゴング代わりとなったそれを相手は堂々と盾で防御。フィソフもその直前に突進の軌道上から外れ、右へ大きくフェードアウトする。


『おおっ!? 挨拶がわりってかぁ? そんじゃあ俺もかますぜ!』


 《聖力》を使えない今、求められるのはいかに効率的に動くか、そして体力のペース配分だ。負った傷や消耗した体力は書き換えることが出来ないし、特殊な技なんかも出せない。ならば、正々堂々に力任せの勝負を──、



「するわけねぇだろぉっ!」


 ──する筈もなく、こういった闘技場での戦闘のセオリーを真っ向から否定する。

 そして、ケンタウロスはこちらを向き、そのまま襲いかかる。その瞬間を見計らって、再度ビームを放つ。


『まぁたその手かぁ!? おんなじ手は──食わないんだよ!』


 今度は盾を構えながら突進するスタイルで、フィソフへ接近していく。


 ビームは先程よりも長く、大きさも拡大されているので、盾で防いだとしても前方が見えにくい状態となる。


 そこに──、



『おわっ!?』



 どこからか飛んできた盾が直撃し、これが戦況を大きく動かすのだった。











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