二章 五話『狡猾のリライト』
「フィソフさんの推理によれば、そもそもあんたをどうにかすれば、あいつらを無力化出来るってことだ」
この緊迫した戦いの場に相応しくない発言をフィソフがした直後、活発にフィソフとイェローズを殺さんとしていた犬と猿の軍勢が、突如として光が消え、ガラクタの如く地面へ落ちていった。
イェローズが《スキップアウト》で消耗を加速し、ガス欠させたわけでもなければ、フィソフが《リライト》で機能停止に書き換えたわけでもない。
目の前で起きた出来事に対して、イェローズは、得意げにネタばらしを話し出すフィソフと、落ちていった敵の群れとを交互に見ながら困惑している。
「ここのプログラムさんは、聖力者への対策は万全に整えられたらしいけど、その代わり、チームワークは乱れちゃったみたいな」
「チーム……ワーク? 連携が上手く取れていなかったってこと?」
「正しくは、指示の送り方の問題だ」
敵の群れが襲いかかってくる脅威も消え、ひとまずは速度を落としながら飛行を続けるイェローズ。そして、意識はフィソフの発言の方へ向ける。
「守護械獣統括プログラム……あんたが犬とか猿を動かしてたんだろ?」
「──? プログラム自体が大量のAIを? でも、異なる行動をしていた説明がつかないけど……」
「行動はそれぞれの自由。動きも連携もそいつらのやりたいようにやらせればいい。けど、全員が全員、すぐに成長したり──ましてや、聖力者に対抗するための戦術を練れるはずも無い」
「──! 思考回路だけを共有していたってこと?」
「多分な」
プログラムが《聖力》への対抗策を少ないデータを参考にして立案し、それを機械犬と機械猿達と共有しているのではないか、という予測は予めしてあった。しかし、仮にその事実が確信に変わったとしても、相手が「目に見える範囲」の中に存在しない場合は使えない。だから、この仮説を策に取り入れるには無理があると思っていたのだが──、
『なるほど。まんまと、あなたの術中にハマってしまったという訳ですね……』
「術中ってほど大したもんじゃねぇよ。ただの一か八か、運に賭けたものでしかねぇ」
それまで黙って話を聞いていたプログラムが、その無機質な音色の中に、僅かながらの敗北という色を付け加えてフィソフに理解したといった様子で話す。
『先程の下品な発言には、そういった意図があったと』
「トイレ聞くだけで下品って……まあそれはいいや。そうだよ、ああいう感じのイレギュラーな問いに関しては、ちっとばかし戸惑っただろ?」
『そうですね。事実、その質問をされた瞬間から、思考回路を共有できなくなったどころか、指示すら送れなくなりましたからね』
「瞬間……ね」
プログラムとフィソフの答え合わせの中で、プログラムがフィソフに返した内容で印象に残った点をイェローズは吟味する。
つまりは、《リライト》が使われたタイミングが、丁度フィソフがその場違いな質問をした時だったということだ。
『しかし、《聖力》というのは本来「目に見える範囲」にしか適用されない筈……なのに、アナタは目に見えないワタクシにその効果を適用出来た。この矛盾については、どう解説してくれるのですか?』
「いんや? 矛盾なんて無かったけど」
「はぁ?」
まだ納得いかないといった様子のプログラムからの質問に、フィソフは態度を変えずに返す。それに対してイェローズはまたもや素っ頓狂な声を上げてしまうが、次に彼が言った言葉を聞いて納得せざるを得なくなる。
「だって見えてたじゃん。紛れてたけど」
「紛れてたって……あの軍勢の中に?」
「おう、そうだぞ」
なんとも無いといったフィソフのその返答の様子に、その質問の回答に驚く。
だって、数はざっと二百以上で種類は二つ。どれも見分けをつけるのが困難な無理難題だ。なのに、それをどうやって見分け、たった一つの当たりを当てて見せたのか。そもそも、言い方は悪いがフィソフはそれ程頭が良かった訳では──、
「思考を共有してるって言っても、それはあくまで予測の範疇じゃん? だったら、その予測を超えた何かをすればいいって思ってさ。じゃあ、トイレどこっていきなり聞いて、取り乱してくれたら、あとは取り乱して停止してる奴を見つけて、そいつに『指示を送れなくなる』って《リライト》を使えば──ってな具合で賭けたら、見事に当たったってわけよ」
『……なるほど。「全体」より「個体」を対象とした方が、コストを大幅に抑えることが出来ますし、同時に司令塔を潰せばそこから指示を受けて動いていた全体を自動的に停止させられると。しかし、何故アナタは、高度な予測を頼りにしている我々が、その予測から外れた事態に陥ると一時停止するという知識を知っていたのですか?』
「それに限っては、背中にくっつくのが好きな万能AI様が事前に見せて下さってたんでね。うちのボスとの連絡が繋がらないと分かった途端に、そういう状態になったんだよ。いやぁ、あれは面白かった」
『────』
思いの外、見抜けた方法や理由が、ユニークな発想や偶然の産物からきたもので、「実はとてつもなく賢い人物だったのではないか」というプログラムの予測も見事に裏切られた。
この場合、フィソフを一言で言い表すのなら、「賢人」ではなく──、
「狡猾……だね」
「はぁ!? 俺のどこが狡猾なんだよ! いや、この《聖力》事態は結構ずる賢いとこあるけど……」
「そうだよ。──そして、人のために危険な賭けを挑むところもずるい」
「危険? もし当たんなかったら、何も起こんないんじゃねぇの?」
「そうとは限らないよ」
さっきまで驚いたり、からかったり百面相をしていたイェローズの表情が、急に真剣味を帯びたものになる。そして、その様子の変化に少し驚いているフィソフを他所に、彼女はそのまま話を続ける。
「もしも、選択した対象が書き換えの対象に該当しなかった場合、フィソフがどういうペナルティを受けるか分からないでしょ?」
「該当しない場合……? 別に何も無く──ってなこともなさそうだな、お前の顔を見るに」
「私も分からないけど、はっきり言ってフィソフの《聖力》は大まかで謎だらけなんだよ。しかもさっきの状況でもし、対象に該当しない存在が『全体』にシフトされる様なことがあれば、フィソフの《聖分子》残量はあっという間に減ってたかもしれない」
「……要は、リスクを弁えろってことか。心配してくれてありがとな」
「は、はぁぁっっ!? 心配──は、するよ……だって、フィソフはエリ姉を守らなきゃだし……」
「お、おう……?」
真剣にフィソフのことも考慮した上での説教と忠告を受け、フィソフは心の底からの感謝をイェローズに伝える。そんな素で出てしまった言葉に、彼女は照れ隠しの罵声で返してくると思いきや、全くの見当違いの真面目な返事に拍子抜けする。とはいえ、彼女の言っている事実は間違いなく正解であり、こちらはぐうの音も出ないのだが。
『仲睦まじい様子で何よりです。──しかし、ワタクシはあくまで守護械獣を統べる者。常に予測演算は正確な未来を提示し、アナタ達の相手も他のワタクシ達が引き続き厄介な相手となるでしょう。まあ、もっともワタクシがアナタ達の満足のいく相手となれたかどうかは、この結果の有様を見て一目瞭然ですがね』
「その点に関しては問題ねぇよ。あと、次からは単細胞でも突破出来るような簡単な内容にしてくれや」
『その点に関しては問題ありません。アナタ達に相応しい、手強い門番達が待ち構えていることでしょう』
「なんか、煽られた気がするぜ」
別れの挨拶じみた台詞や、今後フィソフとイェローズの前に立ちはだかるであろう、「仲間」達の警告を受け、それに対してフィソフも鼻を鳴らす。
「兎に角、これで先に進めるね」
『はい、「犬猿の狩場」の突破を確認。次なる間へ進むことを許可します』
「──進むか」
番人からの許可を得たので、それを聞き入れた二人も意識を次の戦いに切り替える。
どういう訳か、次の間に続く扉はかなり上の方にあり、飛行しないと入れないような質の悪い作りとなっていた。しかし、二人は既にその条件を成しているので、余裕を持ってその扉の前に到着。
そして、背中合わせのドッキングを解いた直後、目前の巨大な扉が開く。
「そういえば、聞くの忘れてたんだけどさ」
「ん? どしたの?」
「……俺の《リライト》に、いつの間に少し、制限がかかっていることなんだけど」
「制限……?」
これからまた、新たな間に足を踏み入れようとした時に、突如として問われた質問を反射的に反芻する。
──「制限」。
数々の《聖力》に対して、それは各々に課せられており、全てにおいて共通しているものは「目に見える範囲」であることである。
そこからコストも発生し、その内容の大小や実現指数に応じて肉体が礎となり、その果てに魂が削られる仕組みとなっている。
《聖力》の仕組みに関しては、流石にフィソフもエイリスから詳しい詳細は教わっている。しかし、今彼女に向けられている質問の答えが、そのチュートリアルについての解説ではないことは、イェローズも察していた。
「セベリアとの戦いが終わってから、ここで初めて使うまでの間に、何かが俺の身に……」
「────」
と、フィソフが言い終えるより先にイェローズが目を見開く。何か思い当たる節があるのか、それとも、彼女も同じ境遇なのだろうか。そのように、一瞬見せた反応についての考察をしていると、当の本人は口を開く。
しかし、その何かを伝えようとする表情はどこか沈痛で、それでいて憎悪を帯びた様な──、
「呪いだよ」
「────」
予想外の、突如として出てきた言葉に返事を忘れる。「呪い」というキーワード。それが何なのか分からないフィソフを尻目に、イェローズは目の前で開いていく扉をまっすぐ見つめる。
「──『魔女の呪い』」
「《魔女》……って、エイリスのもう一人のやつか?」
「もう一人の人格──なんて簡単に説明出来るものじゃないよ、あれは」
「……だろうな。そうでもないと、エイリスがあんなに苦しむわけが──」
「ッ──! 苦しむ? フィソフ、エリ姉に何かあったの!?」
「────」
しまった、と思った時にはもう遅かった。
イェローズが意識を失った後に起こったエイリスへの異変。何かに対して必死に訴え、怯え、叫んでいた彼女の様子を、今イェローズに伝えるには些か場違いで彼女の負担が増えるだけではないか──そう勝手に配慮していたフィソフは、区切りのいい場面までそのことを話さないようにしていた。
しかし、そんな気遣いもばれてしまったからには意味をなさない。
「答えて! エリ姉に何があったの!」
「……多分、それも魔女が関わってると思う」
「──! まさか、三日前と同じ……」
フィソフが《魔女》と言った瞬間に、イェローズの目付きと顔色が変わる。そして、彼女の言った「三日前」というのは、恐らく魔女が《無法都市》を創造し、イェローズがその姿を見た日を指し示しているのだろう。
「そん時見た姿って、もしかして黒髪に黒いワンピースか?」
「そう! そうだよ! フィソフが見たのはその姿? だとしたら、間違いないよ!」
「あれが……《魔女》……」
本来のエイリスの姿とは対になる容貌。それを持ち、漆黒の邪気を纏っていた黒い少女。その正体が見事にイェローズの記憶のものと一致し、フィソフが抱いていた謎の一つが解決した。
しかし、問題は二つ目の謎となる「呪い」について。思えば、《リライト》に制限がかけられたのも《魔女》の姿を目にしてから、という可能性もある。イェローズは呪いについて何か知っているようだし、今のうちに聞いておくのも手だろう。
──そう、思っていたが。
「うおっ!? なんだ──これ……」
ゆっくりと開けられた扉が完全に解放され、その奥が露となる。それと同時に聞こえてきた、耳を執拗なまでに刺激する何か。
──歓声だ。
「何なの!? この場所!」
イェローズも両手で耳を塞ぎ、突如鳴り響いてきた大歓声に対して、声を張り上げて文句を付ける。
「う──るせぇっ!」
フィソフも彼女同様に耳を塞ぎながら立ち止まっていたが、いい加減煩わしくなってきたので、力任せに叫びながら前へ進む。
すると──、
『レディース! エェーンド! ジェエントルメェン!』
「……はぁ?」
踏み込んだ瞬間に、視界に映し出された開けた闘技場。さながら、その景色は「コロシアム」のそれと酷似している。
視界がよく分からないそれを認識したら、次に耳がまたもやよく分からないものを聞き入れた。観客席で騒ぐ大勢の観客と、入口から入場してきた二人の戦士に向けた、歓迎と盛り上げの二つの意味を込めた挨拶。
「だから……なんなの……ここ」
今度は呆然と立ち尽くして周囲を見渡すイェローズ。当然、フィソフも同じ状態なのだが、彼女が漏らした無理解の問に対しての「声」による回答が、フィソフとイェローズの意識を釘付けにする。
『ここは──そう! この場所は──この場所はぁぁ!』
「うるせぇ! 長ぇ! うるせぇ!」
『おおっと、失敬……ではでは、んん! ──ようこそ戦士達。オレはこの「闘技場」を開催するマスターだ。ここに来たからには、当然戦って貰うし、戦う闘志もあるのだろう?』
鬱陶しい程のハイテンションとボリュームで、二人に語りかけるマスターを自称する音声。まるでDJの様なノリと音色を持つこの音声もまた、守護械獣統括プログラムの一種なのだとフィソフは想定する。
「そんなつもりはねぇ……って言っても聞き入れそうにねぇしな。ああ、やってやるよ! 滅多打ちにしてやるから早く敵を出せ!」
しかし、こちらは先程真剣に重要な話をしていて、そんな最中にどでかい大声によって邪魔をされたのだ。流石に苛立ちを覚えており、同時に早くここを抜けたいという気持ちもある。
『いいねぇ! その気概、バッチグーだ! なら、その闘志に答えてこちらも用意するとしよう!』
「いいの? こんな簡単に引き受けて……せめてここの説明とか聞かないと──」
「まあ、手強いのは目に見えてるけどさ。俺とお前の《聖力》があれば、さっきみたいに打開出来ると思わねぇか?」
「……もう、調子いいんだから」
フィソフのやる気にプログラム──もとい、マスターは快く返事する。イェローズもフィソフの手短な対応に不安を抱くも、彼の言った「信頼」に対して満更でもない様子。
やがて、甲高い音が鳴り響き、対面上に位置するゲートが開く。
「左手は盾だけど、右手はキャノンのままだな……どの武器に書き換えた方がいいか──」
無意識に、キャノン砲に書き変わったままである右手を意識し、今から始まる戦闘に適した武器を模索して、ひとまずは元の状態に戻そうとする。
口に出さなくとも、《リライト》は宿主の意識に呼応して、その内容を実現させる。
──本来であれば、それが出来た。
「……?」
──何も起こらない。力を込めて、再度唱えても。何も。
「どしたの? そんなに目を見開いて──」
「使え──ないんだよ……《リライト》
が……」
「──は?」
『ああ、オマエ達が使っていたあのセイリョク……? とかいうやつ……封印させてもらったぜ。やっぱ、戦いっつうのはインチキ無しの真剣勝負じゃねぇとなぁ!』
「封──印……?」
当然だろう、という口調で話すマスターが言った、「封印」という言葉。それが頭から離れない。
「入口の機械蛇」、「狩猟の間」に続いた三つ目の間である「闘技場」。
──二人の《聖力者》の聖力は封印されていた。
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