二章 四話『犬猿』

 もはや、これが自分にとってはオーソドックスな陣形なのか、はたまた運命に近い偶然なのか。そんな一抹の疑問を抱きつつ、背中を預けた相棒が作り出す高速世界に振り回されながら、自身も防御と射撃に徹する。


「パターンはあんまり変わってないね……これなら、速さで掻き回して殲滅出来る」


「後ろも変わらねぇ。今んとこ、盾で充分だ」


 イェローズの持つ《聖力》──《スキップアウト》の効果によって、いくら《聖力者》に対抗するためのプログラミングが施されている《機械獣》でさえも、彼女──いや、背中に接着しているフィソフも含め、視界に入れた時には既に残像にしか見えない程の速さで、飛行しながら襲いかかってくる猟犬達を斬り刻んでいる。

 一見、背後が手薄に見えるが、その点についてはこの陣形の立案者であるフィソフがインナーと自身の右腕を、《リライト》でそれぞれ巨大な盾と銃器に書き換えているため、防御と砲撃が可能だ。


『────』


 行動の指示や呻き声を上げるまもなく、猟犬達はその華奢な機体を真っ二つに切断され、墜落していく。

 例え、弾丸の雨が二人に襲いかかろうとも、前の少女はそれを速さで置き去りにし、後ろの少年は物理的にガードする。イェローズからしたら、積荷を背負っている状態に等しいが、フィソフの書き換えによる減量や自身の技術もあり、半ば阿吽の呼吸で撃墜の嵐を巻き起こしていくのだった。


『お二人のコンビネーション、実にお見事です。先程までの中だるみが嘘の様な戦力。ワタクシ、感動しました』


「別に中だるみしてねぇけど? 調子悪かっただけだけど?」


「きゃはっ! それについては同感だね! それで、そっちこそいいのかな?」


『……? 何がでしょうか』


 妖精の様な羽が淡い緑の粒子を振りまき、それに呼応してイェローズがツインテールを踊らせながら、目まぐるしい移動を繰り返し、その都度、剣撃の乱舞を繰り広げる。フィソフも、そんな彼女に負けんじと銃器と化した右腕の銃口を、まるでシューティングゲームでもプレイしているかのように、照準を定めては放ち、照準を定めては放つ動作を自然の数倍の速度で行っている。


 そんな中、《守護械獣統括プログラム》を自称する機械音声が、息ぴったりな二人の戦いぶりを見て感嘆の声を漏らす。そんな無機質なプログラム様に、イェローズが皮肉を込めて相手の劣勢さを指摘しようとするも、当の相手は意にも介していない様子で返事を返す。


「あんた、気付いてないの? 可愛い犬さん達の数は一向に減ってるままだよ?」


『その点についてはご心配なく──』


「──?」


 決して、心配している訳では無いが、先程の機械蛇との戦いでフィソフのデータは多少なりとも得た筈だ。

 イェローズの聖力に関しては、もしかすると同じ《機械都市》に存在していることから、こちらの方が対策は簡単に打てる筈だ。そういった点を踏まえて、敵の戦力を聞き出すことに徹していく。しかし、プログラムの態度は変わらず、それどころか──、



「ッ──!?」


 衝撃。それもいきなり複数で、威力もそれなりにあって──、


『「犬猿の仲」ということわざがあるでしょう? この場には犬しか居ませんでしたが……それでは味気無いということで、猿も置いてみることにしてみました。ことわざに沿ってね』


「え、何? 猿がどうしたの?」


「気にすんな、野蛮なお猿さん達が乱入してきただけだ!」


「意味分かんないんだけど!?」


 盾に走った衝撃の正体は、プログラムが言っていた通り、「猿」によるものだった。猟犬に気を取られていたからか、それとも、単純に猿の速さが常軌を逸していたのか。どちらにせよ、敵が増えたことは事実だ。


 不意打ちをくれた三匹──否、三体の「機械猿」をひとまず撃破し、慌てて辺りを見渡す。


「ここは動物園かよ……」


 呆れながらそう呟いてしまうのも無理はない。何せ、これで三種類目の動物をモチーフとした《機械獣》が出現し、その数は犬と同等かそれ以上なのだ。


 人の腕程の長さを持つ長く鋭い爪を持ち、機械犬と違って跳躍力や機動性も優れそうな全体図。猿はその四肢を駆使して、木や建物を伝っている動作で有名だ。それを表現するためか、驚くことに、機械犬に追加されていた「羽」のように、機械猿には「ワイヤー」が追加され、それを彼らは手のひらから放出し、壁にぶら下がっているのだった。いや、壁のみではなく、


『さあ、犬に負けない活躍をお見せして差し上げて下さい』


 突如天井や壁から出現した、大量の柱。次々と現れてくる猿達はそれにワイヤーを付け、臨戦態勢に入っていくのだった。

 しかし、何よりもフィソフとイェローズを驚愕させたのは──、


「あのさ……数、多くない?」


「確かに、これはちとやべぇ……」


 機械犬の数を優に超える程の大所帯。


 耳障りな甲高い鳴き声と、赤い光がつい先程までと比べて倍以上の数に変貌を遂げ、その事実に二人は戦慄する。


──だが、


「犬に猿が増えても関係ねぇな」


「だね」


「それに、犬猿の仲っていやぁ俺らも似たようなもんだし」


「犬猿っていうか、殺し屋とその標的?」



「俺殺されるじゃん!?」


 と、依然変わらない様子でお決まりのやり取りをする二人。別に、意にも介していないという訳ではない。ただ、一人血だまりの中、死を待つだけという状況でも無ければ、絶対の存在を前に無力に立ち尽くしている状況でも無い。今は頼れる「戦友」が居るという事実がフィソフに微かな余裕をもたらしているのだ。それは恐らく、イェローズも同じだろう。そう願いたい。


『キキキ──キィィィィィ!!』


 甲高い鳴き声を上げ、猿の群れが襲いかかってくる。


「な、め、ん──な!」


「おらぁぁぁぁぁっ!」


 それを、イェローズはリズム良く斬り刻んでいき、フィソフも同調して白いビームを放ちながら、猟犬諸共撃破していく。


『キ、キ、キルルルル──』


『アシ、ヒッパルナ、エモノ、ヨコドリスルナ』


 猿の群れによる集団攻撃に続き、猟犬達も弾丸の雨を止ませることはない。それも音速の回避と盾によって無意味と化すのだが。


「──なっ!?」



 ──そして、そう思った途端に足下はすくわれる。


「あ──ああああああああっっ!」


「イェロ──がっ!? あがぁぁぁっ!」


『キキキ、デンキ、マネシテミター』


 ワイヤーの様な何かを身体に付けられ、それを認識した途端にそれはやってきた。

 世界が一瞬だけモノクロと化し、同時に訪れた、全身が針で刺されるかのような激痛。乾いた音と走る光を見て、肉体を侵食したのは極度の「電撃」だということを遅れて理解する。


「ぐっ──こ……んの!」


 五感と全身が電流に侵される中、出せる最大限の力を振り絞って、イェローズが付けられたワイヤーを切断する。しかし、電流は止まない。


「リ……ライ……ト──」


 フィソフも何とか消えかける意識を、唇を噛みちぎることで保ち、この状態の回復をイメージして具現化する。


「はぁ、はぁ……くっ」


 電撃が止み終わるや否や、イェローズが悔しげに奥歯を噛んで、まずは電撃攻撃を仕掛けてきた猿達を、そしてその周りに居る犬と猿達に、再び加速して斬撃を重ねていく。

 その間にも、数体の猿の電撃ワイヤーがこちらを捕えんとしている。


「させっかよ!」


 ワイヤーが自分とイェローズに届く刹那、すかさず《リライト》を発動する。その対象は、ワイヤーを放った五体の猿で、内容は標的のすり替えだ。

 神の悪戯でも受けたかのように、ワイヤーは纒わり付く相手の変更を余儀なくされ、直後、お互いがお互いに電撃を走らせる形になる。


「助かったよ」


「どういたしまして」


 フィソフのファインプレーに対しての短い感謝に、彼もまた短い返答で応じる。しかし、今はそのことに突っ込む余裕もない。なぜなら、先程機械猿が言っていたことが脳裏を過ぎったからだ。


「あの猿、電撃を真似してみたって言ってた。あれは、俺がさっき蛇に食らわせた攻撃に似てる……どうやら、物真似が上手いらしいぜ」


「ってことは、元を辿ればフィソフのせいってことになるね……後で殺そ」


「怖えぇよっ!」


 理不尽な結論に至られ、殺害予告を受けたことに対して身震いする。そして、その間にも効率的な、電撃ワイヤーの対抗策を練っていく。

 今やったみたいに、敵をすり替える方法、または、ワイヤー自体を書き換える方法だってある。しかし、猟犬の放つ銃撃や猿の単純な近接攻撃の脅威が消えた訳では無い。


「──とすると……」


「フィソフ、物理的な攻撃より無力化の方が効率がいいと思うんだけど」


「だよな。俺もそう思った……だとしたら、お前はスタルチスにやったみたいに消耗を加速させんのか?」


「そうなるけど……」


 アザミール邸での戦いで、イェローズは《聖力》をスタルチス──正しくは、自身の《フェアリーウィング》を最初の対象とし、《スキップアウト》によって起こる事象そのものが、《リライト》で模倣していたフィソフにもその効果が適用され、その結果スタルチスの《ヘヴンズフォトン》の消耗速度が一気に加速してガス欠になったというものだった。


 確かに、あの時の様な手法をとればこの空間に居る機械の犬と猿達は、恐らく無力化可能だろう。しかし、当然リスクは高く──、


「この数をお前一人にやらせんのは、流石にキツいだろ。だから、半分に分けよう」


「……なんか、ありがとう。んじゃあ、フィソフはもう半分?」


「そうだな。機能している状態を──って言いたいところだけど……」


 ワイヤーや弾丸を寄せ付けないように、音と敵を置き去りにしながら飛行し、斬撃を与え、大砲が火を噴く。そういった目まぐるしい攻防を繰り広げていく中で、背中合わせの作戦会議が行われている。

 イェローズの負担のことを考慮し、《聖力》を使った大規模な無力化は均等に分けるというフィソフの提案に、彼女は少し顔を赤らめて返すが、直後のフィソフの歯切れの悪い言い方に、今度は眉をひそめる。


「何か、問題あるの?」


「ああ……ちょっとな」


 ますます歯切れが悪くなるフィソフに、イェローズは潜めた眉をさらに寄せていく。


「はっきりしてよ! びびってる場合じゃ──」


「プログラムさぁん! トイレってどこですかぁ〜!!」


「──はぁぁッッ!?」


 一言で言えば、意味が分からない。それが今この瞬間、フィソフの奇行を目にしたイェローズの心情であった。たった今、真剣に対抗策の話し合いをしていた筈。確かに、ちょくちょくふざけたりする場面はあったが、それも適材適所を踏まえた上での行為であることは、この短時間の付き合いでも分かる。


『何と愚かな発言……場を弁えるべきでは──』


「いやぁ、悪い悪い。こうでもしないとさ……」


 だから、こういった場面において、全くの無関係な行動はしないと──、


『キ、キキ……? スコシ、オカシイ──?』


「あんたの気を引くことが出来ないじゃん?」

 

 その無関係と思われる行動すら、戦いに取り入れるような性格だということをたった今、彼の悪戯に微笑む顔を見て理解した。


 そして──、



「敵が……落ちてく……」



 改めて、《リライト》という《聖力》の使い勝手の良さを理解した。


 

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