二章 三話『狩猟の間』
五十メートル四方はありそうな広間の隙間を、要所要所で埋めているのは犬──もっと詳しく言えば「猟犬」のそれに近い。
細長い手脚を持ち、爪と牙は鋭い。蛇と同じく赤い双眸でこちらを捉えて──しかし、最終的なその容貌の説明としては、機械で出来ているということで終結する。
今度は「機械犬」といったところか。単体では大きさも戦闘力も先程対峙した機械蛇に大幅に劣るだろう。
──数が一体であれば。
『グルルルルル』
群れの中で一体、威嚇のような素振りを見せ、それに習って他の犬達も一斉に威嚇し始める。
「イェローズ、《聖力》は使えるか?」
「きゃはっ! 問題無いよ〜」
「おっけー。そんじゃ、まあ」
一瞬、その圧倒的なまでの数に呆気に取られてしまったが、そんな感情は今は消え失せた。あるのは、早急にここを突破したいという純粋なまでの動機ただ一つだ。
「盛大に蹴散らすとすっか!」
蛇の時と違い、今回は皆、地に足を付いている。ならば、手法は変わらず、そこに至るまでの条件はもっと簡単で──、
「喰らえ! 電気書き換え攻撃!」
勢いに乗ってしまってか、右手に持つ大剣を振り上げ、同時に白い光が床隅々まで渡り、直後、無機質な床だったものが濃密な電気のそれに書き変わる。
「おおっ! これで決着──」
目を輝かせ、この全体攻撃で一気に決着が付くと確信したイェローズが、その言葉を中断するのと目の前で異変が起こったのはほぼ同時だった。
「な──」
簡単に言えば、飛んだ。
どこからか出現した羽を羽ばたかせて、一斉に飛び出したのだ。当然、その予想外の回避方法で電撃トラップを免れ、狩猟犬の群れは全て無傷。予想の不意を突かれたのは敵ではなく、フィソフ達の方だったのだ。
『一番ラインがヘマをやらかしましたからね。当然の対策でしょう。相手が《聖力者》ともなれば、守護械獣統括プログラムであるワタクシ自らが頭を使うことも厭わないということなのですよ』
《守護械獣統括プログラム》──機械音声はそう名乗り、唖然としているフィソフとイェローズに対して説明を述べた。求めていた答えはそういった類のものでは無かったが、脳は反射的にその言葉さえも理解しようと咀嚼してしまう。
要は、《聖力》の対策をされた。それだけなのだ。
「《機会都市》の技術はヘヴン有数で、その中でも随一の発展を遂げているとは聞いてたけど……もう、力が見破られたのかよ」
「多分、フィソフが言ったその戦闘で、既にデータは取られちゃったんだろうね。そうなると厄介になるなぁ」
「大人しく一体一体潰してくしかねぇってわけか」
どこまで読み取られたかは未知数だ。しかし、仮に完全に見破っていたとしてもそれは理解出来るだけで、止める事が出来るかどうかはまた別の話だ。だとすれば、《リライト》による見え透いたトラップ攻撃などはせずに、別の形で応用すればいいだけ。最終的にそんな結論に至る。
そういう訳で、武器を構えて早急に目の前の犬の群れを──、
『銃撃、開始』
瞬間、またもや音声が流れ、猟犬がとった行動は、
「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
「これはっ、ちょっとやばいね!」
猟犬の背中から銃器の様な物が顔を出した時、反射的に大剣で身体を防御して正解だった。そう思えたのは、直後に鼓膜が破れそうな音と衝撃が幾つも飛び交った後だ。
イェローズは、そんなフィソフとは真逆に自身の
『《スキップアウト》──《機会都市》守護を義務つけられているアナタが何故、同胞であるワタクシ達を──』
「あんた達なーんか隠してるよね?」
音をも置き去りにする速さで、弾丸の雨を躱しながら双剣で猟犬達を切り裂いていく。そういった離れ業をする中で、機械音声──プログラムとの対話を成している。
『隠し事など……もしかして、《機械竜》様のことを仰っているのですか?』
「《機械竜》……まあ、それもあるかも。だって、なんかその伝説もキナ臭いし」
「伝説……?」
《機械竜》とは、先程ブレスで焼き殺されかけたあのドラゴンのことだろう。それに纏わる伝説というのは、この都市が故郷であるイェローズの方が詳しそうだ。そんな考察と、インパクトのある出会いが頭に浮かぶが、残念ながら深く思考するまでには至らない。それらは弾丸の雨が嫌がらせという程に阻止しているからだ。
『クチク、クチク、クチク──』
「ああ! うぜぇ! どうにかしねぇと……」
大剣でひたすらに弾丸の雨を防いでいる今、不本意ながらも均衡は保たれている。しかし、もし回り込まれたりしたら、もし大剣そのものを破壊でもされたら、あっという間に終わる。その前に策は打たなければならない。無論、全くの無策という訳ではないが、どれも何かしらのリスクを負うことになってしまう。
「んなことより行動だ!」
ひとまず、座標を書き換える。目的地は──、
『ヨソウ、テキチュウダ』
飛行中の猟犬達のさらに真上──確かに思惑通りにそこにテレポートは出来た。
しかし、その思惑というのも向こうにとっては予想の範疇だった場合、こういった奇襲は無意味と化す。
「ぐっ! ──それは、不味すぎ……」
空中に転移した瞬間の状態。即ち、避けようにも動こうにも自由が効かない状態で、群がる数十の赤い双眸と銃器はこちらをきちんと捉えている。
いきなり絶体絶命に近い展開に陥ってしまった。
『《イレギュラー》と呼ばれしその力、こちらの方では、その幅広い用途でのいかなる効果の適用でさえも、何通りもの予測を張り巡らしているのです』
「ッ──!」
望んでもいない回答に対して、声にもならない吐息だけが返事する。
そして、瞬間的に浮かび上がった打開策が自然と身体を動かした。
『オヤ、テレポートデスネ。ジュンビ、オネガイシマス』
再び座標を書き換え、転移先は入口から左手にある壁に指定。その場所に移り、即座に重力を、これも二度目となる書き換えを施し、さらにそこへ自由に飛行出来るという状態に書き換える。こうして体制が安全になるも、一息つく暇もなく次の一手に移る。
「間に合え──」
白光が大剣を包み、直後に現れたのは二つの黒く巨大な塊──否、大砲の様な大きさを持ち、その用途としては高出力のビームを放てるというもの。即ち、キャノン砲といったところだ。
『イッセイ、シャゲ──」
「遅えぇっ!!」
こちらの方が、コンマ数秒早く砲口が火を吹いた。体の芯にまで反動が伝わると同時に、両腕を左右それぞれ体の真横から一瞬で持ってきて、その動作には高出力の白いビームがその砲口の先が移動する軌道上に沿って、猟犬達を撃破していくのと連動していたのだった。
「ひゅ〜! 飛ばすねぇ!」
「イェローズ! 作戦思い付いた! 一旦こっち来い!」
「作戦?」
まるで、小学生男子が男女の恋仲に対して冷やかしを入れるかのように口笛を吹いて、フィソフの逆転劇に感嘆するイェローズ。そんな彼女の行動にフィソフは突っ込みを入れること無く、作戦立案の報告と同時に指示を出す。
イェローズは咄嗟の指示に一瞬疑問を抱くも、すぐさまそれを振り払ってフィソフの元へ駆けつけようと、絶賛音速中の彼女は近付く群れや銃撃を振り切ってこちらへ接近する。
丁度、対面上に彼女は殆ど断続的に淡緑の刃を振り続け、その剣撃と移動速度はもはや目で追えないとのとなっていた。アザミール邸で交戦した時、よくあの速度の中で戦えたものだと我ながら感心する。
「ほいっと、──着いたよ」
「お、おう。相変わらず別格の速さだな」
「まあ、これが売りなんでね〜」
話し方や仕草は依然として飄々としたままだが、額に浮かぶ汗や乱れたツインテールが戦闘の疲労感を表していた。
目覚めて早々の戦闘に、身を投じたのだから大したものだ。今すぐにでも労ってやりたいが、その気持ちを胸の奥に押し込んで、作戦の内容を彼女に告げる。その間にも、大剣を巨大な盾に書き換えて、短い対談を弾丸の雨から守る。
「端的に言って、どちらか選んで欲しい」
「選択肢は二つか……おーけー」
話を促す姿勢を示したイェローズ。フィソフもそれに応じて、乾いた唇を舐めてからその主旨を提示する。
「俺に抱かれるか、俺を抱くか……どっちがいい?」
「……」
戦いの最中で焦っていたからか、それとも単純に馬鹿なのか、聴く者によっては誤解を生みかねないような極端な内容の選択肢を挙げる。それを聞いたイェローズは、当然、呆気に取られている。
「お、おい、なんか言えよ」
「……あのさぁ〜」
「うん?」
やがて、大きく見開かれた目がジト目に変化し、声のトーンが一段低くなる。
「さっきの話だけどさ、エリ姉というものがありながら私に──」
「──!? いや、そういう事じゃねぇよ! すまん! 俺の言い方が悪かった!」
「はあ? 戦場で発情するお猿さんに言い訳されても……ねぇ?」
「その例えやめろ! なんかキャラ変わってんぞお前! ──じゃなくて!」
肝心なところに頭が回らず、結果、自らが先程の通路での面倒な言い合いを再燃させてしまったという、ヘマをやらかしてしまう。しかし、本当に、さっきのように敵が居ない状態ではなく、急いで次の行動に移らないといけないような状況なので、無理矢理でも意見を聞いてもらう。
「お前の羽で一緒に飛んで戦った方が、効率的だと思わねぇか?」
「一緒に飛ぶ……? 何言ってんの?」
「冷た!? まあ、いいや。簡単に言うと、お前の羽に俺がくっついて、俺とお前の《聖力》を使いながら戦うってことだ」
「くっつくって表現があれだけど……つまり、スタルチスとフィソフがやってたみたいに?」
「あ、そうそう! そんな感じ」
流石にイェローズも場を現状を理解しているからか、あまり話を脱線させるようなことはせずに、フィソフの提示した作戦内容を理解してくれたようだ。
そう、フィソフが咄嗟に思い付いた案というのが、擬似スタルチス作戦だ。イェローズには飛行可能な《フェアリーウィング》があり、さらに《聖力》の内容が加速。しかし、フィソフはと言えば、飛行しながらの戦闘ともなるとそこで一々、《聖力》を使わなければならなくなる。だから、スタルチスの役割をどちらかが担えばお互いがウィンウィン──否、フィソフの負担が大幅に減ることになる。
「まあ、でもそうすることで、フィソフのことを気にせずに戦えるんだったらいいかも」
「そこんとこは、俺も気にしてたから何も言えねぇ。とりあえず、いいんだな?」
「うん、いいよ! でもフィソフが後ろね?」
「ああ、うん」
すっかり塩対応が定着しつつあるイェローズに、合体の位置も勝手に決められ、フィソフはそれに渋々頷く。とはいえ、彼女の承認も得たので、早速行動に移す。
「あ、当然、背中合わせだよね?」
「そうだな。その方が援護しやすいか」
「おっけー。そんじゃ早く、くっつこ?」
「お前のそれも誤解を生むぞ」
念を押すイェローズに対して、実用性の有無で返すフィソフ。変なところで敏感な少女と鈍感な少年による、微妙にずれたおかしなやり取りがこれにて終結。
やがて、フィソフはまずイェローズの《フェアリーウィング》に対して、故障の事実を書き換える。すぐに元通りとなった羽は、再び光を灯し、その役割を果たすための準備をし始めた。
「あとは、こいつを俺の背中をくっつけるだけだ」
「フェリちゃん汚さないでよ?」
「ねぇ、当たり強くない?」
強い引力の要領で、自分の背中と《フェアリーウィング》を接着出来るように書き換える。これにて、体勢は無事整った。
一応、前面は双剣を持ち、《スキップアウト》で高速移動を図るイェローズ。後面は、巨大な盾での防御に加えて遠距離での攻撃を可能とするために──、
「なんか、その……変な感じだ」
「そお? 私は格好いいと思うけどね」
左手に巨大な盾を構え、その盾というのは元々着ていたインナーを書き換えたもの。であれば、他に何を書き換えて武器を生み出すか──その答えが、ハイテクな銃器と化した右腕だ。イェローズと話す前に使った、キャノン砲よりはひと回りほど小さく、腕にはめたとしても違和感は無い程の大きさ。
よく、色々な物語で片腕が大砲だったり、剣だったりといったキャラクターが出てくるか、いざ自分がそれを体現すると実用性に感動する以前に違和感が大活躍している。
盾に隠れている今、既に銃撃の嵐は止んでおり、不気味な程に辺りが静まり返っている。なるほど、向こうも同じく作戦を組み換えて来たのだろう。
「んじゃあ、行きますか!」
「きゃはっ! 振り落とされないようにねぇ〜!」
──背中合わせで接着し合った陣形で、右手さえも武器と化した摩訶不思議な戦法で、二人は引き続き猟犬の大群へと挑むのだった。
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