一章 十一話『無理解と疾世界』

「────ッ!」



 《リライト》を使い、応急処置じみた行動を取るも、ろくに思考する時間も与えられずに、全てが後手に回って先制攻撃を受けて僅か数秒。そして今、「いつの間にか」殺されようとしていた。


『やってみろよ』


 音も置き去りにしていたはずの高速の世界で、何故かスタルチスの格好良い声が聞こえた気がした。それも、「何か言い残すことはある?」という質問へと答えの類などではなく、どこか挑戦的な──、


「うおおおおぉぉぉ!?」


 直後、背中──もといドッキング中のスタルチスが、倒れているフィソフをそのまま後方へ急加速させる。

 ある程度の距離をとると、今度は直上へ急上昇。この際に素早く、両膝が喪失した事実を書き換え、ようやく反撃の体勢を整える事が出来た。


「きゃはっ! まだまだぁ〜!」


「このっ──」


 ──が、それも束の間。地上に置き去りにされたはずの少女が、一度の跳躍であっという間にフィソフに追いついてしまう。

 そして、またもや碧光りする双剣を構えると、凄まじい速さで剣撃の嵐を巻き起こす。


 それと、どうやら彼女も飛行道具を背中に装着しているらしく、手にしている光線で彩られた双剣同様、碧色の光子を吹き出す妖精の羽の様なそれは、小柄な体躯の復讐者を妖しく魅せるのだった。


「あいつと喧嘩でもしたのか? だとしても、何で俺らに火の粉が飛ぶんだ──よ!」


「ケンカ? ──違うね。裏切られたんだ! 私はっ!」


 ようやく体制を整えたフィソフが、やっとの事で訴えた悲痛な叫びに少女は微妙に論旨がずれた返答をする。その間も、絶え間なく衝撃音が鳴り響き、一片の隙もない連撃の応酬が続く。上下左右、前後、斜めと、巻き起こる風と眼前の殺戮風と共に、沈みゆく夕日に照らされながら命懸けのワルツを踊る。


 スタルチスも出来るだけ、フィソフの肉体が強大なGに晒されないようにと気を遣いつつ、少女の速度域に遅れを取らないようにしていた。彼に「《聖力》を使って戦況を優位にしろ」という指示も出せたが、そうしないのも、同じく背中越しに繋がっているパートナーの体を気遣っている証拠だ。


「裏切られた? ……埒があかねぇ! 何があったか全部話しやがれ!」


「お兄さんに話す義務なんかないよ! このまま大人しく八つ裂きにされて死──」


 スタルチスがフィソフの身体を考慮して速度を調整しつつも、少女は容易くそれを上回る。──が、次の瞬間、千載一遇の機会でそれを交わす機会が訪れる。

 時間差で吹いた風が黒いローブをなびかせ、その下にあるある程度の膨らみのラインとくびれを強調するかのように張り付いた黒い戦闘服、続いて黒色は一旦、腹部で途切れ、太腿を少ししか隠していない同色のホットパンツは、戦闘においての機動性を確保するには十分な短さといえる。

 と、相手の特徴がようやく今になって認識でき、またその事実が、彼女の圧倒的な加速性を物語っていた。


『イェロちゃん!』


 突如響き渡ったエイリスの声。そして恐らく名前を呼ばれたであろう、眼前の少女の流麗なる高速劇は一旦の停止を迎える。


「よし、スタルチス!」


『分かってるさ!』 


 この機を逃すまいと、フィソフ達も各々で戦況を立て直す準備を図る。


 フィソフは聖力で、彼女と同じ速度域を保てるように自分とスタルチスの速度を、目の前で訝しげな表情を浮かべて止まっている少女──イェローズの速度を模倣できるものとして書き換え、同時にいかなるGにも耐えられるよう身体強化を図る。

 スタルチスは、イェローズから出来る限り距離を置こうと邸宅の方へフィソフの位置を移動。その間にも、エイリスとイェローズの会話は始まっていた。


『さっきも聞いたけど……なんで貴女はここに居るの?』


「さっきも言ったけど、契約したんだよ……セベリアと。そして、それにはエリ姉も関わってるって」


「────!」


『セベリアと、いったい何を契約したっていうの?』


 ここで予想外の名前が浮上したことに驚くフィソフ。しかも、その人間は人の身でありながらも全知全能の力を持ち、この大陸の統治者である。果たして、そんな者と交わした契約というものは何なのだろうか。


「エリ姉は知ってる? 三日前に突然起こった《機会都市》での騒乱……《無法都市》に都市の一部を譲渡して、名前と階級を変更することが原因で起こった紛争のことを!」


「譲渡──? それも三日前って……スタルチス、エイリス、どういうことだ?」


『済まない、それは僕にも分からない。恐らく知ってるのは──』


 スタルチスでさえも知らないエイリスとイェローズの確執。彼もその詳細を知りたいと、エイリスに事態の説明を促す。

 当の本人は今モニター越しにて、受けた傷を回復しながらもしっかりとイェローズの方を見つめている。そして、その固く閉じた口から語られるのは──、


『セベリアから全部聞いたのね……《創造の三日間》での出来事について──』


「そうだよ。そして、その三日前、あの女を目撃してからエリ姉は、私の故郷で起こり始めた紛争の原因を作るどころか、無法都市への大虐殺を促して、新しい奴と──あの男の恋人になる始末!!」


 もう少し簡潔にまとめて欲しいものだ。次から次へと新事実だの新聖力だの、マシンガンのように登場してきて、当然フィソフにはそれらを優れたAIみたく簡略化したりメモしたり出来る技量は無い。

 しかし、耳を疑う様な単語が次々と聞こえてきたのを彼は逃してはいなかった。


『《創造の三日間》とあの女──これは亜人格である《魔女》のことだな。では、紛争と虐殺──これは亜人格が無理矢理、無法都市を創り出したことによって起こってしまった産物。あの男──これは君だよフィソフ』


「おう、なるほどな! ──ってすぐ分かるわけねぇことぐらいお前も知ってるよな!? あと俺はエイリスの恋人ではありません!」


 例に挙げたAIによる内容の簡略化というのは、背後に引っ付いている万能AI様が既に実行なさっていた。しかし、もっとこう──馬鹿にも分かるように順を追って説明して欲しいものだ。



 某の三日間──初耳だ。


 エイリスの亜人格? 《魔女》? ──初耳だ。


 《無法都市》を創造──これに関して本気で訳が分からない。


「とりあえず、ゆっくり解説始めてく──れ!?」


 とまあ、そんな時間は目の前で殺気を迸らせている少女が与えてくれない訳で──。


「とりあえずお兄さんは死んで! 今、ここで!」


「そんなにすぐ勘違いで人を殺しちゃ駄目って、母ちゃんに習わなかったのか!?」


「お母さんは小さい頃から居なかった──よ!」


 安定の高速戦。しかも心做しか、先程よりももう一段速くなっているイェローズに、またもや防戦一方の形にされてしまう。声を荒らげて互いの主張を言い争い、口を動かしながらも手を動かすのを止めない。フィソフもこの一日で随分、そういった状況に慣れたものだ。

 先の空中音速ワルツとは打って変わって、今度は地上での疾風ステップ。書き換え直後のフィソフは、主導権を握っていたイェローズに負けず劣らずの踊りを魅せる。


 そして、舞台は殺風景な邸宅前から豪華な屋敷へと切り替わり──、


「大体、あんたなんかのどこにエリ姉が惚れるの!」


「だぁかぁらぁっ! 俺はあいつの男じゃねぇって言ってんだろっ!」


「だったら! 何で一緒にいるの!」


「それには色々訳があんだよ!」


 だだっ広いエントランスも、彼らにとってはコロシアムのフィールドでしかない。しかし、見かけ上では正面切ってのぶつかり合いとしか見えないが、その理由と投げ合う会話はそれに似つかわしくない話題の応酬。

 階段や手すり、ドアの向こうの広い廊下。ありとあらゆる場所を駆使して、目まぐるしく戦闘は続く。


『エイリスと君は意外とお似合いだと思うが──』


「おめぇは黙ってろ!」


「ほら! 認められてるじゃん!」


 スタルチスの余計な一言に叱咤するも、その冗談を間に受けてしまうイェローズ。なるほど、修羅場というのはこのようにして形成されるのだろう。

 攻防においての立場が転々とする中、フィソフは状況の整理を図るべく、再度イェローズに疑問を投げかける。要は、先程スタルチスがまとめていた情報内容の答え合わせだ。


「まず、お前が言ってたあの女ってのはエイリスの亜人格? で合ってんのか?」


「髪と目と服の色が変わってたけど、完全にエリ姉だった! セベリアもそう言ってたしね」


「なるほど、次……三日間で《無法都市》を創った──ってこれって、ぜってぇ嘘だろ!」


「それもホント! セベリアが──言ってた!」


 まるで事情聴取の様に質疑応答を繰り返しながら、刃を交える二人。そして、契約したことについてもそうだが、この言い草だとまるで、彼女がエイリスよりセベリアの方に信頼を置いているように思える。

 エイリスの話から、てっきりイェローズはエイリスと仲が良い方で、彼女もエイリスを「エリ姉」と慕っているので、いくら神王といっても、簡単に他人からの意見を信じ込んで姉のように慕っているエイリスを恨むまでには至らないとは思うが──、


 いや、もしかすると全知全能という力の中には、そのように他者を簡単に誘導出来てしまう力も備わっているのかもしれない。

 そのようにフィソフが質問や推理を張り巡らしていると、スタルチスが後方へ大きく加速。直後、彼の折りたたみ可能な銃器をフィソフの両肩あたりから覗かせ、放たれる無数の弾丸で後ろ向きで後方へ加速しながらもイェローズを中距離で迎え撃てる体勢を作っていた。


 もっとも、そんな変則的な攻撃さえも、彼女はことごとく交わしてしまうのだが。


「セベリア色々知り過ぎだろ……けど、デマってことはねぇだろうし……」


『エイリス、僕からも聞きたい。亜人格の存在は知っていた──だが、彼女と君の間に起こった出来事、それと君の亜人格が無法都市を創造したという事実については知らされていなかった』


『フィソフもスタルチスも、本当にごめんなさい。私がもっと早く伝えていれば、こんなことにはならなかった……でもね、伝えれなかったことも事実なの』


「エリ姉……」


 と、イェローズがエイリスの謝罪と訴えに眉尻を下げて反応するも、飄々とスタルチスの銃撃を回避しながら進軍を続けている。尚、フィソフは無意識に奥に見える温室を避けるべく、脇に見えた階段を登り、二階へと駆け上っていった。


『イェロちゃんがセベリアに聞いた通り、あの日貴女が見たのはもう一人の私よ。そして、《無法都市》を創造したのも、彼女よ』


「二重人格か。もう何でもありだな……で、伝えれなかったってのは?」


『簡単に言うと、脅されてたの……彼女は、私の何倍もの力を持っているから。復活してその気になればこんな大陸、一瞬で沈めることも可能だって』


 話の流れ的に、恐らくエイリスの亜人格はイェローズの目の前でエイリスと入れ替わり、その直後にどういう訳かイェローズの故郷を巻き込んで、《無法都市》の創造を行ったというところだろう。そして亜人格の脅迫。話は見えてきた。

 というより、それ以前に亜人格や《魔女》と言われるその邪な存在──強過ぎる。いや、それどころでは無い。僅か三日の内に都市を創り出したり、威力がエイリスより遥かに勝り、挙句の果てに大陸を陥落させられるとのこと。下手すれば、《神王》と同等かそれ以上では──という投げやりな発想に至る。話だけなので何とも言えないが。


 階段を登りながら話を整理し、熟考していたフィソフは、同じく背後に現れたイェローズに自分の仮説を言い聞かせる。


「つまり、お前に被害を与えながらも都市を創っちまったのはエイリスのもう一人の奴だ! 多分、セベリアは肝心なことを喋ってなかったらしいな」


「じゃあ、エリ姉が紛争とか騒動の原因じゃないってこと?」


「恐らくな! てか、ぜってぇそうだ!」


「だとしても──!」


「──目ぇ覚ませよ!」


 これがもし《神王》によって誘導された恨みなら、もし重なった入れ違いや悲劇がイェローズを支配しているのなら。尚更エイリスは恨まれるようなことはしていないと、イェローズに教えなくてはならない。だから目を覚ますために――、

 

 ――彼女を蝕んでいるまやかしを書き換えた。


 だって、あの白い少女はどことなくお人好しだから。強大な力を持つにも関わらず、それを人の為に使い、人を助け優しい嘘をつく。イェローズにだって、勘違い半分で──加えて《神王》によるまやかしによって恨みを買われ、実際に攻撃されたにも関わらず、反発を覚えるどころか自分から許しを乞いにいっているのだから。


「そう……か。エリ姉は……脅されてただけなんだ」


『でも反撃しなかったのも事実よ。だから恨まれてもそれは私の自業自得。イェロちゃんは何も悪くない』


「待てよ、それじゃお前は──」


 報われない。


 邪な存在に、互いの親愛を壊されてもそれは自分の責任だと。理不尽な物事に対する怒りは、フィソフが今日身を以て味わったことだ。だから、少しは分かったつもりでいた。しかし、この《神女》はそれをしようともしないどころか、自分が悪いと責めだしたのだ。

 二階に到着し、暫くはイェローズの追撃が続くも、彼女は徐々に速度を落とし、遂には足を止めてその場に立ち尽くす。そしてフィソフも黙って足を止め、彼女を見据える。


「ごめん……エリ姉……私が悪かったの……ホントに……ごめんなさい──」


 姉のように慕っていたエイリスを傷付けてしまった罪悪感。


 彼女の口から明かされた真実──、



 言いようもない感情の渦が、数多の悲痛の波が、泣き崩れた少女を飲み込むのだった。






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