一章 十二話『決着』

「あの時──エリ姉を傷付けた……」


『もう、大丈夫よ』


「エリ姉を誤解して、酷いことを言った──!」


『それなら私も悪いわ。イェロちゃんにちゃんと伝えていればよかったの』


「エリ姉……」


 少女はしばらくの間、懺悔の涙を流していた。


 いくつかの勘違いや未聞の情報、様々な感情が交錯して起こった悲劇。エイリスが真相を暴露したことによって、悲しいすれ違い騒動にはひと段落着いたと思えた。

 啜り泣くように、ただひたすらと慈愛の眼差しを向ける優しき神女を見つめて。


『ほら、私の顔、貴女を憎んでいるように見える?』


「ぐすっ──ぜんぜん……見えないよ。いつものエリ姉だ……」


 フィソフの背後──スタルチスの青く光る双眸からスクリーンが構成され、やがてそこに映し出されているエイリスが立体映像となって、イェローズの目の前に具象化して現れる。

 エイリスの微かに涙を浮かべた優しさに満ち溢れた笑顔を見て、イェローズも鼻を啜り、こちらも精一杯の笑顔を見せて返す。

 まるで、姉妹喧嘩の仲直りしている場面を見守っている親の様な眼差しで、フィソフとスタルチスは静観していた。




* * * *




 姉妹は互いの複雑に絡まった糸を解き、今までの様に仲睦まじく話していた。

 ──直後だ。フィソフの脳裏に過ぎった、先程、今のようにスタルチスのモニター越しに会話を交わしたワンシーン。


 あの時、エイリスはグレジオラスの復旧作業を行うと言っていた。しかし、彼女は今こうしてイェローズと和解して会話に浸っている。まさか、もう直したのか。だとすれば、その速さは異常なんてものではないが──、


「……でも、やっぱりエリ姉は渡したくない」


 ──その時、エイリスと話していたイェローズの声のトーンが微かに落ちる。そして、目線をエイリスからフィソフの方へ向け、彼より早く口を開く。


「タイムアクセル──」


 彼女が何やら詠唱し、右手の手のひらをフィソフへ向けた時には既に、異変は起きていた。実際には彼自身にではなく、その右横に飾られてある赤い花。


『────!』


「スタ──うぉあ!?」


 緑色の光が、右目の片隅で輝いたと思った途端にスタルチスの背中カックン。正確には海老反りだが、文字通りカックン! といきそうだったので勘弁して欲しいものだ。ともあれ、彼が何かを察して急に動き出すことはもう珍しくは思わない。即ち──、


「んだよ……あれ──」


『《ハンティング・フラワー》。人喰い花の中でも随一の捕食性を誇る害悪生物だね』


 スタルチスの冷静な解説が右から左へ受け流される程の衝撃は受けていた。


 先程まで、ただ部屋の扉の横に何となく置いてあった花瓶と、そこに挿してあった花。それが、今目の前では異形の姿へと変貌を遂げているのだ。全体的に巨大化し、中心の本来花序があるべき位置には、代わりに唾液で鋭い歯を光らせている巨大な「口」が存在していた。


「この手の花は、一定の成長期を終えるとすぐに人喰い期に入って成長するんだよ。私が聖力をその花に使った瞬間に、そいつは急成長して人喰いになった……もう、わかるよね?」


「ああ……お前が俺にどれだけ手加減していたかってのがよく分かったわ。その気になれば、色んな物の時間早めて何かしら出来たはずだもんな」


 イェローズは、ハンティング・フラワーの時間を「加速」させた。彼女の《聖力》の内容は、今までの戦い方からして自分の速度を上げに上げて優位に立つスタイル──そう、勝手に思い込んでいた。だが、どうやらそれはただ彼女にそう思い込むように誘導されただけで、しかも力は単純に、速さ以外にも作用出来る様だ。つまりは、時間。


 《スキップアウト》──「置き去り」とはまさにこれが所以か。


『フィソフ、今はとりあえずあの花を始末しよう』


「わかってら。……おらよっ」


 イェローズの聖力の新の効能が分かったところで、ひとまずは気味の悪い人喰い花を斬撃で撃退。イェローズの方を見ると、今度は真剣な眼差しでフィソフを捉えていた。


『イェロちゃん!? フィソフとはもう、仲直りした筈じゃ──』


「仲直り──っていうか、元から喧嘩はしてないけど……。やっぱり、エリ姉の特別は私でいたいの! だから、決着をつけようよ。フィソフ」


「いきなり呼び捨てかよ! まあ、いいや。こっちも、あんまり時間ねぇから丁度良かったわ。上等だ、受けて立つぜイェローズ」


 互いの名前を呼び合い、最終的な趣旨を伝えて挑んできたイェローズに対して、フィソフはそれを快諾。エイリスは依然、立体映像のまま、その行先を見守る姿勢だ。


『フィソフ、忘れては無いと思うが君の《聖力》はあと一回使えるか使えないかだ。加えて、彼女の残弾数は未知。明らかに君の方が分が悪いが……』


「その点については心配ご無用だよ。キリが無いから、お互いが聖力を使う回数を、一度のみにしようと思う」


「なるほど、正々堂々の正面対決ってわけか」


 スタルチスがフィソフの残弾数を気にかけるも、その点についてはイェローズも考慮していた。


「あと、これ付けといてね」


「! おっと……なんだこれ、チョーカー?」


「そうだよ。そん中に石が組み込まれてるでしょ? 戦いの勝敗は、その石をいち早く壊した者が勝ちとするよ」


 イェローズから投げ渡されたチョーカーには、茶色がかった宝石が入っており、首に着けると丁度真正面にくる位置だ。

 こうして、至ってシンプルなルールに基づいて、本日二度目となるイェローズとの戦いが始まろうとしていた。


「エリ姉、スタートの合図をお願い」


『本当にやるの? さっきまでのやり取りで一件落着かと思ってたんだけど……』


「そいつの意見を汲み取ってやれよ。めちゃくちゃ大好きな姉に対して、自分が一番の妹で居たいなんて可愛いじゃねぇか」


「め……めちゃくちゃ大好きなんて、言ってない! 捏造すんな、ボケアロハ!」


「ボケアロハ!? 俺はまだピッチピチのイケアロハだ!」


 フィソフの揶揄い表現に対して、イェローズはその小動物の様な可愛らしい顔を精一杯に紅く染めて憤慨。出てきた予想外の返しに今度はフィソフが心外だと言わんばかりに叫ぶ。それを見ているエイリスとスタルチス──彼については表情は読み取れないものの、二人揃って彼らのやり取りを微笑ましく見ているようだった。



 ──やがて、二人は事を終えると一定の距離をとったまま、各々が持つ双剣を構える。その様子を見て察したエイリスが右手を上げてスタート直前の構えを取る。


『神女エイリスの名の元に……戦神のご加護があらんことを』


 掛け声第一声が発せられると共に、今──、


『──始め!』


 二人の《聖力者》の二度目の戦いが始まった。


「きゃはっ!」

「おらぁっ!」


 元から《聖力》で自身の速度を向上してあるイェローズと、それを模倣してあるフィソフの衝突は、瞬く間に、衝撃波と鳴り響く金属音が起こったことによって、別次元の高速世界にあるということを証明していた。


 一瞬一瞬がスローモーションの様に見えるかのように。距離を詰め、剣を振るい、重ね合わせる。


「さっきより力、落ちてなぁい?」


「おめぇこそ、愛しのエリ姉に見られて力み過ぎてねぇか〜?」


「うるさい! もうその手には乗んない!」


「顔赤ぇじゃんか!」


 刃を合わせ、拮抗した刹那にしょうもない押し問答。直後、イェローズはわざと力を抜き、体重がかかっていたフィソフを前のめりにさせてから、自身は後方へ引き、一気に彼の首へと狙いを定める。


「終わり──」


「ッ──!」


 自由の効かない体勢、眼前には剣先、じわじわと首元へ迫り──、


「な──めんなッ!」


 瞬間、後ろへ置かれていた左足に力を込めたフィソフは、模倣してあったイェローズの聖力を応用し、真横、右へと加速。その勢いで木製の扉が破れ、フィソフは部屋の中へと身を投げ出した。


「やるねぇ〜」


 標的が突如左へフェードアウトしたことは、彼女にとって予想外だったであろう。素直な賞賛の言葉を、どこか余裕を込めながらフィソフに放つ。そして、彼が消えた部屋の方へと足を向け──、


「────ッ!」

「しゃらぁっ!」


 これまた予想外。先入観で、彼は部屋の中のどこかで構えている、又は襲って来るだろうとばかり予想していたが──、


 頭上──実際には、扉のすぐ真上から奇襲を仕掛けてきていた。恐らく、スタルチスの両手を天井に刺したか固定したのだろう。重力に逆らって、コウモリの様に現れ、両手の剣を振った彼に今度はイェローズが不意を付かれる形になった。


「くっ──はぁぁっ!」


 短い動揺が起こるも、双剣をバツの字にして咄嗟の変則攻撃にも対応。そのまま足に全力を込めて、フィソフを室内へ押し込む。


「まだまだぁっ!」


 天井で踏ん張って、接着していたスタルチスを無理矢理動かす形になったので、見た目を重視した木面には鋭利な爪痕が残り、彼は尚もこの一瞬でケリを付けようと、機体のありとあらゆる場所から展開した銃器でビームの雨を降らす。


「傘持ってないんだから! 手加減──してよ!」


「そう言ってる割には全部避けてるじゃねぇか!」


 当然と言うべきか。

 至近距離の範囲限定型粒子豪雨は、所々掠り傷を与えるも、殆どイェローズの高速かつ流麗なるアクロバットな動作によって回避されてしまった。そして、弧を描くようにビームを避けながら壁際、やがて壁をも圧倒的な速さで走り、天井付近になったところで再度ロケットジャンプで加速。あっという間にフィソフを仕留めに来ていた。


「スタルチス!」


『息をつく間もなかったよ』


 お前は呼吸しないだろ──という突っ込みは後回し。フィソフの合図と共に、スタルチスは白い煙幕を張り、煙が充満してイェローズの視界もシャットアウトされる。それでも、僅かな希望に縋って回転しながら斬撃を振るう。

 バリィンッ! と破壊音が聞こえた時には既に空虚を切り裂いた後だった。つまりは、目くらましの直後に勢いよく窓ガラスに突進して、身体ごと外へ投げ出したのだ。


「全く……チャレンジャーなんだから〜」


 半ば呆れたように感心するも、紫紺の双眸は獲物を見据えたまま、床を蹴ってフィソフに続く。そして、眼下にはこちらを向きながら仰向けで降下しながら飛行している、赤いシルエットが目に入った。


「相変わらず速いんだよ、おめぇは」


「きゃはっ! と・う・ぜ──ん!」


 こちらも、先程のイェローズのフィソフに対しての感想と全く同じものを彼女に向け、スタルチスが今度こそ仕留めるという気が満々の体勢で、急直下して来る小動物へ全銃器を向けて発射──さしずめ、今度はビームの噴水を放つ。

 しかし、先程の雨同様にこれも綺麗に躱されてしまう。それどころか──、


「ちょっ! おま!」


「ねぇ、フィソフ〜下って海だよね?」


 背中に装着してある《ピクシーフェザー》で自身をさらに加速させ、フィソフの首に右腕を絡ませると、耳元でそう囁いた。


「確かにそうだな。まさか、このまま二人でダイブする気か? それだけは勘弁だぞ。それに──」


「それに?」


「この距離なら、お前をスタルチスのビームで怯ませることだって──」


 可能だ。そう言い切れなかったのは、違和感に気付いてしまったから。何故スタルチスがいつの間にか銃撃を止め、話さず、エンジン核となるヘヴンズフォトンを放出せず、光を灯していないのか。

 スタルチスは完全に停止していた。そして、それはよく見るとイェローズのピクシーフェザーも同様だった。


「もーらい!」


 彼女が満面な笑みでそう言った直後、微かな衝撃音が鼓膜を揺らした。



 ──そして、割れた宝石の破片が散っていくのだった。












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