一章 六話『シンザシス』

 《システム・シンザシス》によって溶解し、合成したスラータの集合体。


 やがて一つの個体となって生まれ変わったそれは、フィソフの十人分でも足りるか足りないかという程の大きさを誇る。所謂巨大化というものだ。

 機能への影響の有無は分かりかねるが、少なくとも見た目は変化無し。元々のスラータがそっくりそのまま巨大化した様な具合だ。


 故に──、


「変わんねぇなら……同じだ──ろ!」


『様子見だね』


 体躯が巨大化しその見た目に変化点が見られないのなら、強化された部分はまず、パワーだろう。そう直感したフィソフは、近接での競り合いを避けてバズーカを構え、同じ考えをしていていたであろうスタルチスと共に各々が持つ銃器で遠距離攻撃を図る。

 音を立てて一直線に、桃色と黄色のビームのオンパレードがボディに吸い込まれていく。しかし、


「チッ、打ち消しやがった」


 早速、強化された機能を拝見することとなった。大胆なことに、人間で例えると腹部の中心にあたる部分からその巨躯相応の大砲を覗かせ、そこからビームを放ってフィソフとスタルチスの砲撃を相殺したのだ。


『つまり、機能も大幅に進化したということだろう』


「まあ確かに、ただ力強くなりましたじゃあ拍子抜けもいいとこ──だぁっ!?」


 油断大敵。その程度、スラータ軍団を駆逐していた時には既に自然と心がけていたものだ。否、大抵の人間はこのような危機的状況やイレギュラーな事態に陥っている際に、どんなに些細なことにも注意を払うことは当然であり、フィソフもスタルチスも、エイリスでさえそれを実行していた。フィソフは同時に、次はどんな一手を打つか、攻防直後の僅かの停滞した時間で考えていた。──そこが仇となっていた。


『一歩遅ければ、今頃僕と君はあのビームの中で二人仲良く三途の川へダイブしてたね』


「そんなの嫌だし、微妙に上手くない例えするんじゃねぇ。それより、いくならなんでも今のは──」


 スタルチスの突然の加速や飛翔は、この短時間で何度か経験していた。だから、別にこれといって驚いた訳ではない。確かに、心臓には悪いが、それよりもっと幸先を悪くしそうな現状が今だ。



 ──速すぎる。


 それが、たった今巨大スラータから放たれた二発目のビームに対しての感想だ。スタルチスが咄嗟の判断で急上昇しなければ、彼の言う通り、あの熱粒子の中で仲良く塵に大変身していたところだったのだ。だが、フィソフとスタルチスの本体が免れたとしても、その分身は──、


「おいおい……あの数、一撃で全部落とすかよ……」


『予備動作も速ければ威力や性能も桁違い……厄介な進化を遂げた様だ』


 時間差で一斉射撃を試みようとしていたスタルチスのコピー軍団は、巨大スラータの機体の至る部分から放たれた小型ミサイルらにより、一気に撃墜してしまった。


「まんまと詐欺られたな。誰だよ機能は変わりないって言ったの」


『フィソフ、ルッチー、大丈夫!?』


「ルッチー殿のおかげで間一髪命拾い! ホントに頭あがらねぇぜ」


 そして、フィソフ達を襲った、瞬時に放たれていたビームは、そのまま数キロ先の高い建物まで軌道を一切逸らさずに激突。その機能の強大さに圧倒されつつも、焦った様子のエイリスに軽口で対応。そうでもしてすぐに気分を切り替えなければ、このまま後手に回って圧倒されるだけで終わって──、


「──ッ!」


 身体中に衝撃が走る。いや、正確にはその衝撃を受けているのは、咄嗟にスタルチスが展開させた青色のバリアだ。巨大スラータと似たような原理で発動したのだろう。


『軌道上から離脱する!』


 スタルチスの掛け声と同時に目前で唸りを上げているビームから、軌道をずらすべく再度加速して左へ飛ぶ。しかし──、


「うおっ!? こいつ、ついてくる!」


 不意を突き、しかも捉えずらいであろう真左への回避にも関わらず、尚ビームはフィソフ達を捉え続けて追撃している。そして、この現状を見て、スタルチスが嘆息と共に分析を開始した。


『なるほど。センサーで対象を高速感知、同時にビームを瞬間的に形成して、対象が気付いた時には既にビームに飲まれている状況になるということか』


「それ相当やばくね? お前の人間離れした反射神経をもってもギリなんだろ? 今もこうしてビーム追ってくるし!」


『手はいくつかある。まずはその一つ目だ』


 ビームと絶賛鬼ごっこ中に、スタルチスは新たな手を考え付いた模様。それを瞬時にエイリスに伝えるべく、指示を出す。悟られないように、グレジオラスに直接意思疎通を図る。


『なるほどね。おっけーだわ!』


 エイリスの返答。直後、グレジオラスは巨大スラータの背後を取るかのようにそこへ移動し、スタルチスも丁度敵を挟み撃ちに出来る位置に自分とフィソフを持ってくる。

 戦況は整った。最終準備として、フィソフの持つバズーカを、彼に反射機能を持つ盾に書き換えるように指示を出し、白い光と共に盾──何故か西洋の戦で使われてそうなデザインだが──がバズーカと入れ替わる。


「────ッ!」


『耐えろ、フィソフ!』


 盾の出現共にスタルチスはバリアを消して、その代わりに肩や背中など、幾つもの部位から銃器を出現させてビームを放つ。向こうはビームを放つ時にフィールドを展開出来ない。ビームは盾で方向を逆転換し、そっくりそのまま砲撃主へ帰っていく。スタルチスもその速度と同程度のビームを放っており、背後ではグレジオラスの大砲機から放たれる雷撃とミサイルの不意打ち。


 ──双方からの同時攻撃が巨大スラータを襲う。


『これでチェックメイ──と……』


「なっ──!?」


『エイリス!』


 結果は見事に覆り、その回避方法は至極単純な、下方向への急加速によるものだった。当然、対象を失った双方のビームはそのまま互いが衝突し、相殺する形となる。直後、巨大スラータは感知していたのか、ぐるりと後ろに向き、そのままグレジオラスに襲いかかる。


『何でこっち来んのよ!』


 半ばやけくそにエイリスが声を荒らげる。しかし、当の巨大スラータは構わずに、彼にとっては不快に感じるのか、少し離れた位置に鎮座している航空戦艦を痛い目に合わそうと企んでいるかのように、元のスラータが所持していた光線剣の巨大化したものを構えて、その巨躯からは想像出来ない程の速度で接近し、剣を掲げて──、


『いやぁッ!』


「エイリス!!」


 大振りの斬撃が繰り出され、直撃する。


『何──だッ?』


 ──筈だった事実が書き換えられた。


『流石フィソフ。やれば出来るじゃないか』


「何でお前は上からなんだよ」


 振り下ろされ、直撃する筈だった剣先は戦艦には行かずに、主の意図に刃向かってそのまま巨大スラータ自身の装甲を貫いていた。


『フィソップナイス!』

「フィソップ言うな!」


 フィソフのお陰で間一髪で攻撃を防いだエイリスが、フィソフのあだ名を勝手に作ってサムアップ。というか、仮にフィソフが《リライト》を使わなくとも、エイリスならあのような見え見えの斬撃、余裕で躱せたと思うが――というフィソフの推測を他所に、今度はエイリスが巨大スラータに対して反撃を開始する。


『喰らいなさい!』


 熱意のこもった叫びと共に繰り出されたのは、直近で浴びせられる高濃度のビーム。ボディを突貫された影響からか、先程展開していたフィールドバリアは姿を見せず、モロに砲撃を喰らっている。それどころか──、


「腹が──消えてってる?」


 これだけ聞けば意味が分からないが、事実、巨大スラータがビームを受け、剣が突き刺さっている装甲の中心部分が、徐々に音を立てて欠けていくのだ。


『あんな効果はグレジオラスの機能には存在していなかったが……まさか、追加したのか?』


「追加──ってまさか、この短時間で!?」


『エイリスならやりかねない』


 確かに、かの有名な神女エイリスなら、短時間でシステムに新機能を追加するなど容易だと──、


「思わねぇな!? 神秘的な全能とはなんかかけ離れてるし!」


『今の時代、《神女》ともなればこういう機械の操作にも精通しているのだよ!』


「なんだその最近の若者は的な発言……」


 スタルチスの無理な理屈と、エイリスのハイテクなPRに溜息。もっとも、本当にその通りなので賞賛の言葉しか出てこないが。ともあれ、フィールドバリアと前面のビーム砲を封じたのは収穫。あとは一気に畳み掛けるだけだ。


『エイリスはそのまま、僕達は背後からトドメを刺す』

「おうよ!」


 スタルチスの掛け声と共に加速、それも先程のように捕えずらい方向ばかりに目一杯の飛行を繰り返し、しかし、背面の銃器に関しては破壊に巻き込まれておらず、未だ勤勉に彼らを捉えている。どれだけスタルチスが複雑且つ高速な動きをしても、どれだけフィソフが反射効能のある盾を構えていようとも、必中させ、その対策を練って実行するだけの余力はまだ残っているらしい。


『ッ! 手数が足りない!』


「クソ、これも意味無いか……?」


 フィソフが構えている盾にビームを当てると反射するので、それを避けて囲むように、且つスタルチスの銃器の数と同じ数のものを撃ち込む。そうすることで、お互いがお互いの攻撃を打ち消し合うだけの均衡が保たれてしまっている。だからと言って、フィソフが盾を他の何かに変えてしまっては、今度こそその隙を突かれてしまうだろう。


『ぎぎぎぎぃぃ──己……人間共がぁぁ』


『その人間共に今、完全に追い詰められてんのよ? ねぇ、今どんな気持ち?』


「完全に悪役のそれだな」


『ははっ、彼女らしいじゃないか』


「まじかよ」


 エイリスが追加した消える効能によって苦しむ巨大スラータに、まるで物語でよく居る、主人公を嘲笑する強敵のセリフを彼女が吐く。そして、スタルチスによればこういった面も「らしい」部分に入るのだとか。何にせよ、本当に力があるのだからゾッとする。しかし、相手がこうやって調子に乗っている時、殆どの確率で主人公は意外性を発揮するものだ。そのような展開にならぬように、早急に手を打たなければならない。


『やはり厄介だな。奴の持つ高速探知は』


「……高速探知……いや、そうじゃない。初めから対策は打ててた筈なんだ」


『どうしたフィソフ。何か思い付いた──』

「あああああ!!」

『──ん?』


「いや、俺達は馬鹿だなと思って」


 高速の飛行と撃ち合いの中、突然降ってきた閃き。フィソフは根本的に自分達がとんでもない遠回りをしている事に気付き、エイリスではないが自分を嘲笑する。しかし、スタルチスは再びデジタルフェイスを出現させて、顔文字を怒らせる。


『心外だな。君は馬鹿かもしれないが僕は一応、万能AIだ。いいね?』


「いいね? じゃねぇ! んじゃお前、俺が今から言う事聞いても驚くんじゃねぇぞ!」


『ああとも。さあ、言ってごらん?』


「つまりなぁ──」


 何故か自分が万能だという事については並ならぬ拘りがあるらしく、流石のフィソフも面倒だと思ってしまった模様。論より証拠だが、まずはその論を展開すべくフィソフが思い付いた案を述べる。


「《リライト》でビーム撃てなくすればよくね?」


『────』


『確かにそうね……』

 簡単な事だった。高速探知によるノーモーションビームやフィールドバリア。殆ど隙が見当たらない攻守に対して打つ手を模索し、何とか懐に潜り込まんとしていたが、そもそも根本的に、厄介なあのビームを「撃てない」という事実に書き換えれば良かったのではないか。


「どうですかスタルチスさん」


『君は天才か?』


「うるせえええっ!」


 灯台下暗しだと言わんばかりに初歩的で最初に気付いておくべきだった点。その事に今更気付いて褒められても全く嬉しくない。それどころか本気で恥ずかしい。


『でも、ビーム撃てないってことにしても、違う手で攻撃してくるかもしれないわよ?』


「違う手か……」


『いや、だったら勘違いさせてしまえばいい』


『勘違い?』「勘違い?」


『ああ。フィソフ、今から言う通りに奴に《リライト》を使ってくれ』


 エイリスの疑問にスタルチスが得意げに答える。今さっき、フィソフと同じく顔文字を赤面させていたのになんという切り替えの早さだ。ともあれ、作戦を閃いたスタルチスに指示に従って、今も尚、執拗に背中から砲撃していている巨大スラータを見据える。


「よし」


 フィソフが短い声を発するや否や、白い光が発生して巨大スラータを飲み込む。



 そして──、


『わおっ』


「すげっ……」


『成功だね』



 見事にスタルチスの策は功を奏し、散々フィソフ達を苦しめてきたビームの砲撃が今、止んだのだった。







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