一章 七話『スラータ』

『──?』


 目の前で得体の知れないビームを浴びせてくれていた戦艦は、何を考えているのか、その砲撃を止めて退いた。

 好都合だ。時間は無く、追い詰められたこの状況で敵が減るのは好機。すぐさま反転して背面の銃器で、後ろ半分のバリアを展開させ、眼前で蝿のように飛び回る敵には手のひらからビームを放出し、浴びせにかかる。


 しかし、


『何故だ──?』


 ──攻撃が当たらない。


 さっきまではまともに受けていたのに、今は掠りもせずに赤い男はビームを次々と交わしながら自分へと近付いてくる。

 何かがおかしい。いや、有り得ない。


 この絶対的な究極攻撃を回避出来るなど──、


 スラータに搭載されている感知機能は、ある程度距離が離れていてもそれは働き、容易に、逃げ惑ったり隠れていたりしている人間なんかも捉える事が可能なのだ。そして、対象が次に何をするか、という予測も出来る。学習能力も非常に優れており、何より偉大なる主本人の思想のもとに作られていることを思うと誠に光栄な気分になる。

 偉大なる主──ロベリ・アザミールは、有り得るだろう全ての事態を予測した上で、最終段階であるシステム・シンザシス《プルーフ・オブ・ラブfeat.ロベリ》を組み込んでいた。

 個体一体一体が互い同士にそれぞれ、熱狂的なまでの求愛をし、各々が受け止めあってやがて一つとなる、まさしく愛の証明。ロベリは、こんなにも素晴らしく美しい考えを取り入れたのだ。そして、一つとなった魂は究極なまでの力を手に入れ、敵を圧倒した。


 なのに何故──、


『有り得……ない──』


 思わずそう呟く。

 当然だろう。偉大なる主が創り出したこの愛の結晶の力を前に、目の前の敵は屈していないのだ。それどころか、跳ね除けて目前にまで迫って来ているではないか。


「──お前の誤算は、俺の《リライト》の使い方を予測できなかったことだ」


 小賢しく飛び回りながら、接近しながら赤い男はそう放つ。

 人間の分際で上から物事を語り、猿のように小賢しい。ゴミの分際で──、


 ゴミ屑の分際で──。


『ふざっ──ける……なぁぁぁぁぁぁぁッ!!』

   

 赤い男がノーモーションビームを掻い潜って、再び目の前に現れた瞬間。巨大スラータは、まるで彼が卑下する人間と同じ様に感情に訴えて叫び出す。それに呼応して、機体中から大量のガスが噴射される。


「おわっ! ガスか!?」


 追い込まれて全てをなげうつ生き物の如く、発射された大量のガス。巨大スラータ自身、このような行為を意外に思っていた。

 言語を話し、人のような細かい動作が出来てもあくまでロボット。結局はプログラミングされたAIにしか過ぎない──そう思っていた。しかし今、巨大スラータは叫んだのだ。ふざけるな──と。その叫びと同時にガスは噴射した。無機質な殺戮兵器にも、僅かながらに人間性は存在したのだ。


『お前は──お前達ごときを、ロベリ様のもとに行かせるわけにはいかないのだ』


 青い煙幕が蔓延し、敵の姿が見えなくなる。と言うよりは死んだか──と巨大スラータは推測した。何せ、あのガスは吸えば長くても一分と経ったら、全身のあらゆる部位に毒が回り死に至るのだ。噴射時に、既にそのガスの中に紛れていった赤い男とAIには、当然避けることが出来ず──、


「その様子……まるで人間みてぇだな」


 だから、頭上の少し離れた位置で見下している奴は誰なのかと。人間如きに見下される事への怒りよりは、驚きの方が遥かに上回っていた。

 ──あの男は何なんだ。一体何をどうしたというのだ。この短時間で何を学んで何を閃いたというのだ。


『何が……したい……お前は! お前らは何がしたい!!』


「何が──ってそりゃあ、決まってんだろ」


 ──瞬間、巨大スラータの機体中が爆散していく。


『がぁっ!? なに……を──』


『ただ、あなたを攻撃しただけよ?』


 グレジオラスの大砲部分が火花を散らすと同時に、エイリスが煽る様にそう言った。

 しかし、重要な点はそこではない。先程バリアを展開させた筈だ。なに、どうして自分はモロに砲撃を喰らっているのだろうか。全てがおかしい。そして、その事実は即座に最悪の状態を連想させた。


 つまりは──、


「じゃあ、そろそろやるか。お前に痛みがねぇのが残念だけど……まぁ、お前が……お前らが虫けらのように殺してきた人達の分の苦しみは味わってもらうぜ」

 絶対に攻撃が避けれないことを意味していて──、


『ごぁっ!? あがっ! あががががががががががががががががががががががが──』


 ──死に直結することを意味していた。


 いつの間に手にしていたのか、赤い男が振り下ろした大剣は、そのまま彼と共に巨大スラータの頭上から徐々に彼を縦に切り開いていく。

 まるで人間の様に苦痛にもがく巨大スラータ。それも無理はない。何故ならその大剣にも、先程戦艦から受けたビーム同様、機体が欠けていく効能が付与されていたのだから。


「おらぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 叫びと共に、赤い男は剣の形をした痛苦のエレベーターを下へ下へと下ろしていく。大剣の物理的な斬撃に加え、効能が牙を剥く。


『な──ぜ! 何故何故なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜぜぜぜぜぜぜ──』


「俺も思ってたよ。何でお前らはあんな簡単に……人を殺していくんだよっ──てなあぁぁぁぁッ!」


 男がさらに力を入れると同時に加速し、力は徐々に増していく。


 ──こんな筈じゃない。


 完全無欠な力を手に入れた。最愛の主に最高の形で恩を返せると思っていた。人間など所詮、ただ日々をのうのうと暮らし、日々の怠惰を貪ることしか出来ない家畜とばかり思っていた。


 ──そう思っていた。そうとしか思えなかった。そうとしか考えることが出来ず、予測出来なかった。


『人間って言うのは恐ろしい生き物だろ? 今まで軟弱とばかり思っていたのに、いつの間にか学習し、知恵を絞ってこうやって立場が逆転してるのだから……』


 AIが苦笑──実際の表情は見えないが声の調子を見るに、本当に彼は人を尊敬し畏怖しているように伺える。だが、巨大スラータには理解出来ない。彼も言うならば同じAIなのだ。なのに何故、あのような小賢しい者達なんかに味方して──、


『あ……ぁ──』


 そう思って初めて自分の矛盾に気付いた。尊敬する者に味方に付いた。恩があって、愛をくれたから使役されることに喜びを感じた。


 ──同じなのだ。


 あのAIも赤い男と戦艦の女を尊敬し、恩があり、愛を貰ったから味方に付いた。そして自分達AIを創り出し、そう言った感情を与えた人間と言うのは──、


『ニ……ン……ゲンハ……ヨワクハナイ?』


 人間は愚かで醜くてその上残酷で、どうしようもない屑ばかりだとロベリに教わった。 だが、少なくとも自分達AIを創り出したのは彼ら人間であり、自分達以上に沢山の感情や知恵、生き方を持っているではないか。


「よくわかったじゃねぇか……」


 学習した。しかしもう、その新しい知識を愛しい主に披露して褒めてもらう機会は、もう訪れない。そんな悲しみと、また一つロベリに近付けた様な一抹の喜びに浸り、最後にあの、沢山の愛をくれた主の顔を思い浮かべて──、


『ロベリ……様──』


 光と共に消えていった。




* * * *




 縦に閃光が走る。

 機体は頭部から下半身へと真っ二つに斬られ、割れた。

 やられる最後の最後に罵詈雑言の嵐でも起こるのかと思ったが、驚くことに呆気なく破壊を受け入れた。《ロストエフェクト》により破壊直後の機体は、葉っぱが虫に食われていく様に欠けていく。


『終わったかな?』


「おう。それにしても、今回はスタルチスの案が火を吹いたな」


 スタルチスが閃いた案──それはずばり、フィソフの《リライト》を巨大スラータの意識系統に使用し、「機能を使用不可能にし、本人はそれを使った気になっている」事実に書き換えたものだった。つまり、本人はフィソフ達を撃ったり、展開していたバリアは全て具現化されていなかったのだ。

 まあ、その対象となった「機能」というのは、フィソフが「直接見て頭に思い浮かんだ内容」に限ったものだったので、最後に噴出されたガスには焦ったものだ。


「あとは案内してもらうだけか」


『案内? 倒しちゃったけどいいの?』


 最終的に人間の底力を目にして感服した殺戮兵器が爆散し、消えていくのをただ黙ってフィソフ達は見ていた。そして、彼はこの後にすることを答えたがそれにエイリスは引っかかった。          プログラムを書き換えて従わせるにしても、スラータは合成したまま崩壊していく。つまり、ロベリのもとに案内してくれる対象は居ない筈だが──。


「……あ」

『あ?』

「しまったぁぁぁぁぁぁっ!!」


 流石はフィソフ。

 強敵を倒し、涼しい顔でその最期を見届けた直後に、大きな誤算に気付く。その様子を見たエイリスとスタルチスも流石に溜息をつく。


『まあ、君が馬鹿なのは知っていたけどさ。涼しい顔して作戦続行しようとしてそれは──ふふっ』


「いやお前笑ったな!? なんか上から目線の奴に笑われると怒りが倍増するわ!」


 フィソフの失態に、スタルチスがその良い声で嘲笑して彼を煽り、フィソフもまたぎゃあぎゃあとスタルチスに反論し、エイリスと言えばその二人のやり取りを見て笑い出している。


『実を言うとそんなに焦る必要はないのよ? だって、あなたのリライトを使えばいいだけじゃない』


「──そうだった……」


『もう……しっかりしなさいよ』


 エイリスに指摘された通り、フィソフには《リライト》がある。つまり、それを使って、崩壊していく巨大スラータの一部を個体スラータに再生し、ロベリ・ザミールの住処が記された位置情報なんかをグレジオラスの機器に転送すればいい話。

 項垂れながらも、フィソフは手のひらを、未だに残っている巨大スラータの欠片部分に向け、直後に白い光が放たれ欠片は不完全ながらも元のスラータに戻る。

 どういう訳か、その復元されたスラータは最初からフィソフに従順でいた。もしかすると、先程彼がプログラムを書き換えて、手懐けることに成功したスラータが混ざっていたのかも知れない。


「よし、ロベリ・アザミールの家の位置情報を教えろ」


『────』


 フィソフの要求にスラータが無言返事で返す。言語機能あたりの回復が不完全なのだろう。やがてスラータは、青光りする双眸から光を発し、それが正方形の枠を作り、そして地図のようなものと赤い点が表示される。恐らく、その赤い点が記している場所がアザミール宅だ。


『スキャンするよ』


 そう言うとスタルチスも同じく、青光りする双眸から光を発して、スラータが表示している光のスクリーンに当てる。すると、機械音と共にそれらの情報は全てスタルチスの方へと吸い込まれた。これにて情報収集は完了。役目を果たしたからなのか、情報を提供し終えたスラータはそのまま音も立てずに消え去った。

 兎にも角にも、これであとはアザミール宅に乗り込めば──、


「乗り込んで、倒して……その後はどうすんだ?」


『簡単な事では無いけど……諸悪の根源は現神王にあるわ。それに私は反逆者で今は貴方も共犯関係……言いたいことは分かるわね?』


 今でも思い返すと腸が煮えくり返るどころか、憎悪や憤怒の感情に溺れてどうにかなってしまいそうな、あの惨劇の直後に力を授かってから──思えばその時から最低限の事についてしか話していない様な気がする。

 つまり、目の前の状況を打開するために戦うも、実際それは最終的に何に繋がるのかというところがまだ分かっていない状況なのだ。

 しかし、反逆者であるエイリスの立場や垣間見た記憶、そして現状から察するに──、


「打倒・《神王》様……だろ?」


 統括者と言うのは、《ヴェイジー》幹部から命を受け、その幹部もまた《神聖城塞》から、そして、そこで最高位に位置するのが《神王》。地頭があまり良いとは言えないフィソフでさえも思いついてしまう簡単な極論。──それが《神王》の討伐だ。


『簡単に言えばそうね。──でも、彼は……分かっているだろうけど普通じゃないわ。単純に超絶強いとか、頭脳が歴代神王トップどころの話じゃない』


「そこまで考え──まあ、そんぐらいハードル高く考えた方がいいか」


 インカム越しでも感じ取れる程の気迫。それが十分に、《神王》の恐ろしさというものを証明していた。


『《神王》──セベリア・フェル・ヘヴン。彼について簡潔に述べれば、全知全能で合理的。要するに、死ぬ程以上に強くて、世界を安定させるのが上手いってことだよ』


「死ぬ程以上ってどんなだよ。てか、明らかに俺を馬鹿にした説明だな」


 とにかく強過ぎて賢過ぎて……合理的というのも、王ならではの視点で全てを円滑に運ぶために、事の真理を追求した結果というものだろう。

 敵の脅威は未知数。そして、フィソフの持つ《リライト》のような聖力を持つ者が、他にも存在し、《万能器クラウン》の作成のために《聖魂》を収集すべくそれら《聖力者》達ともいずれ戦わなければならない。

 そして、それらを──ましてや世界を支配し、頂点に君臨する程の者だ。だが、いづれかは倒さなければならない目標。そこへ辿り着くためにも結局は──、


「ひとまずは、あの外道屑野郎をぶっ倒すところからだ」


 簡単にだが、最終的な目的とそこへの過程となる目の前の敵を確認。フィソフの闘志はさらに跳ね上がり、殺された大勢の人々の無念をも汲み取って──、



 ──最悪最凶の外道男の元へと向かって行くのだった。




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