一章 五話『コピーアーミー』

 十………二十……三十……どんどん増えていく。


 どんどん、どんどん──、


「ってこれ増えすぎじゃね!?」


 そう叫ぶフィソフの周りでは、スタルチスの増殖劇が披露されていた。しかし、フィソフの肉体には死者の死亡を書き換えた時や、先程にスラータを一斉消滅させた時よりかはダメージが少ない。AIに新機能を追加することは、さほど大きな事でも無いらしい。


『凄いわね……こう見ると圧巻だわ』


 流石のエイリスも驚いている様子だ。そもそも分身させようとする発想自体が突飛なものなのだ。


『なるほど、君の考えは中々面白いな。まあ僕自身が次々と増殖していくのは、些か複雑な気分ではあるが』

『──まあ僕自身が次々と増殖していくのは、些か複雑な気分ではあるが』

『──些か複雑な気分ではあるが』

「あぁぁうるせぇぇ!」


 分身した一体一体に個性を持たせると、それはもう莫大なダメージを受けかねないので、分身していった彼らは時間差はあれど、本体のルチルタスと同じ行動をし出す。

 まるで音が響いているかのようなそれは、少しだけフィソフを不快にさせる。


『名付けてルッチー軍団ね!』


「そのまんまだなおい」


『『『シンプルで実に良い名前だね』』』


「大勢で一気に返事するんじゃねぇぇぇッ!」


 無邪気にはしゃいでいるエイリスや、分身したスタルチスに振り回されて、既にフィソフは疲れ果てそうだ。

 しかし、そうこうしていると、敵の司令官やスラータ達が判断したのか、先程まではゆっくりと浮遊して防御しかしていなかった飛行船や、散らばって攻撃をしていたスラータ達がまとまってビームを放ち出す。

 隊列は徐々にまとまり、ルッチー軍団を含むフィソフやエイリス共々一斉に消し去る布陣だ。


「流石に学習能力いいな……どうする?」


 先程スタルチスに掴まれ、飛ばされた時に浮かんだ、座標書き換えによるテレポートという案もあるが、対象が数人ならばまだしもそれが複数に──ましてや百にも及ぶ軍勢を丸ごと転移させるにはフィソフ一人の肉体では到底賄えそうにない。


『簡単な話よ。私が今からでかいビーム撃ち込むから、私の言う通りにしてね』


「了解! 具体的には?」


『つまり──』


 一斉射撃への対策案が浮かんだエイリスが、インカム越しにフィソフへその案の説明をする。その一方で、ルッチー軍団は次々と地上のスラータ達を撃破しているが、やはり向こうの数が勝るからか、飛行しているスラータや、未だ地上にて残存しているそれらに対して、こちらの方が数も少なく、撃破される回数も多い。

 そもそもが、即席で分身しただけの軍勢であり、本体の真似事程度しか出来ないのだからすぐに撃破されるのも無理はないだろう。やがて、


『よし! 聖母艦グレジオラスの本気の粒子砲、出しちゃうわよ〜!!』


 エイリスの掛け声と共に、膨大な光と熱を纏ったそれが放たれる。

 大気を震わせ、地面を揺らす程の音を出し、その強大な威力は飛行している数多の黒い軍勢共々目の前に浮遊している飛行船も消し去る。直後に四方から放たれたビームの数々をフィソフが近くにいた分身体のスタルチス達を盾に書き換えて防御。


 ──そして、


 何かの魔法にかかったかのように、グレジオラスが放った大粒子砲が左右へ分離し、撃沈した両サイドを浮遊していた二機の飛行船も一気に撃破させた。


「はぁ……はぁ……思いの外上手くいったな」


 息を切らしながらも、フィソフは単純に今の一連の破壊劇に感心した。しかも、やったことと言えば、書き換えによる防御と粒子砲の軌道の変更のみだ。あとはその粒子砲の圧倒的な力が火を吹き、賢いスタルチスが自分の分身を操っただけ。 

 コストで高威力な戦い方がそにはあった。


『なるほど、こういう力の使い方もあるのか。今みたいに、遠距離の攻撃に軌道修正や威力強化を用いたら、ある意味最強の攻撃手段になるね』


「いや、感心してくれてるとこ悪いんだけどさ。今のやり方結っっっ構、神経使ったんだからな!」 

 

 そう言うと、フィソフは髪の毛の中に迷い込んだ虫を追い払うかのように、くしゃしゃと掻き毟り出す。そのフィソフの突然な行動にスタルチスは唖然としていると──、


『つまり、フィソフは馬鹿で脳筋だから、とことん頭使ったり神経使ったりする作戦は難しいってことよ!』


『なるほど、そういうことか。薄々気づいていたけど、やっぱり君は馬鹿なのか。馬鹿なのに、《リライト》を使わないといけないなんて──君は可哀そうだな』


「バカバカうるせえ! そしてお前ら全く揃いも揃って容赦無いのな!」


 この二人──いや、一人一体はパートナー揃って容赦無く思ったことをそのままぶち込む。全て事実だが。


『とりあえず、これで向こうは出方を考える筈よ。その証拠に、スラータ達も──こっちに来てる!?』


 付近を浮遊していた飛行船は全て撃破され、ここR地区だけでも戦線に指揮系統はもう居ない筈。にも関わらず、なぜ彼らはフィソフ達の方へ近付いてくるのだろうか。

 怒りに任せた特攻だろうか。だとしたら、尚更ここで決着をつけて他の地区の救援に向かわなければ。

 しかし、近付いてきたスラータ達は特攻とは全く見当違いな行動を見せる。

 

「なんだ──? 映像が……」


 近付いてきた内の一体が、突如頭を上に向けて青光りする両目から光を放つと、それはみるみると枠線を作っていき、やがてそれは一つの画面と化す。すると、光で作られた画面に見慣れた男の顔が映し出される。

 好青年に見えるその美形を宿す顔は、己の価値観に見合わないものを見た途端に醜悪に歪み、外道の限りを尽くす男。

 ヘヴン治安維持部隊ヴェイジー所属、無法都市統括者にして最低の外道男──ロベリ・アザミールが、そこには居た。


『やぁやぁ調子はどうかい英雄諸君。本日はお日柄も良く、この通り愛しのスラータたん達ともお仕事順調だから、このままお家に宝物持ち帰ってスラータたん達ともピクニックしようとおもったらどこからか湧いてきた害虫共が僕の計画を頓挫させて挙句の果てに僕のスラータたん達を無慈悲に葬り僕の邪魔をしてもいいと思っているのかこのゴミ屑共がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!』


 画面に急に現れ、髪を整え気味の悪い笑みを浮かべながらもテンプレな話で進めていくかと思えば、その顔は極限まで狂気に歪み、自己中心的な思想でフィソフ達に罵詈雑言の限りを尽くす。


『僕の邪魔をしたんだぞぉぉッ!! 街の一つや二つ! 焼け野原にして寄越せぇぇぇぇぇ──』


 しかし、続く筈だった彼の一方的な押し付け文句は、画面を映し出していたスラータの破壊によって事切れる。


『こういう、敵に一方的に喋られる展開は嫌いなんだよ。顔も気に入らないしね』


 冷たくそう言い放ったスタルチスの右手からは、微かに熱が放たれていた。確かにこの手の敵は、何故だか妙に話したがりだ。しかし、こちらも他の地区の救援や残りのスラータの殲滅などに忙しく、時間が無いので話を遮り、次の行動に移ることをスタルチスは考えた。


『R地区の残りの敵勢力は、目の前にいる奴らだけだわ。早く片付けて次は隣の地区の救援に行くわよ』


 この場合、ペットは飼い主によく似る、という例えも変だが、やはりこのペアはどこか似ている気がする。


「そうだな! あんな奴に構っている暇は無いし。さっさと向かうか」


 エイリスとスタルチスの指示に従い、フィソフも手持ちのバズーカで残りのスラータを撃破していく。その間、ひたすらに、屑がぁぁっ! ──なんて聞こえた気がしたが、最早フィソフは気にしなかった。


 スタルチスとの合体飛行にも徐々に慣れてきており、そのままエイリスが操縦する聖母艦グレジオラスと共に隣のQ地区へと向かう。




*    *    *    *




 今回、ロベリ・アザミール率いる《無法都市統括グループ》が命じられたのは、数々の巨大施設が設けられている、Q地区とR地区の経済的抹消だ。そして、恐ろしいことに、その作戦の決議は、《神聖城塞》によって下されたものだったのだ。

 《神聖城塞》は、《ヘヴン》の中央上空に位置し、実質上のこの世界の実権を握る最高機関でもある。その配下に《ヴェイジー》が存在し、さらに枝分かれするように担当が割り振られる。大陸ごと揺るがすような大きい事態が起こる時、または今回のようなレベルの作戦になると、ヴェイジーからは各都市の最高責任者が、《神聖城塞》からは《神王》、《神女》、《神子》と、中枢を担う者達が招集されることになっている。


 しかし、今回の《無法都市Q・R地区抹消作戦》において、いくつかの異例な事態が起こっていた。一つは、神女エイリスの反逆罪。現神王セベリア・フェル・ヘヴンの、独裁的で、時に非人道的な強行制作を施行することに対して反感を抱き、エイリスが《神聖城塞》に対立して反逆者と化したというのは、《ヘヴン》や《ヴェイジー》などの中枢機関の間では、既に有名な話だ。


 だが、ここで問題なのはもう一つの内容だであり、即ち、本作戦に対してのエイリスの反抗。そして何より、《リライト》の誕生が一番の障害だろう。今作戦の最大の誤差もそこにある。元々、《聖力者》が不在な《無法都市》だからこそ出来たAIでの掃討だが、これが能力を有する《聖力者》相手となると鉄屑も同然という結果になってしまう。そして、それを誰よりも痛感し、焦燥しているのは他でもないロベリだ。


「クソッ! スラータたん達! 虐殺はもういいから、あいつらを追ってくれ!」


 事態の最悪さを痛感し、絶対に失敗は許されないこの状況。しかし、その中でも冷静な判断のもとで、フィソフ達を最優先に殺害することを選んだ。


「僕の話を遮って──いや、それはもうどうでもいい! あの虫けら共の首が戦利品ともなればぁ……僕は……さらに上へ! セベリア様に認めて貰えるんだ!」


 人間嫌いにして自己中心的なロベリだが、彼は、人の身でありながらも人ならざる力を持つ者への尊敬の念は持っている。反逆者になる以前のエイリスに対してもそうだし、今言ったように、神王セベリアに対しては言うまでもない。そして、その対象は《聖力者》に対しても当てはまる訳だが──、


「僕はあんなゴミ屑は認めない。相応しくない……ゴミでゴミでゴミ極まりないただの愚図でしかない癖にぃぃ」


 敬意などハナから存在せず、あるのは殺意と圧倒的な嫌悪感のみだ。


『奴らは行ってしまいましたが、追いますか?』


 暫く、一人で愚痴愚痴と呟いていたロベリに、予定の変更は無いかどうかを尋ねる。


「……いや、いいかな。誠に腹立たしい限りだが――もう作戦は成功したようなものだ。あんな出来損ないの分身術に、一瞬でも驚いた自分が非常に恥ずかしい。予定変更は無しで、退散する」


『かしこまりました』


 再び、スラータに指示を出し、ロベリの乗っている飛行船はフィソフ達とは逆方向に進み出し、自ら本拠地へと帰っていく。




*    *    *    *




「エイリス、あいつら逃げてくけどいいの?」


『多分、もうやる事はやったって感じじゃないかしら。それか、急用が出来たとか?』


「いや、知らねぇけど……」


 Q地区へと向かう途中、一番奥で偉そうに待機していた飛行船──恐らく、ロベリが乗っていたと思われるそれは、フィソフ達が向かい出したと同時に、反対側を向いてそのまま進んでいったのだ。


『だが、飛行船の速度は遅い。僕達がこの後、秒速で残りのスラータ達を殲滅すれば、追えないことも無いんじゃないかな?』


「それもそうだな。そんで、野郎の拠点を突き止めて、今度はこっちから襲撃だ」


 開いた左手の掌に、思いっきり右手で作った拳を音を立てて当てる。攻防戦も終盤に差し掛かり、最後の追い込みと言わんばかりに、気合いは十二分。


『その意気よ! ──と、出てきたわね』


『向こうも気合を入れてきたってことかな』


 本来ならば、指示に従って虐殺に応じているはずのスラータの大軍が、地上からこちらを見つけるや否や、まるでハイエナのように向かって来る。そして、スタルチスはその行動を見下さんとばかりに、フィソフから預かっていたバズーカと、元から使用していた銃器でスラータ達を撃破していく。


 尚、分身体達もスタルチス本体の行動に従う。能力の時間制限的なもので、数が少しずつ減ってきてはいるが、それでも迎え撃つには充分だ。


「使わせてもらうぜ、お前らの死体!」


 人間、そして今目の前にいるAIそれら含む命を宿した生物の書き換えと言うのは、それなりのコストを支払うことになる。しかし、停止した状態──つまりは、プログラムに致命傷を与え、そこで書き換えれば良いのだ。


「お前の主人は俺で、敵はあいつらだ」


 一度目の書き換え。組み込まれたプログラムには、ロベリ・アザミールへの服従が健在している。それを、まずはフィソフの《リライト》で相殺。直後──、


「お前は、あいつらのリーダーで、俺の道具だ」


 多くの人々を殺した殺戮兵器だ。勿論、元凶というのも存在する。しかし、あくまでも直接手を下したのはこの機械人形達であり、本来ならば即刻破壊すべきではあるものの、《リライト》の効用次第によっては、ロベリの討伐──あるいはもっとその背後に潜むものにまで届くかも知れないのだ。


『かしこまりました。ご主人さ──ま──』


 フィソフに屈したかと思われた瞬間、そのスラータは突如青い光を放ち始める。



 ──途端、その鉄で出来た機体は音を立てて溶け始めた。


「何だ!? 急に溶けだしたぞこいつら!」


 気付くと、目の前の一体だけではなく、他の機体まで同じように発光しながら溶け出しているではないか。


『《システム・シンザシス》を使ってきたわね……溶けた機体が一点に集中して集まっているのが何よりの証拠だわ』


「しんざ……? なんだよそれ」


 エイリスの言う通り、溶解した機体は吸い込まれるかのように、集結し合成が始まっている。


『見たまんまだよ。AIのプログラムの一つに、このシンザシス──合成を促すものがあるんだ。予め組み込んでいたのか……あるいは、自立的に決行したのか……』


 確かに、ロベリが作戦の指揮を取っていることから、前者である可能性が高い。しかし、それにしてはあまりにもタイミングが悪過ぎる。《リライト》でプログラムを書き換え、使役する直前にこの現象だ。もしかすると、ロベリが作り出したこのスラータというAIには、自立型の学習機能も備わっているのではないか──と、少なくともエイリスとスタルチスはその仮説に至った。


 やがて、驚くべき速さで合成が進み──、



「いやいや……思ったよりでかくねぇか?」



 そこには、十五メートル程の高さを持ったスラータの合成体が出現していた。 


 


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