一章 四話『AI』
背後を振り向き、目にしたそれはスラータと色違いのAIだった。
「お前──スラータか?」
すぐにでも殺さなければならない状況の中、一応問う。理由は、この色違いのAIは、何故か直感的に他のとは違うと思ったのと、仮に今ここで殺したとしても自分は真下に急降下するだけだ。いや、その場合はただ座標を書き換えて下にテレポートすればいいだけか──と、案が浮かんだ直後。
『僕はあんな出来損ない達とは違うよ』
白いAIはフィソフの問いに答える。しかし、その声は想像していたのと違い、数多の女性を虜に出来るであろうものだった。
「うお!? なんかお前すげぇ良い声出すじゃん──って俺がそう言うといやらしく聞こえるな」
『安心して、フィソフはそんなにプレイボーイには見えないから』
「この見た目でか。それは少しショック」
『うん、君がどう見えるかはどうでもいいからまず話を聞こうか』
早速脱線し始めるフィソフとエイリスに、AIは目に見えるスラータ達をビームで破壊しながら話を戻そうとする。
「確かに、実際にあいつらを攻撃してるし、声とか装備とかも少し変わってるしな」
『そう、彼が私達の仲間スタルチスよ!』
『万能AIスタルチスだ。よろしくね、フィソフ』
白い万能AI──スタルチスは自分の紹介を終えてフィソフに、そう言えば──と尋ねる。
『君は《リライト》を使うんだったね?』
「そうだけど……何か思いついたのか?」
『いや、ただ、君のそれは他の能力と比べて大雑把なものなんだよ。だから、制限やコストについては気を付けてくれ』
「お前、声がかっこいいだけじゃなくて性格もいいのかよ。もうそれただのイケメンだぞ」
AIは、無機質な意思を持った鉄の塊という印象ぐらいしか無かったが、スタルチスのように、まるで人間のような者も居るらしい。
『さあ、フィソフ、ルッチーだけに任せないで自分も攻撃を再開するのよ!』
「わーってるよ!」
エイリスの掛け声と共に、フィソフも攻撃を再開する。次は剣をバズーカに書き換えて遠距離モードだ。しかし、ふと、フィソフは思いついた。
「スタルチス、お前分身してくんね?」
フィソフの突然な申し出に一瞬驚くスタルチス。驚くと言っても、表情は無く、そこにあるのは無機質な顔面──ではなく、きちんと細かく作られた格好良い顔が引っ込み、代わりにデジタル型の頭部がこんにちは。
そのデジタル画面には顔文字が表示され、恐らくそれで表情を読み取ってくれといった意図だろう。因みに今は両目を表す丸が二重丸になっている。驚いているのだろう。そして丸が一重に戻り、その上に位置する眉毛が八の字から逆になったと同時に「ああ」と、理解したといった様子で返事をし、そのまま続ける。
『僕には分身出来る能力がありますよってことに書き換えるんだろ? そして分身した大勢の僕でやつらを駆逐すると』
「そう、そんな感じ。大勢の僕ってちょっとキモいけど」
そんな質疑応答の後、フィソフはスタルチスの機体に白い光を放ち、万能AIはどう言った心境なのか、顔文字を最大限に和ませながらその数を増やしていった。
* * * *
「んふ──順調にお掃除ご苦労様ですねぇ〜スラータたん♡」
一方、戦線から最も離れた位置に浮遊している飛行船の中にて、事の元凶である男は、その自慢の茶色がかったロン毛をサラリと撫で、愉悦に浸っていた。
『殲滅率は上々でございますロベリ様。しかし、杞憂でしたらいいのですが、R地区の方で何やらおかしな減少が確認されています』
「おかしな──? はて、彼らのようなゴミ屑同然のお猿さん共に反撃など出来たものか……――」
側近のスラータの報告を聞き、一方的な弾圧が当然だろうと言うように、その不可解な現象が確認された地区を調べる。
『先程に送り出したA班の半数が何者かによって次々と壊される、またはプログラムそのものが存在しなくなっているという事態が発生しております』
「壊される? 存在しない? ──意味が分からない!」
重ねて報告されたその内容に、ロベリは驚愕する。自分が完璧に構成し、プログラミングした万能なAIだ。そんじょそこらの者が太刀打ち出来るものでもないし、ましてや無法都市の人間などが安易に立ち向かえるものでもない。
しかし、現実は違った。
「R地区──エラーだと!?」
モニターには、高度なプログラムさえも予測不可能な異常事態が次々と確認され、直後にスラータが記憶した映像の一部が反映される。
──赤い少年が居た。
勿論、全体がそう見えるのではなく、赤く染まった髪に赤いアロハシャツを着ているせいで、一言でそうまとまって言えるのだが。それに──座り込んで、今にも死にかけているその少年と向かい合う形で、両膝を付いて彼を抱き抱えているのは──、
「反逆者の──エイリス……!?」
またもや、理解できない絵がそこにあった。だが次に起こる出来事は、例えロベリでなくとも理解の許容範囲を雄に越えるだろう。なにせ──、
赤い光が少年達、エイリス、そしてスラータを包み込み、やがてその光が開けると──、
「理──解出来ないッ……なんだこれは……何なんだッ! 何が何が何が何が何が……起こってッいるのッだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
赤い少年は生きているではないか。他の者達も生きているではないか。直後、まるで何も無かったかのように彼らは、別れ、そしてこちらの方をまるでスラータ越しに見据えているかのように、じろじろと。じろじろじろじろじろじろ──、
「ゴミ屑がぁ……能無しが猿がゴミごときがこの世の中の害虫共がぁぁぁぁッ! 何を易々とこの僕の予想を超えている! 誰の許可を得たッ! 誰に許しを乞うた!? じろじろとまるで僕を蔑むかのように! あぁ、憎たらしい……人間は本当に憎たらしぃぃ」
自らの予測を超えたからか、あるいは可愛がっていたAIが壊されたからか。ひたすらに支離滅裂な罵詈雑言を叫びながら顔面をくしゃくしゃにして悶えている。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
しかし、このような屈辱はいつぶりぐらいだろうか。ゴミのような上司に媚を売り、凡俗共は溢れ出る才能に嫉妬して彼を迫害し、逆に両親は彼よりさらに出来た兄を賞賛して、弟の彼には軽蔑の眼差しをしていた。
人間という名の虫けら共にいつまで経っても馬鹿にされ、貶され愚弄され蔑まれてきた人生。そこにあるのは歪みだ。人は醜い。その点、ロボットは忠実に従ってくれるし賢くて可愛げがある。
「あの……ロベリ様、どうかされましたか?」
彼の叫び声や激しい物音を聞きつけてか、とても整っているとは言えない服装──ボロボロの布切れや下着しか付けていない女性が怯えたような表情で、荒れ狂うロベリに尋ねる。
「いやぁ〜、済まないね。どれもこれも僕の自己責任だと言うのに……君も心配してくれたんだね? ありがとう」
「えっ!? ──いえ! とんでもございません!! 私こそ急に話しかけてすみま──」
女性が言い終える直前、突如胸から血を吹いて倒れる。発砲音が聞こえ、ロベリの左手には拳銃が握られていた。
──彼が撃ったのだ。
怯えながらも、暴君の様子を確かめに来ただけなのに。いつもの、自分達をボロ雑巾のように扱うような態度とは裏腹に、優しくしてきたから微かに期待したのに。
「なぁぁぁんて僕が言うわけないだろバァァァァァァァァカ!!」
嘲笑し、見下し、殺した女性を始め人間を何とも思っていない態度は、まさに狂人のそれだ。
「ゴミに構っている暇はないんだよぉぉ! 早くあいつらを何とかしないと僕の計画がががが──」
握っていた銃を置き、再びモニターを睨みつける。現時点、早急に赤い少年に纏わる不可解な現象と、反逆者エイリスを何とかしなければならない。
「《ヴェイジー》でもあの女の情報は大方把握出来ている。それを見て僕も昔、彼女に興味を持ったんだ。もし、その情報通りなら──ん? 何をやって──」
ロベリは赤い光が彼らを覆う寸前の映像をもう一度再生する。
「自分の血を──飲ませたッ!?」
その行為を再確認し、途端にロベリは溢れ出んとする嫌悪感を滾らせて、身体をくねらせる。
「反逆者となってからは信仰もクソも無くなったが──! それでも以前は貴女を普通の人間とは違うと敬愛していたのに……この汚らわしい売女がぁッ!!」
自分が敬愛する人物が、理想とかけ離れた途端に自分勝手な価値観を押し付け、本人を罵倒する身勝手で傲慢な思想。そもそも、人格の大部分をこの思想を占めているのがロベリ・アザミールという男なのだ。
しかし、生き血を飲ませた行為を見て、彼はある確信を持っていた。
『《ヴェイジー》が所持しているエイリスの情報によれば……神女エイリスは自分の生き血を人に飲ませ、分け与えていたと書かれていますが』
ロベリの奇行に、側近のスラータはまるで当然の如く動じず、自分が持ち得る情報を主に報告する。
「ああ、《ヘヴン》の様々な都市に特別な力を持った聖力者がいるという伝説も、発端は神女エイリスの血に纏わる伝説だった……」
『つまり、もしそれが本当の話ならば、あのアロハシャツの男は、その血を飲んだからこのような超常現象を起こせたということでしょうか?』
「そうなるだろうな。僕も、《ヴェイジー》の仕事で各都市の守護者の聖力を見てきたからわかる。それにしても──」
スラータに自分の意見を伝えた直後、ロベリは突然彼を撫で始める。
「流石、僕のスラータだ。いや、僕の──では無いな……一人ずつちゃんと意思を持ち、個性があるのだから」
と、人間に対しての態度とはまるで正反対の態度で自分の愛しいAI達を大絶賛する。
『お褒めに預かり光栄です。……して、あの女の死体はどう処理なされますか?』
「処理? ──ああ、そうか。君はまだ僕と一緒に宝部屋に赴いたことは無いんだったね」
『宝部屋……ですか?』
「そうだよ! 僕の宝部屋さ」
ロベリの言う、宝部屋というのが何なのか分からないといった様子で聞き返すスラータに、ロベリはまるで子供のような無邪気な笑顔で返す。
「確かに今はあの二人をどうにかしないといけないが……そもそも力にも限界があると聞く。よし、もう引き上げて宝部屋に新品を持ち入れるとするか!」
『戦線はいいのですか?』
「なぁに、ゴミ部下共に任せておけば問題ないさ。そもそも向こうもたった二人だけだ。数で圧倒すればすぐに終わる」
急遽方針を変更し、部下達には一方的に残りの仕事を押し付け、彼の言う新品の宝物へと近付いていく。
そう──女性の死体だ。
先程撃たれた部分から、血は未だに流れ出しているが女性には生気が宿ってはいない。
「これは僕の持論なんだけどね。人っていうのは、死んでから本当の価値が見出されるものだと思うんだよ」
死体を、まるで美しい何かを見るように目を輝かせて見つめながらロベリは自らの美意識を語り出す。そして顔の横へと屈み、ゆっくりと目を閉じさせながら続ける。
「心というものがあるから人間味がある──なんて言うけれど、大半の心っていうのは汚れていて美しくない。しかし、死後の人間というのは魂を宿さず、純粋な輝きを放つんだ! これが人間本来の価値と言わずして何になる!」
死して価値を見出す──という狂ったその価値観は、普通の人間が聞いたら当然否定し、異端に思うだろう。ましてや命を軽々しく奪い、自らの価値観を押し付け見出すなど到底許されるべき行為ではない。
「済まない、少し熱く語り過ぎたね」
『いえ、ロベリ様のその価値観は大変素晴らしいものだと思います。そんな素晴らしいお考えをされるお方に、自分が作られたことが何よりも誇れることだと思っております』
そうだ。異常者から作られ、異常者の思考をインプットされたAIは結局は異常な価値観を持ち、それを当然とする。そうして、いとも簡単に殺戮兵器は生まれ、やがて多くの罪も無い人々の命が踏み躙られていくのだ。
しかし、彼らは気付いていなかった。特別な力を得た者が居てもたかが人間。たとえ神に愛されている者が居てもたかが人間。そう思ってしまっていた。
だから予想していなかっただろう。力を得た少年が知恵を絞り、器用にその力を使い出したことも。神に愛されている少女がそもそも神を呪い、反逆をし出したということも。
『ロベリ様! モニターをご覧下さい!』
ロベリが死体を愛でている間、ふと戦況が気になって、エラーを連発していたR地区を確認したスラータが、突然彼に大声でモニターを見るよう催促する。それに応じ、ロベリは立ち上がってモニターを見る。
「どうしたんだ? まさか奴ら、もうやられ────」
絶句。目を見開き、挙句の果てには口をパクパクさせてひたすらに固まっている。
そうなるのも当然だろう。なにせ、モニターの映し出されているR地区の映像には──、
赤い少年と共に反撃していた白いAIが、百にも及ぶ数に増えている光景があったのだから。
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