一章 二話『黒の殺戮』

 


『お掃除のお時間ですよ。スラータたん達♡』


 黒い人形の塊──スラータと呼ばれたそれは四角い胴体を中心に、先の尖った腕や細長いが頑丈そうな脚を持ち、大きさはおよそ百五十センチメートルぐらいだろうか。よく見ると、手には青光りする剣の様な武器を持っており、その色は目の色と同じだ。


 風貌から、宣言通り虐殺用に投入されたであろう自立型AI達と言える。

 それが今、大量に街中に投下された。


 そして──、



「が──ぼっ」


 本当の意味での危機感を感じ、住民が逃げ出した時には、既に地上に降り立った黒い鉄の塊が、無慈悲に人の首を跳ねた直後だった。


 刹那の静止。誰もが一瞬、無理解の境地に立たされただろう。


 直後──、



「う──うあぁああああああッ!!」


 人々が悲鳴を上げて逃げ出していく。しかし、当然降下してきた殺人マシーンは、一体などではなく、


『殲滅、開始する』


 続々と降下してくるスラータ達は鮮血を撒き散らしていく。


 黒い鉄人形の雨が降り注ぎ、地上へ着陸するや否や、獲物を求める野生の獣の如く、逃げ惑う人々を殺していく。

 ロベリの外道な演説から僅か数分。阿鼻叫喚が渦巻き、絶えず続く血飛沫の噴水や、光線によって焼かれていく街とその建物の数々。血溜まりと戦火が広がっていくそこは、完全な地獄絵図と化していた。



 そしてそれは、秘密基地でも同様に──、




「まずは隠れろ! 無闇に逃げても追いつかれるだけだ!」


 フィソフの即座の判断で、皆が秘密基地から逃げ出し、障害物の多い入り組んだ道へと走っていく。当然、破壊された秘密基地は放置だ。


「このままどうする? あの数尋常じゃねぇぞ……」


「逃げて撒くしかねぇだろ! 数も威力も適いっこねぇよ!」


 走りながら、ひとまず今後のことを思案。しかし、突発的なこの状況で、しかも向こうとは力も数も差が圧倒的だ。


「そこ曲がるぞ!」


 ジルが丁度いい抜け道を見つけ、皆彼に従い逃げ込んで行く。だが、向こうもAIであっても馬鹿ではなく、それどころか恐らく自分達の行動など、一手や二手、先を読まれているだろう。


「とりあえず、今は逃げ逃げて逃げまくるぞ……あいつらは、殆ど街の方に降りてったからこっちの方には全然いねぇはずだ」


 突然目の前に現れた脅威から、逃げ、今も尚走り続けているというのに、フィソフは冷静な判断を下す。恐らく、こういったところにも彼がリーダーであるという由縁があるのだろう。


「そうだな! ──しかし、なんだって俺たちは、あんな殺人ロボたちと鬼ごっこしねぇといけねぇんだよ」


「それもそうだが──それより今は、あん時のフィソフの判断を褒めるべきなんじゃないか?」


「そうっすよ! あんな突然のことに、よく対応できたっすよね!」


 彼らが指す、あの時──と言うのは、スラータが秘密基地を破壊した直後の事である。

 恐らく、ロベリは性格の悪いことに、大量のスラータを投下する前に、街の要所要所に数体程送っていたのだろう。そして、その数体の内の一体が、フィソフ達の反応を捉えて襲撃に至った。勿論、その時はその仮説を立てる余裕も無く、ただフィソフは誰よりも早く皆に、逃げることを指示した。


「ビビり過ぎて、咄嗟に逃げることしか浮かばなかっただけだぜ?」


「謙遜すんなよ! それを行動に移せたのがすげぇんだ。普通は固まるぐらいしか出来ねぇ」


「実際に、トリアは固まってたけどね〜」


「いやお前もな!?」


 皆が、フィソフの判断を賞賛し、未だにあの殺戮兵器の脅威に怯えてはいるものの、少しずついつもの調子に戻っていく。


「あいつを撒いたあとはどうする?」


 皆の顔色が良くなってきたところで、今度はフィソフが皆に判断を促す。


「ここの実権はあのクソ野郎が実質握ってる……奴を倒さない限りこれは止められ──」


 ──刹那、



「ジル? どうし────」


 突然の静止。


 文字通り、声を失い唖然とする。


 鳴り響いたそれは、まるで何かを切り落とす──それも一瞬の間に、居合の如く速い切断をした音だった。


 僅か数秒の短い時間が永遠のように長く感じたのは、本能的に拒否していたからだ。


 目の前に音を立てて転がる歪な形をした何か。


 殆どの人間は、人の首が跳ね上がる場面をフィクションなどで見ると、人によっては生理的嫌悪感を齎したり、また反対に、耐性が付いているから逆に面白く感じるなど、印象と言うのは人それぞれだろう。しかし、実際にその場面に出くわし、何よりその対象者が──、


「ジ──るぅ……?」



 自分がよく知る親友だった場合はどうなるのだろうか。


「ジル──どう……し──トリア?」


 少なくとも、その惨状を真っ先に目にしたトリアが感じたのは、その残酷な光景に耐えられずに、込み上がる嘔吐感などでは無い。

 ただひたすらに困惑した。つい先程までは何事も無く普通に話して、走って、笑って──、


「トリアァァァッッ!!」


 何故、そんなに強く名前を叫ばれたのだろうか。まるで、仲間が危機に瀕した時に、その仲間の名前を呼ぶ時のような叫び。今その対象は自分では無くジルだろうに──。


「ぇ……? はら……がぁ」

 

 ──理解した。理解してしまった。ジルの首を跳ねた時に、同時にそうしていたのか。熱く、熱く、刹那の激痛を感じるもそれは、すぐさま圧倒的な脱力感に変わる。

 腹部から生えている光った剣。ジルと、トリアが殺されるところを見ていたから彼らは名前を叫んだのだ。首から上が無いジルの細長い身体、腹周りを中心に赤く血塗られていく、トリアの巨体。


「────」


 僅か数秒の間。二人の仲間は呆気なく殺されてしまったのだった。


「──ッ! ジルゥッ! トリアァッ!」


 フィソフ、カン、トミルの三人が仲間の名前を叫ぶ。無論、その叫びは命を灯していない肉体に、一方的に叫んだだけなのだと言うことを承知の上で。ただ認めたくなかっただけだ。あんなに無慈悲に、当然の如く大切な仲間が殺されていったことを。


 何も言い残せず、仲間達と最期に会話を交わすことさえ許されずに数秒後には、恐らく死ぬ。


 悪虐非道な外道人間は生き永らえ、つい先程までいつもの──決して恵まれているとは言えないが、それはどこか楽しく、当然のように仲間達との日常を送っていた自分達、毎日を精一杯頑張って生きていた人々、娯楽に身を委ねていた大人達、無邪気に遊んでいた子供達──。


 ──何の罪も無い人々が死んでいく。

 

 ──殺されていく。ただ、ただ理不尽に。


 最後まで訳が分からず、ただ淡々と殺されていく。無機質な殺戮人形に。


 終わっていく──、



「ざけんなぁぁぁぁぁぁぁああっっ!!」


 突如、呆然としていたフィソフが、目の前にいるスラータに向かって殴りかかる。

 折れたらそこまでだ。認めたらそこまでだ。生への執着があるのなら、死はまだ遠い。


「フィソフさん!?」

「フィソフ!?」


 トミルとカンが驚いてフィソフを見る。当然だろう。勝ち目も無いのに吠えているのだから。


「おらぁぁぁぁぁぁぁああッッ!!」


 渾身の力を込めてスラータを殴る。


『痛いんっ』


 フィソフの予想外の反撃に、スラータは一瞬怯み、攻撃を受けた頭を抑え痛がる仕草を見せる。もう何発か殴って、その内に逃げれば……あるいはこのまま滅多打ちに──、


「いけ────る」


 もう一度殴ろうとした途端、その目論見は叶うことは無かった。


 消えていた──と言うのが、率直な感想だろう。いや、実際には自分のすぐ傍に落ちていたのだ。拳を握っていた右手──それどころか右肩から下は消えていて──少し離れた場所に人間の右腕のような物が落ちていて──、



「フィソフ──さん」


 呆然としたトミルがフィソフを呼ぶ。カンはガクガクと怯えながらついには失禁までしている。無理もないだろう。突然仲間が殺され、



 ──フィソフは右腕を切り落とされたのだから。

 

「がッ!? あがああぁぁぁぁぁあああああっっ!!」


 理解した途端に全ては襲ってきた。右半身の喪失感と共に押しあがってくるのは、この世のものとは思えない激痛の嵐と膨大な熱。視界が赤く点滅し、終いには歪み過ぎて何も考えられなくなる。


「ごべぁっ!? げごぁっぎぃぃげはぁっ!!」


 遂には平衡状態を保てなくなり、襲いかかる灼熱を伴う激痛に当てられながら蹲る。


『全く、愚かなゴミ共が』


 冷徹な声でフィソフ達を卑下した直後、スラータはさらに、フィソフが必死に抑えている右腕の切り口に、先程仲間を殺し彼の腕を切り落とした光線剣を突き刺す。


「ッッ──!? あ──あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」


 身体が派手に痙攣し、ただでさえ尋常でない量の出血はさらに増していく。それと比例して、喉から血泡が溢れ、痛みは酷くなり、熱さも増してまたげきつうがきて灼ねつの……ねつの熱がいたくて熱さがいたくていたくて──、


 ──熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い。

 熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い。

 熱い痛い熱いイタイアツいいタイあつイいたたあつたたあああああぁぁぁぁぁぁぁ──、


 ──……。



『いいな。この感じ。もっと欲しいぞ』


 そして、もがき苦しむもう片方の手で持ち上げる。


「この──野郎……フィソフさんを──離────」


 全身の毛が逆立ち、背筋が凍り付いている。足も竦んで、怖くて恐くてすぐにでも逃げ出したい。しかし、フィソフはそんな中でも立ち向かった。彼に背を向ける訳にはいかない。そう決意したトミルは、フィソフ同様に、仲間を殺し、貶し、汚した、目の前にいる、黒く無機質な殺戮兵器へと立ち向かう。


『愚図が。ゴミはゴミなりに処理されるのがお似合いだというのに』


 トミルが恐怖に怯えながらもフィソフを助けようとした──その寸前に、頭部から放たれた光線によって焼かれてしまう。


「────」


 そして、最早言葉も発せないカンをじっと見たあとに、フィソフをカンの方向に反転させ、対面している状態にする。


『子供を殺すのはこれが一番』


 そう言うと、光線剣をフィソフの右腕の断面を抉るのを止め、その剣先を、怯えて震えたままのカンへ向け──、



 ゆっくりと、彼の小さな身体へとめり込ませていく。


「いや──いやッッだぁぁぁ! いたいいたいいたいぃぃッッ! やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」


 剣は徐々に、肉体の表面から内部へと、まるで掘るようにゆっくり、ゆっくりと刺し進んでいく。そして、フィソフはただそれを見ることしか出来ない。起きているのか眠っているのか、生きているのか死んでいるのか。そんな朧気な意識の中で、ただひたすらに、少年の痛々しい悲鳴が聞こえ続けている。その悲鳴を掻き消す程に、フィソフは叫ぶ。


「やえおぉぉぉぉぉッッ! うっおおいえやうぅぅッ! ああせぇッ!! ああせよぉぉぉッッ!」


 止めろ、ぶっ殺す、放せ──と。


 炎に焼かれるように、嵐の中にいるように、もう既に物事を正常に判断出来ず、理解も出来なくなっている。だが、最早使い物にならない喉や声は本能的に、この最悪な現状を拒絶し、恨み、怒りを叫んでいる。あまりにも残酷に殺す様を、ただ指を加えて見ている自分に。そして、目の前の悪意の権化、この惨状を呼び起こした全ての因果に。


「ぁ────」


 まともに言葉も発せないまま、カンは、最後に恐怖と涙に歪んだ顔をフィソフに向けながら、その小さく華奢な身体を貫かれて死んだ。



 仲間が全員殺された。


 こんなに呆気なく。


 こんな──なんでこんな──何故。



 なぜ、なぜなぜなぜなぜなんでなんでなんでなんで酷いひどいひどすぎるひどすぎるひどいひどひどいひどいどうすればなにをすればああしんでいくしぬというかもうしんだか? 


ああそうかしんだ──。


「ゆ──ぅ……せ……ぇぇ」


 深海の奥底に、段々と沈んでいく様な感覚。痛みはもう襲って来ず、身体はもう動かない。色んな機能が終わっていき──、


 嗚呼、死ぬのだろう。そんなことを思いながら底へ底へと沈んでいった。

 許せねぇ──と、言葉を発することが出来たのは、微弱ながらも、憎悪の灯火がまだ消えていなかったからだろうか。


「──?」



 ──そして、うっすらと見えていた。


 上空で飛んでいる得体の知れない何か。

 そこから白い少女が落ちてくるのが。


 あぁ──美しいなと……そう思って────、



 ──瞬間。


『ガガガガッ──なにを──焼け──るッッ!!』


 その、飛んでいる物体から突如光が放たれ、目の前のスラータが一瞬で消え去った。


 そして──、



 落ちてきた。真っ白い少女が。


 その並外れた美貌は、神秘的な神々しさを見せ、時に妖しさも魅せる絶対なるもので。


「て……ん……し……?」


 終わっていく意識の中でさえそう呟いてしまう程に。ただただ美しかった。その光景を目にしている中、さらに、姿を現す黒い軍勢にすら思考が及ばない。


 やがて、地上に落ちた白い天使は、その傷だらけの体を精一杯に引きずって、フィソフの元へと辿り着く。すると、右手の爪で左腕を切りつけ、それに応じて血がどくどくと溢れ出していく。


「皮肉ね……でも──」


 か細く、今にもかき消されそうな声でそう呟き、直後その流れる血を口に含み──、


 フィソフに抱擁して口付けを交わす。

 口移されたそれは、彼の口を伝って体内に侵入し、その刹那──。



 得体の知れない衝動が身体中を駆け抜けた。白い波動はフィソフと少女、仲間の死体、それから周りのものを次々と飲み込んでいく。


 その時、フィソフはただ一つ──自分達に起こった、出来事全ての否定を願った。



 ──……。



 ──意識が深く、深く沈んでいく。

 

 

 

 

 






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