第一章 『八人目の聖力者』

一章 一話『ヘヴン』

 


 宇宙人侵略後の地球では人類の殆どが死滅し、残り僅かの人類は世界で唯一人権が保証されている大陸ヘヴンにて生活していた。

 広大な大陸は八つの都市を有し、《ヴェイジー》という治安維持部隊によって統括されており、一つ一つの都市には、グループが配属され、治安が守られてきた。しかし、同じ都市と言っても、経済格差の闇に揉まれ他都市に劣る辺鄙な都市があった。


 それがここ──《無法都市》である。



 

「待てコラクソガキィィィッ!」


 中世をモチーフにした様な廃れたこの街で、見るからに目付きの悪い中年の男が、大声で怒鳴りながらフライパンを持って追いかけている。


「おーおー怖い怖い、でも腹減ってんだからしょうがないじゃん?」


 悪びれも無く、ましてや全然追っ手を恐れずに飄々と逃げる赤髪の少年は、ここらの街では有名なゴロツキ──フィソフと言う名の少年だ。彼の両手には大きなパンが握られており、追っ手の中年の男の風貌からも、フィソフが本日の盗みの標的にしたのはパン屋であることが想像できる。


「またフィソフの野郎か」


「おー、捕まんじゃねーぞ!」


「アロハのお兄ちゃんがんばれ〜!」


 二人の鬼ごっこを目にした人々が、憎々しく文句を吐いたり、あるいは応援したりと観客の心情はまちまちである。また、人によっては酒の余興や賭け事等のネタにも使われるなど、パンを盗まれた当の被害者本人からすれば散々だ。

 因みに、アロハのお兄ちゃんと言うのは、彼のトレードマークである赤いアロハシャツのことを指している。


「パン一つにさえ俺の生活がかかってんだよぉぉぉぉ! ──あふんっ」


「食前の運動は済んだので! じゃ〜な〜!」


 悲痛な叫びを上げるパン屋の中年の男に、フィソフは道端に落ちてあった桶を投げつけ、狭い路地へと横切って建物へと登ると、それらをつたって忍者のように遠くへ逃げていった。



 ここ、無法都市は食糧不足、環境汚染、公害、それに犯罪件数や死者数も恐らく大陸──ヘヴンではダントツだろう。都市内には所謂スラム街のような場所も所々存在し、文字通りの無法地帯なのである。


 狭い路地を暫し歩いて進み、十字路へと差し掛かったところで、筋肉質な大男と小柄で幼い少年の二人組に出くわす。 建物づたいを暫く進んだところにある、少し開けた広場がフィソフやその仲間達との合流地点になっていた。


「お、流石フィソフ! 速ぇじゃねえか」


「すげぇよ! よく捕まんなかったな!」


「お前らもな……居るのはまだこんだけ?」


 まずは仲間の二人と合流。称賛を受けるも、彼らも彼らで一方は大きな肉、もう一方は魚──それも未だにピチピチと音を立てて跳ねている絶賛新鮮中のものだ。そんな濃い戦利品のラインナップを見て、フィソフはその少々整った顔にひきつったを浮かべて返す。目付きは鋭いままだが。


「おう! カンのやつ、一番最初に来ててそわそわしてたから、隠れるのやめて早く合流してやったんだよ」


「別にチビってなんかねえし! トリアこそ漏らしてんじゃねぇ!?」


「カン、お前また漏らしたの!? 洗うの俺なんだからな!?」


 筋骨隆々のトリアと、童顔でまだ幼いカンの言い合いはトリアが一方的に絡んでいるように見えて大人気なく思えたが、漏らす漏らさないとか聞こえてきたら話は別。フィソフもトリア同様に、カンに大人気なく叫ぶ。

 ──と、そんなやり取りをしていると、さらに二人の男達が姿を見せる。


「カン、なんだその魚。めっちゃ跳ねてるぞ」


「うへぇ~、すごいっすね」


 長身で線の細い男が、その形の良い顔を歪ませて驚きの声を上げる。対して感嘆の言葉を漏らしたのは、頭に真っ白なタオルを巻いた快活そうな男だ。


「そういうジルは何を盗って来たんだ? 見たところ何も持ってない様だが」


「見たところ──はな」


 絶賛新鮮中の魚を、その幼い体を駆使して落とさないように抱えているカンのそれを見て、少し驚いた様子を見せたジルと呼ばれた長身の男が、から何やら光る物や紙をポケットから取り出し、見せびらかす。


「おま──それ金じゃねぇか! どうやってそんなに……」


「才能……だろ? トリア」


「安心しろトリア、お前のその岩のような図体にこいつみてぇな器用さは期待してねぇよ」


「俺まだ何も言ってないから!?」


 トリアが肉を掴みながら、心外な意見を言ったフィソフに叫ぶ。


「トミル、基地の掃除は終わったか?」


「終わったすよ? キラッキラのピッカピカに仕上げました!」


「もはや職人だな」


 タオルを頭に巻いたトミルと呼ばれた男が爽やかな笑顔で業務報告を行う。大工のような風貌をしつつも掃除好きという、なんともまあ建物愛が強い少年だ。


「よし! それじゃあ戻るか」


 フィソフの意見に皆が頷き、ゴロツキ一行は基地へと足を向ける。




 *    *    *    *




 フィソフ達が暮らしている、ここR地区ルクラミ街は、一般の都市に比べれば犯罪件数や公害、死者数の多い無法都市の中でも比較的住みやすく、平和とは言い切れないものの、犯罪件数が多発している訳でもない。

 ただ、特徴があるとすれば、《ルクラミ街》を含むR地区に、様々な巨大施設が多数存在するということぐらいだ。大陸内ではそれなりに経済格差も大きく、無法都市はその中でも最下層に位置しており、当然のことながら物事の循環レベルも優れているとは言えないので、スクラップ工場や熱処理所などが要所要所で設置されている。


 しかし、世界広しとは言えないこの状況下で、発展途上の都市に巨大な施設が密集していると経済に偏りが生じ、現状それは他の都市にも影響を及ぼしている。


 そしてもう一つ。これはルクラミ街にとどまらず都市中に言える事であり、《聖力者》の不在である。

 聖力者とは、このヘヴンという世界において、最高位にある《神王(しんおう)》と同等の信仰を集めている《神女(しんにょ)》の生き血を飲み、特別な力を授かった者を指す。


 力を授かった者は《聖力者》と呼ばれ、本来ならば各都市に一人ずつ存在し、ヴェイジーとはまた別の理由で都市の護衛を任されている訳だが──、


 この無法都市においては彼らは存在しておらず、結果、畏怖されるような伝説の象徴というものも存在しないため、結局は都市が荒れる事になってしまう。そしてそれは、この、他の地区とは比べてまだマシな方だと言われたR地区ルクラミ街においても同じ事が言える訳で──、



「死体──か。ここ数日は転がってること無かったのにな」


 秘密基地へ向かうフィソフ一行の目の前には、まだ若い男性が、廃墟の壁に寄りかかるようにして死んでいた。まだ生えそろっていない髭に鋭い目つき。男の特徴を確認した途端に、一同はあっと声を上げる。


「……なあ、よく見たらこの兄ちゃん――何回か俺達に喧嘩売ってきたグループのリーダーじゃねぇか?」


 真っ先に気付いたトリアが、記憶の海から男の顔を探り当てた。それを聞き、他四人も同意する。全体的に痩せ細っているところを見るに、ここ数日の不摂生な生活がうかがえる。


「あん時はバリバリ元気だったのにな……」


 カンが寂しそうに、そう呟く。


 仲の良い友達だったという訳では無いが、少なくとも幾度かは拳を交え戦った仲ではある。この街で関わった人間の事は、皆それぞれが少しの回数を交流したというだけの人間でも覚えているし、交流も狭い分それなりに深い。

 しかし、関係が浅かれ深かれ、数日後に知り合いが突然死体となって再会するということは、この街──いや、この都市ではよくある事なのだ。


 やがて、手に戦利品を持っていた者は地面にそれを置き、そうでない者も男に向かって両手を合わせ、黙祷する。亡骸に出くわした時の、この街での礼儀だ。


「行くか……」


 礼が終わり、地面に置いていた物も再び持ち直し、再度フィソフの掛け声と共に四人も続き、歩き出す。




 *    *    *    *




 秘密基地とは言え、所詮はそこら辺に落ちていたレンガや板、日用品などを集めてそれっぽく組み立てた程度。カーペットが轢かれている部分にはソファも置いてあり、木で簡単に組み立てたテーブルはカウンターのように連なっている。


 基地内に入ったところで、トミルを除く四人は感嘆の声を上げる。


「流石は我らの掃除番長だな。こんぐらい奇麗だったら、寝っ転がっても自慢のアロハが汚れずに済むな」


「隅々まで掃除されてやがる……」


「ゴ〇ブリ一匹も居なさそうだ」


「これじゃおねしょしてもバレちゃうじゃん!」


「いや、用は外で足して下さいね!?」


 各々がそれぞれ違う感想を漏らし、見慣れた部屋へと入っていく。ここでも一応、玄関で靴を脱ぐという所作は存在し、いい加減な住人が多い無法都市でも、少なくともこう言った事はゴロツキながらもきちんとこなしている。理由は単純。トミルが怒るから。


 カウンター型のテーブルの向こう側には、簡易的な台所が設置されており、食料を確保してきた者はそこで簡単な調理を、それ以外の者は食器の用意などの食事の準備をしている。

 《ルクラミ街》の循環機能はR地区の中でも優れている方なので、万全とは言えないものの、浄水場や発電所のような施設も存在しているので、このように簡単な料理ぐらいは可能なのだ。


「酒も飲んじまうかぁ〜?」


 酔ったような声とアルコールの匂いがし、その声の方を向いてみると案の定、トリアが酒瓶を握りしめていた。とは言え、瓶ごと握りしめていたと言っても、ほんの少量しか減っていない。


「お前、酒にとことん弱いだろ。てか、料理はどうした。そしてそれはどっから持ってきた」


「そのまんま飲ませればいいんじゃないか? そんで腹芸踊らせて黒歴史にさせようぜ」


「ジルはハラグロだな〜」


 酔ったトリアに、フィソフが冷静に突っ込みを入れる。尚、ジルはトリアに恨みがあるのか、彼を使って遊ぼうとしている。


「さっさと料理終わらせて下さいよ〜? こっちの準備はもう終わってるんですから」


「あいよぉ〜!」


 トミルが呆れたように作業を促し、理解しているのか、トリアは酒臭い生返事をする。少量しか飲んでいないのに酒臭いというのはおかしいものだが。

 何はともあれ、準備が終わり、皆食卓に着く。


「いただきます!」


 フィソフが食前の挨拶をし、皆それに習い、続ける。こういうところは、先の追悼同様に、フィソフにしては礼儀が正しい。


「見ろ! これがフィソフ特製、フィッシュ・ミート・サンドだ!」


「世間ではそれをフイッシュバーガーっていうんですよ」


「うまそ〜!」


 集まった食材で出来上がったのは、どうやらハンバーガーらしい。二人の言う通り、中には魚がサンドされている。


 そうこうしている内にも、皆美味しそうに他の簡単な料理──焼いた肉のこま切れや魚を出汁とした具材なしスープなどを頬張っていき、各々が今日遭遇した困難等と言った武勇伝に花を咲かす。

 今回は上手くいったものの、毎回このように上手くいくとも限らない。多少、他の地区よりは安全で優れているとは言え、他の都市に比べれば大きく劣っており、危険も伴う。

 しかし、そのような環境下でも、フィソフには信頼出来る仲間がおり、こうして集まって食事をしたり馬鹿やったり出来ている。それは、当然のようでいて、実に幸福な事だった。


 食事も大方終わり、酒もある程度身体に回ったところで、フィソフがグラスを持って立ち上がる。


「皆、最近はこうやってまともなメシにありつけたり、バカやったりする余裕も前より比べて出てきてる。これからさらに、余裕を出せるようにして将来満足いくように頑張ろうぜ!」


「フィソフさん──」


「ヒュー! なんだフィソフ! 酔ってんのかぁ!」


「流石はリーダー。良いことを──言うのらぁぁ!」


「皆酔ってるね……僕は飲んてないけど」


 フィソフの突然のリーダーらしい発言に、皆が驚くも、どこかそれは酔った勢いに身を任せた感じになってしまい、フィソフもこの反応は予想外。特に、ジルの酔っ払いぶりはそれこそ黒歴史並だろう。しかし、逆に、これがある種の信頼とも言えるのではないか。


「まぁ、とりあえず……明日も皆で頑張ろ──」


「頑張ろうぜ」と言おうとした途端、それは阻まれることになる。


 突如鳴り響く轟音。それはノイズの様なものであり、同時に耳に強い不快感を催す。

 やがて、数秒間の短いノイズが消え去ると、一人の男の声が聞こえてくる。



『やぁやぁ、おぉ〜はよぉ〜ござぁ〜いまぁぁす!』


 突如聞こえたその声は、初めて聞くような人にとっても、恐らくそれは不快なものに聞こえるだろう。しかし、この街──いや、この都市の人間は少なくともこの声の主に、不快感を易々と超える感情を抱いている。


 何せ、この男は──、


『僕は、皆様の統括者でお馴染みのロベリ・アザミール。いやはや、本日はお日柄もよく――とまあ、馴れ初めの自己紹介もここまで……と──で、どうです? 屍の数はいかがなものですかぁ〜!? ゴミ屑共がぁぁ!』


 ヴェイジー無法都市統括グループ最高責任者であるロベリ・アザミール。彼を一言で表すとすれば、外道で高潔な屑野郎だ。


 外を見ると、街の上空にはいくつかの飛行船が飛んでおり、その内の一機の客席部分からは光が放出され、その光が巨大な画面を作り出し、彼を映し出している。クリーム色に染まった長髪はきちんとセットされており、おまけに高級そうなスーツを身に付け、身なりも高貴な雰囲気を醸し出し、一見好青年という印象だが、やはり彼の本性を知るとその印象というのも有り得なくなってくる。


『本日はぁ〜! 皆様にだぁぁぃじな〜ほんとにだぁぁいじなお知らせがありますのです!』


 大事な情報──しかし、本人の性格上、都市の住民に信頼されていないのは言うまでもない。当然、フィソフ達もその中に含まれる訳で──、


「うるさいな~!」

「いい、いい。あんな奴に傾ける耳はねーよ」

「お前、なんか上手いこと言ったな」

「いや上手くねーな!?」


 皆、全く相手にせずロベリの罵詈雑言を聞き流す。特にカンやジルは純粋に腹を立て、トリアは未だに酔っている始末。

 ──が、次に彼の言った事にフィソフ達も一瞬、耳を貸さざるを得なくなる。


『簡単に言いますよ? 虐殺です! 虐殺ですよ。今からこの僕が! 愛しのスラータたん達をいぃぃっぱぁ〜い送り出してお掃除しちゃうんですねぇ〜!』


 「虐殺」。その言葉に、流石の彼らも目を見開く。


「あいつは何言ってんだ? 虐殺なんて出来る訳ねぇだろ」


「流石にここまで来るといよいよ末期だな。元から異常だが」


 突然の意味不明なロベリの発言には、単純に文句しか出てこない。これでも、彼は無法都市の統括者だ。いくら住民を毛嫌いしていようと、虐殺などという悪逆非道な行為は許されるはずが無い。ましてや、そんなことは上層部が許可するはずが無く――、


『いやねぇ? 上の偉い方々からの直々の命令なのでねぇ? このR地区と隣のQ地区は、ひっじょ~ぉに他の都市にとっても経済的に悪影響だからって言うんでぇ〜住民ごとお掃除して貰いたいらしいんですよねぇ〜──っていうかもう、件のスラータたん達は送り始めちゃったんだけどねぇ〜』


 フィソフの考えは悪い意味で裏切られた。そもそも上層部が命じたのだ。この街が──この地区が邪魔だからと言う理由で。経済を優先したいからという、ただそれだけのために何の罪もない人間達をも巻き込んで、日常を破壊していくのだということを。


「あれ──なんすか……?」


 トミルがそう言って指さす向こうを見みると、何やら大量の黒い何かが落ちていくのが目に映った。直後に、それが何なのかに気付く。


 ──スラータと呼ばれていた虐殺用の兵器だ。


 そして、それを認識した瞬間──、




 秘密基地の壁を、凄まじい閃光が貫いたのだった。


 

 







 

 

 

 




 





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